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性転換では決してない

 緊迫した雰囲気の中、俺がへらッと笑って解散を口にした途端、全員が動かなくなった。

「あの~、俺、じゃない、私は一人で全然平気ですので、どうぞお戻りになってくださいね。えと、騎士様もありがとうございます。では、何も問題はないということで、お先に失礼いたします」

 ではではと、固まっている連中の横をヘラヘラと通り過ぎる。

 俺のために起こった、このど気まずい空気。

 知るか、そんなもの! 付き合ってられるか!

 今はとにかく自分の姿を確認することが先決だと、俺は急いでその場から離れることにしたのだ。


 呆然と俺が通り過ぎるのを眺める周囲をよそに、ワイン女の横を通り過ぎてからダッシュで逃走を図ろうとしたのだが、その手を赤髪の青年にガシッと掴まれた。


 ゲッ! と内心悲鳴を上げて青年の手を振り払いそうになるが、流石に踏ん張った。

 ここでそれをしたら、かなりまずいような気がしたからだ。

 だってこの青年は、この国の第一王子。

 ん? そうなのか?

 あれ? これは俺の知識?

 いや、第一王子は赤髪ではあるが目は緑ではなく、はしばみ色だったはず⁉

 んんん~???

 なんか、記憶が……混乱している⁉


 首を傾げる俺に、王子らしき青年は「その姿でどこに行く気だ?」と声をかける。

「とにかく湯浴みと着替えをしろ。その姿では体を壊す」

「あ~、じゃ、じゃあ、家に帰ってからしますんで」

「その汚れた姿で馬車に乗る気か? いいからここで身支度を整えろ。すぐに用意をさせる」

 青年がそう言うと、側にいた騎士の一人が建物の中へと消えて行った。

 ぐうぅ、これでは逃げられない。



「まあ、オクモンド様ったらお優しいこと。セリーヌ様、良かったですわね。殿下にお気遣いいただいて」

 ワイン女が俺に一瞥をくれながら、大袈裟に声を上げる。

 セリーヌとか親しく呼んでくるけど、誰のおかげでこんなことになったと思ってるんだ⁉

 嫌味を言っている場合かよ、とフツフツと怒りが湧くが、俺はグッと堪えて乾いた笑い声を出す。

「ハハハ、ほんと~にありがたいことです」

 そんな俺の態度をどう勘違いしたのか、周りにいた女たちが口々に「まあ、ずうずうしい」だの「イザヴェリ様に対してなんて失礼な」とか「田舎娘が、優位に立ったつもり?」などなど、好き放題喚きだした。


 いや、呆れてんだよ俺は。

 いい加減、面倒くさい女どもだ。

 ああもう、したり顔のワイン女も、煩い獣みたいな女どもも、ついでにオロオロしている騎士も、眉間に皺を寄せている赤髪の青年も、皆まとめてどこかに行きやがれ!

 ていうか、青年よ。お前はとっとと俺の手を離せ。と視線を向けると、グイッとその手を引っ張られる。

 ポスンと胸に顔をうずめる俺の肩を、青年はそのまま片手でグッと抱き寄せた。

 途端に女たちの悲鳴が上がる。

 は? 何してくれてんの、あんた?

 俺は呆然と青年を見上げる。


「いい加減にしないか。君たちは彼女の友達になろうと思って集まっていたのではないのか? それならば彼女の体を心配するのが先だろう。それとも、やはりそれは嘘だったから、そんな風に悪し様に言うのか?」

「いえ、そんな。わたくしたちは十分心配しておりますわ」

「では、そのように喚くのはやめないか。聞き苦しい」

「まあ、オクモンド様そのような……」

 ワイン女が言い返そうと口を開いた瞬間、建物から三人の侍女を連れた騎士が戻って来た。


 それを機に、俺は青年に建物の中へと連れて行かれる。

 周囲の女がざわつく中、ワイン女の視線が俺の背中に突き刺さる。

 何なんだ、これは一体……?

 状況が何一つつかめないまま、俺は青年にされるがままになった。



 でかくて長くて豪華な廊下を、ただひたすら歩く。

 ワインで汚れた俺が、こんなに綺麗な床を歩いてもいいのだろうか?

 そういえば、俺の手を引いているこの青年は先ほど俺を抱き寄せたが、服は汚れていないのだろうか?


