お姫様の望み
「アクガノ伯爵、国王陛下をそう虐めないであげてください。彼だって貴族を蔑ろにしたかった訳ではないのです。ねえ、国王陛下」
不敵な笑みを浮かべるエリザベート様の後ろから、スフェラン侯爵がニヤニヤと笑って前へ出てくる。
その姿を見て、アクガノ伯爵と呼ばれた盗賊のお頭が眼鏡を上げた。
「ええ、わかっています。彼は昔から庶子と侮った父親を含めた王族に、復讐したかっただけですよね。復讐心だけで家族を皆殺しにするその激しい感情は嫌いではありませんが、それを関係のない貴族にまで向けられてはたまりません。家族を殺しただけで満足すればよかったものを、彼らについていた我々旧王族派まで目の敵にして処罰したのは、悪手でした。しかも奴隷だった魔法使いを優遇して利用するなど、少々やり方が狡猾ではありませんか?
なんだと、あの若作りくそ野郎!
俺はお頭のすまし顔に激高した。
ヨハン兄上の気持ちもわからずに勝手なことをほざくなと、飛び出しそうになったところをアレンの手に阻まれる。
俺の肩に両手を置いて押さえつけるアレンは、首を横にフルフルと振った。
落ち着いて、もう暫く様子を見ようということらしい。
長兄と次兄を見ると、彼らもジッと窓から中の様子を眺めていた。
その瞳には、唇を噛み締めるオクモンド様の姿が映っている。
可愛がっていた妹にこのような形で裏切られるとは思ってもいなかっただろう。
ずっと一緒に育ってきた次兄には、オクモンド様の気持ちが痛いほどわかるはずだ。
その証拠に、彼の手は握りしめ過ぎて真っ白になっていた。
そんな次兄が我慢しているのだからと、俺もグッと怒りを抑える。
「旧王族派である君たち貴族の恨みを買っているのは、わかっている。だが、それならば私一人を標的にすればいいだろう。何故、関係のない皆を巻き込んだ? しかも本日は成人を祝うデビュタント。戦争を知らない若い彼らを巻き込むべきではなかったはずだ」
国王陛下が、お頭やスフェラン侯爵に叫ぶ。
だがその言葉を聞いたエリザベート様が、ハッと笑った。
「今日を選んだのは私よ、お父様」
「何?」
娘の告白に、国王陛下の顔が青ざめる。
「だって、生意気なセリーヌ・コンウェルに痛い思いをさせたかったのだもの。でも結局は私がいない間に帰ってしまったのね。この場に居ないなんて残念だわ」
プンッとふくれっ面をするエリザベート様に、オクモンド様が怒鳴りつける。
「何を言っている、エリザ?」
「いやね、お兄様。薄々は気付いていたのでしょう? セリーヌ様を彼らに誘拐させたのは私だって」
「エリザ⁉」
悲痛な叫びをあげるオクモンド様に、エリザベート様は人差し指を口元に当てた。
「すぐにあの侍女からバレると思っていたけれど、案外忠義者だったのね。お陰でこの日まで、じっくりと計画を練ることができたわ。……本当はね、最初から気に食わなかったのよ。あの生真面目なルドルフ様が勤務中に、妹が来るってだけで小躍りしているのだから。そんなに喜ぶほどの妹とは、どんな人かしらって気になって、イザヴェリに見に行かせたの」
「え?」
エリザベート様の突然の言葉に、俺が王都に来た時のことを知っている面々が固まる。
イザヴェリは王妃様とのお茶会の後、残っている際にたまたま俺を見かけたんじゃなかったのか?
サリアンヌ・バードン伯爵令嬢に焚きつけられて、俺を襲ったと思っていた。
しかもエリザベート様とイザヴェリとは仲が悪かったはず?
――いや、違う。
オクモンド様の話ではエリザベート様が我が物顔で王宮に居座るイザヴェリが嫌いだっただけで、表面上は一緒にお茶会などもしている。
それについ先日知ったことだが、エリザベート様は旧王族派の思想を持つ。
旧王族派の筆頭であるバトラード公爵家とは、実は繋がっていたのかもしれない。
次兄の小躍り云々も気になりながら色々と思考を巡らせていると、エリザベート様は楽しそうに真相を話し始めた。
「私も遠くから見ていたんだけど、セリーヌ様って信じられないくらいの美少女じゃない。ルドルフ様の容姿からして可愛いかもとは思っていたわよ。だけど、まさかあれほどとは。それでお兄様を狙うイザヴェリが、危機感を感じたのね。お兄様を取られるかもって。彼女の行動は早かったわ。すぐにセリーヌ様を人気のない場所に連れて行って、あの可愛らしい顔を傷付けようとしたの。顔に醜い傷があれば、流石にお兄様も興味を示さないだろうって。まあ、見事にその行動が裏目に出て、お兄様とセリーヌ様は親しくなったけど」
その時のことを思い出したのか、ケラケラと笑うエリザベート様はまるで子供のようだ。
人の顔を傷付けようとしていた企みを暴露しているというのに、その行動に少しの嫌悪感も抱いていない様子にゾッとする。
アレは本当に国王陛下の娘、オクモンド様の妹か?
血の分けた家族の告白に真っ青な顔の王族と信じられないと驚く貴族。ニヤニヤ笑いの盗賊と不気味な笑みのスフェラン侯爵。
エリザベート様一人の高笑いが続く中、彼女の話は終わることはない。
「ただ計算外だったのは、アーサーまであの小娘を気に入ったことね」
スッと笑いをやめて、遠くを見つめるエリザベート様。
「まさか、あのアーサーが私たちには滅多に見せない魔法まで使って彼女を治すなんて思わなかったわよ。それから、どんどんと親しくなっていって……。まあ、あのアーサーのことだから一時の戯れだとは思ったけど、それでもいい気はしなかったわ。そんな時、お兄様の口から気になる令嬢の話を聞いたの。それがセリーヌ様だとは、最初は思わなかった。だって、求婚者が他にもいるって言っていたから。アーサーが求婚までしているとは思わなくて、セリーヌ様とは結び付かなかったのよ。でも彼女だと知った時は、反対にお兄様を全力で応援しようと思ったの。だってお兄様とセリーヌ様が結ばれたら、アーサーは一人になるものね」
ニッコリと笑顔を向ける妹に、兄が睨みつける。
厳しい目を向けるオクモンド様を揶揄うように笑うエリザベート様は、今度は父親の方に顔を向けた。
「私はね、お父様、貴方が羨ましかった。ただ一人、アーサーに命令できるお父様が」
いきなり名前を出された国王陛下が、娘に驚愕の表情を浮かべる。
何を言っているのだと、話の通じない生物を見ているようだ。
そんな父親の表情にも気が付かないエリザベート様は、そのまま目を瞑る。
「お父様の後を継いで国王になるのはお兄様。それは、いいの。お兄様は優秀だから、きっと貴族のことも考えて良い政をすると思うの。だけど、アーサーに命令できる権利は欲しかった。私はアーサーを足元に跪かせて、私だけを恍惚とした表情で見上げさせて、僕の女王様と呼ばせたかったのよ」
変態だ!!!
全員の心は一致した。
苦虫を嚙み潰したような何とも言えない表情をする兄たちと魔法使いたち。
アレンに至っては、スンッと無表情になっている。
思わず同情してしまった俺は、アレンの頭を無意識に撫でまわしてしまった。