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相談事が多過ぎる

 兄と顔を合わせたのは、それから三日後のことだった。

 魔法塔に行った後、兄とオクモンド様は塔の書類をどうにかその日のうちに終わらせた。

 けれど帰宅したのは、日をまたいだ深夜。

 俺は当然、夢の中。

 兄は泣く泣く会うのを諦めたらしい。


 そして次の日も朝早くに出かけて執務に取り掛かったのだが、前日の仕事の分もあり二日にかけて城に泊まり込んで、どうにか目処をつけてきたそうだ。

 三日目の本日は休日。

 兄にとっては俺と過ごすためにもぎとった、大切な日。

 けれど朝一番の会話は、やはりアーサーの件。

 それを無視して今日一日、俺とまったり過ごすことはできないとのことだった。


 どんよりとした兄の顔に、引きつった笑いを浮かべる。

「お兄様、体調がすぐれないのではありませんか? 横になられた方がよろしいのでは?」

「ありがとう。私の妹は今日も天使だね。けれど大切な話があるのは、わかっているよね?」

「……はい」



 そうして兄から聞いた話は、予想した通りだった。


 あの後、転移魔法で帰還したアーサーに「遅過ぎます。一体何をしていたんですか?」と詰め寄った兄を、アーサーは平然と見つめ「セリーヌに求婚していた。ルドルフは保護者だろう。認めて」と宣ったそうだ。

 ポカンとした兄とオクモンド様に、アーサーは「セリーヌに求婚していた。ルドルフは保護者だろう。認めて」と二度言ったらしい。


「聞こえてない訳じゃありません! 言い直さないでください!」

「反応がないから、てっきり聞こえなくなったのかと思った。では了承してくれたということで」

「何故? 私はまだ何も言っていません。どうして了承したことになるんですか?」

「断らないから」

「驚いてたんですよ。すぐに返事をします。申し訳ありませんが、全力でお断りいたします!」

「何故?」

「何故も何も、貴方とセリーヌはまだ数回しか会ってないじゃないですか。それに二人は七つも年が離れている。貴方は賢者と呼ばれるほどの高位の魔法使い。妹は十五歳の未熟な令嬢です。身分も違う。それでどうして、いきなり結婚話になるのですか?」

「政略結婚なら結婚式の前に一、二回会うだけの人もいる。回数は関係ない。七つの年の差なんて、この国では想定内でしょう。親子どころか祖父と孫ほどの年の差の夫婦もいる。身分なんて、伯爵令嬢なら王族でも婚姻はできる。僕となんて、何の問題もないのでは?」

「……………………」



 兄はアーサーに初めて長い言葉で論破されて、そのまま押し黙ってしまったそうだ。

 うん、そんなに長い言葉をあのアーサーが話すなんて、それだけでも驚きなのにそれが全て正論だったら、何も言えなくなって当然だ。

 兄に同情してしまう。

 俺と兄は、眉を八の字にして見つめ合った。


「それで、どうやってアーサーを納得させたんですか?」

「オクモンド様が引き取ってくれたよ。流石にすぐに返事はできないだろうと。それに王都での保護者は私だけど、結婚となれば父上の承諾が必要だから、すぐに了承しろというのは無理な話だと諭してくださった。それで何とか引いてくれたよ」

 俺は兄の話を聞いて半眼になり、つい俺とアーサーとの会話でその話が出ていたことをチクる。

「アーサーはそれ、わかって言ってますよ。私にそうなるだろうと話していましたもの」

「は?」

 兄はとても間抜けな、コホン、気の抜けた顔をした。


 俺はアーサーが意思表示のために、あの場で兄に伝えたのだと説明した。

「待つつもりでは、いるそうです。ですが、そう長くはないとも」

「セリーヌは? 君はその、アーサーの求婚に同意したの? ていうか、そもそもどうして求婚されるような事態になったの? 屋敷に魔法で送られただけだよね?」

 うくっ。

 最初は言いにくそうに俺の真意を訊ねようとした兄だったが、途中で気付いたのか、求婚された経緯を説明しろと前のめりになる。


「いえ、私にもよくはわかりません。何故か急に求婚されて……」

 ……あいつの気になった気配が俺だったから、なんて説明したって混乱させるだけだよな。

 俺はしどろもどろでわからないと答え、首を横に振った。


「同意は?」

 兄が探るような目で確認してくるので、ちょっとムキになって答えてしまう。

「してません!」

 俺の返答に一瞬ホッとした表情をした兄だったが、すぐに眉間に皺を寄せて訝しむように口を開いた。

「私が言うのもなんだけど、彼はすごく優秀な魔法使いで地位も高い。それに何よりあの美貌だよ。セリーヌは、その、気持ちは揺らがなかったのかい?」

「いい人だとは思いますが、そこまでの気持ちは今はありませんとちゃんと伝えました。私も貴族令嬢ですのでお父様の命令であれば従いますが、自分たちの気持ちだけで決めることはないとも伝えています」