 そんなことを考えていると、青年にポイッと一室に放り込まれた。

 そのまま部屋に付いている浴室に再び放り込まれた俺は、侍女の手によりポイポイと服をはぎ取られる。

 風呂の手伝いをしようとする侍女を必死で拒み、湯船につかる。

 一人になったところで、ゆっくりと下を見て改めて女の体と認識する。

 未成熟ではあるものの、それなりに育った体に鼻の下が伸び、自己嫌悪に頭から湯の中へと突っ込んだ。

 侍女に助けられるまできっかり二分沈み込んで、やっと現状を受け入れたのだ。


 どうやら俺は、女に転生したらしいっと。



 結局、風呂の手伝いをされた俺は、侍女三人にこれでもかと磨かれて、つるっつるの玉の肌になりその後、髪を整え化粧を施され可愛いドレスに着替えさせられた。

 先ほど突き飛ばされて地面に打ち付けた肩は、なんともないようでひとまず安心した。

 そうしてやっと、己の姿を確認する。

 そこにはラベンダー色の髪に紫の大きなまん丸い瞳の、華奢で可愛らしい少女が大きな鏡に映っていた。

 いや~ん、俺ってば美少女♡

 ではなくて……、マジで俺は本物の女になったのか⁉


 混乱する俺に、俺をつるっつるに磨き上げた侍女が声をかけてくる。

「セリーヌ様、オクモンド様をお通ししてよろしいですか?」

「あ、はい」

 俺は慌てて姿勢を正す。

 侍女の案内で部屋に入って来たのは、先ほどの赤髪の青年。

 俺を見て、何故か目を丸くしている。

 俺はスッとドレスを摘み、頭を下げる。


「先ほどは助けていただき、ありがとうございます。今もこのようにご温情いただきまして、感謝しております」

 自然とカーテシーをした自分に驚く。

「あ、いや、ワインをかけられる前に助けられなくてすまなかった。君はルドルフの……」

「セリーヌ・コンウェルと申します。ルドルフ・コンウェルは兄です。殿下の側近として、いつもお世話になっていると聞いております」

「いや、世話になっているのは私の方で……」

 何故か自分の今の素性が口からスラスラと出ている俺は、違和感を感じながらも目の前にいる第一王子と会話している。

 そうして王子が話している途中で、扉がバンッと開かれた。


「セリーヌ、無事か⁉ 傷付けられたって、どこを? お兄ちゃんによく見せなさい!」

 そう言って、ノックもなしに入って来た無礼な男は、俺の両肩をガシッと掴んでくるくると回し始めた。

 両手を上げられ脇を見られて、髪をかき上げられ首筋を覗き込み、ドレスまで剥かれそうになった俺は、思わず鳩尾に一発かました。

「ぐふおぅ!」

「落ち着け、兄よ。妹を辱めてどうする気だ?」

 素の口調が出てしまった。


 ちょうど会話にしていた王子の側近である兄の奇行を拳で止めたのはいいが、周囲の静けさにハッとする。

 王子はもちろんのこと、侍女も王子の護衛も唖然としているのだ。

「お、ほほほほ。やだわ、お兄様ったら。ご心配なく。私は無事ですわ」

「あ、ああ、そうか。良かった。私が迎えに行かなかった所為で、酷い目にあったと聞いたから慌ててしまって。そうか、無事なら良かった」

 腹を押さえて蹲る兄を立たせてペシペシと背中を叩くと、兄も気を取り直したように微笑む。

 途中、ごほっと咳き込むのはご愛敬。


「無事、ではないだろう。ワインをかけられたうえに、もう少しで顔を傷付けられそうだったではないか。グラスの破片が地面に散らばっていただろう」

「何⁉」

 王子が余計なことを言う。

 兄がまたもや俺の腕を掴んだので、ぺいっと払いのける。

「大丈夫です。その前に殿下が助けてくださいましたので。それに湯浴みをさせていただき、ドレスまでお借りしました。どうですか?」

「いや、それはありがたいが破片って……」

 俺は兄を落ち着かせるために話を変えようと、くるっとその場を回ってドレスに注目させるが、兄は誤魔化されない。

「似合いませんか?」

「いや、似合うよ。でも破片……」

 もう一度くるっと回るが、誤魔化されない。

「可愛いでしょう?」

「いや、可愛いよ。それで破片……」

 三度くるっと回るが、誤魔化されない。

「愛でていいですよ」

「はい、可愛いです。キュートです。プリティです。お持ち帰りしたいです」

 よし、誤魔化された!

 兄は可愛いとしか言っていない自分に気付いていないのか、俺の周りをくるくる回って可愛い、可愛いを連呼している。

 大型犬かな?


 俺は両手を前に突き出した。

「ではお兄様、お持ち帰りしてください。王都のお家、楽しみにしていたのです」

「よし、帰ろう」

「まてまてまて」

 兄にお姫様抱っこされた俺は、そのまま部屋から立ち去ろうとする兄と共に、王子に止められた。

 チッ、王子にまたもや阻まれた。

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