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7/10

7 容体の悪化

今回と次回は、ちょっとだけシリアスな感じです。

 5日後。


「腹黒殿下」

「その呼び方はさすがに外聞が悪いと思うが」

「他者の目がある時は使いませんのでご安心を」

 

 本当かなぁ……。というか普段から使わないで欲しいんだけど。

 まぁ、言ったところで、いつもの満足顔を拝むことになるだけなので心の内にしまっておこう。


「ジェニファーさまがお越しになられたらしいです」

「……ちょっと待て。なぜ伝聞調なのだ?」

「行けば分かります」


 クール侍女の先導に従って中庭につくと、ヤンキー侍女が一人だけで待っていた。


「今回は、王宮に入る手前で逃げ帰られてね……」

「新記録ですね」


 クール侍女はなぜかどや顔である。だからなんでその表情……。


「さすがに一人で帰すわけにもいかないから、馬車の御者と護衛に追いかけさせた。伝令がてら、私だけこちらに来たってわけだ」

「そうか、助かる」

「まぁこの状況で察してくれてると思うが、病状が悪くなっていてな……」


 もはや病扱いである。ほんとどういう状況なの……。


「別に殿下は気にしていないと言っても、前の失態を気に病んで、ますます来づらい気持ちになっているようでな」

「そうか……本当に気にしていないんだが」

「まぁあれは、殿下が気にしてるかどうかという問題じゃなくなってるな。さすがにずっと患ってもいないだろうから、いつかは治まるんだろうが、今のところ悪化の一途だからなー」


 うーん、しばらく会えていないし直接見てみたいが、まだ軟禁状態が解かれていないので、公爵家に直接出向くわけにもいかない。


「それより、今日は殿下に意見を聞きたい情報を持ってきた」


 ヤンキー侍女はそう言って机の上に紙を取り出した。


「これは?」

「公爵様が、お嬢様の婚約者候補を検討していてな。くすねてきた」

「それは大丈夫なのだろうか」

「大丈夫じゃない。ただ、私の勘が多少無理をしてでも殿下に見せた方がいいと囁いたんだ」


 紙には3人の候補者の名前と、期待できる効果の分析が書かれている。たしかにこれはまずい……。


「貴族の情報なら殿下の方が詳しいだろ? どうだ?」

「一言でまとめると、死神皇子にひひじじい、日和見公爵令息という形だな」

「……やっぱり聞くからによくないな」


 前の2人はゲームにも章終わりの黒幕として出てきた。


 死神皇子は隣の帝国の皇太子で、何人もの妻と死別している。

 表向きは病死や妃の犯罪による処刑が理由たが、宗教上の理由で重婚できないにも関わらず、皇子が新しい相手を見初め続けているせいで、毒殺されたり冤罪をかけられていた形だ。


 ひひじじいは見た目だけは好々爺然としているが、嗜虐趣味があったはずだ。

 年若い側室の立ち絵の目に、ハイライトがなかったのをよく覚えている。服の隙間から見える傷跡とかね。

 設定資料集で補足されているだけで、劇中の直接描写はないけど。製作者の性格悪すぎん?


「聞いてるだけで吐き気がするな……」


 知っていることを説明していくと、ヤンキー侍女の顔色が悪くなる。


「最後の公爵令息はとうだ? 日和見なだけなら、むしろ介入できて楽だったりしないのか?」

「彼の母親――つまり公爵夫人が強烈でな。元嫁も我慢強い性格だったようだが、嫁いびりに耐えきれず、使用人と駆け落ちした。伝え聞いた話によれば、逃げた先では生活苦で娼婦に身をやつしているらしい。そんな状況なのにも関わらず、公爵にしても本人にしても、特に公爵夫人をとがめる気はないようだ」


