3 王宮でのお茶会
婚約破棄騒動があってから一週間後。
俺は王宮内に軟禁されていた。
まぁやらかした自覚はあるから、さもありなんという感じだ。
推しを立てたことに何やら王妃がぶち切れてたらしいが知らん。手ひどい教育の指示を出していた張本人なので、正直なところ怒りしかない。
軟禁されている間、推しの教育に関する記録文書を読み漁っていたが、これがひどいものだった。
ゲームの設定資料集やスピンアウト作品で概要は把握していたものの、詳細に見ていくと過密スケジュールにもほどがあることが分かった。ほとんど寝てないんじゃないのかなこれ。
偏屈で知られる教育係からですら、もっとゆるくすべきだという嘆願書が上がってきているくらいだ。まぁ王妃が握りつぶしてたんだけど。
「失礼します」
文書に目を通しながら王妃に対するヘイトをつのらせていると、ノックの後に侍女が入ってくる。
「殿下、ジェニファーさまがお見えになりました」
「分かった。行こう」
侍女に連れられて部屋を後にする。
どうしてそんな話が出たのか分からないが、今日は推しとのお茶会である。
王妃は猛反対していたが、何やら公爵家から直々に要求があったとのことで折れたらしい。
さすがに城から出るなって厳命されたから、王宮内でやるんだけどね。
とても楽しみで、昨日ほとんど眠れなかったのと同時に、ちょっと恐怖である。何を言われるんだろう、俺……。今までの恨みでもって刺されたりしないだろうか。
まぁ念のため策は用意しているわけだが……。
「殿下、贈り物は本当にあれでよかったのですか?」
お茶会の会場である中庭に向かう道すがら、侍女がそう問いかけてくる。
こちらに敵意がないことを示すため、俺が無理を言って用意してもらったのだ。
侍女からすると、骨を折った割に合わない、微妙な物であるように感じたのだろう。
「正直分からない。まぁ以前のように、安物の装飾品よりは幾分かましだろう」
「どちらであっても、私なら正気を疑った後、クソ感性男とあだ名を付けます」
「相変わらず口が悪いな……」
「むしろ、ちゃんと伝えていることに感謝して欲しいですね、クソ感性殿下」
「もうあだ名にされている……だと!?」
「事実ですので仕方ありません」
つんとした顔で侍女がつぶやく。うん、まぁいいんだけど。
この子、割と何年もぼんくら――つまり王太子の侍女をやってるんだが、記憶上ではこんなに口が悪くはなかった。
というかそもそも、クールな感じなので、必要なこと以外はほとんどしゃべることなかったんだけどね。
軟禁されてからこっち、話し相手がこの子しかいなかったのでコミュニケーションをよく取るようになったんだけど、口を開くようになったと思ったらこれである。
推しへのプレゼントを探すのに、どれだけ苦労したかを長々と説明してくる侍女を、なだめたりねぎらったりしながら王宮の中を歩く。
「お呼び立てして申し訳ありません。要望に応じてくださって感謝いたします」
中庭に到着すると、推しがいつもの笑顔を浮かべて待っていてくれた。
「いや、かまわないさ。こちらこそ、君とまた話ができる機会をもらえてうれしいよ」
クール侍女が準備してくれた机や椅子に二人して座る。
推しは表情には、ほんの少しとまどいの色が混ざっていた。まぁ、ぼんくらはこんなウェルカムな態度を取ることなかったからね。
今日のために俺が用意させた、推し好みだったと記憶している茶葉を用いた紅茶やらお菓子類が机の上に並べられていく。
それらを見て、推しが思わずといった感じで表情をほころばせたので、選択は間違っていなかったんじゃないだろうか。
茶葉の香りや甘味を楽しみながら話すのは、お互いの近況についてだ。
「では、あの卒業舞踏会の後から王宮に?」
「ああ、軟禁されている。とはいえ、さして不自由を感じてもいないが」
ついでに、ヒロインと取り巻きだった男たちの顛末についても伝えておく。ヒロインは最低でも数年間は修道院送りで、取り巻きたちは数ヶ月ほど自宅謹慎とのこと。
