エデルの園応接室にて2
「それでは、細かな話しを進めていきましょう。皆さんは、どれぐらいの部屋をご希望ですか?ちなみに基本はヤマハさんの前世に存在した一人用のマンションというものを参考にしています。1LDKという寝室、トイレ、バスルームに居間と食堂と台所の機能を備えた部屋が一部屋という構造になりますが。」
「トイレとお風呂が各部屋にあるのか!」
「しかも、台所の機能まであれば、今の暮らしよりもかなり贅沢なものになるぞ。」
「家具については、デパートの中で見つけた物と、書籍に記載されたていた物を参考にして僕がスキルで再生した物を備え付ける予定ですが、ご希望があれば変更は可能です。」
「どんな物かを見せてもらうことは可能だろうか?」
「ここに実物を出すのも藪坂ではないのですが、あまりにも手狭になるので写真というものでお見せしますね。」
そう言って、僕が保管庫から出した雑誌は、どうやら『世界の家、別荘特集』というお金持ちの家を写真に収めたものらしかった。
その内容を見て、銀河倶楽部の女性の方達は興奮し、ああでもないこうでもないと賑やかに検討会を開き、ヤマハはその内容がかなり世間離れしたものであることを理解していた為か、俺は普通で良いとさっさとその輪から外れて、お変わりした紅茶を飲みながら虚ろな目でその騒ぎを見つめていた。
一通りの話が纏まった後に、僕はここで暮らす為の対価を提案した。
「どんだけのお金を要求されても、絶対に都合してみせるわ。」
と興奮する人達に僕が提案したのは、このエデルの園で子供達に魔法や一般常識、言葉や文字を教えてもらうことだった。
五人全員が常時勤務するわけではなく、メンバー二人が交代で対応して貰えれば、今の仕事も続けることができますよと口にすると、あまりの好条件に一同は絶句していた。
「あなた方が、この王都を裏からしっかりと管理して頂ければ、この街はもっと暮らしやすく安心な街になると思います。私はヤマハさんに、この街で無視できないような陰の実力者になってもらいたいんです。他の国も見て回って来ましたが、領土についての野心に溢れた支配者達が多くて、どこの国にも無視できない問題があります。特にイングラム神聖国の教皇は、魅了魔法で自分の命さえ差し出すような狂信者の軍団を組織しています。殲滅するのは容易いですが、それでは無垢の民が救われません。そのクソに対抗できるのが、貴方だと思っています。」
「....俺にできるのか?」
僕の言葉に、一瞬身を強張らせたヤマハは、不安そうな声でボソッと呟いた。
「大丈夫ですよ。パーティの仲間だけでなく、貴方はエデルの園の一員になったのですから、僕達も全力で補佐しますから。それに表に立つべき人は、もう見つけていますから。安心して下さい。」
その言葉に、皆は疑問符を浮かべた。
(トップって、お前と違うんか〜い)
「一人だけが頑張って世の中変えても、その人が居なくなったら直ぐに元に戻ってしまうような世界は望んでいないんです。みんなが切磋琢磨していけるような世界が理想です。心配な部分は宗教です。神を騙り、その信仰心を利用して、自分は高みから神を気取ります。僕はそんな奴らが大嫌いです。イングラム神聖国の暴力は、僕が止めますから、ヤマハさん、貴方は民を裏から支えてほしいと思っています。貴方にはそれだけの素質があると思っています。」
「私達は何をすれば良いの?私達には、貴方達のような特殊な能力も才能もないよ。」
困ったように訴えるユリアさんに、僕は諭すように伝えた。
「民を率いるということの精神的な負担はかなりのものです。ヤマハさんにはこれまでと比較にならないほどの負荷がかかると思います。それを癒やすための支えとなって頂きたいのです。私に協力できることがあれば、私もそれを惜しみません。」
そう言って、僕はみんなの顔を見渡した。
「以上が、ここで暮らしてもらうための私からの条件です。引き受けて貰えますか?結論を出すのには、少し時間も必要だと思いますから、下の食堂にお越し頂きますか?そろそろお腹も空いてきたと思うので、夕飯を準備させて頂きます。」
ーーーー
「さぁ、みんな、テーブルの上を片付けてね。そろそろ夕ご飯の準備をするからね。それと今日はお客さんもいるから、みんなの良い所もいっぱい見せてあげてね。」
そう言って、カイナはエプロンをつけてミレイラと厨房へと入っていった。
食堂では、一番年長の子供でも五歳くらいの子供達が、テーブルを拭いたり、コップやフォークやスプーンを準備したりと忙しく働いていた。
さっきカイナに言われた言葉に思い当たる所はたくさんあった。この国にも問題はあるが、他と比較して人種の偏見は少なく、身分の差は他の国と比較すれば軽微といえた。全ての物には神が宿るという考え方は、多神教の日本で育った俺には馴染みやすく、宗教で悩まされることが少なかったのも、活動場所として、この国の王都を選んだ理由の一つだった。
