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2 男爵令嬢の思い違い

 突然の婚約破棄劇場に、卒業パーティーの空気は最悪だ。今すぐ帰りたい……。でもまだ帰るわけにはいかない。


「しょ……証拠なら出せるわ! ――その……二、三日くらい待ってもらえれば!」


 男爵令嬢であるヒロインが叫ぶように声を上げる。

 でもなぁ……それはさすがに看過できんよ。

 

「それは、本物の証拠だろうか? 君の()()()()に『お願い』して作ってもらうものではなく? 証拠の偽造や偽証、もしくは教唆が罪に問われるということを理解した上での発言かな?」

「そ、それは……! で、でも……だって……」


 ヒロインが余裕のない表情で視線をさまよわせる。何か他に状況をひっくり返す手がないか必死に探しているんだろう。

 この様子だと、いじめとやらは狂言だったと見てよさそうだ。


「それに、君はおそらく王太子妃を勘違いしている」

「――えっ!? 」

「まずは、君の中の印象でいい。我が国で、王太子妃に求められていることはなんだと思う?」

「えっと……その……跡継ぎを産むこと、でしょうか?」


 顔を青くしながらヒロインが答える。

 初手それかーい。いやまぁ大事だけども……。


「他には?」

「えっ……ほ、他!? そ、その、自分の体を磨き上げたり着飾ったりして、愛される努力をすること……だとか?」


 まぁ記憶にないからそうだとは思ったが、やはりぼんくらは伝えてなかったらしい。


「まぁはっきり間違っているわけではないものの、さほど重要なことではないな。ジェニファー、すまないが正解を教えてもらえるだろうか」

「わたくしですの?」


 いつもの笑みにほんの少し戸惑いを混ぜて、推しが小首をかしげる。その仕草いい。好き。


「そうですわね――まずは礼儀作法でしょうか? 王妃は言わずもがなですが、王太子妃も諸外国の王族や諸侯が集まる祝賀会や式典に参加することがしばしばございます。王の代理として参加される王太子に、付き添う必要がありますからね」


 形のいいおとがいに手を当て、ゆるゆると思案しながら言葉を紡ぐ。


「そういった集まりでは、周りの方々に軽んじられるような所作や言葉遣いをするわけには参りません。我が国の威信、ひいては安寧に関わりますもの。もちろん、語学が堪能であることは必須です。最低でも周辺にある主要な国々の言葉を習得する必要があるでしょう」


 日常会話程度までを含めると、わたくしは我が国に隣接する国家の言語はすべてしゃべれるようになりましたわ、と嫌味を感じさせない声音で告げる。


「もちろん知識も大切ですわね。技術、特産や諸侯の力関係。そういったものを把握した上での会話が重要になりますもの」


 ヒロインの状態に気付いたのか、噛んで含めるようにゆっくりと、理解の足らない生徒に教えるかのように推しは続ける。

 ちなみにヒロインは情報量の多さに固まっている。この子あんまり勉強はできないんだよね。別にそれ自体が悪いわけではないけど。


「教養も必要ですわ。芸術、服飾、食事、さらに言えば文学も。たしなまれる方は多いですから、伝統や歴史を含めて流行りものを知っておく必要があるかと」


 そう、これなんだよ。推しはすごい。

 みんな聞いた? 注目してたから聞いてるよね? ねぇ、すごくない? とてもすごい。やばい。


「で、でも――ちゃんと教えてもらえるんですよね!?」

 

 ヒロインが慌てて食い下がる。

 推しはにっこりと微笑んだ。


「ええ、もちろん。わたくしの場合、5歳のころからですから、もう12年になりますか。それはもう熱心に教えていただいておりますわ」


 思い出しますわね、と推しが遠い目になる。


「失敗すれば頬をぶたれ、できるまで食事なし。最初のころの数年はいつもお腹がすいていましたわね。自分の時間はなく、寝る間もなく、ずっと勉強漬けの日々でしたわ……それでも、わたくしは覚えのいい方だったようですから、王族の妃になるということがいかに大変なのか身をもって知りましたわ」


