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後に残る者たち

 王族二人と盗賊たちが連行される中、スフェラン侯爵と娘のローラ様は座り込んだまま、青い顔で国王陛下を見つめていた。

「スフェラン侯爵」

 国王陛下が声をかけると、弾かれたように足元に飛んでいきひれ伏す。


「申し訳ございません、国王陛下。どうやら私は騙されていたようです。旧王族派の者が次々と捕縛されていく中、いつ自分の番が回って来るのかと怯え、夜もロクに眠れない日々が続いていました。国王陛下を心底恐れていたのです。だから王妃様の甘言に惑わされたのです。生きている旧王族派の身分を返上させるために協力しないかと。それで元アクガノ伯爵である闇夜の蛇尾のお頭を匿い、エリザベート様の命令の元、犯罪に手を貸してしまいました」


 どうやらスフェラン侯爵は旧王族派ではあったが、特に罪を犯していた訳ではなかったようだ。

 だが冤罪で次々に捕まっていく同胞を見て、次は己の番だと密かに怯えた。

 そんなところを王妃様に利用されたのだろう。

 仲間にされて、本当の犯罪に手を染めたのだ。

 表では決してバレないようにバトラード公爵の影に隠れて、裏では盗賊団を匿い王妃様の邪魔になる貴族を誘拐、殺害と処分していった。

 まあ、それもどこまでが本当のことかわからないが……。


「まさか怯える対象が陛下ではなく王妃様であったとは……。私が愚かでした。罪は償います。ですが娘だけは、どうか娘だけは見逃してくださいませんか?」

 縋るスフェラン侯爵の後ろには、怯えた様子のローラ様が国王陛下を見つめていた。

「それは無理だ。貴殿の娘はエリザにいいように使われていたのだろう。罪も犯しているはずだ」

 国王陛下が情け容赦なく拒絶すると、スフェラン侯爵はその場で泣き崩れた。

 そんな父親にローラ様が駆け寄り、寄り添いながら涙する。


「私は、私はただエリザベート様に命令されて友人を紹介しただけで……。ルドルフ様と結婚させてあげるからと言われ、友人をサーカス場に案内しただけです。私は、ルドルフ様をお慕いしていただけなんです」

 嗚咽交じりで出る言葉に、あの時の黒幕はお前かー! とこめかみがピクリと動く。

 サーカス場で令息令嬢に絡まれた件はエリザベート様が黒幕だと思っていたのに、まさかのローラ様。

 立派な犯罪の片棒を担いでくれてやがりました。

 しかもその理由に次兄の名を挙げるとは、許せん。


 次兄もまさか自分の名前が出てくるとは思いもよらなかったみたいで、目を丸くしている。

 長兄が「彼女の想いには気付いていたのか?」と訊ねているが、次兄は「夜会の時は側をうろついていましたが、どちらかと言うとイザヴェリ嬢と張り合ってオクモンド様を狙っていましたけど」と返していた。


 ローラ様は、パッと見た限り儚げなタイプだ。

 気の強い令嬢が多くいる中で、珍しいと言えよう。

 そんな令嬢が泣き崩れている姿には大抵の者が庇護欲を掻き立てられるだろうが、俺は全くそんな感情を抱かなかった。

 それところが、逆にむかっ腹が立つ。

 こいつ結局は、自分は悪くないと言いたいのか?

 エリザベート様に命令されただけ。

 友達を紹介しただけ。

 自分のことばかりで、庇ってくれた父親に対しても擁護はなし。


 俺が半眼でいると、国王陛下の冷たい声が響いた。

「たとえそれが本当だとしても、それ以外にもやっているだろう⁉ 関係がない人間がエリザと共に盗賊を従えて登場するはずがない。この場にノコノコ現れている時点で、君も立派な共犯者だ。君の友達が犯していた事件には、亡くなった令嬢もいる。これから調べ上げれば君の余罪も出てくるだろう。楽しみにしていることだ」

 国王陛下の容赦ない言葉に、ローラ様は涙を止めた。

 どうやら泣き真似だったようで、儚げな雰囲気から一変、不遜な態度になる。


 すくっと立ち上がると、ドレスの埃を払って国王陛下を睨みつけた。

「ふん。元はと言えば貴方が妻や娘の犯罪に気が付かないで、野放しにしていたのがいけないんじゃないの。多くの人間がその犯罪に巻き込まれたのよ。私が共犯だと言うのなら、貴方も立派な王妃の共犯よ!」

