4 身の上話の告白
王宮の中庭。やわらかな日差しの中、周囲の人間全員がぬいぐるみを愛でる推しの反応を生暖かく見守っている。
しばらくの間、目をキラキラさせつつ、ぬいぐるみをためすがめつしていた推しだが、俺を含めた周りに見つめられていることに気づいた。
「あ、あの、お見苦しいところを……というか、どうして静かに涙を流していらっしゃいますの……?」
「すまない、微笑ましくてつい……」
「微笑ましいものを見る反応じゃありませんわ!」
普段は見せない喜びようを見られたことが恥ずかしかったのか、推しの頬に赤みがさしている。
いつもの微笑みもちょっと困り気味だ。とても趣があっていいと思います。
「ちょっと子ども向けって気もするが、お嬢様が喜ぶってなんで分かったんだ?」
ヤンキー侍女が不思議そうに聞いてくる。
「幼少期からの王太子妃教育の厳しさが、子どもの頃の欲求を満たせないままにしていたのではないかと思ってな」
「なるほどな……確かに、公爵様も厳しい方だったからな」
まぁそれらしいことを言ってるが、実は設定資料集の設定を参考にしただけだ。
基本的に娯楽と無縁の生活を送ってきたせいか、可愛いものに目がないらしい。
「――これ、子ども向けなんですのね……ちょっと複雑な気分ですわ」
「……そうか。では、残念だが引き取ろう」
「だ、だ、だ、駄目ですわ! もういただいたんですもの! うちの子にしますわ!」
からかうと、とても珍しいことに推しが慌てる。自分の物だと主張するかのようにぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。
え、その挙動ずるくない? ただひたすらかわいい。かわいすぎて意味が分からない。
「そうしてくださいませ。見た目がよくないとか、手触りが悪いとか言って、御用商人と私が散々こき使われた上でようやく用意した代物ですので」
最終的には、専門の職人に発注して作らさざるを得ませんでしたとクール侍女が愚痴る。えー、それ今言わなくても良くない?
推しは、ほんの少しだけ驚きの表情を見せたのち、少し顔を伏せて微笑んだ。
「そうでしたのね……大事にしますわ」
と、思ったら、不意に眉根を寄せて、こちらをうかがうように視線を向けてくる。
「今日のやり取りで確信しました。その……あなたは――いったい何者なんですの?」
うん、まぁそうなるよね。
なるべく言葉遣いは合わせるようにしているが、さすがに考え方や行動はぼんくらの時から変わり過ぎている。
「何者なのか、実は私自身もよく分かっていないかもしれない」
「――といいますと?」
「荒唐無稽な話にしか聞こえないだろうが――」
俺は、異世界で死んだと思われる記憶があること、次に意識を取り戻したのが婚約破棄を突き付けたタイミングだったこと、元々の王太子の記憶も残っていることなどを伝えた。
それと、元の世界でやっていた乙女ゲームとこの世界がよく似ていることも。
「つまり、あなたは違う世界の住人だった……ということでしょうか?」
「その可能性は高い。もちろん信じられないだろう」
「信じますわ」
「ああ、当然だ。だが、私には元の世界で生きた記憶が明確に残っている。そちらの技術を開示すればおのずと――え?」
「だから、信じますわ」
なんで? 思わずまじまじと推しの顔を見つめてしまう。
あ、まつげ長い。形きれい。毛の一本一本まで美しいとかおかしくない?
