冒険者ギルド本部2
「差し出がましい提案とは思いますが、カイト様の『目立たぬ生きる』という生き方に協力させて頂けるかもしれません。」
そのギルマスのユメヤさんの言葉は、僕の全身を震えさせた。
「ホントですか!僕にできることなら何でも協力します。ですから、その方法を教えてください!」
カイトの言葉に俯いていたユメヤの口角がクイッと上がった。
「生きていくためには資金が必要です。カイト様ならかなりの良質な魔物の素材や魔石をかなりお持ちのことと存じます。ただし、それを売却するとなると、当然大手の業者や貴族の方達と取引することになりますので、目立ってしまいます。」
「そう!その通りなんだよ。どこに行っても、素材の入手先を追求されて、結局正直に話すしかなくなって、それを話すと同時に勧誘の嵐が始まるんだよ....」
そう言って、僕は辛かった過去の出来事に思いを馳せた。
「で、僕はどうすれば良いの?」
その気になってきたカイトを見て、少し前のめりになって、カイトの手を握る自分の手に更に力を込めて、ユメヤは言葉を続けた。
「カイト様ならば、これまでも代理人等を間に入れて、自分が目立たぬよう工夫されたことも何度かあったと思います。」
「そう、その通りだよ。でも結局、代理人が調子に乗って情報売ったり、拉致されて無理やり白状させられて、正体がバレてしまうんだよ。」
それを聞いたユメヤは、更に笑みを深めて、言葉を続けた。
「高価な魔石や魔物の素材を取り扱っても、全く目立つことのない存在があります。」
「も、もしかして....」
「そうです。冒険者ギルドです。私共なら魔石や魔物素材を取り扱うのは当たり前のことですし、王都の本部であることを考慮すれば、周辺のギルドでは満足な取り引き相手がいないということを理由に、より高価な魔石や素材を売却できますし、場合によっては大規模なオークションさえ開催することもできます。」
目が点だった。これまでの訪れた冒険者ギルドには多くの冒険者やギルド職員が居たから、こんな手段を選ぶことなどできないはずだった。でも、ここ王都の冒険者ギルド本部には、見る限りはギルマスのユメヤさんしかいない。それはギルマスさえ黙っていてくれたら、情報漏洩は限りなく抑え込むことができるということでもある。しかし不安もある。このユメヤさんを本当に信じて良いのかということだった。
どうやら、僕のそんな気持ちに気づいたようで、ユメヤさんはにっこり微笑むと、その笑みを浮かべたまま僕の目を見つめて、驚くような事実を吐露した。
「カイト様の秘密を私だけが知るということには不安もあると思います。ですから、私も誰にも明かしたことのない秘密をカイト様だけに伝えたいと思います。」
そう言って、ユメヤさんが口の中で、よく判らない言葉で呪文のようなものを唱えると、彼女の身体が虹色の光に包まれていった。そして、その光が彼女の身体に染み込んでいくと、そこには先程までのユメヤさんの姿はなく、背が高くて、雪のような白い肌をした、耳が長くて翡翠色の瞳を持つ、これまでに見たこともないような綺麗な女の人が立っていた。
「えっ、エルフ?」
エルフ族は数百年前の人間との戦争に疲れ、北の果てにある神の森と呼ばれる森へと移り住んだという昔話を思い出した。
「はい。私の正体はエルフ皇国第三皇女であるユメフィリアと申します。故あって、今はこの国の王都でギルドマスターを勤めておりますが、現在人間界にはエルフは存在しないと言われておりますので、正体を明かすことは絶対にできません。これをカイト様との約束の担保としたいのですが如何でしょうか?」
「そ、そんな大事な情報を僕みたいな人間に明かしてしまっても良いのですか?僕の方がすごく不安になるのですが....」
そんな僕の言葉に、ユメフィリアさんは、はにかむような笑顔を浮かべて、他愛もないことでもあるかのように答えてくれた。
「カイト様の秘密を知ってしまったのです。同じ穴の狢として、このくらいの秘密の開示など些細なことです。」
僕はその言葉に嬉しくなって、ユメフィリアさんの手をギュッと握って、より信頼をして貰えるよう、心を込めて決意を伝えた。
「僕は、このギルドにお世話になりたいと思います。どうぞよろしくお願いします。」
「よっしゃあ!これで爪に火を点すようなその日暮らしからはおさらばだぁ。やったぁ、やったよ。ユフィ頑張った!」
僕の言葉を受けたユメフィリアさんの絶叫を聞いて、先程の決意を強く後悔したのは言うまでもなかった。
「さぁさぁ、持ってる素材やら魔石を見せてくれる?」
ユメヤさんの姿に戻ったユメフィリアさんが、僕の手を強く引っ張りながら、せかせかとギルドの受付カウターへと連れて行った。僕は諦めて保管庫から魔石だけを取り出し、カウターの上へ並べた。
そこには高さ一メートルほどにもなる小山が出来上がり、それを見たユメヤさんは再び固まってしまった。
「素材の方は、ここでは狭すぎて出せませんので、一応魔石だけを取り出したのですが、それで良かったですか?」
ユメヤさんの白い顔が、更に真っ白になって恐る恐る僕に尋ねた。
「も、もしかして、空間魔法か保管庫スキルの持ち主なのですか?」
「えぇ、両方共に所有しています。何か問題がありましたか?」
ユメヤさんはそう応えた僕の襟首を掴むと、怒鳴るように叫んだ。
「あんた何してくれてんねん!空間魔法なんて、エルフでも使える人間は数人しかおらんのやで、しかも空間庫のスキルまで持ってる。一体何様やと言うねん。もしかして、マジックポーチまで持ってると言うんやないやろな!」
そう言われた僕は、最近錬金術で作った小部屋ほどの容量を持つマジックポーチを取り出し、そっとカウンターの上に置いた。
ユメヤさんの目は、零れ落ちるんじゃないかというくらいに大きく見開かれていた。
「....これは、どこで手に入れたのですか?」
急にしおらしくなったユメヤさんが、探るような目つきで、上目遣いで見つめてきた。その視線の圧に耐えきれずに、僕がそっと目を逸らすと、それが腑に落ちたのか、静かに落ち着いた声で質問を重ねた。