目覚めのパンケーキ
昨夜はお風呂を見て興奮し、シャンプー、リンス、コンディショナーで狂喜し、お風呂上がりのドライヤーを使った時には、裸で廊下に飛び出してきたユメフィリアに驚き、その質問の嵐のせいで全くゆっくり眠れず、夜食も食べそこねた僕は、空腹のために満足に寝ておれず、夜明け前からベッドから這いずりだし、居間の前のテラス横に設置したバーベキュー用の竈を利用して、パンケーキを焼き、オーチヤンマ生乳から作ったホイップクリームを山のように盛り上げ、ベリー類やストロベリー、金桃を盛り付けた。
ナキ地方の山で見つけたコンヒーの実から作った豆を自作のミルで荒く挽いて濃いめに容れたコンヒーに、更にオーチヤンマ牛乳に砂糖を加えて温めたものと合わせて、大きめのカップに注ぐと、テラスの丸いテーブルに座わって、少し早めの朝食を取った。
王都の空がパープルから徐々に赤く染まり始め、黒から濃紺に近い空が、赤に触れた所から、鮮やかな蒼へと変わっていくのを見ながら、これだけのんびりとした朝を迎えるのは、いつ以来だろうと感慨に耽っていると、昨晩と同じように、今度は内側から玄関の扉が開け放たれた。
そして、僕の少し食べ残していたパンケーキを指でちょっと掬って口に入れると、当然満面の笑顔となり、同じものを僕に要求してきた。
そんな強引な意見を、僕が断れるはずもなく、全く同じものを丸テーブルの上に並べると、ものの五分も掛からぬうちに完食し、更におかわりまで要求してきたので、僕は保管庫からプリンアラモードを取り出して提供した。
当然涙を流しながら彼女がそれを完食した頃には、東の空に太陽が半分ほど顔をのぞかせていた。
「ご満足頂けましたか?」
その僕の問いかけに、彼女は首をコクコクと縦に振って答えた。
「ヤバい、ヤバすぎる。もう私はキミのこの食事からは逃れられなくなりそうだ。」
「これから一緒の建物で暮らすのだから、いつでも食べに来てもらって構いませんよ。」
と返事した僕は、彼女のしてやったりという満面の笑顔を見て一瞬後悔したが、屋上を提供して貰えるし、家賃と思えば仕方ないかと改めて自分を納得させた。
「で、キミのこの見たことも聞いたこともない知識のルーツを教えてくれるとのことだったが、それは今からでも可能かな?」
そう言われた僕は、保管庫から何冊かの薄い雑誌と、ドライヤーを始めとした幾つかの小型の魔道具、金属でできた丸い容器をテーブルの上に並べた。
「これは?」
訝しそうな目つきでそれらを見つめたユメフィリアは、近くにあった雑誌を取り、それをパラパラと捲って固まって目を開いた。
「なんだ!こんな詳細な絵が描けるものなのか!」
「それは写真というものらしいです。それを紙に印刷したものを集めて作られたのがその雑誌です。写真の上に細かな文字のような物が見えると思いますが、それが彼らの使っている文字だと思います。」
僕の説明を聞いて、ユメフィリアはこれ以上ないくらいに目を見開いて、僕を探るように見つめて言葉を紡いだ。
「この世には、この世界でない所から突然現れる稀人と呼ばれる存在がある。キミは稀人なのか?」
まぁ疑われるのは当然だろうなと思っていたから、僕はこれまでのことをありのままに話した。
「そうか、キミはカータ村の住人だったのか....あの地方の冒険者ギルドからの報告で、巨大な火焔竜によりただ一人を除いて全滅させられたと聞いていたが、それがキミだったのか....」
ユメフィリアが、僕の村のことを知っていたのには驚いたが、冒険者ギルド本部なんだから、その程度の情報は手に入るのかと思い直した。
「しかしだ、その事実からはこの雑誌や魔道具の説明は結びつかない。」
その彼女の言葉に頷いた僕は、更に言葉を続けた。
「村を出て半年程が過ぎた頃、僕はオンワセのギルドの依頼で魔の森の奥に地竜の探索に出ていました。三年程前のことになりますが、そこで異世界転移穴の事象に遭遇しました。目の前に突然この建物の十倍以上もある建築物が出現したのです。巨大な木々を押し潰すように突然出現したそれは、まるで空から落ちてきたとしか表現できないような状況で、窓とかの破損が全く見当たらず、外壁も殆ど損壊していない状況に納得がいかなくて、僕は....」
ユメフィリアは両手をテーブルについて立ち上がり大声を出した。
「キ、キミはその中に入ったのか?」
「えっ?入りましたよ。目の前に遺跡みたいなものがあったら、絶対に入るでしょ。その頃は僕もまだ若かったですから。」
そこまで聞いて、ユメフィリアはカップに残っていた牛乳入りコンヒーを一気に飲み干した。
「....で?」
彼女の待ちきれないような雰囲気に圧倒されて、僕は再び言葉を続けた。
「中は真っ暗だったので、ライトの魔法を頭上に展開しながら、先ずは一番下の層に入ると、そこには調理された料理、果物や野菜や、白いトレイに入った生肉などがケースに並べられていたので、このままだと腐ってしまうだろうなと考えた僕は、食料品だと思われるものは全てを空間庫に収納することに決めて、グルっと一周回ってから上の階へと進もうとしたんだけども、まだ開けてない扉や箱もたくさんあったから、この後の状況も考えると、この建物全部を収納した方が早いかもしれないと考えたんです。」
それを聞いたユメフィリアの顔は、蒼白に変わっていた。
「キ、キミの空間庫の容量は、それ程のものなのか?」
「散々収納してきたけど、まだまだ一杯になったことはありませんから、自分ではどれだけの広さがあるか判りません。その建物以外にも千年欅等の材木や、鉄鉱石や銀や銅、金やオリハルコン、ミスリルなどもかなり収納してありますし....他にも、実験的にいろいろなことを試してますから、一度には説明できませんね。」
それを聞いたユメフィリアは、力が抜けたようにガクッと腰を下ろした。
「じゃあ、話を続けますね。収納すると決めてからは、取りあえずは何があるのか調べてみようと思って、次の層へ行くと、そこには化粧品やアクセサリーなんかの女性関係の品物が並んでいてね、次の層には....」
「それがお風呂に置いてあったシャンプーとかリンスなどということか?」
「ううん、違うよ。もっと高級な香水とか口紅とか化粧液?お肌の手入れをするようなものがホントにたくさん並べてあった。」
驚き疲れたのか、彼女は後でそれらも見せてほしいと告げて、更に話を進めるように言ってきた。