怪し過ぎるお茶会
「スーザン・クワイエット子爵令嬢は、最近イザヴェリの取り巻きになったようだね。古株ではないから、私に知られることはないとでも思ったのかな?」
「燃やす?」
兄に渡した手紙を、何故かオクモンド様がヒラヒラと振っていて、アーサーが俺を見ながら手紙に手をかざしている。
魔法で焼く気か?
先日の約束通りというかなんというか、アーサーとオクモンド様が訪問して来た。
ここはコンウェル伯爵家の応接室。
昨日、送られてきた茶会の手紙を、兄が今朝オクモンド様に見せたのだろう。
イザヴェリのことはオクモンド様に、報告しておかないといけない。
だからオクモンド様が手紙を持っていること自体はいいのだが、何故かアーサーまで知っていて、二人揃って我が家に訪れているのは解せない。
「僕が守ると言っただろう。だから来た」
俺の心を読んだのか、アーサーがすました顔で心の疑問に返答した。
「顔に出ていたよ。セリーヌ嬢は正直者だね」
驚く俺に、ニコリと笑ったオクモンド様がそう説明した。
何を言う? 俺は淑女ではないが、おっさんの記憶を総動員してアルカイックスマイルぐらいできるぞ。
今もちゃんとできていたよな、と同意を求めるように兄を見たが、残念そうな顔でフルフルと横に振られた。
なんと⁉
俺はせっかくおっさんの記憶を思い出したというのに、そのスキルを全然活かせていないようだ。
残ったのは粗暴な性格だけとは、悲し過ぎる。
ショックを受けている俺に、アーサーは嬉しそうな顔で近付いてくる。
「やっぱり、いいな。そういうところ大好きだよ」
そう言って、ふわりと俺を持ち上げるとソファに腰かけ、そのまま俺を自分の膝の上に座らせた。
そうして後ろから抱き寄せると、俺の頭にスリスリと頬を摺り寄せる。
「うっひゃあぁぁぁ⁉」
「何をやっているのですか?」
「おい、こら!」
俺が悲鳴を上げるのと同時に、兄が俺を降ろそうと手を差し伸べ、オクモンド様が立ち上がった。
「愛情表現」
「いらない、いらない」
「まだ、婚約もしていません!」
「とりあえず離せ、アーサー」
アーサーが頬を摺り寄せたまま、そう答えたが、こちらの意思を無視してこのような触れ合いは絶対によくない。
兄がすさまじい形相で俺に絡みついたアーサーの腕を解きにかかり、オクモンド様がひょいと俺を抱き上げた。
「オーク、僕の伴侶を返して」
「まだ伴侶ではありません!」
「アーサー、お前なぁ。セリーヌ嬢が驚いているじゃないか」
大丈夫かと顔を近付けるオクモンド様に、俺は呆然とする。
いや、どうして貴方まで俺を抱き上げる必要が?
アーサーから取り上げた俺を、今はオクモンド様が横抱きにしている。
「二人共、いい加減にしてください!」
とうとう兄がキレた。
結局俺は、泣いてすがる兄の膝の上に座ることになった。
アーサーは残念そうに俺を見つめ、オクモンド様はコホンと咳払いをしている。
……一人になりたい。
「とにかく、クワイエット子爵家とは名目上で実質、イザヴェリ嬢が仕切ることがわかっているお茶会など、出席しなくてもいい。セリーヌ嬢は伯爵令嬢なのだから子爵令嬢の、しかも接点も何もない家の誘いを断っても問題はない」
オクモンド様はキッパリと言い切った。
まあ、俺も兄もそのつもりでいたのだが、こうもハッキリ言い切られると清々しい。
オクモンド様、イザヴェリの件ではかなり辟易しているようだ。
まあ、今までもかなり迷惑を掛けられているようだから仕方がないか。
それから俺は、隅で控えているアクネに目配せする。
「あの~、実はですね、お茶会の誘いはそれ一つではないのです」
「は?」
そうしてアクネが持ってきた銀の盆の上には、五通の手紙が乗っていた。
「お兄様が城に出勤なされた後、これらが届いたのです。クワイエット子爵家と同じ、どれも見知らぬお家の令嬢からのお茶会のお誘い。これはあれですかね。思惑がバレているとわかっていても、無差別に送ればどれかは当たる的な?」
イザヴェリの取り巻きでは警戒するかもしれないが、知らない令嬢からのお茶会ならどれか一つくらい俺が食いつくとでも、本気で馬鹿にされているという状態なのだろうかと問うと、三人は無表情で目を細めていた。
うん、呆れているのがめちゃくちゃわかる。
「あれから調べてみたのだが、君を標的にしたサリアンヌ・バードン伯爵令嬢はイザヴェリ嬢とはそれほど仲が良い訳ではない。どちらかというと、お互いに嫌っていた節がある。それなのにこういう時だけ手を組むというのは、どういう心理なのだろうな」
オクモンド様は額に手をやり、ハア~ッと大きな溜息を吐いた。
女性のそういう心理はわからないと首を横に振る。
うん、俺も同感だ。
敵の敵は味方だという考えの元、一国を標的に他国と手を組むという戦略は確かにあるが、これもそういったものなのだろうか?
