冒険者ギルド本部にて
「な、なんなんですか?」
僕とミレイラを含めて十二人の子供が、荷物を乗せたリヤカーを引きながらギルド本部にやってくるのを見つけたユーフィリアが呆れたような目をして尋ねてきた。
「僕の新しい家族です。屋上の僕の家で面倒を見ようと思って連れてきました。当然、許可してくれますよね。」
そう言って、僕がニコッと笑うと、ユーフィリアは、口角をピクピクさせながら僕を部屋の隅へと連れて行こうとした。
「僕はこのお姉さんとお話しがあるから、みんなはこの食堂で待っててくれるかな?ミレイラは僕と一緒に来てくれる?」
みんなから離れて、部屋の隅へと移動すると、僕はまずはミレイラをユーフィリアに紹介した。
「正真正銘の僕の妹のミレイラです。スラムで孤児達の世話をしているのを見つけて連れてきました。」
「ミレイラです。いつも兄がお世話になっております。これからお世話になりますので、よろしくお願い申し上げます。ユーフィリア様。」
そう言って、ミレイラはニコッと笑って彼女を見た。
「ちなみに、彼女も鑑定(極)を持っていますから、素性は隠す必要ないですから安心ですよ。」
言われたユーフィリアは、再び口角をピクピクさせた。
「鑑定(極)でさえ、かなり年輩の数人のエルフしか持っていないというのに、君達兄妹はどんだけ常識から外れてるんだ。」
「まだまだ伝えたいことがあります。ミレイラ、子供達の世話は任せるから、あの子達にこっちに来るように伝えてくれる?あっ、このポーチにお菓子がかなり入ってるから、おやつとして分けてもらって良いからね。おすすめはマシュマロチョコレートや、エンジェルパイだけど、食べ過ぎないように注意してね。」
ミレイラが了解と敬礼のポーズを取って皆のところへ駆けていくと、その場では大きな歓声が上がっていた。
そして名残り惜しそうに振り返り振り返り、こちらの方へと来る二人を手招きし、君達の分もちゃんとあるから安心してと呟くと、満面の笑顔を返してくれた。
「こちらの二人は、今は亡国となってしまったエングリス王国の正当後継者です。事情があって、ユーフィリアに話を聞いてもらうために連れてきました。」
「エングリス王国....かなり珍しい妹の桃髪赤眼、まさかとは思うが、二人の親、いや母親はエルフかい?」
その言葉を聞いて驚いたのは、二人の方だった。
「はい、私達の母親はメルフィリアというエルフです。」
その名を聞いて、驚いたのはユーフィリアの方だった。両目を大きく見開き、兄の肩をガシッと捕まえると、真顔になって更に質問を重ねた。
「....君達は、母親から形見の品を預かってないかい?」
そう言われた妹が、服に隠された胸のところから、真紅の宝石をトップに持つ、いかにも曰く有りげなペンダントを取り出すと、ユーフィリアはそのペンダントトップを慈しむように両手でそっと握りしめ、囁くような嗚咽混じりの声で言葉を紡いでいた。
「ミルフィ、ミルフィ、私より先に逝ってしまうなんて、私は....私は..どうすれば良いんだ....教えてくれ。教えてくれよミルフィ....」
暫くの間、ペンダントを握りしめ放心したようにブツブツ呟くユーフィリアにかける言葉が見つからず、僕は彼女の成すがままにさせておいた。
漸く立ち上がり、二人を優しい目で見つめると、彼女はありのままを告げた。
「フィリアというのは、現エルフ皇国皇帝の娘につけられる性のようなものだ。ミルフィリアは、私の末の妹で、君のペンダントトップは、私が初めて単独征伐した火焔龍の魔石を使ったものに間違いない。つまり単刀直入に言うと、君達は私の姪と甥だ。これから宜しくな。」
そう言って、ユーフィリアは二人を両手でハグし、僕が一歩引くほど号泣した。何がなんだか判らなかった二人も、それに引きずられるように大泣きし、落ち着くのには暫くかかった。
「というわけで、私はこの二人の養母となる。従って、このギルド本部で君達が孤児達の世話をすることにも何も反対しない。毎食の料理を二人の分もお願いすることになるけど、食事代はいくら負担すれば良いかな?」
あまりの豹変ぶりに一歩引いたが、それは無視して僕は話を進めた。
「あの二人は特殊でしたが、残りの八人の子供達も侯爵や辺境伯、伯爵の血を引く子供達ですから、一緒に育てていこうと思うのですが、おそらくは孤児院に最近預けられることの多い孤児達も、この子達と似たような背景を持っていると思われます。」
その言葉に一瞬キョトンとしたユーフィリアは、すぐに思い当たったようで、苦み走った表情をした。
「例の倶楽部の影響かい?」
その言葉に僕は縦に首を振った。
「スラムに遺棄される子供達は、倶楽部に勤める冒険者や平民の女性達が宿してしまった青い血を持つ高貴な方々の落胤だと思いますし、孤児院に預けられている孤児達は、倶楽部遊びで子種をもらってしまった貴族の妻や娘の子供達だと考えています。魔力や素養は遺伝することが多いですから、あの子達はしっかりと教えてあげれば、親に勝るとも劣らない能力を持つことになると思います。もちろん、協力してくれますよね。」
「当たり前だ。この子達の教育も含めて、私も全力で協力しよう。しかし、孤児院の子供達も預かるとなると、このギルド本部だけでは、些か食糧事情も考慮する必要が生じるぞ。」
当然の不安であった為に、その問いにも大きく頷いて、僕は空間魔法を応用して作り出した扉を二つ、部屋の壁に設置した。
「何だい、これは?」
「これはまだミレイラにも説明していないことだけど、食糧事情が心配ないと説明した理由がその扉にあるから、二人で確認してもらえるかな?」
子供達におやつを与えて戻ってきていたミレイラが、手前の扉を開けると、その向こうには、透き通った青空のもと、果てが見えないほどに広がる水田があった。
「....えっ?」
驚き固まるミレイラの隣で、同じようにユーフィリアが、二人の子供と一緒にもう一つの扉を開けると、同じように青空のもとに広がる果ての見えない牧草地と、そこでのびのびと遊ぶ牛や馬、豚や羊、鶏がいた。それに驚いていると、かなり遠方から凄い勢いで駆けてくる大型の犬?狼のような動物が確認でき、僕は身構えたユーフィリアの前に立つと、その神狼をしっかりと受け止めた。
「カイト、ひどいじゃないか、我はもうかなり放置されているぞ。一日一回は遊びに来るという約束はどうなったんだ!」
その神狼の言葉に四人は固まった。
「お兄ちゃん、まさかの神狼さんですよね。何してくれてるんですか?こんな所に閉じ込めてたら世界のバランス崩れてしまいますよ。」
その言葉に僕は少し眉を寄せて、言葉に詰まった。
「娘よ。カイトを責めるな。我がここにいることには、それなりの理由がある。それもおいおい説明しよう。今はその言葉で納得してほしい。」
僕達が、彼を連れ出してドアを閉めてギルド本部内へと戻ると、彼を見つけた子供達が獲物を見つけた蟻のように群がり、わやくちゃにされていた。




