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王妃様、捕縛

 頼りにしていた魔法使いが捕まり、騎士にも見放された王妃様が、残った盗賊を金で動かそうとしたが、夫である国王陛下に冷たい声で遮られた。

「我々の金は民の血税。国を守り民を守る引き換えに手にする物だ。それを民の敵である犯罪者に支払うなど、できるものか」

 国王陛下の言葉に一瞬、身をすくませた王妃様ではあったが、すぐに顔を上げて陛下に微笑んだ。


「ねえ、ヨハシュト。わたくしは国のために、ずっと身を粉にして働いてきたわ。貴方を支えて他国との橋渡しもしてきたでしょう。わたくしの功績は貴方が一番よく知っているはず。わたくし無しで、この国の栄はありえない。違うかしら?」

「ああ、そうだな。だけど、それと同時に混乱も招いていたのだろう。そして君の思考は、これからも国を乱すものだ。そんな君を王妃の座に置いてはおけない」

 国王陛下が手を上げると、騎士が一斉に王妃を取り囲む。

「ま、待って! わたくしは貴方のためにしたのよ。貴方だってわかっているでしょう⁉ 反乱分子も政には必要だってこと。セドリック様のようにキレイ事だけでは国は成り立たない。時には汚いことだって必要なの。それをわたくしが貴方の代わりにやってあげていたのよ。そうでもしないと、反抗心は膨れ上がり大変なことになるわ」

「その結果が、これなのだろう⁉ では膨れ上がったものは根本を断つしかないな」


 国王陛下の合図で、騎士が王妃様を拘束しようと手を伸ばす。

 王妃様はその手を扇で叩いた。

「何をする気? わたくしに触れたら打ち首に処すわ!」

「はなから君にそんな権限はない。構わず捕らえろ」


 その時、突然王妃様の前にクロムが姿を現した。

 一瞬にして緊張が走る。


「クロム!」

 王妃様は絶体絶命の状態で味方が来たと喜び、その背中に縋り付く。

「遅かったじゃないの。わたくしを不安にさせた罰は後からキッチリ償ってもらうわよ。とりあえずは、わたくしに牙をむくこいつらを倒しなさい。家族だろうと関係ないわ。いつものように跪くなら許してあげないこともなかったけれど、わたくしを捕えようとするなんて。もう貴方はいらないわ、ヨハシュト。オークさえいれば、いえ、王子一人残していれば、後は殺っても構わない」

