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微笑む存在

 長兄と次兄が会場に現れた瞬間、後ろにいる盗賊たちが全員倒れた。

「は?」

「ま、まさか、お前たち二人がやったのか?」

 その光景にわずかに残った盗賊とスフェラン侯爵が震えながらも、声を発する。

 だが、それに反応したのはエリザベート様だった。


「ありえないわよ! バーナード様はともかくとして、ルドルフ様にそんな力はないわよ。文官のお手本のようなひ弱さだもの」

「……心外ですね」

 こんな所でいきなり貶された次兄がムスッとする。

 確かに長兄と比べると次兄はひ弱に見えるかもしれないが、これでも幼い頃よりオクモンド様と一緒に剣を学んできたのだ。

 隊長クラスとは言わないが、それなりに強い。

 まあ、それでも会場中の盗賊を一瞬にして倒せるほどかと言うと、それは流石にない。

 ハッキリ言って剣でそれができるのなら、それはもう神業だ。


 すなわち、これは長兄と次兄の手柄ではない。

 先ほどアレンが呼んだ、魔法塔の魔法使いによるものだ。

 敵の手の内にある魔法使いを救出し、盗賊たちを倒したのだろう。

 よく見ると、ピクピクと痙攣していて少々焦げ臭い。

 以前アレンの指輪が放ったように、一斉に放電したのかもしれない。

 秘密裏に動く魔法使いが姿を現さないのをいいことに、長兄がさも自分がやったようにドヤ顔をしている。

 勘違いさせて威嚇しておこうという腹積もりなのだろう。


 全体の三分の二ほどの盗賊が倒れたことにより騎士が復活した会場内は、形勢逆転。

 こちらにやって来た騎士は俺たちの後ろに付き、王族を人質にしていたスフェラン侯爵とエリザベート様、そして残った盗賊を囲い込んだ。

 真っ青な顔のスフェラン侯爵の娘、ローラ様が思わずエリザベート様に抱き着くと、彼女はローラ様を振り払って家族に振り返った。


「お母様、助けて!」

 ここにきて王妃様に助けを求める。

 オクモンド様がそんな妹を怒鳴りつける。

「何、勝手なことを言っているんだ、エリザ! お前は私たち家族を裏切ったのだろう⁉」

「そんなことしてない! 私はお母様の仰る通りにしただけよ」

「は?」

 オクモンド様が眉間に皺を寄せたところで、クスクスと軽やかな笑い声が王族内から発せられた。


「本当に素直で可愛い、愚かな娘だこと」

 王妃様がこの場にそぐわない、優しい微笑みを娘に送る。

 声だけ聴いていると愛情深い母が娘に語り掛けているだけだが、その内容は心底軽蔑したものだった。

「お母様?」

 キョトンとするエリザベート様に、王妃様はただ微笑んでいる。


「お母様、私、お母様の仰る通りに〔闇夜の蛇尾〕と繋がりを持って、お父様の腰ぎんちゃくをしている貴族たちを内々で処理してきたよ。ちゃんと貴族に戻りたがっていたお頭を使って、お父様と旧王族派のバランスを保ってきた。イザヴェリが我が物顔で王宮に出入りしていたのも、バトラード公爵を利用するのに我慢した。そのお陰でバトラード公爵はお兄様のお仕事の邪魔をして、色々と面倒を起こしてくれた。ちゃんとできていたでしょう? 私、頑張ったよ。今回はまあ、ちょっと失敗しちゃったけど、これくらいは許してくれるよね?」


