宴の終わり
「本当にアーサーの言う通りだな。エメルダの言っていたことは半分は真実で、半分は違う。私は怒りのあまり過ちを犯した。だが、セディのためだけに王族を粛清した訳ではない。セディが殺されたと聞いた時、このまま放置していたら王族は取り返しのつかない過ちを犯すと、あの時、身をもって理解したのだ。家族を笑いながら殺す輩が支配しているのだ。そんな国が亡ぶのに、そう時間はかからないだろうと。私はセディと約束していた。いつか平和な国を作ると。だから行動に移したのだ。動くのは今だと」
ヨハン兄上の口から、あの日の真実が語られた。
兄上は、衝動的にただ破滅に赴いたのではない。
ちゃんと国を、未来を見つめていたのだ。
「だからセディ、あの事件は君が元凶なんかではない。一人で業を背負わなくてもいいんだよ」
そう言って微笑む兄上に、俺はまた涙がこみ上げる。
俺の死でヨハン兄上の人生を変えたと思い込んでいた俺を労わるように語られた真実。
思わず腰に回ったアレンの腕を掴む。
そんな俺や兄上を見ながら、クロムがボソッと呟いた。
「……私は違います。私は色々と限界だった。だからこそ、唯一心の支えだったセドリック様が死んだと聞かされて、俺は、俺は何もかもがどうでもよくなったんだ。何もかもなくなれと。その後の記憶は、ない」
俯きながらも、過去を思い出し心のままに語り出したクロム。
彼の中で、気持ちを整理しているのかもしれない、
「記憶がないから、俺は自分が何をやっていたか話すことはできない。だけど気がついたら、目の前に王族が立っていた。お前の言葉で周辺を見て、ああ、俺がやったんだなと朧気にそう思った。するとお前が言った。どうすれば俺は止まるのかと。だから俺はセドリック様のことを考えた。口から出た答えは昔、俺を守ってセドリック様が兄王子たちに蹴られながらも言った言葉だった。必ずいつか魔法使いの待遇を改善すると」
俺は昔、何度か自分と同じ年頃の子供たちが、兄王子たちの玩具にされて傷付いている姿を目にしていた。
我慢できずに走り出て、結局は助けられずに同じようにボコボコにされた。
そんな俺が偉そうに語った言葉を、この魔法使いは覚えてくれていたんだ。
過去の苦い記憶に俺は下唇を噛む。
クロムはぼんやりしながらも、語り続けた。
「その後の記憶も正直言うと、ほとんどない。覚えているのは、目の前に王妃が居て、その言葉通りに動く自分がいるということだけ。人の言う通りに動くのは楽でいい。何も考えなくて済むからだ。だけど任務の途中でバーナード、お前に会った」
いきなり長兄の名前が出て来て、驚いて彼を見る。
長兄は眉間に皺を寄せて、視線の合わないクロムを見ていた。
「何度か会ううちに、お前は言った。自分の妹の影になって守ってくれないかと。なんで俺が小娘なんかを守らないといけないと、俺は憤慨した。だけどバーナードに紹介された少女は、俺の知っている誰かの気配によく似ていたんだ。それがセドリック様とはわからなかった。まさかセドリック様の魂がこの世に残っているなんて思わなかったから。でも、それでも俺は貴方に興味を引かれ、結局は領地からの道のり、ずっと貴方の側に……居ました」
また口調が丁寧な物へと変わる。
俯いているのでその表情はわからないが、僅かながらもその口角は上がっているようにも見える。
「何度か変な輩が馬車を襲おうとしたり、宿に着けば見るからに貴族の令息が近寄ってきたりしていたので、全て払いのけました。そうして貴方を……観察し続けた。貴方は普通の女の子で、普通の女の子なのに、それでもどこか普通とは違うと感じていた。そんな感情が自分でも理解できなかった。そうして王都に着いても、貴方は相変わらず誰かに狙われていた。だけど、そんな貴方に俺じゃない魔法使いが近寄った。それも膨大な魔力を持つ魔法使い。俺でも簡単には手が出せないと、俺は様子を見ることにした。その間にも王妃に呼びつけられて仕事をさせられたりはしたが、貴方のことが頭から離れなくて、結局はロクに仕事もできない状態が続いた」
以前、盗賊たちが言っていた。
俺を捕まえた奴らだけじゃなく、他にも動いていた奴らがいたと。
でもことごとく邪魔され、失敗に終わっていた。
