オーナールームにて2
トントントン
ノックの音がした。
「誰だ?」
「エリスです。ご報告があります。」
「入れ。」
応接ルームに、白いブラウスに細身の紺のネクタイを締め、細かいストライプの入ったグレイのスーツをその上に着込み、髪を後ろに纏めて一つにしたエリスが、お盆に俺の好みのカフェオレを入れたマグカップを載せて入ってきた。
手には少し大きめのファイルを持っており、少しややこしい案件であることが想定された。
「どうした?何があった?」
エリスはお盆をテーブルに置き、俺の前に立つと、おもむろにファイルを開き、テキパキと説明を開始した。
「本日、ルナストリートの東端の通称ドブ板通りで、一件揉め事が発生しました。」
「あそこは、倶楽部に注ぎ込むお金欲しさに身体売る連中が並んでる場所だろ?街の遊び人の奴らが、売りしている連中に暴力でも振るって、刃傷沙汰にでもなったか?」
マグカップのカフェオレを一口飲んで、どうせいつものことだろうと考えながら、俺は話を促した。
「それならば、全く問題なくウチのメンバーが処理できますが、今回は人探しをしていたホメイスト大公のエルカティーナ公女に、手を出した愚か者がいたようです。下げたスボンの上にそそり勃つ己の一物に、公女の唇を押し付けようとしたらしいです。」
「なんだと!」
俺が急に立ち上がったせいでマグカップが倒れ、零れたカフェオレをエリスが自分のハンカチで処理していた。
「今日の警備の担当は誰だ?」
「『黄金の牙』の三人ですが、先程オーナーが対応された三人のクレーマーに対応しており、その場に立ち会うことができていませんでした。」
俺は、さっきのクレーマー達のことを思い出して、苛立たしげに拳でテーブルを叩いた。
「俺達が、この商売を続けていくうえで、治安を守るというのは絶対に必要なことだと説明したよな。あそこのドブ板通りの連中は、いつも今回みたいな問題を起こす。あの女共を放置していたことが間違いだったのかもしれん。で、それでどうなった?大公クラスでは、コネも役に立たんかもしれんぞ。」
エリスは俺の顔を見て、どのように説明するか一瞬悩んだようだったが、事実をありのままに簡潔に話してくれた。
「まずエルカティーナ公女には、危害が全く及びませんでした。」
「近くにいた騎士や護衛が対処したのか?」
「いいえ、どうもこっそり抜け出してきたようで、護衛とかは随伴していなかったようです。たまたま通りかかった二人の少女が、どんな手段を使用したのかは判りませんが、一瞬で事態を打開して、男は悲鳴を上げてその場から逃げ出したそうです。」
その説明に俺は首を捻った。
「剣や暴力を振るったわけでもなく、魔法を使ったわけでもなく、相手は悲鳴を上げて退散?闇魔法の使い手か?」
俺の推察に、エリスは首を横に振った。
「『魔人倶楽部』のリーダーに探って貰いましたが、魔法の痕跡は全く残っていないようです。おそらくスキルによるものだろうということです。」
「それは興味深いな。その二人というのは何者だ?」
その問いに、エリスは答えにくそうに黙り込んだ。
「何か問題のある相手か?....王族関係者か?」
「いえ、冒険者ギルド本部の受付嬢のようです。これまで見たことのない制服を着ており、まだ十代の少女で、一人は十歳になったばかりに見える外見をしていたようです。」
意外な答えだった。いくらギルド本部の受付嬢であっても、過去の経験からしても、血を見ることなく相手を圧倒できる技を持つ者は少ないと思われた。
「ギルド本部か....気不味いなぁ。俺達が冒険者引き抜いたみたいなもんだからな。今は若手も居なくなって、閑古鳥が鳴きまくっているって噂じゃないか。はぁ、お詫びなんて行きたくないなぁ。」
「直接、苦情が来るまでは放置で良いかと、相手がギルドマスタークラスならば、下出に出る必要もあると判断しますが、相手はたかが受付嬢です。ついでの機会で問題ないと考えます。」
俺が嫌そうな顔をしていたことに気づいたエリスが、納得しやすいだろう提案をしてくれたので、俺は即座に飛びついた。
「そう、そうだよな。そうすることにするか。」
「それと、これは伝言になりますが、『魔人倶楽部』リーダー、エリザベート様からの伝言ですが、時々はこちらに顔を出せとのことです。伝えたい情報もあるからと。」
俺に取っては、そちらの方がより重視するべき案件だと思えた。




