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反吐が出る真実を

 誰もが笑顔を絶やさない王妃様を空恐ろしく感じながらも、彼女の昔語りに耳を傾ける。

「お父様はわざわざ城に来て、見えない所を殴るようになったわ。まだかまだかと催促しながら、わたくしを殴るの。知らなかったでしょう、ヨハシュト。表面上だけ取り繕う貴方には、わたくしが見えていなかったもの」

「確かに、知らなかった。だが私は決して表面上だけで君と居た訳では……」

「いいのよ、別に。普段自分を蔑ろにしている父親から無理矢理押し付けられた嫁を愛せなんて、そんなことは言わないわ。それでなくても貴方の眼には、セドリック様しか映っていなかった。セドリック様がいる時だけ、貴方の眼はこの上なく優しいものになるの」

 俺は昔の兄上を思い出す。

 誰にでも隔たりなく接する優しい兄上だと思っていたが、それは違ったのだろうか?

 俺の前だけそうだったと……。


 王妃様は視線を俺に向けた。

「そんな時、セドリック様が姿を消した。滅亡した国の王女様の子供など誰も気になどしなかったけれど、ただ一人、ヨハシュトだけが必死にその行方を追ったわ。そうね、死に物狂いって、こんな行動をいうのかしらと、おかしくなるくらい」

 フフフと少女のように微笑む王妃様に、俺は背筋がゾッとした。


「それでね、貴方の姿を見ていて、ふと思ったの。セドリック様が死んだら、ヨハシュトはどうするのかしらと」

「!」

 息が詰まった。

 この女は今、なんて言った?

 震える手を思わず隣に伸ばす。

 空を切ってハッとする。

 必ずそこにある温もりが、今はない。

 アレンは、同等の力を持つ魔法使いと戦っているのだ。

 俺はギュッと空を切った手を握りしめた。


「いなくなっただけであれほど取り乱すのだから、死んだら壊れちゃうかしら? わたくしのように」

 クスクスと笑って首を傾げる王妃様が、得体のしれない化け物のように見える。

 ふと国王陛下を見ると、険しい顔で王妃様を凝視していた。

 妻の口から語られる真実を予想してしまったのだろう。

 オクモンド様が、気を失っているエリザベート様を抱きしめる腕に力を込めた。

 年少のオリファス様は目に涙をためて、兄王子のオリアドル様に抱き着いている。

 母親の歪んだ姿を見て、子供心に怖くなったのだろう。


 だが、王妃様はそんな家族の姿には気付きもしないで、楽しそうに話を続ける。

「心の通わない夫婦のわたくしたちでも、何か一つでも同じであれば気持ちが安らぐかもしれないと、そう思ってわたくし飼っていた魔法使いを送ったの。セドリック様を殺すように命じて。ああ、一応言っておくけどクロムとは違うわよ。セドリック様を殺した魔法使いは、その場でセドリック様の手によって殺されたから」

「君が……私のセディを殺したと、そう言うのか?」

 声を絞り出す国王陛下に、王妃様は笑顔を返す。

「そうよ。それなのに貴方ときたら、三年も経ってセドリック様の死を伝えてきた前国王が殺したと勘違いして、切り捨ててしまうんだもの。驚いたわ」

 心底驚いたというように胸を押さえる王妃様。

 国王陛下はフルフルと震えている。

 それは怒りからなのか、屈辱なのか、はたまた信じていた者の裏切りによる衝撃なのかは、わからない。


「前国王はセドリック様を失った貴方が泣き崩れるところが見たくて、わざわざ人払いをしていた。前国王と貴方とわたくししかいない場所で起こった惨劇。ある意味、自業自得よね。覚えている、ヨハシュト? 前国王を殺した後、放心する貴方にわたくしがなんて囁いたかを?」

 ゆっくりと顔を上げる国王陛下に、王妃様は恐ろしいことを口にした。


「セドリック様の死は、国王陛下一人の企みではありません。王族全員による同意なのです。目障りだったのでしょうね。幼い頃からやれ平等だとか魔法使いを解放しろとか、小煩く囀る王族の血を引く子供が。滅亡した国ではあっても、彼はれっきとした王族の子供。かの国の残党は、あちらこちらに散らばっていると聞きます。この国に滅ぼされた国の者たちが同盟を組み、彼を祭り上げ、いつかこの国に復讐すると思われていました。その上、彼に助けられた魔法使いは少なからずいます。例え、目に見えない救いにならなくても心の中で感謝している魔法使いが後を絶たない。そんな彼が反旗を翻したら……。それを恐れた王族が、声を上げたのです。今のうちに殺してしまえと。セドリック様は幼い魔法使いと二人で逃げていたようですね。そこを狙われたのでしょう」


