魔法塔の探検がしたい
アーサーの入れてくれたお茶は、とてもスッキリしていて……懐かしい味だった。
あの子の入れてくれたお茶に似ている気がして、心なしかホッとする。
暫し無言でお茶を楽しむ。
先ほどまでの気まずさが、今は全く感じられない。
「困っていることは、ない?」
アーサーがポツリと口にした。
「困っていること? イザヴェリ様の襲撃は今のところないし、特には。しいて言うなら退屈なことぐらいですか」
俺は隠すことなく本心を言ってみた。
だって、本当に暇なんだもん。
するとアーサーは一時考えるそぶりをして、おもむろに俺に向かってこう言った。
「僕の所に遊びに来る?」
「え?」
アーサーの所って、城にある魔法塔のことか?
確か、魔法使いが生活から仕事まで全てをそこで行っているという場所。
アーサーからしたら、家に呼んでくれたみたいな感じなのかもしれないが、そこは魔法使いの秘密の場所だ。
国にとっても重要拠点の一つだろう。
そんな場所に俺を呼んでもいいのだろうか?
俺はアーサーに訊いてみた。
「どうしてですか?」
「退屈だって言うから」
「退屈だからって、私みたいな関係のない小娘が行ってもいい場所なんですか?」
「普通は駄目だよ」
「駄目なんじゃないですか」
「僕が誘ったから大丈夫」
「アーサーって、そんな権限をお持ちなんですか?」
驚いてアーサーを見る。
彼はコクリと頷いた。
確かにアーサーは優秀な魔法使いのようだし、王子様とも懇意にしている。
もしかして、彼の地位は俺の想像以上に高いのかもしれない。
俺は一気にワクワクしてきた。
魔法使いでもない俺が、そんな秘所を探検できるなど滅多にあることではない。
興奮したまま返事をしそうになって、ハタと気付く。
そうだ、ちゃんと兄に確認を取らないといけない。
王都での俺の保護者は兄だからな。
俺に何かあれば、兄に迷惑がかかる。
俺はアーサーに視線を向けた。
「では、一応お兄様に訊いてみますね。イザヴェリ様の件があるので、城にノコノコ近付いてはいけないと言われていますので」
「人に気付かれないように、僕が連れて行ってあげるよ」
「ここに来た時みたいに魔法で?」
「そう」
大盤振る舞いである。
なんだ、その至れり尽くせりは。
けれど、それならば誰の目も気にせずに出入りすることができるだろう。
もちろん、イザヴェリにも。
俺はニコリと笑った。
「ありがとうございます。ですが、やはりお兄様に確認だけはさせてください。そうでないと、後から揉めても困りますから」
「わかった。それなら今晩確認しておいて。明日の午後、迎えに来るから」
そう言って、アーサーはスクッと立ち上がった。
慌てて俺も立ち上がる。
「え、もう帰るのですか?」
「いてほしいの?」
チラリと見つめられて、俺はカッと赤くなる。
なんだ、それは。その言い方だと、俺が寂しいみたいじゃないか。
俺は唇を突き出し、そっぽを向いた。
「別にそういう訳じゃない、です。明日はここで待っていればいいのですか?」
「うん。またね」
振り向くと、来た時同様、アーサーの姿は一瞬にして消えていた。
ティーセットもいつの間にか消えている。
俺はあまりのことに、ポカンと口が開いてしまった。
え、今のは夢?
でも、お茶の香りがまだ残っているし、アーサーの座っていたソファにも、温もりが残っている。
俺はポスンとソファに座り込む。
とりあえず、今晩兄が帰ってきたら一応許可だけはとっておこう。
それで明日、本当にアーサーが迎えに来たら、それはそれで魔法塔を楽しむことができる。
王都に来て初めての外出に、心躍るのであった。
夕食の席で俺は早速、兄にアーサーから魔法塔へ招待を受けたことを話した。
兄は口に入れようとしたお肉を、フォークから皿に落とした。
うん、驚いているのがよくわかる。
「は? あのアーサー殿が、魔法塔に? ダメダメ。そこに辿り着くまでにイザヴェリ嬢に会ったらどうするの?」
「アーサーが送迎してくれます。魔法で」
「……アーサー殿は、そんなことまでできるんだ。いや、できるできないじゃなくて、やっぱり駄目だよ。そもそもそんな誘い、どこで受けたの? 手紙なんてもらってないだろう?」
「いえ、手紙を頂きました。魔法で直に届いたんです」
流石にアーサー本人が自室に現れたとは言えないので、手紙が俺の手に直接送られてきたことにする。
これならば怒られることはないだろうと考えたのだが、兄は怒りはしなかったものの物凄く驚いてはいるようだ。
「あのアーサー殿がわざわざ手紙を書いて寄越したの? 色々とありえないんだけど。いや、セリーヌに対する態度は、いつもの彼の態度からは想像できないものだし、そう考えるとありえるのか? いやいや、彼はセリーヌに一目惚れしてないと言い切った。ということは、そういう気持ちではないはず。それなのにこの過保護なまでの心尽くし……一体どういうことなんだ?」
アーサー殿の気持ちがわからないと唸る兄。
それについては俺も同感だ。
俺は今までのアーサーが、他人に対してどのような行動をとっていたのかは知らない。
けれど彼の様子からして、とても人に対して心を配るような人間ではないと思う。
どちらかというと、他人に無関心な我儘天才魔法使いだと思う。
そんな彼が、俺にだけ気を回す。
俺が退屈だと言っただけで、部外者が立ち入ることのできない魔法使いだけの区域に送迎までして招待するなど、俺に関心があるとしか思えない。
だが惚れてはいないと言うのなら、一体どういう理由で執着しているのか?
それがわからないから俺も兄も、どこまでアーサーのことを受け入れていいのかわからないのだ。
まあ、惚れたと言われたら言われたで正直困るのだが……。
俺は十五歳の美少女ではあるが、三十一歳のおっさんでもある。
アーサーほどの美貌には思わず頬を染めるが、彼相手にイチャイチャすることは想像できない。
男同士ではないのだが、どうしてもおっさんの心が拒否するのだ。
そんなことを言っていたら、誰が相手でも無理なのかもしれないな。
十五歳のセリーヌちゃんには、恋愛はまだまだ早いということだ。
セディの時の恋愛は……今は思い出さないことにしよう。
それにアーサーはかなり優秀な王宮魔法使いだと思う。
まともに聞いたことはないが、それなりに高い地位にいることだけはわかる。
そんな男と田舎の伯爵令嬢風情が恋仲になったとしたら、王宮も黙ってはいないだろう。
必ず横やりが入るはずだ。
兄もそういう理由で認めることはできないんだと思う。
だからこそ、あまりアーサーと親密になるのはよくないと思っているのだろう。
どういうつもりで俺を魔法塔に誘ったのかはわからないが、魔法塔という秘所に行くこともアーサーという立場の人間に近付くことも避けるべきだと考えての反対なのだと理解できる。
だが、俺は退屈なのだ。
どんな理由があるにしろ、せっかく誘ってもらった機会をみすみす逃す気はない。
あんな面白そうな場所に行かないという選択肢はないのだ。
絶対に行ってやる!
俺は目の前で苦悩する兄を見つめながら、どうやって口説き落とそうかと思案し始めた。