 国王陛下の眉間の皺が深くなる。

 そして何故か次兄を振り返ると「貴方も、好きだと言ってくれている令嬢に対して手を差し伸べることもできないの? とんだ顔だけ男ね」と悪態をついた。

 次兄は「いや、君に興味はないし」と真顔で呆れている。

 どうやら次兄を好きだと言ったのは、味方をしてもらおうと画策した結果だったようだ。

 だがそんな意味のない言葉に、次兄が引っかかる訳もない。

 羞恥と怒りで顔を真っ赤にしたローラ様は「所詮はオクモンド様の腰ぎんちゃくよね」とさらに悪態をついた。


 俺が怒りで暴れる前に国王陛下が連れて行けと騎士に命令して、スフェラン侯爵と共にローラ様も捕縛された。

 途中、何度も「私に触らないで」と叫ぶローラ様と、ベソベソと泣く侯爵がこけそうになる姿を目にする。

 やはり王都の令嬢は気が強い。



 そうして最後に残ったクロムを、騎士たちは警戒しながら囲い込んでいる。

 終戦の引き金になった魔法使い。

 戦地を灰にした最強の魔法使い。

 そんな相手に、簡単には手が出せないのだろう。


 国王陛下は騎士たちに手を上げてその場にとどめると、自らクロムの側に行った。

「久しぶりだな、クロムよ。私を覚えているか?」

「……あの時の王族か?」

「ああ。お互いエメルダの嘘にまんまと騙されたようだ」

「……後悔はしていない。セドリック様が死んだのは本当のことだった。俺はセドリック様がいないのなら、この国など滅んでしまえと思ったからな」

「私も同じだ。セディがいないこの国に何の価値があるのだと本気で思った」


 い、いたたまれない……。

 俺を大切に思って大変なことをやってしまった二人の言葉に、身の置きどころがなくなる。

 どうして俺が死んだだけで、この国がいらないと思ってしまったんだ?

 確かに苦しい時代だったけれど、この国には生きている人間は沢山いたんだ。

 俺なんかより善良で、素晴らしい人も。

 それなのにこの二人は、俺の死によって沢山の人を殺してしまった。

 俺の所為で……。


 俺は二人が話しているところに口を挟んだ。

「すまない。俺の所為で二人が暴走するなんて、そんなこと一度も考えたことなかった。でも、そのお陰で今この国が平和になったというのなら、俺は二人に感謝する。俺なんかのために血に染めたその手を、俺は愛しく思う。そして二人には、どうかそのことを忘れてほしい。その業は俺が背負う。俺が全ての元凶だ」


 キリッとした表情でそう言ったのだが、アレンに抱え込まれている十五歳の美少女の姿では些かその言葉に重みがなかったのか、二人だけでなく他の王族も兄たちも、騎士や貴族たちまでもがポカーンとしていた。

「……セドリック様、どうしてそんなお姿に?」

「そうだ、セディ。説明してくれ」

 呆然とした状態で問うクロムに、ヨハン兄上が同調する。

 そんな二人に俺は胸を張ってやる。

「そんなって、美少女だぞ。おっさんより、いいだろう」

「あ、いえ、え? ええっと……」

 クロムが目を白黒させている。

 先ほどまでの異様な雰囲気が嘘のように、今では小さな迷子の少年のように戸惑っている。


「セディは僕のだからね。僕のためだけに生き返ってくれたの。近寄らないでね」

 アレンがクロムと国王陛下を牽制する。

「アーサーの魔法とか言っていたな。まさか本当に……」

「そうだよ。僕は君たちとは違って破滅を選択するんじゃなくて、その能力を使って生をもたらした。平和を望むセディに恥じる生き方だけはしたくなかったからね」

「アレン……」

 俺は目を丸くした。

 そんな風に考えて、俺のいない十五年を生きてくれていたのか⁉

 ちゃんと俺という父親の考えを理解していてくれたことに、感無量になる。

 でも、同時に罪悪感も湧き上がる。


「アレン、俺、ずっとお前のことを疑っていた。もしかしたら戦地を灰にした魔法使い、それはお前なんじゃないかと」

「多分そうじゃないかと思ってたよ。まあ、あの時セディに魔力のほとんどを注がなかったら、そういう未来もあったかもしれないね」

「え?」

「言ったでしょう。髪の色が変わるくらいには魔力を消費したって。それで戦地を灰にする力なんて残っているはずがない。やりたくてもやれなかったんだよ」

 そう嘯くアレンに、俺は呆然とした。


 アレンは結果的に俺を助けるために力を使い切ってしまったが、国王陛下とクロムの気持ちはわかると言っているのだ。

 紙一重で決まった行動。

 それほど俺の存在は、アレンにもヨハン兄上にもクロムにも、そうして俺を殺した魔法使いにも大きな影響を与えていた。

 そんな気持ちを、俺はちゃんと受け止めないといけない。

 俺は真実から目を背けるなと後押ししてくれたアレンに、目を潤ませる。


「アレン、お前いい男だな」

「何を今更⁉ いつも言ってるでしょう。セリーヌのことを一番わかっているのは僕だって」

 うんうんうん、と頷く俺に国王陛下が苦笑した。

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