 ニヤア~っと口角を上げて、兄上に囁いた言葉を聞かせる王妃様。

「フフフ、一言一句覚えているわ。そこまで言ったら貴方は剣を持って、部屋から出て行ったのよ。そうしてあの悲劇が催されたの。あっという間の出来事よ。あなた以外の王族は緩み切っていたから、誰一人反撃などできなかった。そうして貴方はただ一人生き残った王族として王位に就いた。わたくしの完全勝利よ」


 両手を胸の前に組み、誇らしげに顔を上げる王妃様の姿は、異様なものだった。

 まるで素晴らしいことをやり遂げた、そんな表情。

 この場にいる王妃様以外の全員が、青い顔をしている。

 誰もが予想だにしなかった真実を、そのサクランボのような小さな口から発しているのだ。


 王妃様はクルクルと回り出す。

 まるでダンスでも踊っているかのように。

「その後は本当に忙しかったわね。残った王族の側に居た者の罪を暴いて処理したり、罪のない者にはわざわざ冤罪を画策して処罰したり。そうそう、わたくしが王妃になったのを大喜びして祝いに来たお父様にはわたくし自ら突き付けてやったわ。彼の横領の証拠を」

 罪のある者も罪のない者も、まとめて旧王族派を処分したのは王妃様だった。

 その中には先ほど俺が蹴って意識を失い倒れているお頭、アクガノ伯爵も含まれているのだろう。


 スフェラン侯爵が叫ぶ。

「い、今の話は本当ですか、王妃様? 『国王陛下のなさりようには自分も目を覆うものがあります。旧王族派だからといって、誰彼構わず処分してしまうのは間違っています』とそう言って、私たちに協力を申し込んできたのは貴方ではないですか。それなのに、その元凶が自分だと、そう仰るのですか⁉」

 王妃様も仲間だとスフェラン侯爵の口から暴露される。

 だが王妃様は「いやあね、侯爵」とコロコロ笑った。


「わたくしの手のひらで、はしゃぐ貴方たちは可愛かったわよ」

「!」

 スフェラン侯爵はその場に頽れた。

 娘のローラ様が「お父様」と言って、その体を細腕で抱きしめる。


 兄上と共にこの国を平和に導いた素晴らしい王妃様。

 今までそう信じて疑わなかったのは俺だけではない。

 だからこそ、王妃様の告白に皆が悲しんでいるのが伝わる。

 ここにいる全ての者が、王妃様の手のひらで転がされていたのだ。

 娘のエリザベート様もスフェラン侯爵率いる旧王族派も盗賊たちも。

 全員を欺いて、国中を引っ掻き回した王妃様。

 だけどその行動の根本にあるのは……。


「……それでも、やはり貴方は兄上を愛していた。愛していたからこそ、こんなことまでして自分を見せようとした」

 違うかと問う俺に、王妃様は首を傾げた。

「まるっきり違うけど……。仮に、もしそうだとしてヨハシュトの愛を独り占めしていた貴方に、そんなことを言ってほしくはないわね」

 王妃様が俺の前に来る。

 慌てた長兄と次兄が走り寄って来るのを、俺は視線で止めた。

 お兄様たちは眉間に皺を寄せたが、王妃様との間に入ることはしなかった。

 彼女は俺の頬をツッと撫でる。


「優しくて可愛くて強~いセドリック様は、弱い者の味方。幼い頃から一生懸命魔法使いを守る貴方に、関わった全員が惑わされる。魔性の人。セドリック様は知ってるかしら? 先ほどのクロムも貴方を殺した魔法使いも、み~んな、幼い頃に貴方に助けられた魔法使いよ。それをわたくしが奪ったの。貴方という存在を餌にね」

「……どういう意味ですか?」

「言葉通りの意味よ。貴方を殺した魔法使いは、貴方の兄上たちから身を挺して庇った子供。結局は王族に捕まり玩具にされてボロボロのところを、わたくしが囁いたの。昔この王宮で唯一庇ってくれた子供を覚えている? あの子が酷い目にあっているの。裏で手を引いているのはセドリックという王族よと。フフフ、彼は貴方を守ろうと必死で貴方を追い、そして刺して自分も刺された。感動したわ。彼は幼い頃に数回助けられただけだというのに、命懸けで貴方を守ろうとしたのよ。大人になった貴方の姿を知らずにね」


 俺は全身の血が引いていくのがわかった。

 セディを刺したあの男。アレは俺を守ろうとしていたのか?

 そんな奴が俺を殺し、俺も奴を殺した。

 今思えばあいつは満足そうな顔をしていた。

 俺を守れたと安堵して逝ったというのか?


 青白い顔で震える俺に、王妃様は楽しそうに言った。

「そうそう、アーサーと戦っているクロム。あの子も貴方に助けられて貴方のために行動したのよ。戦地を灰にした魔法使い。それがクロムよ」

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