ぬるい気もするが、まぁ俺の行動のせいでいろいろと未遂に終わってしまったから仕方がない。沙汰に口出しできるような立場でもないし。
それに、この世界での数年は女性にとって致命的だ。
「そうでしたの……」
「私としては、君があの卒業舞踏会から無事に帰れたと知ってほっとしているよ」
「ええ、でも皆様方に囲まれて大変でしたわ。友人たちに協力いただいて、うまく抜け出すことができましたが。侍女もそばに控えておりましたしね」
推しは粗野な感じの侍女を伴っていた。あれだな、元の世界で言うところの、ヤンキーという言葉で抱く印象に近い見た目だな。
ぼんくらの記憶の中にも何度も登場しているし、推しが信頼する相手なのかもしれない。
ちらりとヤンキー侍女に目をやると、向こうも特徴的な三白眼でこちらをじろじろと見てくる。え、なんだろう。ちょっと怖い。
「なんだろうか?」
「いーえ、別に?」
気になって水を向けてみるが、すげなくあしらわれる。
かと思ったら、ヒソヒソと推しに耳打ちしてるし。えー、本当になんだろう……。
「私が唇を読んだところ――クソ感性男だと言われていますね」
「エセ読唇術を披露しないでもらえるだろうか」
なぜかクール侍女がそう耳にささやきかけてくる。
ちなみに向こうの耳打ちはすぐ終わった。なんなの。
あと、クール侍女はとても満足そうである。ほんとなんなの。
まぁいい、クソ感性なのかどうかは彼女に見せれば分かる話だ。
雑談でそれなりに場もなごんだことだし、さっそく渡そう。
「実は君に贈り物があるんだ」
クール侍女に視線を向けて示すと、彼女は周りで待機していた一人に合図を送ってプレゼントの包みを持ってこさせた。
「贈り物ですか……? ありがとうございます」
「これまでの君への態度や、卒業舞踏会で騒がせた罪滅ぼしの1つと思ってくれればいい。もちろんこれで返しきれるとは思っていないけれどね」
推しは困惑しながらプレゼントを受け取る。
まぁ、ぼんくらはめったに何かを贈ったりしなかったようだし、本人に直接渡すなんてこともなかったようなので、戸惑うのは無理もないかもしれない。
「開けてみてくれ」
「は、はい……」
恐る恐るといった感じで、推しが包みを解いていく。
中身を見た推しは、目を丸くして固まった。しばらくの間、場に静寂が訪れる。
「――か、かわいい……。すごくかわいいですわ。こんなに愛らしいものがこの世界に存在していいのでしょうか。とてもかわいらしいですわ」
「あ、ああ、手触りもいいはずだ」
「本当ですわ、ふわふわ。こんなにふわふわだなんて……とてももふもふで、ふわふわですわ」
推しの語彙が崩壊してしまった。目をキラキラさせながら手触りを楽しんでいる。しかし、たぶん喜んでくれると思っていたが、まさかこんなにいい反応をしてくれるとは。
リアクションを高解像度で動画に記録して家宝にしたい。ビールで晩酌しながら毎日眺めたい。
ちなみに、ただのクマのぬいぐるみである。
まぁ、王家御用達の商人が取り扱っている職人の手による品で、最高級の素材を使っているとのことだが。
「こんなに喜ぶお嬢様は初めて見たかもしれない……」
「本当に……。これを渡すと殿下が言われた時は、頭沸いてるし感性腐ってるなと思いましたが」
お互いの侍女同士が小声でささやき合っている。いや君ら聞こえてるからな?
しかし、クール侍女はさすがの口の悪さである。
とにかく、悪くない選択ができたようで一安心だ。刺される気配もなさそうだし。
間違いないと確信はしていたが、それなりに緊張していたらしい。いつの間にかこわばっていた指をほぐしながら、俺はほっと息をついた。
ご覧いただき感謝です!
もし「面白い」「ふわふわぬいぐるみ欲しい」「ヤンキーなのに侍女……?」などと感じましたら、ぜひブクマや☆☆☆☆☆評価ポチッをお願いします!