「初めてあなたを驚かせた気がします」
いたずらが成功したかのように推しが無邪気に笑みを浮かべる。
後ろに控えるヤンキー侍女へ目配せをすると、それを受けて侍女が口を開いた。
「私は人の特徴を記憶するのが得意でね。以前の殿下の、ほくろの位置とか耳の形を覚えてたから、少なくとも肉体的に同じだってことがさっき確認できた」
さすがにここまで同じ人間は双子ですらいないからな、とヤンキー侍女。
さっき耳打ちしてたのはこの件か。どうりでじろじろ見てきたわけだ。
「肉体が同じなら、中身が違うということですが……先ほどのお話であればつじつまは合いますしね」
「嘘をついてる気配もないし、こちらを利用しようという悪意も感じられないしなー」
もちろん錯誤や幻覚という可能性もありますが、その割には直近の言動に矛盾は見られませんし……と推しが続ける。
「経験上、嘘や悪意には敏感なんだが。ちぇっ、せっかく悪行を暴いてやろうと思ってたのに……」
ヤンキー侍女はつまらなそうな表情である。すまんかったね、ご期待に沿えず。
「……主のことを侍女たる私が信じられないのは問題でしょうか。3割が妄想垂れ流しで、もう3割は頭でも打って気が狂ったのかと考えているのですが」
「君は相変わらずだな……。まぁでも残りの4割は信じてくれているということか」
「くっ……。不覚にも、その……通りです」
クール侍女は歯を食いしばらせて悔しがっている。いやなんなのその反応。相変わらず満足そうなので、何かは満たされているらしいが。
実は卒業パーティから帰った段階で、クール侍女に転生うんぬんの話はしている。接する機会が多そうだし、面倒だったし。
彼女は何言ってるんだこいつって顔で聞いていたので、まったく信じてないんじゃないかと思ってたけど、多少は信じてくれていたらしい。
「でも、卒業パーティの後で、皆様に『まるで人が変わったようだ』と冗談めかして噂されていましたのに……まさか、本当に人が変わっていたとは思いませんでしたわ」
思わずといったふうに、推しが苦笑いを浮かべる。
「それなんだが――正直もう、自分が誰なのかよく分からなくなってきている」
「……と言いますと?」
「この一週間、元の世界の時の名前を思い出そうとしたが、ずっと思い出せなくてな――それに、以前の王太子としての記憶は残っているし、この体が自分のものであるという感覚も強くなってきている」
元の世界の学校で習ったこととか、会社で働いていた記憶とか、ぼんやりとした家族の記憶とか、そういうのはあるんだけどなぁ……。
あと正直、この口調も寄せて喋っている中でしっくりくるようになってしまってるし。
「そうでしたか……では、あなたのことをなんとお呼びしていいのか分かりませんわね……」
「そのまま『殿下』で構わないのでは?」
「では、以前の殿下を示す場合、『クズ王子』とするのはいかがでしょう」
空いたカップに紅茶を注いでいたうちのクール侍女が勝手に発言する。いやしかし君ほんとに口悪いな……。
「いいねー、悪くないな。けど、誰かに聞かれて勘違いされても困る。『色ボケ』はどうだ?」
ヤンキー侍女がニヤリと笑いながら話を引き継ぐ。
「なるほど言い得て妙ですね。しかし『クソバカ』も捨てがたい……」
「おっ、ぴったりのあだ名だな」
「もはやただの悪口だな。しかし君たち、急にいきいきとし過ぎではないだろうか」
「それを、あんたの顔で言われると腹が立つな……」
まぁね、ぼんくらの言動はなかなかだったからね。
例えば、ヤンキー侍女は身分が低い。推しが幼少期に街で拾ったらしいんだけど、ぼんくらが推しに対して、血が卑しい者を身近に置くなと責めてたからね。
自分は元平民の男爵令嬢と婚約しようとしてたのにね。基準がよく分からないよね。
優秀だから重用しているのだという推しに対して、認めて欲しいなら主人であるお前はもっと優秀であることを示す必要があるとかなんとか難癖をつけて、無理難題を押し付けてたこともある。推しがなんとかこなしても、なんだかんだと理由をつけて認めないし。
記憶を探ってみるに、ヤンキー侍女はこの物怖じしない性格で、立場を気にせず思ったことを言ってくるので、ぼんくらは鬱陶しがっていたのだと思う。
もちろん、身分の低さが気になってたってこともあるとは思うけれど。
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