身バレしました
「姉上って、馬鹿だったんですね」
エリザベート様の変態発言にシーンと静まり返る中、一番年少であるオリファス王子様がポツリと呟いた。
無垢な弟の言葉にキッと眦を上げるエリザベート様。
「は? 何ですって、オリファ?」
「え、だって、父上はアーサーに命令したことなんてないよ。それになんで主でもない姉上が、一個人のアーサーに命令できる権利をもらえるの? 本人の意思に反するなら、彼には断る権利がある。この国は誰もが自由でしょう⁉」
クリクリとしたお目々でキョトンと正論を述べる弟王子に、エリザベート様がキレた。
「オリファ、貴方の方こそ馬鹿だわ。アーサーが自由? そんなはずないでしょう。彼は魔法使いなのよ、奴隷なの。誰かに命令されて初めてその存在が成り立つの」
「えええ~、この国に奴隷はいないよ。魔法使いが奴隷って、姉上が何を言ってるのかわからないよ~」
困惑する弟を、オクモンド様がそっと抱き寄せる。
「オリファ、お前は正しい。間違っているのはエリザだ」
「お兄様!」
幼い弟を間に挟み、兄妹で睨み合う。
「まあまあ、魔法使いの人権を守るだ何だとキレイ事を言う彼らには、本当の意味での魔法使いの存在理由がわからないのですよ」
スフェラン侯爵がエリザベート様の肩にそっと手を置く。
「……お前らの望みは何だ?」
オクモンド様が妹を睨みつけたまま、スフェラン侯爵に問う。
「お前たちの言い分など聞いていても埒が明かない。このような騒動を起こしたのには、それなりの要望があるのだろう。それはなんだ?」
オクモンド様の質問に、スフェラン侯爵がニタア~っと笑う。
「いやあ、流石、優秀な王子様は話が早い。そうですね、我々の要望は簡単です。旧王族派の貴族たちに元の地位を返してください。一族郎党処分された者には仕方がありませんが、縁者がいる者にはそれらに。色を付けてくださると嬉しいですね」
「それは、彼らが何かしらの罪を犯したから、それ相応の罰が下されたのだろう。旧王族派だからといって、不条理に爵位を奪われたり落とされたりした訳ではあるまい」
眉間に皺を寄せたオクモンド様が反論すると、アクガノ伯爵ことお頭が横から口を挟んだ。
「オクモンド様はまだ子供だったから知らないのですよ。先ほども申しました通り、国王陛下は旧王族派に濡れ衣を着せて、その地位を奪ったのです」
その言葉に、国王陛下がたまらず声を上げる。
「違う! 私が罰したのは王族だけだ。貴族に罪を着せたことはない」
「いいえ、庶子である貴方は自分を認めなかった貴族をも恨んでいたのです。それを暴力で、魔法使いをも利用して恨みを晴らした。そんな身勝手な貴方こそ、この国の膿だ!」
「ふっざけんな! そんな、せこい思考を兄上が持つかあー」
バキッと膝蹴りがお頭の顔に命中した。
ビシッと決めセリフでも発したかのように格好をつけて国王陛下に指差したお頭の顔を、俺は気がついたら窓枠を蹴って、猛スピードで剣を振り回し道を塞ぐ盗賊をなぎ倒して、会場中を走り抜け、勢いのまま飛んで膝蹴りを食らわせたのだ。
眼鏡が割れ、鼻血を吹き出しフラリと倒れ込むお頭に、盗賊たちが「お頭ー!」と叫ぶ。
俺はそんな様子も気にせずクルリと振り返り、唖然としているスフェラン侯爵に指差した。
「いい加減にしろよ、てめぇ! 兄上はな、本当にこの国を憂いていたんだ。誰もが平等に楽しめる国にするにはどうしたらいいか、日々悩んで悩んでその頭に禿ができるほど悩みぬいていたんだぞ!」
「セ、リーヌ嬢?」
オクモンド様が呆気に取られながらも俺の名前を呼ぶが、興奮した俺は気付かない。
「本当に楕円形の禿がいっぱいできて、俺はそのままツルッパゲになるんじゃないかと心配で心配で、魔法使いにその手に効く薬はないかと尋ね回ったほどだったんだぞ」
「セ、セリーヌ嬢⁉ ていうか、その剣は王家の……セディ?」
国王陛下に名前を呼ばれてハッと我に返った俺は、ゆっくりと振り返る。
