念願の魔法塔にて
アーサーに転移魔法で魔法塔のエントランスホールへと連れて来られた俺は、初めての魔法の余韻に浸る暇もなく、目の前の人物に半眼になる。
そこにはオクモンド様と兄が、でんっと待ち構えていたのである。
アーサーが呼んだのかと後ろにいる彼を振り返るが、彼もまた半眼になっていた。
彼が呼んだわけではないらしい。
魔法使いの黒いローブを纏う人々の中で、刺繍が入った白い詰襟の衣装を身に着けたオクモンド様と赤色の詰襟の衣装の兄は、ハッキリいって浮いていた。
そういう俺もドレス姿なので浮いてはいるが、一応飾りのない質素な黒いドレスを選んだので、そこまで周囲の目を引くことはないだろう。
俺はとりあえずオクモンド様に挨拶をした。
「ご機嫌麗しゅう、オクモンド様。お会いできて光栄です」
「やあ、セリーヌ嬢。元気そうで何よりだ」
「お忙しいはずのオクモンド様とお兄様が、どうしてこちらに?」
「ハハハ、君がアーサーに魔法塔を案内してもらうと聞いたから、ついでに私も案内してもらおうかと思ってね。アーサーはもちろんのこと、最近は他の魔法使いもあまり部外者を塔には入れたがらないから私も知らない場所があって、そろそろちゃんと確認しておかないといけなかったんだ」
どうやら兄に今日のことを聞いて、急遽予定を変更したらしい。
だが魔法塔に住む魔法使いは、やはり部外者を入れるのは極力避けていたようだ。
国の第一王子ですら案内しないなど、相当である。
道理で兄が簡単に引き下がった訳だ。
――俺は昨夜のことを思い出す。
アーサーの招待で魔法塔に行くと聞いた兄は、彼の真意がわからず苦悩していたのだが、俺がどう許可を得ようかと考えている間に真面目な顔で言ったのだ。
「誰とも会わないで塔に入れると約束できるのなら許可しよう」
突然の了承に驚きはしたが、それよりも嬉しさが勝って俺は素直に「ありがとうございます」と礼を述べた。
だが、今考えると俺を利用して何度申請を出しても断られる魔法塔に入り込むチャンスだと、その時思いついたのだろう。
純粋な妹を利用するなどと、妹馬鹿の風上にも置けないなとムッとしてしまう。
しかし兄たちがそう考えたのも、わからなくはない。
いくら魔法塔は魔法使いのための場所であるとはいえ、城内にある以上、好き勝手にしていいという訳ではない。
最低限度、王宮でも内情は把握していないといけないだろう。
それなのに近辺では、魔法塔を案内するのに魔法使いが渋っているのである。
強制的に乗り込んで案内させる訳にもいかず、どうしたものかと困っていたところ、アーサーが俺を案内すると申し出たのだ。
兄たちはこれ幸いと、この機会を利用したのだ。
「何度かアーサーにも頼んだけれど、いつも忙しいと断られていたからね」
苦笑するオクモンド様に軽く説明されて、なるほどと納得はできたが、やはり気に入らない。
これでアーサーが案内するのをやめると言ったら、俺まで中に入れなくなるではないか。
せっかくの観光を不意にする気かとジト目を向けると、俺の視線に気付いた兄がサッとオクモンド様の後ろに隠れた。
あ、逃げたな、と追おうと前に出た瞬間、隣でアーサーが溜息を吐いた。
「いいよ。見られて困る物はないから、一緒においで」
「いいのか⁉ 助かるよ」
「ここで断って、セリーヌまで追い返されても可哀想だから」
「!」
アーサーが了承したのは、まさかの俺のためだった。
俺は唖然とアーサーを見上げる。
望まない部外者を入れてまで俺を案内しようとするのは、どうしてなのだろう?
