1 転生したら修羅場でした
初投稿です。全10話。
悪役令嬢もののジャンルで、王子に転生するタイプはあまり見ないなと思って書いてみました。
「お前との婚約は破棄する!」
勢いよく突きつけた指の先で、いつもは微笑を絶やさないその表情が凍り付く。
「殿下と親しいことにかこつけた男爵令嬢への仕打ち!」
「それを許すわけにはいかない!」
俺の周りにいる連中も大仰な仕草で彼女を責め立てる。
周囲を見れば、こちらに注目する好奇の視線の数々。
それはそうだろう。今は卒業パーティーの真っ最中で、まさに佳境に差し掛かりつつある状態。
「やっぱりあの噂は本当だったのね」
「でも、よりによってこんな場面で……」
ヒソヒソ声が聞こえる中、それでも王太子に――つまり俺なのだが――気を使ってなのか、むしろ状況に引いているのか、先程までの喧騒が嘘のように静まり返っている。
うん、このシーン、見たことある。ゲームで。
え、どうしよう。どうしたらいいのこれ。
「あ、あのぉ~殿下?」
指を突きつけたまま悩んでいたら、固まっている俺にしびれをきたしたのか、俺の腕を揺すって令嬢が舌っ足らずな声でささやきかけてくる。たぶん意図的なのだろうが、2つのふくらみを押し付けてくるのも忘れない。
周りにいる取り巻き――宰相や法律官や騎士団長の令息やらも、怪訝な顔で俺の顔をうかがっていた。
「ちょっといったん待とうか」
「え……?」
呆然とする男爵令嬢――つまりヒロインに抱え込まれていた腕をさりげなく振りほどき、両手で顔を覆う。
あれだ。妹の乙女ゲーをプレイして、悪役令嬢が推しに。
ブラック企業リーマン、アラサー男、過労死、転生。
つまりそういうことだ。
よりによって転生先が王子で、しかも修羅場の真っ最中で……だと!?
どうやら王子の記憶は引き継いでいるようで、その思考までトレースできるくらいだ。
その内容の不明ぶりと不誠実ぶりにめまいを覚えた。
え、さすがにぼんくらなんじゃないのこれ?
「殿下~どうしちゃったんですかぁ? 早く私との婚約を発表してくださいよ~」
頭を抱えながらうなっていると、ヒロインがあざとさ満点の上目遣いでこちらを見つめてくる。きゅるるんという擬音が聞こえてきそうだ。
いかん、きちんと対処しないと、推しの今後が危ぶまれる。
彼女が健やかに生きていられることを最優先にせねば。
ぼんくらを含めて、彼女と取り巻きたちは、この舞台で悪役令嬢を断罪しようとしていたようだ。ちなみに全員攻略対象である。
いわゆる逆ハールートだなこれ。
ともかく、この状況を逆に利用するしかないだろう。
「なぜ、私と君が婚約するという話になるのだろうか?」
口調は意識して王子のものに寄せる。あと周りに聞こえるように気持ち大声で。
俺の言葉に、ヒロインはきょとんとした顔になった。
「なぜって……だって、殿下があの性悪は無理だから婚約破棄するって言ってくれたんじゃないですか~」
「ああ、そうだな。だが、誤りだったのではないかと思い始めている」
「嘘でしょ!?」
弾かれたように叫んで、はっとして慌てて口を抑えるヒロイン。
うん。そうだね。かぶってた猫がずれてちょっと本体が出ちゃったね。取り巻きたちもぎょっとしているね。
「そもそも、彼女が性悪と言い出したのは君だ。どうしてそう表白するに至ったのだろうか?」
そうなのだ。ゲームでも王子の記憶でも、性悪という評価を下したのはあくまでヒロインである男爵令嬢だった。
ぼんくらはその言葉をすべて鵜呑みにしていたに過ぎない。いやこれ、プレイしてたときも疑問だったんだよね……。
「だ、だからそれは、あの女があたしのっ――」
「『あの女』ではない。彼女は公爵令嬢だ。君の立場でそのような態度を取るべきではない」
ヒロインが信じられないような目でこちらを見る。まぁね、びっくりするよね。今までこのぼんくらは見て見ぬふりしてきたからね。