それはこのクロムが動いてくれていたのか。
領地から王都での出来事は、エリザベート様に会ってもいなかったので盗賊たちとは関係のない事柄だったのだろうが、それでもずっとアレンのいない所では俺を守ってくれていたのだ。
長兄に頼まれた、懐かしい気配を持つ俺を……。
「クロム、俺知らない間にお前に守られていたんだな。ありがとう」
俺がクロムの話を遮って礼を言うと、彼はゆっくりと俺の方を向いた。
初めて視線が合う。
「私の方こそ……。生きていてくれて、ありがとうございます」
そう言ったクロムは泣き笑いのような複雑な表情で俺を見つめた後、スッと背筋を伸ばして、その場に跪いた。
「貴方が生きていてくれるのなら、私はもう何も望まない。罪を償います」
その様子に国王陛下が騎士に声を掛けようとするのを、俺は慌てて止めた。
それからアレンに目配せで、俺を離すよう頼む。
アレンは渋々俺から手を離すが、それでも離れまいと隣を陣取る。
俺はゆっくりとクロムの肩に手を置いた。
ビクリと跳ねるその肩に手を置いたまま、俺はクロムに微笑んだ。
「俺は望むよ、クロム。お前は終戦を導いた魔法使いだ。王妃様にいいように利用された罪は償わないといけないが、国に貢献した褒美ももらえるはずだ。お前のお陰で魔法使いの立場は改善され、平和に導いた」
俺がそう言うと、クロムは顔を上げ大きく目を開いた。
その視線に応えるようにコクリと頷くと、続いて国王陛下に視線を向けた。
「国王陛下、お願いがあります。諸々の問題もありましょうが、クロムに褒美をお願いします。暴走したとはいえ、彼が起こした行動は間違いなく終戦のきっかけになったのですから」
真面目な顔でそう嘆願すると、国王陛下が頷くより先にアレンがポンッと手を打った。
「そうだ。ちょうどいい。僕の代わりにクロムを魔法塔の長にするといいよ。僕は王宮魔法使いを辞めるから」
ニッコリと微笑むアレンにクロムだけでなく、その場にいる全ての者が驚愕する。
すると姿を消しながらもバックアップ(盗賊を倒したり、捕まっていた魔法使いや騎士を開放したり、怪我人を治療したり)してくれていた魔法塔の魔法使いたちがその場に現れる。
「何を言っているんですか、長⁉」
「冗談は顔だけにしてくださいよ」
「そんなこと、初めて聞きました」
口々に喚く魔法使いたちに、アレンは「王宮魔法使いを辞めるってヨハンには言ったよ」とあっさりとした口調で返すが、魔法使いたちに「ふざけないでください」と怒鳴られる。
「百歩譲って王宮魔法使いを辞めるのはいいですよ。けれど、魔法塔の長は貴方にしか務められません。曲者揃いの魔法使いを貴方以外の誰が束ねられると言うのですか?」
「それさあ、そもそも何で皆、僕の言うこと聞いちゃうかなあ? 歯向かってもいいよっていつも言ってるのに、誰も逆らわないんだもん。白けるよね」
「だ・か・ら、貴方と対等に戦っても勝てないからに決まってるでしょう。魔法はもちろんのこと、魔道具造りも魔法の研究も、無口なくせに論破合戦でも勝つじゃないですか、貴方」
「僕に偉そうにできるのはセリーヌだけだよ」
意外なところでアレンの負けず嫌いが出ていたようだ。
優秀過ぎるこの男は、自分が損をしてでも他者に負けるのは気に入らなかったのだろう。
気付けば王宮魔法使いにとどまらず、賢者の称号や魔法塔の長などもやらされていたのだ。
「ある意味、自業自得だよな」
ケケケと笑う俺を見て、アレンがジト目を向ける。
「因みに僕には領地があるから、結婚したら王都に留め置かれている僕の代わりにセリーヌが領地経営しないといけないよ」
アレンの言葉に俺はピシリと固まる。
「……王都を離れて二人で領地経営しようか、ダーリン♡」
「だね、ハニー♡」
「こらこらこら!」
思わず現実逃避してしまった俺に、長兄の雷が落ちる。
「二人共いい加減にしないか。そういう話は後日にしろ。とにかく今は、国王陛下」
くるっと方向転換して国王陛下に視線を向ける長兄。
「な、何だ?」
驚く陛下に、長兄はキリッとした表情でこう告げた。
「疲れました。休みましょう」
そうだなと皆が深く頷くのを、俺は笑顔で見つめたのだった。