 そんなことをしゃべっていたと思ったら、推しが急に慌て始め、わたわたと手を動かす。え、なにその動き見たことない。立ち絵もそんなのなかったよ? かわいい! やばい! 好き……。

 でも、どうしたんだろう急に。というかさっきから視界がぼやけてはっきり見えない。記憶に刻み付けなければならないのに。


「あ、あのっ、殿下っ。どうしてわたくしの方にひざまずいて祈るような姿勢で涙を流されているのでしょう!?」

「はっ!? すまない!」

 

 またやってしまった。気づいたら拝んでいた。

 いやしかし、ほんと健気なんだよ推しは……。しかもこれ、自分のためとか家のためとかってわけじゃないからね。王室や民衆のためなんだよ。

 いや、いかんいかん。推しへの思いを再確認する場ではなかった。ヒロインに目をやる。


「さて、これで誤解は解けたと思うが、どうだろうか」

「で、殿下。あの、その……あ、あたし……」


 顔面蒼白になって、ヒロインがぶるぶると震える。

 たぶんだけど、玉の輿に乗って楽して贅沢に生きらればいいとか、そのくらいの感覚しかなかったんだろう。


 ぼんくらは、愛があれば障害はないなどと世迷い言を考えていたようだけど。


「だ、だって、あたし――お、王太子妃になるのがそんなに大変だなんて……知らなくて」

「ああ、そうなんだろう。今後は求められる期待や義務についても考えた上で行動した方がいいかもしれないな」


 まぁ、私が言えた義理ではないがね、と自嘲する。


「とはいえ、お咎めなしとも行かぬから、追って沙汰が出るだろう」


 涙目になりながら、ヒロインがこくこくとうなずく。

 よし、さすがにこれでもう、抗議の声を上げることはないだろう。


 ついでだから、取り巻きの中で最初から発言のなかった残りの一人――宰相令息(長髪イケメン)の方に視線を向ける。


「ずっと会話に参加していないが、君は何か意見があるか?」

「僕かい? そうだね……。今日のために計画していたことを、君が実行しないつもりなのはよく分かったよ」


 どのタイミングで心変わりしたのかは気になるけどね、などと続けながら、男でも感じるような色気を振りまきながら髪をかきあげる。

 うん、そうだよね。でも心変わりというか状況が変わったのはついさっきなんだよなぁ……。


「だが、最初に婚約破棄の宣言はしていたよね? あれはどういうつもりなんだい?」


 長髪イケメンが俺を試すような視線をくれながらそう言ってくる。

 よし、ちょうどいいパスをもらったわけだし、ここからだ。

 ぼんくらのせいとはいえ、振り上げたこぶしの落としどころを見つけなければ、この場は収まりそうにない。


「先ほどまでのやり取りに答えがある」


 俺はそれでいったん言葉を切って、聴衆の反応をうかがった。

 耳目がこちらに集まるのを待つ。

 

「私は、ジェニファーという婚約者がいるにも関わらず、別の女性と懇意になってしまっていた。その上、確たる証拠もなく罪を押し付けるありさまだ」


 取り巻きたちを指し示す。


「おまけに側近もいさめない。このような人間に、未来の王妃たるべしと尽力してきた彼女が釣り合っているわけがない」


 拳をにぎりしめながら、言葉に熱を込める。


「ゆえに先ほどの婚約破棄という結論に至った! ジェニファーには何1つ落ち度はない!」


 一瞬の静寂ののち、これまでにないほど場がざわつく。

 さて、あまり長居してボロを出すわけにもいかない。とっとと帰ろう。


「諸君、このような晴れの舞台を騒がせてしまってすまない! 私はこれで退出する!」


 そう宣言して、また騒がしくなってきた会場を後にする。


 ヒロインと取り巻き? 気まずい空気のまま一緒に帰ったよ。

 まぁあの状況で取り残されるよりはマシだよね。

ご覧いただき感謝です!

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