でも、この世界の常識で言えばど正論なんだよなこれ……。たかが男爵令嬢が公爵令嬢に対して使っていい言葉遣いではない。衆目が集まる今の状況だと咎めないわけにはいかない。舐められた状態を許容すると、舐めていい相手ということになりがちだ。
「ジェニファー、さまが、あたしのことをいじめたからです……。教科書を破いたり、制服を泥だらけにしたり……」
「罪の告発ということだね。ジェニファー」
推しに向き直りながら呼びかける。彼女はずっと、こちらのやり取りをぼんやりと眺めていたようだった。
そうだよね、予期していたとはいえショックだったろうね。ただ、このまま終わらせるのはよくない。すぐに終わらせるから申し訳ないが耐えて欲しい。
それにしても、彼女を直接目にすると、存在してくれている奇跡とあまりの尊さにひざまずきたくなる。慌てて、理性を総動員して我慢する。
「彼女が言っていることは本当だろうか?」
「何度も申し上げておりますが、いじめなど事実無根ですわ」
いつもの微笑みを復旧させつつ、推しが穏やかに告げる。そこにはうっすらと諦観が見て取れた。こんな表情をさせるまで追い込んだやつらが許せない。
え、でも待って。表情もそうだが声美しすぎない? 鼓膜が震えた瞬間、陶酔感で死にそうになったんだか?
というかむしろ耳が幸せすぎてもう死んでるのかもしれない……好き……。
「で、殿下っ、どうして急にひざまずくんですか!?」
「はっ!?」
しまった。勝手に体が動いてしまった。あまりの尊さに祈りを捧げそうになっていた。好き。
いや違う今はそういう話ではない。急いで立ち上がる。
「こほん。ということだが、何か告発の証拠になるようなものはあるだろうか?」
「あ、あたしの証言で十分だって言ったのは殿下じゃないですか!」
「すまない。それは間違っていたな」
「そんなっ!?」
「お待ち下さい!」
ヒロインをかばうように、法律官の令息(眼鏡イケメン)がこちらに一歩踏み出す。
「これほど可憐で清楚な女性が嘘をつくはずがありません!」
「ほう……」
清楚かぁ……清楚ねぇ。言葉通りの人間なら、逆ハールートなんか実現させる気はしないけどもね。
まぁうまいこと立ち回ってるっぽいし、そっちは指摘しないけど。
「君はいずれ法の番人になるつもりであろう?」
「――その通りですが、それが?」
静かに問いかけると、眼鏡イケメンは怪訝な顔で答える。
「法律官の立場で考えて、告発した人間の雰囲気で正しさを判断するつもりなのか?」
重ねて問いかけると、眼鏡イケメンは俺が言わんとすることを理解できたようだ。
ひるんだ表情で口を開く。
「――ちが……います」
「ふむ。ならどうすべきだ?」
「告発者に……証拠の提出を求めます……」
「おいおい、ちょっと待てよ!」
せっかく眼鏡イケメンが折れたところだったのに、騎士団長令息(筋肉イケメン)が割り込んてぐる。
「法律でどうなんだとかはよく分からん。けど、今は別に裁判をやってるわけじゃないだろ? それに、女性は守るべきものだ。責め立てるなんて、男のすることじゃねぇ!」
「つい先ほど、我々もジェニファーを責め立てたはずだが。君は自身が男性ではないと主張したいのだろうか?」
「なっ!?」
「それに、女性は守るべき対象だというのであれば、ジェニファーに対しても適用されることだろう。守るべき存在同士の意見が異なるのであれば、何か客観的な事実が必要だ」
「た、たしかに……」
筋肉イケメンは愕然として引き下がった。って、納得するのかよ!
言われてみればその通りだ、うっかりしてた……とかぶつぶつ言ってる。
え、軽すぎない?
君らがやろうとしてたことで、推しの立場がどうなるか分かってんの?
実際、推しってこのシーンの後で独房に押し込められるんだよね。
彼女をそんな目に合わせるわけにはいかない。
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