その日の晩餐
「ユメフィリアさんも、僕の説明と実証を目の前にして、摂理の理解が少し進んだ筈ですから、僕と同じようなことができますよ。」
「えっ?」
僕の説明に、突然の驚くような顔を見せさっそくその場に立ち上がると、目を閉じて集中し始めた。発動には時間が掛かったが、さすがエルフということもあり、水球が誕生してからはあっという間に、そのサイズを拡大させた。
「や、やめて下さい!止めて下さい!結界が壊れます。」
僕の言葉に驚いたユメフィリアさんが目を開けると、そこには径三十メートルはあるであろう水球がタプタプと漂っており、それを見て驚いた彼女が魔法の制御を失ってしまったので、僕は慌ててその水球を保管庫へと収納した。
暫くは放心状態で、再び腰を抜かしたように座り込んでしまった彼女だったが、突然大笑いし始めてしまい、僕がこの人大丈夫かなと不安に思った瞬間に、突然立ち上がって僕の両手を掴むと、これまで見たことのないような素敵な笑顔で礼を述べてきた。
どうもある程度の年齢になり、これ以上の魔法の成長はないと諦めたことも、王都の監視員に志願した理由の一つらしかった。
一段落した時には、西の空がオレンジ色に染まり始めており、ユメフィリアさんは、今日も僕の自宅に泊まる事になったが、あまり準備する為の余裕もなかったので、ミノタウルスの肉を利用したすき焼きに決めた。
「な、なんだ、これは!キミは私をデブにしたいのか?こんなのいくらでもお腹に入ってしまうだろ!」
晩餐もユメフィリアさんの賑やかな絶叫が響き渡り、もはや我が家の定番になってしまったような気がした。
「例の建物があった世界の人達は、いつもこんなに美味しいものばかりを食べていたのだろうか?私にはデブばかりの世界としか思えないのだが。」
「そうですね。増えた体重を元に戻すためにも、お金と時間を消費していたようですよ。」
「そうだろうね。納得だよ。こんなに美味しいものばかりで太らない理由がない。」
食後の焙じ茶を啜るユメフィリアさんに、僕は今なら聞けるかもと、この冒険者ギルド本部に人がいなくなった理由を尋ねた。
少し返事に躊躇した彼女だったが、どうせいつかバレるだろうと考えたのか、事細かに説明してくれた。
「キミは、『オシカツ』という言葉を知っているか?」
「聞いたことありません。それ何ですか?オシという動物に思い当たる魔物や獣がいませんが、それって美味しいんですか?」
その僕の返事に、しょうがないなぁという笑みを浮かべて、彼女は説明を続けた。
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わずか十年前までは、この王都の本部ギルドも他の都市のギルドと同じように、朝早くには新人冒険者が仕事を奪い合う光景が毎日のように続いており、日が暮れる頃から深夜遅くまで人が溢れて、酒を飲み騒ぎ続けていたらしい。
そんなありきたりの毎日の消失は、王都に風変わりな姿をした一人の青年が訪れたことから始まった。
彼が歓楽街の南端に、ホスト倶楽部と呼ばれる女性向けのダンスホールを備えた酒場をオープンし、数人の若いイケメンを雇用して、水商売で働く女性をターゲットにして商売を始めると瞬く間にその人気は広がり始めた。
そこで働く従業員は、滅多に出会うこともないほどのイケメン揃いで、すぐに評判に評判を呼び、一ヶ月も経たないうちに姉妹店が歓楽街の反対の位置に当たる北端に開業して、それでも行列ができる程の人気になったらしい。
当初は水商売の女性がメインの顧客だったが、直にお金に困っていない冒険者の女性も取り込み、怒った同じパーティの男が店に乗り込んだが、その場にいたイケメン従業員が簡単に撃退してしまい、外見だけでなく実力もあるという評判がすぐに拡散してしまった。
そのイケメン達は、ルックスや戦闘力ばかりでなく、歌や踊りも上手く、それに加えて話術も巧みであった為に、一年が過ぎる頃には王都中の話題となり、人気を集め、最初は馬鹿にしていた貴族のお嬢様方も通い始め、自分のお気に入りのホストにお金を注ぎ込み始めたことが、更にその新しい商売に火をつけた。
それまでは敵対していた裏稼業のギルドが似たような形態の店を立ち上げると同時に、そのホスト倶楽部に圧力をかけ、それでも勢いを止めることのできなかった彼らは男の店を襲撃した。しかし、その狙いに反して逆に彼らは殲滅され、その組織は遂にはその男の配下となってしまった。
もうそうなったら止まらなかった。最初は女性相手だけだったものが、男性向けの倶楽部が歓楽街の至る所に作られるようになり、お金を持つ冒険者や貴族がその商売に夢中になってしまった。
自分の推すホストやホステスをお店で指名し、店にたくさんのお金を落とすことで店内での彼らの立場を上げるように務め、個人的に彼らに武器やお金や装身具をプレゼントして、多くのお客の中で、相手の一番になろうと務めることを『オシカツ』というらしい。
自宅のお金や家宝を持ち出したり、貴重な魔具やレアな魔物の素材を惜しみなく提供するほど夢中になるものも増え、それでもお金が足りなくなった貴族やその娘達が、その男が新しく開業した貴族倶楽部と呼ばれる商人を始めとした金銭的に裕福な平民や冒険者向けの酒場で働くようになり、そこで得たお金を更にオシカツに注ぎ込むことになったらしい。
「どうして、それが冒険者の減少に繋がるんですか?お金を稼ぐために働かないといけないから、あまり関係が無いように思えますが....」
僕の返答が予想した通りのものだったのか、ユメフィリアさんは笑いながら答えてくれた。
「魔物と闘って、その素材を売却して対価を得ることと、異性を煽てて酒を飲みながら相手の機嫌を取って、金とかの対価を得ることのどちらを望む人間が多いと思う?」
「それは後者かもしれませんが、全員がそうではないと思います。一生の伴侶として異性を求める人は、不特定多数を相手にする人間を避ける人も多いんじゃないでしょうか。」
その僕の返答がユメフィリアさんの期待に沿うものだったようで、少し機嫌を良くしながら更に言葉を続けてくれた。
「確かにそうだよ。でもね、この王都にはこのギルド本部以外にも東支部と西支部があって、そこには繁華街のホスト倶楽部や貴族倶楽部のイケメンや美女が多く登録していて、このギルド本部には高ランクの昔からのゴツい冒険者達が多く登録しているとしたら、キミなら普通の人達が、どこのギルドに依頼を出すと思う?」
「簡単な依頼なら、支部の方に出すかもしれませんが、高難度の依頼は本部に出すのではないですか?」