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呼んだら来た

 デビュタントの準備もほとんどできたし、王都の屋敷にも慣れた。

 セリーヌの記憶とセディの記憶のすり合わせも完了。

 ここ数日、三十一歳のおっさんの記憶に引きずられ、十五歳の美少女に何かしらの問題が生じないかと密かに心配していたが、やはりというかなんというか体調も崩すことなく、想像以上にしっかりと融合されていた。


 根本的に二人共、楽観的な野生児タイプなのが良かったのかもしれない。

 セディは今の姿を超絶美少女セリーヌちゃんと思っているし、セリーヌはセディを乙女心を持つおっさんと認識している。

 セディはもとよりセリーヌも反発心もなく、そっかぁ、私の前世おっさんかぁと受け入れているのだ。

 主体としてはどうしても、おっさんが出てきてしまっているが、最初に思った通り三十一歳の濃密な記憶には、十五歳の可もなく不可もない記憶はどうしても薄れてしまうのである。

 だがそれで今のところ一切問題はないし、それどころかおっさんの記憶があるおかげで世渡り上手にもなる。

 お得だなぁと、のほほんとしている現在である。


 そして今は何をしているかというと……暇である。


 屋敷にオクモンド様とアーサーが来たのは三日前。

 イザヴェリの襲撃に備えて身構えていたのだが、何の動きもないままでは三日もすればだらけてしまう。

 先ほども言ったが、元来セディもセリーヌも深く考える性質ではない。

 注意しろと言われても、どこからどのように悪意をぶつけられるかもわからない状態では身が持たないのだ。

 いや、間が持たないというべきか。

 要するに、何もすることがないのだ。


 王都に早く来過ぎたかなぁと、自室のソファで寝転びながら天井を見る。

 デビュタントはまだ一か月も先なのだが、ドレスの件もあったし次兄にせがまれたというのもあった。

 本来なら城下町をぶらぶらと散策するつもりだったし、兄の仕事をダシに城内を見学するつもりでもいた。

 だがあのイザヴェリがいる以上、簡単には外出することもできず、図書室から本を借りて読んでいたとはいえ、それも数日で飽きてしまったのだ。


 何度も言うが、セリーヌは令嬢ではあるが野生児だ。

 令嬢の嗜みである刺繍や詩集、音楽などより外で走り回っている方が好みである。

 だから、領地で長兄に教えてもらっていた剣ならば、おっさんの記憶からして得意分野でもあるし屋敷の庭でもできるから問題ないかと自分の剣を握ったところ、ゲーテたち使用人に全力で止められた。

 次兄は俺をお姫様だと夢見ている。

 王都の使用人はそんな兄の影響からか、そういったことは危ないとキッパリと禁止してきたのである。

 という訳で、退屈だ~~~。


 兄とオクモンド様は公務で無理だろうけど、面倒くさい奴ではあるが「アーサーだけでも遊びに来ないかな」と思わず呟いてしまう。

 面倒くさい奴ではあるが……。うん、二度言ってしまった。

 だが、王都に知人は彼らぐらいしかいないのだ。

 王宮魔法使いだって忙しいのは百も承知だが、思わずそんなことを考えてしまうぐらい暇なのである。


 ふうっと体を横に向けると、目の前は真っ黒だった。

 は?