 そう言って家族に振り向く王妃様の顔は、醜く歪んでいた。


 現国王を殺して、自分の言いなりになる王子一人を残して次代の王にする。

 そうしてこの国に自分が君臨することを、一瞬にして想像したのだろう。

 自分の傀儡にならない子供は殺せと言う母親に、王子たちは驚愕した。

 信じられないと思いながらも、これは現実だ。

 だがクロムの表情は、抜けきっていた。

 王妃様に後ろから喚かれ、揺さぶられても反応しない。

 ただゆっくりと、壊れた玩具のようにギギギッと振り返ると、低い低い声を出した。


「セドリック様を殺したのは、お前か?」

「ひっ!」


 ドスンと音を立てて、王妃様が座り込む。

「な、何故それを……。いえ、違うわ。わたくしは、ただ……」

「ただ?」

 ゆらりと首を横にして近付くクロムに、王妃様は座ったままズリズリと後退する。

 そして「ひいいぃぃ」と四つん這いで逃げる王妃様に、クロムが手を振り上げた。


「やめろ、クロム! お前がそこまでしなくていい」

 俺はクロムの背中に抱き着いた。

 セディなら格好よく手を掴んで魔法が発動するのを防いだだろうが、いかんせん、セリーヌのこの体では長身のクロムに抱き着くのが精一杯だった。

「お疲れ様、もうゆっくりしていいよ」

 殊更優しく、落ち着かせるように気遣いながら話しかけた俺に、クロムはゆっくりと振り返る。


「貴方は……セドリック様?」

 先ほど俺をセディだと認めていたのに、今はそのことも忘れているようだ。

 実験で色々されたクロムを王妃様は情状不安定と言っていたが、それはこういうことかと舌打ちしたくなる。

 不思議そうに首を傾げるクロムに、俺は優しく微笑みかける。

「そうだけど違うとも言えるかな? 今の俺はセリーヌ・コンウェルっていうんだ。改めてよろしく」


 今更ながらに挨拶をする俺にクロムが手を伸ばそうとした、ところでヒョイと俺の体は後ろから抱え込まれた。

「触らないで。これは僕の」

 アレンである。

 俺はアレンの顔をパチクリと見る。

「ア、レン?」

「薄情者。敵に抱き着くなんて、どういうつもり?」

「え、無事なのか? どこも怪我はしていないな?」

 俺は慌ててアレンの体をベタベタと触る。


「だから、こうしてここにいるんでしょう。ルドルフみたいなことしないで。それよりも……」

 半眼で見つめてくるアレンに、俺はへへへと笑う。

「ああ、ごめん。でも抱き着いた訳ではないよ。魔法を止めようとしただけ」

「体を張って? 無謀にもほどがある。魔法で弾き飛ばされたらどうする気?」

「えっと、その時は頑張って受け身をしよう」

「できる訳ないでしょう。魔法を舐めないで」

「舐めてない。己の力を過信しているだけ」

「馬鹿でしょう」


 いつもの調子でアレンと言い合っていると、クロムがペタリとその場に座り込んだ。

「え、クロム。まさか怪我しているのか?」

 俺がクロムに視線を向けると、アレンが「お互い無傷だよ。周辺は崩壊したけど」と言って俺をさらに抱え込む。

「くく、苦しい。アレンやめろ。行かないから。逃げないから、一旦離せ」

「本当かなあ⁉ 信じられない」



 そんなことをしている間に、国王陛下の命令で、王妃様が騎士に捕らえられた。

 座り込んでいるところを両脇を抱えられて無理に立たされる屈辱的な行為に、王妃様は顔を赤らめ怒鳴りつける。

「は、離しなさい! わたくしを誰だと思っているの⁉ ヨハシュト、わたくしがいなくなったら政はどうする気? 貴方一人でなんて絶対に無理よ。必ずわたくしの手が必要になるわ」

 暴れる王妃様に国王陛下、ではなくずっと大人しくて存在感のなかった弟王子のオリアドル様が口を開いた。


「母上の役目は私がいたします」

「は?」

 呆ける王妃様に、オリアドル王子は澄ました顔で言い切った。

「私は母上と姉上が、何やらよからぬ行動をとっていることを知っていました。だけどそれが何か、私では暴くことはできませんでした。ですから母上が失脚した場合、代わりに動けるよう母上の仕事を盗み見していました。補助役の外務大臣や財務大臣にも話はつけてあります。ご心配なく。貴方の手がなくても、この国は立派にやっていけます」


 そう言って残っていた貴族の中の大臣二人と頷き合う。

 王妃様はそれを見て、へなへなとその場に座り込んでしまった。

 ちゃんと母親と姉の不審な様子に気が付き、解決できずとも最悪の場合を考えて行動をとっていたオリアドル王子。

 僅か十四歳でこれほどの立ち回りができるとは、存在が薄いなどと思っていてごめんなさい。

 俺は思わず呟く。

「オリアドル王子、格好いい」


 その言葉を耳にしたオリアドル王子は驚いたように俺を見つめると、うっすらと頬を染めて視線を逸らした。

 おお、初々しくて可愛いな。

 その微笑ましい姿にニコニコと笑っていると、アレンに頬を引っ張られる。

「ひひゃい。(痛い。)はにふふんだ?(何するんだ?)」

「ねえ、それわざと? 天然ならムカつく」

「はにが?(何が?)」

 アレンがムスッと俺を見る。

 よくわからないが、かなり機嫌を損ねているようだ。

 俺は無駄な抵抗をせずに、アレンの気が済むまで頬をムニムニさせた。



「聞いての通り、お前の役目はオリアドルが引き継いでくれる。もうお前の出る幕はない。潔く罪を認めて罰を受けよ」

 俺たちがふざけている間にも国王陛下がそう断言し、王妃様は脱力したまま騎士に抱えられるように連行されていった。

 盗賊たちも同じ。

 両手を上げて降参を宣言すると、次々と捕縛されていく。

 盗賊団のお頭は俺に蹴り倒され、依頼主だったエリザベート様は己の魔力暴走で気を失い、黒幕だった王妃様は捕縛されたのだ。

 もう誰も反抗する気力はない。

 そうして残ったのは……。

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