「そんなことを知っているのは、セディしかいない。それにその王家の紋章が入った剣はセディのだ。まさか、セディ? 君なのか?」
呆然と呟く国王陛下に、俺は冷や汗をダラダラと流す。
だから俺は気が付かなかった。
セディの名前に反応していた人物が、ヨハン兄上の他にいたことに……。
国王陛下の視線で固まっていた俺の背後に、盗賊の一人が忍び寄る。
気が付いた時には盗賊が大きな剣を振り上げていた。
間に合わない⁉
そう思った瞬間、ゴウッと激しい風が吹いて盗賊は天井に叩きつけられた。
「もう、あれほど様子を見るように言ったのに、短気にもほどがある」
呆れた声を吐きながらも、アレンが俺の隣にくっついた。
「えっ、へへ?」
「えへへじゃない。全部終わったら、まとめてお仕置きするから覚悟しておいて」
アレンの怒りに、俺は顔面が蒼白になる。
「嘘だろう~。いや、悪いのは俺なんだけど、勘弁してくれよ~」
必死に懇願する俺を、アレンは冷めた目つきであっさりと切る。
「勘弁できる訳ないでしょう。何、ヨハンにセディだとバレてるのさ」
「そ、それはこの剣を渡したアレンだって悪いと思う」
「持って来いって言ったのは、セリーヌでしょう」
そんな俺たちの会話に、国王陛下が飛びついた。
「やっぱりセディか⁉ いや、でもセディは十年以上前に死んでいるはずで……」
「あー、そのことについては後ほど説明します、ヨハン兄上」
苦笑しながら、それは横に置いておきましょうと言う俺に、国王陛下はとろりと甘い目を向けた。
「ヨハン兄上か……。懐かしいな。そう呼んでくれるのはお前だけだった。私はお前にずっと言いたかった言葉があったんだ」
「え?」
「愛しているよ、セディ」
「は?」
「お前を心から愛している」
「父上、先ほどから何を仰っているんですか⁉」
「僕を差し置いていい度胸だね、ヨハン」
――オクモンド様とアレンがキレた。
多種多様な問題に、国王陛下がおかしくなった。
俺は思わず心の中であたふたと走り回る。
国王陛下、ご乱心ー!
会場中が国王陛下の奇行に絶句していると、ガタンと物が倒れる音がした。
「茶番はもういいか?」
低い低い声が、スフェラン侯爵から発せられる。
どうやら侯爵がテーブルをなぎ倒したようだ。
ヒョロヒョロ貴族なのに、なかなかやるなと俺は剣を身構えた。
ふと周囲を見ると、スフェラン侯爵を中心に盗賊たちが集まっていた。
俺たちは戦闘態勢に入る。
「レントオール殿がいらっしゃるのは、流石に分が悪い。こちらからも秘密兵器をお出しいたしましょう。おい、魔法使いどもを連れて来い」
侯爵はアレンを見つめながらも、ニヤニヤと口角を上げたまま盗賊の部下たちに指示を出した。
しかし、盗賊は誰一人動こうとしない。
「おい⁉」
痺れを切らした侯爵が振り返ると、そこには先ほど窓から確認した三人の魔法使いが側に居た盗賊ごと、消えていた。
「へ? お、おい。捕らえていた魔法使いはどうした?」
叫ぶ侯爵とキョロキョロと周りを見渡す盗賊に、冷静な長兄の声が答える。
「彼らはこちらで保護させていただきました。自分の意思で参加していたようには見えませんでしたので」
いつの間にか会場内に入っていた長兄がニッコリと微笑み、侯爵が「誰?」と呟く。
「バーナード様、貴方なんでこんな所に?」
エリザベート様がヒステリックに怒鳴る。
「え、嫌ですねぇ。本日はセリーヌのデビュタントで、家族の私も当然出席しておりましたよ。エリザベート様の瞳には映っておりませんでしたか?」
「し、知ってるわよ、そんなこと。でも帰ったんだと思っていたから……」
「いくらエリザベート様が暴れたからといって、私どもが帰らなければならない謂れはありません。それにエリザベート様は我々が居た方がよかったんでしょう⁉ わざわざこの日を選んでくれたのですから」
そう言って次兄が長兄の横に立った時、貴族や騎士を囲んでいた盗賊たちがバラバラと倒れていった。