おっさんの思考でも理解できないが、野生児セリーヌちゃんにもそういう女のドロドロは理解できない。
「ただ単に、虐める相手が欲しいだけではありませんか⁉ イザヴェリ嬢は父親と同じで、優越感を味わっていないと気が済まない性質ですから」
「他者を虐めることで下に見て、優越感を得るのか? 何とも捻くれた思考だ」
兄とオクモンド様が情けないと呆れる中、アーサーが盆の上に乗った手紙に手をかざしている。
いや、まてまて。まだ燃やすな。
俺は慌てて兄に頼んで、アーサーから手紙を引き寄せてもらった。
兄の膝の上にいるので、テーブルの盆が届かないのだ。
不便である。
「伯爵位以下の令嬢の誘いは断れるのですが、一通だけ侯爵位のご令嬢がいまして……。これも断って大丈夫ですか?」
俺は一通だけ取り出して、オクモンド様に渡した。
「ローラ・スフェラン侯爵令嬢か。彼女までイザヴェリ嬢と関係があったとは、驚きだ」
「友人関係ではないのですか?」
「サリアンヌ・バードン伯爵令嬢と一緒だ。敵対していると思っていた」
オクモンド様の話を聞いて、俺は眉を顰める。
「……おかしいですね。いくら鬱憤晴らしに虐めをしたいとしても、そんなに敵対している人間ばかりが手を組むことなんてあるのですか?」
「確かにそうだね。セリーヌ嬢が以前から王都にいて、それぞれが違う場所で君と何かしらの接点があったとするなら、そういうことも考えられるが、君はまだ王都に来て日も浅い。イザヴェリ嬢の命令とはいえ、こんなに沢山の令嬢から目を付けられるのは変だ」
オクモンド様も首を傾げた。
俺はふと、目の前にいる三人の美形を見つめる。
……………………まさか⁉
「あの、私が助けていただいたあの日、城の客間で皆様と話していたのを誰かに見られたとか噂になったとか、そういうことはないですか?」
「「え?」」
俺の言葉に、兄とオクモンド様がキョトンとする。
アーサーがお茶を飲みながら呟いた。
「席を外した侍女から話が広がったみたいだね。厨房の者に話していた」
それじゃねぇか!
席を外した侍女というのは、アーサーが冷気を漂わせて冷えた体を温めるために休憩に入った侍女たちのことだろう。
オクモンド様の命で温かいお茶をこちらに運ぶように厨房に寄り、そこで異様な雰囲気の侍女に厨房の者が聞いたのだろう。何があったと?
侍女たちは自分たちもお茶をもらいながら、訊かれるがままに客室であったことを話した。
兄の異常な俺への溺愛。
オクモンド様の気遣い。
そしてアーサーの治療。
話を聞いた人間は、どうしてあの三人が一令嬢を気にするのかと不思議に思ったことだろう。
そしてその疑問は次第に嫉妬心へと変わり……。
そこで俺は、頭を抱えた。
なんてことはない。
彼女らの行動は、この目の前にいる三美男の所為だった。