あれから……
アレンに迫る追手を躱しながら、到着した小さな町。
数日前に王都に寄った時に俺の愛用の剣は修理に出してしまい、今は仮の剣で本調子が出ない。
それでも前日に傭兵仕事をして、先ほどまで追手を相手にしていた俺は、宿屋に着くと疲れのあまり眠ってしまった。
目が覚めるとそこにアレンの姿はなかった。
日は暮れかけている。
飛び起きて宿屋から走り出る。
アレンなら大丈夫。あいつは強い魔法使いだ。
そう思いながらも、あいつに何かあったらと考えるだけで、俺の心は乱れた。
何件目かの店を調べて外に出た瞬間、足元に小さな男の子が蹲っていた。
もう少しで踏みそうになった俺は、何とか耐えて子供に「こんな所に居たら危ないよ」と注意する。
すると男の子は顔を上げて「犬がどこかに行っちゃった」と泣き叫んだ。
子供には悪いが、今の俺には先にやらなければならないことがある。
俺は子供をあやしながらも手伝えないことを口にする。
「いや、俺も息子がどこかに行ってしまって探さなければいけないから、悪いが犬のことは……」
「さっきここにいた金髪のお兄ちゃんにもそう言ったら、買い物ついでに探してくれるって言ったよ。お兄ちゃんがおじさんの息子?」
「え、アレンが? どっちに行った?」
「あっち。教会の跡地に行ったよ」
俺は子供の言葉を信じて、アレンを探しに向かった。
子供の指示した場所は、街の外れにある人通りのない廃墟で、瓦礫の中にかろうじて教会の印が残っていた。
ここで間違いないだろうが、こんな所にアレンや犬がいるというのは疑わしかった。
しかし追いかけられた犬が迷い込んで入ったとも考えられる。
俺は慎重に歩を進めた。
「アレン、ここにいるのか? アレーン!」
大声で呼びかけるも、どこからも返答はない。
「アレーン、ついでに犬ー、どっちもいないのかー」
どれほど叫んでも、一向に気配は感じない。
ここではないなと俺が踵を返したところで、ヒュンと音を立てて何かが顔の横を通り過ぎた。
身構えるも、それは連続で飛んでくる。
どうやら飛んできたのは、弓矢のようだった。
剣で躱すも、その中の一つが頬をかすめた。
どこから飛んでくるのか、射手の場所が掴めず瓦礫の中に身を隠す。
そしてクラリと目が霞んだ。
その弓矢には毒が塗られていたのだ。
けれど俺は、ある程度の毒には耐性がある。
暫く安静にしていれば、すぐに治まる。
だが問題なのは、これを射かけてきた奴が俺にそんな猶予をくれるかということだ。
俺は辺りを見渡し、身を顰めながらその場を離れようとした。
だが、すぐに見つかり取り囲まれた俺は、敵と対峙した。
相手は五人。
毒で思うように体は動かないが、どうにか全員を倒す。
安堵したところで、建物の中に金色と茶色のふさふさ毛が目に入った。
そっと近付いた俺は、そこに転がっているアレンと犬を発見した。
その体はピクリとも動かない。
まさか、アレン⁉
慌ててその体を抱き起して……。
グサッ!
幻影魔法。
アレンの姿をした魔法使いに刺されたのだ。
だがその姿は、すぐに大人のものへと戻ったので、俺はその手に握る剣で返り討ちにした。
魔法使いに手をかけるのは心情的に辛いものがあるが、敵である以上、生かしておいてはアレンの身に危険が迫る。
俺は意を決して、剣を握る腕に力を込めたのだ。
正直、幻影魔法がすぐに解けたことに感謝した。
アレンの姿のままだったら、俺は剣を向けることなどできなかっただろうから。
ゴロリと倒れ込んだ魔法使いは酷くやつれていて、そして心なしか満足そうな顔をしていた。
何故かこの魔法使いの顔が脳裏に残る。
それにしても幻影魔法など、今までの追手で魔法使いが現れたのは初めてだった。
蹲っていた子供も、この魔法使いだったのかもしれない。
ご丁寧に犬の玩具まで用意しやがって。
まあ、アレンなら魔法使いが相手でも軽くやっつけることができるだろう。
そう、俺がいなくても……。
そう思った瞬間、ガクッと体の力が抜ける。
その場に倒れ込み、俺は動けなくなる。
あ、はは。これは毒だけの所為じゃないな。刺された傷が、想像以上に深かったようだ。
アレンは、もう宿に戻っているかな?
探しになんて出ないで、大人しく待っておくんだった。
そうすれば今頃……。
爆睡して目が覚めたそこには、アレンが大量に買い込んだ食事を手に、ブスッと頬を膨らませて俺に言うんだ。
「やっと起きた。この馬鹿親父」
目が覚めると、見慣れた天井が目につく。
ああ、ここは王都のコンウェル邸。
俺はゆっくりと起き上がった。
今の夢は、セディが亡くなった時のことだ。
俺を刺した魔法使い。彼は王妃様に騙されて、俺を助けるために俺に刃を向けた。
満足そうな彼の死に顔を思い出し、俺は髪をかき上げる。
元からあの魔法使いを恨む気持ちはなかったが、今は彼の心が少しでも安らかであったことに安堵する。
例えそれが俺を殺した満足感であったとしても。
少しの間、彼を思い出していると扉をノックする音が聞こえた。
返事をすると、入って来たのはアクネである。
「おはようございます、セリーヌ様。本日はお城に向かわれるのですよね。お洋服は如何いたしましょう?」
そう訊ねられて、俺はう~んと考えた。
あの騒動から十日が経った。
王宮は未だに大騒ぎである。
それもそのはず。
王都で騒がしていた盗賊団〔闇夜の蛇尾〕が起こした大事件。
王侯貴族を人質に、デビュタント会場を乗っ取ったのだ。
しかもその裏にはスフェラン侯爵率いる旧王族派が関わり、その黒幕が王妃様と王女様なのだ。
その王族二人は、今までにも色々な悪事を行っていた。
余罪があり過ぎて、全てを調べ上げ裏を取るにも三か月はかかるだろうと言われている。
王妃様に加担していた旧王族派も次々に投獄され、王都の牢はいっぱいだ。
仕方がないので盗賊団の下っ端は、地方の牢に入れられることが決まった。
オクモンド様と次兄は休む間もなく働いている。
内情を知る長兄も駆り出されている始末だ。
この十日間、家にも帰っていないので三人には会えていない。
ただ一人、アレンだけは転移魔法で自室に会いに来てくれる。
それでも、ほんの数分そこらで帰ってしまうのだから、忙しさが半端ないことが想像できる。
そうして今日、やっと時間ができたので俺の話を聞きたいと国王陛下に呼ばれた。
できるだけ極秘にということだが、とりあえずはオクモンド様の執務室で長兄と次兄、アレンと一緒に話すことになった。
改めて会うとなると皆、どんな反応を示すだろうかと少しだけ不安になる。
おっさんの記憶を持つ俺に、拒否感はないだろうかと考えてしまうのだ。