スラムにて2
僕は壊疽を起こして色が黒く変わっている二人の手足を斬り落としたが、切り口から流れる血液も多くなく、心機能とかの内臓機能も既に末期だと判断した。状態から判断して、何らかの毒物を摂取させられた可能性が高かった。
「再生魔法」
再生魔法を使用することで、傷は塞がり始めるが、その治癒速度は通常の十分の一ほどしかなく、まずは生体の活性を高めるために活性魔法を使用し、更に個人の時間を操作する時魔法の一つ、凍眠を使用して、身体にかかる負担を少なくした。相反する魔法だが、その効果に間違いないことは実証済みだった。
一つ一つの臓器を丁寧に確認し、状態を改善させていったが、脳の機能だけはあまり手を掛ける必要がなかったことに驚いた。
身体の回復を終え、次に切断した手足の再生へと移った、これはあまり難しいものではなく、普段から使い慣れていた魔法であったので、それ以降の作業は順調に進んだ。
漸く治療を終えて、僕が一息ついたのは、この部屋に入ってから十二時間後の事だった。
「....どう?」
恐る恐る部屋へと入ってきたミレイラは、開口一番にそう僕に尋ねてきたので、僕は親指を立てて順調だとの合図を返した。
すると、それに安心したのか、ミレイラがベッドの側へと駆け寄り、二人を見て息を呑んだ。
「....お、お兄ちゃん、また腕を上げたね。」
ベッドには、綺麗な顔を取り戻した二人が、まるで今にも起き出してきそうな感じですやすやと眠っていた。
「他の子達は?」
「もう、みんな寝てるわ。それこそ人間ってお腹が満足すると、眠くなっちゃうんだね。」
そう言って笑う彼女に二人を任し、俺はこの子達の為の食事を準備すると言って、台所へと向かった。
すき焼きのスキレットを確認すると、綺麗さっぱり食べ尽くされており、残り物でうどんか雑炊を作ろうとした僕の目論見は、すぐに破綻した。
どうせ、まともなものはこの一ヶ月ほどは口にしていないだろうと考え、たまご粥を作ることに決め、作り置きしていたダシを土鍋へと満たし、塩とスパイス、少量の米酒で味を整えながら沸騰させ、それから洗った米を加えて、中火で底が焦げ付かぬよう木べらでかき混ぜながら、好みの固さとなった時点で火を止め、溶き卵をかけてから蓋を閉じて蒸らしていると、ミレイラが二人を連れて食堂へと入ってきた。
「どうしました?まだ歩き回れる程には回復していないでしょ?それとも、匂いで起こしてしまいましたか?」
その言葉に、年長の金髪碧眼の少年が応じた。
「あなたが、助けてくれたのですね。こんな姿では、お返しするものもありませんが、まずはお礼だけでも伝えたいと、ミレイラさんに無理を言いました。妹共々、本当にありがとうございました。」
そう言って金髪の少年と、まだ幼子のように見える桃髪赤眼の少女が、深く腰を折って礼を伝えてきた。深い事情を想定させる言葉遣いだったが、今は無理に聞き出すことはせずに、僕は椅子を勧めて、カップにできたてのたまご粥を装い、シソの粉と塩をまぶして二人の前へと置いた。
「この一ヶ月以上、何も食べていなかったでしょう?最初から普通の食事では無理がありますが、この程度なら大丈夫だと考えました。無理しない程度におあがりください。」
「お兄ちゃん、私も食べて良い?」
「お前は、さっき食べたんじゃないのか?」
「うん、あまりにも美味しそうに食べてるから、私の分もみんなに分けてあげてしまって、殆ど食べてないの。」
そう言って、ミレイラは両手で小さな拳を作り顔の前に掲げた。子供の頃からの、おねだりポーズに、思わずウルッとしてしまったが、もう一つお椀を取り出し、たまご粥を装い、彼女の前にそっと置いた。
「久しぶりだなぁ、お兄ちゃんのお粥、ホントに美味しいんだよね。」
男の子の空になったお椀に、おかわりを装って彼の前に差し出すと、それを受け取りながら、不思議そうに彼が尋ねてきた。
「失礼になってしまったら申し訳ありません。先程からミレイラさんは、あなたのことをお兄ちゃんと呼ばれているのですが、私にはどう見てもお姉ちゃんにしか見えないのですが....」
「あぁ、この姿ですね。王都に来るまでは全く気にしてなかったのですが、冒険者ギルド本部のマスターに、僕の素性は周囲に知られない方が、安穏に生活できるよと提案されて、それからはこの姿で暮らしています。決して後ろ指を指されるような理由ではありませんので、安心して頂けると嬉しいです。」
「おねぇちゃん、おいちい!とってもおいちいよ。わたちもおきゃわりおねぎゃいちまちゅ。」
満面の笑顔で、顔にご飯粒をいっぱいつけて、勢いよく差し出してくる姿は、小さかった頃の妹の姿を見ているようで、ほっこりしながら、彼女のお椀におかわりを装った。
四人でたまご粥をお腹いっぱい食べて、膨れたお腹をさすり、ほうじ茶を飲みながら、三人にこれからのことについての提案をした。




