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デレられた⁉

 俺は自室でアーサーを見つめたまま、固まっていた。

 アーサーが気にしていた気配の正体が俺だという話をしていたら、何故かプロポーズされました。

 いや、なんだ、それは?

 全くもって意味がわからない。

 錯乱する俺の肩をアーサーは引き寄せ、そっと抱きしめる。


 抱きしめられている場合か⁉

 俺はアーサーの胸を思いっきり突き飛ばした。


「いやいやいや、アレン、じゃなかったアーサー、何やってるんだ? 違うだろう。なんでそんな、普通に恋人同士のプロポーズの後のような雰囲気を作り出しているんだ? 今の話では、全くありえない流れだぞ!」

 思わず素が出た。

 いや、もう、構わない。取り繕う気もなくなった。

 淑女言葉、何それ、美味しいの? の俺に、一瞬ポカンとしたアーサーだったが、次にパア~っと顔を輝かせた。


「大好き。結婚しよう」

 だから意味がわからないって。

 アーサーはニコニコと、今までの無表情が嘘のような笑顔を向けてくる。

 うううっ、人外の美貌でそんな無邪気な表情をされると、思わず見惚れて言葉を失うだろう。

 俺は錯乱しながらも「ちょっと落ち着こうぜ、アーサー」(俺もな)とソファに座るよう促した。



 ソファに座ると俺は息を整えた。

「俺の気配は、お前が結婚したいほどのものなのか?」

 訊ねると、アーサーはコクリと頷く。

「僕にとって唯一のもの。それを君から感じる。だからずっと傍に居たい」

 どうやら俺から感じる気配とやらは、アーサーにとって本当に大切なものらしい。

 何故そんな大切な気配を俺から感じるのかは全くもって謎だが、簡単に考えている訳ではなさそうだ。

 だからといって、はいそうですか、では結婚しましょうとは、流石に言えない。

 俺はアーサーを説得することにした。


「いいかアーサー、結婚というものはとても大切なことだ。特にお前のような地位の高い者や俺のような貴族令嬢は、二人の気持ちだけで決められることではないんだ」

「なんだが年寄りくさいね」

「うぐっ!」

 至極まっとうなことを述べたつもりだったのだが、七つも年上の奴に年寄りくさいと言われた。

 地味にへこむ。

 どうぜ、中身三十一歳のなんちゃって十五歳だよ。


 胸を抑え込む俺に「冗談」と言って頭を撫でてくるアーサー。

「でも、二人の気持ちだけで決められないということは、セリーヌは僕と結婚してもいいと思ってくれているの?」

 キラキラと輝いた眼で見つめてくるアーサーに、グッと言葉が詰まる。


「いや、悪いが俺たちは出会って間もない。いい奴、だとは思うが、結婚までの気持ちは残念ながらない」

「オークにも?」

 ここで何故かオクモンド様の名前が出る。

 俺は心底不思議で首を傾げた。

「彼は兄の上司だ。それ以上でも以下でもない。彼も俺に対して、部下の妹としか思っていないはずだ」

「僕は?」

 コテンと首を傾げるアーサーに、俺はまたもやグッと言葉が詰まる。

「お前は……友達だ」

 そう言うとアーサーは何かを考える仕草をした後、コクリと頷いた。


「わかった。順序を踏む。まずはルドルフに君との結婚を申し込む」

「え、いや、待て。急すぎるだろう⁉」

「そんなことはない。デビュタントの後では、誰に先を越されるかわからないから」

「いや、そんなことはないだろうけど……。いやいや、そもそも俺の気配だけで結婚を申し込むな。お前は別に俺のことなど好きではないだろう⁉」

「好きって言った」

「気配がな。俺自身を好きな訳ではない」

「何を言っているの? 君の気配はあの人と同じ。だから君自身が大好きだよ」

「?」

 どうしよう、本当に意味がわからない。


 アーサーの急過ぎる展開について行けず、頭を抱えていると「とにかく」と彼が断言する。

「僕からの意思表示だけはさせてもらうよ。ルドルフのことだから、すぐには返事はしない。家族と相談して、君の気持ちを最優先に考えるだろう」

 確かに、次兄のことだから領地にいる両親や長兄に相談して、尚且つ俺の気持ちを尊重してくれるだろう。

 すぐに結婚とならないことにホッとしたが、意外と冷静にこちらの状況を把握しているアーサーに少し驚いてしまう。