そんなことを考えながら、仲間が子供達と一緒に和気藹々と食事の支度をしているのを見ていると、俺の鼻を懐かしい匂いがくすぐった。
「カ、カレーか!」
思わずそう叫んで立ち上がってしまった俺を、年長の子供達がサムズアップして迎えてくれた。
それだけじゃなかった。何かを揚げるような音と、熱された油の匂いに気づき、俺は絶叫した。
「しかも、カツカレーだと!」
その言葉は、子供達も知らなかったようで、俺の周りにわっと集まってきて質問攻めにされた。
「ねぇねぇ、カツって何?カレーは何度か食べたけど、カツって食べ物は知らないの。おじさん知ってるの?教えて教えて!」
俺はおじさんと呼ばれたことに少しショックを受けたが、カツというものがどういう物かを懇切丁寧に説明していくと、子供達の口元からは涎が垂れ、説明している俺の口にも涎が溢れた。
しかし、出された料理は、俺の予想の更に上をいっていた。
少し深皿の食器には真っ白なご飯が盛られ、その上に子供達でも噛み切れるような小さなカツと、柔らかそうなクリーミーコロッケ、それに一口サイズの唐揚げが乗っており、その上からトロリとしたカレーが掛けられ、更に生クリームらしきもので飾られていた。そして、白いご飯の横には福神漬けとしか思えないものが添えられていた。
「「「うわぁ~!」」」
子供達の絶叫の後に皆で『頂きます』をして、スプーンをつけた。美味かった。久しぶりのカレーを、俺はまたまた号泣しながらかっこんだ。お皿はあっという間に空になり、少し残念な気持ちになった俺の前に、追加のお皿が置かれた。
「貴方専用のスペシャルおかわりでございます。」
出されたのは、ご飯の上にハンバーグ、ほうれん草、人参が盛られ、更にハンバーグには目玉焼きが載せられ、更にその上にはチーズが盛られていた。
「「あぁ〜、おじちゃんだけズルい!僕も食べたい!」」
目ざとく見つけた年長の子供達がそう叫ぶと、カイナは、みんなの分も準備してあるから、おかわりの具はその時に言ってねと答えていた。
俺はその料理を前にして、手を付けることもできずにポロポロ涙を零していた。
「なぁ、ここで暮らしたら、毎日こんな懐かしい料理を食べさせて貰えるのか?」
「勿論ですよ。お望みなら、カツ丼や親子丼、牛丼や豚丼も作りますよ。すき焼きや寄せ鍋も可能ですが、まだ空間に海の再現ができていませんので、魚介物を利用したお寿司や鰻丼、海鮮丼などは、もう少しお待ち頂くことになります。」
その言葉に俺は迷いが消えた。俺に素質があるというなら、俺はそれに応えてやろう、全力で突っ走ってやる。
「決めたぞ!俺はここに住む。これからもよろしく頼む!」
「はい。」
カイナの返事の後に、食堂中に歓声が響き渡った。その中には、当然俺の仲間達もいた。胃袋を掴まれるということはこういうことなのかと、その時の俺ははっきりと確信した。
ーーーー
「ねぇ、ヤマハは全く顔を出さないんだけど、貴方達は本当に連絡してくれたの?」
かつて教会であった建物を改修して、少し小さめの宮殿のように整えられた建物の一番奥の部屋で、頭に二本の尖った角を生やし、紫色の髪で真紅の瞳を持ち、誰もが絶世の美女と確信できるような姿をし、更に女王のような威厳をも纏った若い女が、傍に控える執事に慇懃な態度で尋ねた。
「ま、間違いなくお伝えしました。ユリア様には強く念押ししましたので、間違いなく伝わっております。」
その返事に納得できない女に、メイド長と思われる女が言葉を添えた。
「エリザベート様、ヤマハ様を含めた銀河倶楽部の方々は、先日拠点を旧冒険者ギルド本部へと移されました。それ故に時間の都合ができないのかもしれません。」
「旧冒険者ギルド本部?あのボロボロの建物に引っ越したの?ギルドの職員にでもなったというの?」
その彼女の言葉に執事が答えた。
「冒険者ギルド本部は、その機能を東支部へと移し、その支部長が正式にギルド本部長の代行となりましたので、あの建物は、冒険者ギルドのグランドマスターの私邸となり、最近増加している孤児達を世話しているようでございます。」
「この私よりも、そんな孤児達の世話の方が大事とでも考えてるのかしら、少しヤマハは甘やかせ過ぎたかもしれないわね。少しお仕置きが必要だから、直接私が乗り込んでやるわ。親衛隊を十人ほど集めてくれる?」
34話連続投稿させて頂きました。
ろくに見直しもできておりませんので、誤字脱字も多いと思いますが、ご容赦して頂けると有り難いです。
これにて、第一部は完結となります。
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