 恐々と母親を見上げるエリザベート様に、王妃様は微笑む。

 そして一言。

「本当に使えない子」


 エリザベート様の瞳は大きく開かれ、そして奇声を上げる。

「いやあぁぁぁぁぁぁ!」

 側に居た仲間の盗賊やスフェラン侯爵でさえ耳を塞ぐ中、王妃様だけは笑顔を絶やさない。

「私、頑張ったのに、頑張ったのに。お前が来てからおかしくなった。お前の所為だ。全部お前の……」

 エリザベート様がキッと睨んだその先に居たのは、俺。

 充血した目に涙を流すエリザベート様は、常軌を逸していた。


「お前が突然現れて、私のアーサーを奪った。私の可愛い魔法使いを……」

 ゆらゆらと揺れながら俺に近付いて来る。

 アレンが俺の前に出た。

 思わず俺はアレンの服を引っ張る。

「怪我させるなよ」

「大丈夫。眠らせるだけ」

 その行動が火に油を注いだのか、エリザベート様が再び奇声を発した。


「触るな! 許さない! 渡さない! それは私の奴隷だあぁぁぁぁ!」

 そうして手から大きな火の塊を出現させた。


「え?」

「きゃあぁぁぁ!」

「ひいぃぃぃ!」

 呆然と成り行きを見ていた貴族たちが悲鳴を上げて会場内から逃げ出す。

 仲間である盗賊も後退りし、騎士が警戒しながら貴族を守っている。

 スフェラン侯爵とローラ様は、腰を抜かせて座り込んでしまった。


「エリザベート様って、魔法使いだったのか?」

「そんなはずないでしょう」

 呆然と口にする俺に、アレンが呆れた声を出す。

「でも、これは……」

「この国の者は誰でも少しなら魔法は使えるからね。エリザも蝋燭に火を灯すくらいならできたんだよ。これは追い詰められて、無意識に普段では考えられない力を発してるんじゃないかな?」

 冷静に答えるアレンに、俺は「じゃあ、早く止めろよ」と、つい怒鳴ってしまう。

「わかってるけど、無意識に出してるからね。下手に止めたら暴走する恐れがある」

「それって?」

「火の粉が飛び散り、大火事?」

「駄目でしょう⁉」


 アレンと言い合いしている間にも火の塊はどんどんと大きくなっていき、先ほどのアレンと同じように、やがてエリザベート様をすっぽりと包んでしまった。

「え、あれ大丈夫なの? アレンと同じで偽物とか?」

「う~ん、あれは違うなあ。……ヤバいかも」

 アレン曰く、今はまだ無意識とはいえ制御ができている状態らしいが、そのうち意識を失えばエリザベート様自身が燃えてしまうかもしれない。

「えええ~、ちょうヤバ。死んじゃうじゃん」

 俺が悲鳴を上げた直後、離れた場所から悲痛な叫びが向けられた。


「頼む、アーサー。助けてやってくれ!」

 オクモンド様が必死でこちらに向かって叫んでいたのだ。

「あんな馬鹿な奴でも妹なんだ。ちゃんと罪を償わせるから、頼む。命だけは……」

 そう言って顔を歪ませるオクモンド様に、アレンは「なんか僕がわざと助けないみたいに聞こえるけど……」と唇を尖らせる。

「エリザは嫌いだけど、セリーヌの前で死んでほしいとまでは思わないよ」

 俺の前じゃなければ死んでも構わないのだろうか?

 義息がちょっと、怖い。


 アレンが燃え盛るエリザベート様の前に立つ。

 小声で詠唱を唱えたかと思うと、エリザベート様を包んでいた炎がパンッという音と共に一瞬にして消し去った。

 それと同時に、フラリとエリザベート様が後ろへと倒れ込む。

 咄嗟にオクモンド様が、呆然と見ていた盗賊を押しやり抱え込んだ。

 どうやら自分の力以上のものを出してしまったエリザベート様は、意識を失ってしまったようだ。


「下手に手を出したら危険だと言っていた割には、簡単に抑え込めたね」

「簡単に見えて難しいんだよ。て言っても、セリーヌにはわからないか」

 俺がニヤニヤと笑いながら肘で突くと、ムッとしたアレンはハンッと言って笑う。

 なにおう、この野郎と怒鳴りそうになった俺に向かって、突然何かが飛んできた。

 咄嗟に身を翻して、それを避ける。

「誰だ⁉」


「容姿は可愛らしいのに、性格は可愛くないわね」

 そんな呟きを発したのは、微笑みを浮かべたままの王妃様。

 俺の前に出ようとするアレンを押さえて、王妃様と対峙する。

「……色々知ってそうですね。全ての黒幕は、貴方?」

「無礼な物言いだけど、許してあげましょう。それよりも貴方がセドリック様だと世迷言をヨハシュトが言っていたけれど、それは本当のことかしら?」

「……だったら、何?」

「でしたら、もう一度死んでもらうしかないわよね」

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