冒険者ギルド本部屋上にて
階段を登りきって僕が扉を開けると、周囲に二メートル程の柵を張り巡らせたグラウンドのような屋上が広がっていた。
どうやらこのギルドを利用する人は、殆ど居ないようなので、先ずは僕とユメヤさんだけが出入り自由な隠蔽結界を構築することにした。
屋上の四隅に、A級魔石をセットした隠蔽結界用魔道具を設置して、それぞれに僕の魔力を流すことでそれらを起動させると、ギルドの屋上に高さ十メートルの結界が展開され、外から見ると結界を設定していない時に見られるような、グラウンド表面だけが観察されるようにした。
その下準備を終えてから、僕は保管庫から2LDKの平屋建て一軒家を取り出し、一番日当たりが良いであろう場所に据え、更に周辺に細々としたガーデン用のチェアやテーブル、石窯、バーベキュー用コンロをセットした。
「まぁ、こんなもんかな。できれば周辺にちょっとした畑とかも作りたいけど、それはユメヤさんに確認しないと不味いだろうから、明日の相談次第かな。」
そう言いながら、家の扉を開けて中へと入ると、順番に各種魔道具を操作して、先ずはお風呂にお湯を張って、各部屋の灯りを点していき、部屋の温度が適温になるように工夫した魔道具も動かした。
自室のベッドは、前回綺麗に片付けたままになっているので問題はなく、デスクや本棚にも異常がないことを確認して、隣室の客間に異常がないことを確認して、居間を通り抜けて台所へと向かった。
冷蔵冷凍庫の中に保管してあった下拵えを終えたオークカツレツを取り出し、野菜庫から取り出したキャベツをカット調理器を使って千切りにして皿に盛りつけ、オークラードで揚げたオークカツを適当な大きさに切り分け、その上に盛った。
保管庫に保存してあった炊いたばかりの白米を容れたお櫃をテーブルの上に置き、コップに氷を容れ、リンコジュースを容れたデキャンタとトメトベースで作ったソースを容れた瓶を隣に並べた所で、玄関のベルが鳴った。
結界を通り抜けることができたということは、ユメヤさんだろうなと考えながら、僕は玄関扉を開けた。
「一人テントでは寂しいだろうと差し入れ持ってきたんだけど....説明してくれる?」
ジト目で、お前いい加減な答えだったら判ってるだろうなという表情で説明を求めてきたので、僕は屋上に隠蔽結界を展開して、保管庫に保存してあった自宅を設置したことを懇切丁寧に説明した。
「なるほど、この家を建てる為の土地が王都に必要だったから、手持ちの魔石や素材をギルドに売却して、その資金を得たら、ギルドに紹介してもらって土地を購入するつもりだったと、それで合ってる?」
要所を押さえた質問に、僕はブンブンと首を縦に振った。その同意を確認すると、ユメヤさんは手にした袋をズイッと僕の前に差し出してきた。
「これは差し入れね。王都近辺で取れる鳥のモモ肉だけど....美味しそうなものを食べてるわね。」
口の端から今にも垂れてしまいそうな涎を確認した僕は、取り敢えず声をかけてみた。
「明日の打ち合わせは予定通りにして頂きたいと思いますが、事前の打ち合わせとして、一緒に食事しながらでもどうですか?」
「頂こう。」
すぐに釣れた。
「ここは屋上全体に隠蔽魔法が展開されてますし、結界内には僕とユメヤさんしか入れないですから、ユメフィリアさんの姿に戻っても、何も問題ないですよ。」
「えっ?マジ?マジですか?」
そう言い終わると同時に、ユメヤさんはユメフィリアさんの姿に戻り、僕が座っていた椅子に座って、テーブルに置いてあった箸を手にして僕を見た。
「で、これって、どうやって食べれば良いの?」
「箸は使ったことありますか?」
「箸?箸って、この私が持ってる二本の棒のこと?」
「じゃあ、このフォークを使って貰えますか?」
僕は食器棚の引き出しからフォークとナイフを取り出し、ユメフィリアさんに手渡し、棚から取り出したカップに、保管庫から取り出した鍋に入っているコーンポタージュスープを注ぎ、彼女の前に置いた。