 黒いものをなぞってゆっくりと顔を上げると、そこには人外の美しい顔があった。

「~~~~~~~~~~?!?」



「何故、貴方がここにいるんですか?」

 声にならない叫びをあげた後、ふぅふぅと息を荒げて真っ黒なローブに身を包んだアーサーに小声で問う。

 本当なら怒鳴りつけてやりたかったが、俺の声を聞きつけた使用人が飛び込んできても困る。

 改善されたとはいえ、まだ以前の魔法使いへの偏見が使用人にも残っていたら、アーサーがどのような目に合うかわからないと咄嗟に考えてしまったのだ。

 それに、ここは未婚の淑女の部屋である。

 前回来た時もこの部屋には通さなかったのに、いきなり現れた男を快く受け入れる訳にはいかない場所だ。

 色々な意味でこの場にいてはいけない者に文句を言いたいが言えない、俺の複雑な心境も考えずにアーサーは普通に答えた。


「僕を呼んだ?」

「え?」

「君に呼ばれたと思ったんだけど」

「……………………」


 どうやら彼は、俺が呟いた言葉を聞き取って、ここに現れたらしい。

 いや、いくら魔法使いとはいえ遠く離れた者の呟きを聞き取ることなど、できるのか⁉

 ていうか、もしできたのなら普通に怖いだろう。

 目を限界まで開いて驚く俺に、アーサーは「座っても?」とソファを指差す。

 いつもは何でも勝手にするくせに、今日は訊くのだなと俺はコクリと頷いた。

 因みに俺はアーサーが現れた時は驚きのあまり座り込んでいたけれど、その前にソファに寝そべっていたはしたない姿はしっかりと見られている。

 兄に告げ口はするなと、釘を刺しておいた方がいいだろうか?


 俺のジト目を見事にスルーして悠々とソファに座り込むアーサーに、少しだけ嫌味を言ってみる。

「以前から思っていたけれど、アーサーは優秀な魔法使いなんですね。こんなことが平気でできるんだから」

「人に言わないでね」

「え、どうしてですか? でいうか、兄やオクモンド様の前でやってるじゃないですか」

「彼らは一々、言わない。僕がどれだけのことができるのかも、調べない」

 どうやら彼が優秀だということは周知の事実だが、何がどこまでできるかは秘密ではあるらしい。

 だから最初にあった時に、兄とオクモンド様が俺の怪我を治療するのも、できるかどうか聞いたのかもしれない。

 まぁ、気難しそうなアーサーの気分次第ということもあったのかもしれないが。


「…………」

「…………」


 嫌味もあっさりと返されて、なんとなく無言になってしまう。

 いや、遊びに来ないかな、なんて呟いてしまったのは俺だが、それで本当に来られても困る。

 共通の話題がないのだ。

 先日会った無口な彼に、魔法以外のことで何を話せばいいのだろう?

 生い立ちを根掘り葉掘り聞く訳にもいかないし、こちらの話を一方的にする訳にもいかないだろう。


 俺は手持ち無沙汰になり、お茶の用意をした方がいいのだろうかと考えるが、アクネに二人分は頼めない。

 アーサーがここにいる姿を見たら、悲鳴を上げるのは間違いないだろう。

 先日、来訪した時にはゲーテと共によく耐えたなぁと思ったものである。

 この人外離れした美貌に頬を染めることもなく、椅子ごと浮くという魔法を見せられて悲鳴を上げることさえしなかった。

 美貌に関しては、ひたすら目を瞑ってやり過ごしていたようだが。


 そんなことを考えていると、アーサーが「お茶飲む?」と声をかけてきた。

「あ、そうですね。ですが、侍女を呼ぶのはちょっと……。アーサーがここにいることは知られたくないので……」

「何故?」

「未婚の男女が二人きりで、一つの部屋にいる訳にはいかないのですよ」

「何故?」

「誤解が生じるからです」

「誤解?」

 ……なんか疲れる。


 このもの知らずは、一体どういうことなのだろう?

 仮にもアーサーは王宮魔法使いで城の一角に住んでいるのだから、貴族の常識ぐらい耳に入るはずだが。

 あれかな、天才過ぎて他者の常識など耳に入らなかったのかな?

 それとも、この独特な性格の所為なのか?

 ちょっとあの子に似ている気がするが、あの子はもっとしっかりしていたな。


 なんて説明したら納得してくれるのかと考えていると、どこからともなくアーサーがお茶のセットを目の前のテーブルの上に出現させた。

 おっ⁉ と目を開く。

 湯気の出るティーポットからカップに湯を注ぐと、俺の前と自分の前に置いた。

「お茶ぐらい自分で用意できる。侍女を呼ぶ必要などない」

 あ、そういうことね。

 彼の常識では自分で用意できるのに、わざわざ侍女を呼ぶという行為が不思議だったのだろう。

 そして多分、彼の中では自分の美貌より劣る俺と二人でいても誤解など生じることはないと考えているのかもしれない。

 一応中身はおっさんでも外見は十五歳の美少女だぞ、このやろう。

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