青果店にて
あれから一ヶ月くらいを使って、冒険者ギルド本部三階のギルドマスターのフロアをリフォームし終えた僕は、ユフィに仕事も片付いたので、少し買い出しに行ってくると告げ、ついでにスラムの様子も少し見てくることを報告した。最初は、僕が一人で向かうことに抵抗はあったみたいだが、外見と違う僕の実力を思い出したみたいで、すんなりと認めてくれた。
彼女は、あれからもあの姿が気に入ったみたいで、一度も変化のリングを外すことなく生活していた。ギルマスとしての仕事は大丈夫かなとも思ったが、元々閑古鳥が絶叫していたので、全く問題ないだろうと、僕は自分自身を納得させていた。
「行ってきま〜す。」
「カイナ、気をつけて行ってきてね。夕飯楽しみにしているわ。」
自宅が整備されたあとも、食事は相変わらず僕に頼りっぱなしで、僕の方も最近は他人に食べてもらうことに少し喜びを感じていた。
王都の市場は北側と南側にあるが、大きくて賑わいのあるのは南側である。今回の僕は、スラムの様子を探るということを目的としていたので、北側の市場に来たが、そこでも十分に人が多く、さすがに王都だと感心していた。
錬金術用の必需品や少し足りなくなった素材を購入し、木工用の何種類かの木材の発注、鍛冶用の鉄や聖銀等の依頼をし、保管庫がバレないようにギルド本部に届けて貰うよう手配をした後に、足りない食材を購入しようと青果店を探して、そこに立ち寄ろうとした時に、一人の少女の姿が目に入った。
並べてある果物を一つ一つ厳選しながら選び、手にした籠の中に入れていくのだが、彼女が選択している果物は決して品質の良い物ではなく、それこそ傷み始めているものがほとんどだった。理由が判らず遠くから観察していると、彼女は並べてある果物からわざわざそういう物を選択しているようだった。
彼女の身なりは決して良いわけではなく、おそらくはスラムの住人と思われたが、店主はそんなことも気にしないようで、彼女の成すがままにさせているようだった。
僕はそんな光景から目を離すことができず、ただボーッと見つめていた。
何日も洗っていないであろう絡まったマゼンダ色のクルクル巻き毛に、薄汚れた白い肌、ツンとたった小ぶりな鼻と薄い唇、大きなクリクリっとした緋色の瞳と長い睫毛、何故か彼女から目を離せずに、そこまで見続けててやっと、彼女が僕が何度も夢に見続けている、もう二度と会えないと思っている子に、とても良く似ていることに気がついた。
そして、それに気がついた瞬間に僕は固まった。瞬き一つさえできないまま、彼女を目で追い続けていた。怖くて彼女を鑑定することもできなかった。
彼女は、その青果店を一通り周り終え、傷みかけの果物を集め終えると、店主の所へと確認を取ってもらうために籠を持っていき、店主に笑顔で頷かれると、満面の笑顔でお礼を言い、深いお辞儀をして店を出ていった。
僕はそのままその場から動けずに、目だけは彼女を追っていた。ついに彼女の姿を見失い、流れる涙をグッと袖で拭うと、急いで店へと入っていった。
「へい、いらっしゃい。」
「お忙しい中、申し訳ありません。先程の子供のことでお聞きしたいんですが、構いませんか?」
そう聞かれた青果店の親父は、胡散臭い者でも見るかのような目をして僕を見たが、まだ子供と言っても良い年齢の女の子で、胸に冒険者ギルド本部のバッジを付けているのを見て、緊張を解いた。
「なんだい?俺に分かる範囲なら答えるけど。」
「実は、私の知っている女の子....実は私の妹なんですが、非常によく似てるんです。名前とか判れば教えてほしいんです。」
「妹、妹かぁ!俺に判ることは何でも教えるぞ。名前はな、名前は....知らん。」
僕は思わず、ガクッとずっこけた。
「あの娘はな、二年前からこの店に顔を出すようになったんだが、最初はボロボロの服だし、身だしなみは最悪だし、商売の邪魔だと思ったんだけどよ。万引きするわけでもないし、ただ並んだ商品をじっと見つめるだけだったんだ。」
僕は、その親父の言葉を一言も聞き逃すまいと息を詰めた。
「暫くして、あの娘が両手に一つずつ林檎を手にして俺の前に来て言うんだ。『この二つはかなり傷んできていますので、もしお客様が誤って選んでしまったら苦情がくると思うんです。できれば、少しお安い値段で譲っていただくことは可能でしょうか?』もうビックリだよ。もともと売り物にはならない商品を出していたこっちに落ち度があるんだ。感謝することはあっても、金を取るなんてできるわけがないんで、無料で譲ることにしたんだ。」
バカ丁寧な言葉遣いも妹のミレイラらしいなと思い、少しほっこりしながら、僕は親父の話しを聞き続けた。
「俺が無料で良いから、これからも時々は顔を出して、悪いやつが混ざってたら、見つけてもらえるかい?と言うと、それはもう花が咲いたみたいに満面の笑顔になってね、それだけでお金を払っても良いと思ったよ。それからは三日に一回ぐらいの頻度で顔を出してくれるようになってね。俺は傷みかけの野菜なんかも袋に詰めて渡すようになったんだけど、そんだけ渡してるのにぜんぜん大きくならないで、痩せっぽちのままなんだ。不思議に思って聞いたら、最近はスラムにたくさんの赤子が棄てられるようになったので、ぜんぜん力不足なんだけど、一人でも助けようと頑張ってるって言うんだよ。泣いたよ。もう号泣だね。自分もまだまだ子供なのに、まともに食べてないだろうに、小さい子供や赤子の世話してるって言うんだよ。これを助けなかったら、大人じゃないだろ。」
泣いた。泣いたよ。もう涙が止まらなくて、親父と一緒に号泣してしまったよ。あいつはどんな時でも変わらなかった。子供の時のまんまだった。それが嬉しくて感情を抑えることができなかった。