 いきなり結婚しようなどと言ってくる奴と同一人物とは思えない。


「そうか。なら待たせることになるけど、それでいいんだな。俺もまあ、その、なんだ。ちゃんと考える。っと、やべっ!」

 俺は慌てて自分の口を両手で塞いだ。

 すぐに返事とはならずに少しの猶予が得られたことに安堵した俺は、今更ながらにやっと自分の言葉遣いが、かなり激マズなことに気が付いた。

 少し乱れたどころの騒ぎじゃない。

 完全に男だ。

 田舎令嬢が、賢者とも呼ばれる王宮魔法使いに対して男言葉を使うなんてありえない。

 いや、正直わかっていたけど、興奮のあまり気が付かないフリで進めていた。

 冷静さを取り戻し、我に返ってしまったんだ。普通にアウトだろ、これ。


 チラリとアーサーを見るが、彼はコテンと首を傾げている。

「どうしたの? すぐに結婚できないことぐらいはわかっているけど、そんなに長い時間待つ気はないよ」

「あ、いえ、そうですよね。オホホホホホ」

 焦る俺に、アーサーは不思議そうな顔で見つめてくる。

 ジーっと穴が開くほど見つめられて、とうとう観念した。


「あ~、先ほどからの非礼を、お許しください」

「非礼? 何かしたの?」

「いえ、その、言葉遣い……。私の言葉が些か乱暴でした。申し訳ございません」

「なんで? 僕は嬉しかったよ」

「え?」

「これからも、それでいいよ。構わないというか、むしろそうして」

「?」

 やはりこの男の考えはわからない。

 どこの世界に気に入った令嬢から、男言葉で乱暴に話しかけられて嬉しい奴がいるのだろうか?

 ちょっと、ドン引く。


「……あの~、オクモンド様とお兄様が待っているのではないですか?」

「僕は待っていてとは言ってないよ」

 お前が言っていなくても、兄はヤキモキしながら待っているはずだ。

 とりあえず結婚にしろ言葉遣いにしろ、俺からの明確な言葉は避けておきたい。

 まあ、この男のことだから帰還してすぐに兄に婚約の打診はするかもしれないが……。

 その時の兄を想像して、ゾッとした。


 ふと気が付くと、目の前のアーサーが拗ねたような表情で見てめていた。

「!」

 何ですか、その顔は???

 美人が怒ると迫力があると聞いたことはあるが、目の前の人外美貌の持ち主は、ちょっと可愛い。

「な、何ですか?」

 内心がバレないように、愛想笑いを浮かべて訊いてみる。

「言葉……。さっきのままでいいと言った」

「そういう訳には……。私も一応、貴族の令嬢ですので」

「じゃあ、せめて僕と二人きりの時はさっきみたいに話して」

「……前向きに検討します」



 色よい返事が聞けなかったアーサーは、不貞腐れながらも帰って行った。

 今頃は、彼の言葉を聞いた兄が卒倒しているかもしれない。

 帰宅した兄との対面を想像してうんざりし、俺は自室のソファに身を委ねた。


 まさかこんな展開になろうとは……。

 どうして地位も名誉も金も、ついでに容姿も人一倍手にしている奴が、つい先日会ったばかりの田舎令嬢に求婚するのだろう?

 そりゃあ少しは可愛い見た目ではあるが、あの人外の美貌に比べたら、どうにも気に入られる要素が見つからない。

 超絶美少女セリーヌちゃんだから、あいつが気に入るのも仕方がない、などと軽口も叩いていられないほど錯乱している。

 気配?

 俺の気配は、欠点全てを一蹴してしまうほどの何かを秘めているのか?

 いやいや、何かってなんだよ⁉

 いかん、自分で自分に突っ込みだした。


 あ~、う~っと唸っていると、扉がノックされてアクネが顔を出す。

「お帰りなさいませ、セリーヌ様。お茶をお持ちしましょうか?」

「あ、ただいま。お茶はいただいてきたから、今はいいや」

「畏まりました。暫くしたら夕食のお時間なので、後ほどお声をかけますね」

「うん、ありがとう」

 アクネが去った後、俺はまたもや思考する。


 とにかく、すぐには決断できない問題だし、アーサーが言っていたように時間をかけることもできるだろう。

 家族の意見を聞いて、それから考えても遅くはない。

 俺は溜息を吐いて、遅くなるだろう兄の帰りを待つことにしたのだった。

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