「そうか。セリーヌは賢いね。そうだな。貴族の結婚は家の問題だ。判断は父上に委ねよう」

 兄はあからさまに頬を緩めた。


 まあね、兄の気持ちもわからなくはない。

 妹の結婚相手としては、アーサーはなかなかの優良物件だ。

 王都の地位は次兄が一人で支えているような田舎領地のコンウェル伯爵家としては、最高の良縁だろう。

 けれどアーサーは魔法使いというだけではなく一癖あるというか、浮世離れしているというか、ちょっと扱いにくい性格でもある。

 常日頃から意外と振り舞わされている感の強い兄としては、簡単には頷きたくないのだろう。

 それに何より、セリーヌちゃんはまだ十五歳。

 二十歳の次兄より先に婚姻を決められるのは、納得しにくいのだろう。

 俺もおっさんの心を取り戻した今すぐは、いくらセリーヌの心と同調できたとはいえ、流石に抵抗もある。


 ともかくアーサーの件は、父上に丸投げすることで話はついた。

 二人でホッとしたところで、食後のミルクティーが出される。

 ふと、後ろを振り返るとアクネがジト目で俺を見ていた。

 あ、俺、アクネにアーサーのこと相談していなかった。

 アクネは俺の専属侍女として、それなりに矜持がある。

 それなのに求婚されたなんて重大な案件、専属の侍女である自分が聞かされていないことに、俺に信頼されていなかったのかと傷付いたのかもしれない。


 やべーっと思いながらも、えへっと笑って誤魔化すが、ぷいっと視線を逸らされた。

 あ~あ、これは機嫌が直るまで少し時間がかかりそうだ。

 けど、おっさんの記憶がある俺が女として年下女子と恋バナは流石に痛い。

 セリーヌでもキャッキャウフフの話なんて誰ともしたことがないのに(そんな会話をするような事柄が全くなかった)この状態で相談しろと言われても恥ずかしい。



 色々と俺の何かが削られた朝食後、兄から談話室に誘われた。

 そこで何故か、膝枕してくれと頼まれる。

 兄妹で膝枕? と少し引いたが、それでも王都に来てから心労をかけっぱなしの俺に断るという権利はない。

 一応お礼として了承した。


 兄は俺の膝に頭を乗せて横になると、そのまますぐに寝息を立て始めた。

 驚きはしたが疲れているのだろうと俺はゲーテに掛布を持ってこさせ、そこで少しの間、兄に仮眠を取らせた。

 おっさんの頃は人の頭を膝に乗せるなんて、なんてこともなかったが、流石に令嬢の膝は成人男性の頭を長時間も乗せられない。

 そろそろやばいかと考えていると、兄が目を覚ました。

 彼は俺がずっと膝枕をしていたことに、とても感動していた。

 兄孝行ができて、何よりだ。

 因みに俺の足は案の定痺れて、すぐに動けなかったことは余談である。



 その日の夕方、兄と談話室でまったりしていた所に、ひょっこりと一通の手紙が舞い込んできた。

 差出人は、スーザン・クワイエット子爵令嬢。


 領地をもたない王宮貴族らしいが、全くもって接点のない知らない令嬢だ。

 その令嬢からお茶のお誘いを受けたのだ。

 俺は今まで領地で暮らしており、王都に知り合いは一人もいない。

 そのうえ、もう暫くしたらデビュタントを迎えるとはいえ、俺なんてまだ存在すら知らないはずだ。

 まあ、中には目の前にいる次兄を優良物件の婿候補として把握している者もいるかもしれないが(なんていったって、第一王子の優秀な容姿端麗な側近だ)兄も面識がないとすると、兄にアピールもせず俺を狙ってくるのは、些かおかしい。


 そういう状態でのお茶会のお誘い。

 うん、十中八九イザヴェリの取り巻きだな。

 俺は手紙を広げたまま、兄に手渡した。

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