「スズオカ草原で取れたナンバとオーチヤンマ高原の牛の乳を絞った牛乳で作ったスープです。食事の前にどうぞ。」
ユメフィリアさんはナイフとフォークをテーブルに置いて、カップのスープを一口含んだ。その彼女の目が大きく見開かれた。
それからは、驚きの連続であったようだった。オークカツなどは見たこともないし、そもそもフライという調理法さえも知らなかったようだった。トマトベースのソースも、キャベツに使用したタマンネーギを利用したドレッシングも目新しいものだったらしい。更に白米を食したことがなかったのには驚いた。付け合わせの大根の糠漬けは匂いが苦手かなと思ったが、えらくお気にめしたようだった。
「キミは食べないのかい?」
食事が終わって、やっと僕が何も食べてないのに気づいたユメフィリアさんの質問に、
「いやぁ、あれだけ美味しそうに食べてもらったら、料理した者にとってはそれだけでお腹が膨れるというもんですよ。」
そう答えながら、後で作り置きのおむすびでも食べよと思う僕だった。
食後の紅茶は、アイスレモンティを提供したが、僕の飲む焙じ茶にも興味を示し、テイスティングしていた。
「そこでキミの提案だが....」
「へっ?」
突然の会談に一瞬判断に戸惑うと、そこからはユメフィリアさんの独演が始まった。
「先ずは土地の問題だが、ここの屋上を提供しよう。家賃は時々食事を提供してくれればそれで充分だ。」
「えっ?そんなんで良いんですか?」
「ん?キミは自分の料理を過小評価し過ぎだね。この王都でキミ並みの料理をオーダーしたら、金貨五枚は必要だよ。仮に一週間に一回食事させて貰えるとしたら、家賃には十分な額になると思うがね。次に職業だが、無職や冒険者としてでは、キミの容姿や実力は余りにも飛び抜けている。だからこそこの本部ギルドの職員として働いて貰うというのはどうだろうか?それなら住み込みで働いているという言い訳もできるし、違和感もないだろ?」
「た、確かに....」
「そして、これは依頼になるのだが、この部屋の趣向には目を見張る物がある。この一枚板の千年欅のテーブル、それに合わせた椅子はもちろんだが、板とクロスを腰板で区切り、明るいクロスで視界の圧迫感を減弱するようにデザインされた壁、そこに使用された重厚な木製の窓枠、白く軽いレースと厚手の生地を使ったドレープ。天井に取り付けられた王城の居室を彷彿させるような灯りの魔道具、更に台所の仕様や部屋のデザインなどなど、上げればキリがないほどだ。」
余りの絶賛高評価に、僕が反応できずに固まっていると、ユメフィリアさんは更に言葉を続けた。
「そこでだ、このギルドの三階にある住居を兼ねた私の私的空間をキミのセンスでリフォームしてほしいんだが、もちろん費用は私持ちだし、対価も十分に支払う予定がある。どうだろうか?」
「対価は必要ありませんよ。ここに住まわせて貰えることになりましたし、部屋作りは趣味でもありますから、無料でやらせて頂きます。ただ、リフォーム中はかなり煩くなりますし、その間はそこで暮らすことができなくなりますから、一時的に引っ越して貰う必要がありますが大丈夫なのですか?」
「へっ?」
ユメフィリアさんは、そんなこと考えてもなかったという顔をして、固まった。
「そんなことだと思いました。客間が一部屋ありますから、そこで良ければ提供しますが、どうしましょうか?」
「是非!」
そう言って、ユメフィリアさんは僕の手を取り、感激の涙を流していた。
その後、客間やトイレやお風呂の説明をし、洗濯用魔道具の操作方法を教えたが、その都度絶叫して説明を求めてくるので、夜中近くまで僕は束縛されることになり、一通りの説明が終わった後に、彼女は全力で三階へと降りていき、取りあえずは一泊できる支度をして戻ってくると、今は一番湯に入っている。
「はぁ、これからどうなるんだろ?」
思わず漏れた言葉は僕の本心だった。久しぶりのウキウキした感情に少し僕も興奮していたようで、村が滅んでから一度も同居人を持ったことのない生活は、僕の心にもかなりのストレスを与えていたようだった。