 最後の情報源はぼんくらの記憶だ。元嫁に逃げられた当時は、学園でもゴシップとして話題になったものだ。


 自然としわが寄ってしまう眉間をほぐしながら、ヤンキー侍女に尋ねる。


「他に候補はなかったのだろうか?」

「検討はしたみたいだが、この3人の条件が良すぎてな……他だと旦那様が飲みそうにない」


 なぁ殿下、と言ってヤンキー侍女がすがるような目を向けてきた。


「王太子を維持することはできないのか? まだ実際には廃嫡されてはいないんだろう? 婚約が維持されてるのは、可能性が残ってるからなんだろう? 私は、あんたしかいないと思う」

「――ああ、そうだろうな」

「頼むよ。お嬢様を助けてくれ」

「――そう……だな」


 ヤンキー侍女は俺の煮え切らない態度に何かを察したのか、勝手な要求をしてすまんと言いおいて帰っていった。


「腹黒殿下」

「どうして計画していることを伝えなかったのか聞きたいのだろう?」

「話が早くて助かります。『へたれ殿下』とお呼びすべきか迷っています」


 横並びでヤンキー侍女を見送っていたクール侍女が、横目でちらりとこちらを見た。


「ここまできて怖気づきました?」

「――ああ、おそらくは……いや、正直に言うと、ずっとそうだな」

「殿下」


 クール侍女が俺の目の前に移動すると、真剣な表情でこちらを見上げてくる。


「殿下の立てた計画は、完璧とまではいかなくとも、考えうる中でもっとも可能性の高いものだと感じます。失敗を恐れるなとは言いませんが、過剰に案ずる必要はないかと」

「うん? ああ、そこは全く心配していない」

「……え? ま、全く? ではなぜ?」

「今の計画だと、彼女の隣に立つのは私しかいなくなる。このような身がふさわしいとは思えなくてな……」

「そう来ましたか……」


 クール侍女はなぜか脱力した。あきれたような目がこちらを向く。


「殿下、鏡でご自分の姿を見たことは?」

「日に一度か二度は」

「感想は?」

「まぁ、腹が立つほど輝いているな」

「分かります」


 ぼんくらはかなりのイケメンである。非常に整ったきれいな顔立ちをしている。上背もかなりあるし、中肉中背の元フツメン(自己診断)としては劣等感に苦しめられる容姿だ。


「このところ、ほとんど寝ずに政治中枢の大臣や官吏の情報、政策決定の文書や各種記録を読み込んでおられるようですが、どのくらいまで確認できました?」

「ああ、集めてもらった資料か。すべて目を通したから、元の場所に返してもらってかまわない」

「……やはり内容は覚えておいでで?」

「この頭は記憶力がいいようでな。一度見たら忘れないらしい」

「そうですか。あくまで仮に……仮にですよ? ――例えばその情報を使って、殿下が政権を取る方法は思いついたりしますか?」

「そうだな、手堅いのは3種類ぐらいだろうか。手段を選ばなければ7種類までなら思いつく。まぁいずれにしろ多少の血は流れるから、あまりその選択肢は取りたくないが」

「……え、そんなに?」


 小声でつぶやいたのち、はぁ……と力が抜けるようなため息をつくクール侍女。ちょっと引いてるように見える。

 うん、分かるよ。ほんとぼんくらは、規格外の能力持ちなんだよ。


「では次の質問です。殿下が国を治めるとして、我が国の生産力を倍増させるのに何年かかると思いますか?」

「倍か。さすがに10年は欲しいな」

「――本気でおっしゃってます?」

「やはり長いか……強硬に改革を進めれば7年までは縮められるだろう。変化がきついと割を食う民も出るゆえ、ゆるやかに実行したいところだが」


 半眼で、もはやにらんでいるような表情でクール侍女がこちらを見る。

 え、まだ長い? でもなー、さすがに汚職のあぶり出しとか農業改革とかいろいろやってると時間かかるだろうしな……これ以上に短くするのは正直きつい気がする。


「近年の生産力の推移は分かっておいでで?」

「ああ、各年で微妙な揺らぎはあるが、おおむねこの30年で1割減といったところか」

「――減っているのですね、変わっていないのかと……ではなく」


 クール侍女はぐいっと俺に顔を近づけてきた。珍しく怒り顔である。

ご覧いただき感謝です!

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