「どうして、そこまで?」
思わず疑問の言葉が口から出ると、アーサーは俺に視線を向けた。
「喜んでほしいから」
ふわっと微笑むその顔に、俺はドキッと心臓が跳ねる。
人外の美貌にやられた訳じゃない。
いや、美しいのは美しいが今の笑顔は本当に無邪気で、他意がないのがわかったから。
まさかそんなに素直に、ただ俺に喜んでもらおうと考えていたなんて……。
俺は真っ赤な顔で、アーサーと見つめ合う。
「で、では、アーサー殿、早速案内をお願いします!」
兄が俺とアーサーの間に割って入った。
「そうだな、アーサー。悪いが頼む」
オクモンド様まで、すぐに行こうと促してくる。
忙しくて時間がないのはわかるがそんなに慌てなくてもと呆れる俺と、キョトンとするアーサー。
二人に促されて歩き出した俺は、後ほど様子を見て改めてアーサーに礼を述べようと決めたのだった。
まずは一階。
エントランスホールのすぐ隣には、大きな食堂がある。
そこには城から運ばれた食材が山のように保管されている場所とそれを調理する場所、食事をする机と椅子が多数あり、皆がそれぞれ自由に使うらしい。
皆料理ができるのかと驚くと、魔法使いが作った魔道具が置かれているので、それで簡単な物なら作れるそうだ。
ただその魔道具もある程度の魔力が必要なので、魔法使いと呼ばれない者には扱うのは難しいらしい。
その奥には、庭園が広がっている。
美しい花や薬草が元気に咲いていて、庭師も吃驚なほど綺麗に手入れされている。
たまに運動不足の魔法使いが散歩したりするらしい。
反対側には、不意の来客のための応接間や客室まである。
部外者を招き入れたくない割に、そういう場所もしっかりあるのだと思うと、少しだけ笑ってしまう。
そして残りの一階部分は、防弾防音がしっかりされている魔法強化のための部屋がある。
魔法の能力を上げるために鍛錬する場所となる。
うっかり攻撃魔法が炸裂しても、ある程度の衝撃なら壁が吸収してしまう。
これも魔法によるものだそうだ。
そして二階部分は、全て研究室となる。
魔法薬から魔法道具、魔法自体の研究をするための部屋がある。
各自、自由に取り組んでいるらしい。
三階部分は執務室である。
魔法塔にいる魔法使いは仕事としてここにいるのだ。
それぞれに役割があり、成果を国に報告しなくてはいけない。
その膨大な書類をまとめて報告するための魔法使いもいて、その書類仕事をするための部屋があるのだ。
四階と五階、六階部分は、魔法使いの自室となる。
ザッと簡単にまとめた以上が魔法塔の内部である。
ある意味、小さな王宮といったところだ。
俺は最上階にあるアーサーの自室で、呆然とソファに座り込んでいた。
ここに来て知ったが、アーサーは魔法使いの中でも最上級の地位にいる者だった。
正式には賢者と呼ばれているそうだが、アーサーはそれを嫌がり王宮魔法使いで通している。
表にもあまり出ないようで、彼の存在は極少数の者しか知り得ないそうだ。
その地位を現すようにこの部屋も塔の最上階にあり、俺の部屋より倍はある広さで、高級感溢れる家具も揃っていて、一見したら王族の部屋かと間違えてしまうほどの立派さだ。
目がチカチカする。
歩き疲れた、というのもあるが、やはり情報量の多いこの塔内に圧倒されたのである。
どの場所でも皆、俺たちが顔を出すと最初は警戒するが、アーサーを見てすぐに会釈して仕事へと戻る。
勤勉な魔法使いに邪魔をして申し訳なく思うものの、今まで見たこともない物を目の当たりにして、やはり興奮を隠しきれなかった。
オクモンド様と兄はあらかた知っていたようで何も言わなかったが、数か所だけ新しく増えていた設備もあったらしく、それを紙にしたためていた。
一番長くいたのは執務室で、何やらそこで働く魔法使いと意見の交換をしていた。
退屈だろうとアーサーが俺に魔道具を見せてくれていたから、暇だなどとは一切思わなかった。
全てが終わった今、アーサーが休憩しようと自室でお茶とお菓子を振舞ってくれている。
そして俺は興奮後の気持ちいい疲れに、身を委ねていたのだ。