冒険者ギルド本部
そんな僕がなぜ王都へと向かったかというと、余りにも目立つ存在になってしまったからだった。
行く先々の冒険者ギルドで、良い歳を重ねたであろうギルマスから、専属冒険者になって欲しいと懇願され、その地を治める領主からは、それなりの地位を約束するから是非とも士官してほしいと頭を下げられることが増え、まだまだ精神年齢の低い僕にとっては、苦痛しかないやりきれない毎日が続くこととなり、逃げ出すように街を飛び出す回数が増えてしまった。そんなことから、王都ならば僕より強い冒険者達がたくさんいるに違いないと考えて王都行きを決めた。そして、今ここ王都の冒険者ギルドの前で、入るか入らないかで躊躇している。
なぜ躊躇しているのか、答えは簡単である。
「何なんだ、この廃墟みたいな建物は?」
石造りの三階建ての建物は、大きさだけは周辺の建物に引けを取らないが、外壁は、ここ数十年殆ど手入れされていないかのように傷だらけでボロボロで、玄関の両開きの扉は、少し力の入れ具合を間違えれば壊れて落ちてしまいそうな印象を受けた。
「実は既に転居していて、実質廃墟ということはないよね。さっきの人は、ここが冒険者ギルド本部って言ってたもんね。」
不安がムクムクと盛り上がって、このままこの建物に入っても大丈夫なのかという思いに負けそうになりながらも、このままでは埒が明かないと判断して、扉を壊さないようにそうっと建物の中へと入った。
案の定、中はガランとしていて、受付にも人はおらず、掃除のオバさんと呼んで差し支えない人が頭にタオルを巻いて掃除していた。僕はその人に近づいて声をかけた。
「あの〜、ここって冒険者ギルドですよね。受付の人はいないんですか?」
そんな僕の言葉が聞こえないかのように、その人は木製の床のシミをブツブツ言いながら、汚いタオルをバケツの水につけて固く絞ると、擦り続けていた。
「..糞野郎共....豆腐の角に..死んでしまえ....倶楽部なんて....滅べば良い..」
「あの〜」
「..恩知らずの冒険者共..裏切り....誰がお前らに....死ね死ね....死んでしまえ!」
「あの〜」
「さっきから煩いね!払うお金なんて一銭も無いよ!家具も殆ど持ってかれて、何にも残ってないからね。無駄だよ!無駄!さっさと帰りな。」
「じゃあ、魔石を売りたいんですが、どこに行けば買って頂けるのかでも教えて貰えませんか?」
「はぁっ!お前みたいなガキが持ってる魔石なんてどうせF級だろが、そこらの雑貨屋でも訪ねてみるんだね。」
取り付く島がないほど捲し立てるオバさんに僕は一瞬怯んだが、
「....いぇ、非常に申し上げにくいんですが、最低でもB級、一番の魔石はSS級になりますので、雑貨屋さんでは無理だと....」
僕がそう話した途端に、まるでそのオバさんの背中に電撃が入ったかのように、その背筋がピンと伸びて、クルッと僕の方を振り返った。そして、僕の姿を頭の天辺から足の爪先まで値踏みするようにジロジロと眺めると、再びピンと伸びたはずの背中がへニャっと崩れた。
「いやぁ、ホントに短い時間だったけど良い夢見せてもらったよ。お嬢ちゃん、ありがとな。F級の魔石は、ギルドの向かいにある雑貨屋に行けば、妥当な値段で買い取ってくれるから行っておいで。ギルマスのユメヤから教えて貰ったと言えば、ボッタクることもないと思うよ。さぁ、こんな廃れた事務所にいると不幸が移るかもしれん。早く行っておいで。」
それまでの荒んだ雰囲気は消えて、穏やかな口調で話してくれたが、僕は自分の言葉を信じて貰えないことに、自分をお嬢ちゃんと呼んだことにムカッとして、保管庫から、魔の森の奥深くで倒して手に入れた土竜の進化系で、たくさんの宝石で身体を包まれた虹竜の七色に輝くS級魔石を取り出し、オバさんの前に突き出した。
「....えっ?」
オバさんの身体は再び、目を大きく見開き、口をあんぐりと開け、その端から涎を垂らしながら、今度は石化したように固まった。
そんな時間が数分経過し、これどうしようと僕が悩み始めたと同時に、オバさんはバネが弾けるように飛び上がると、頭を床に擦り付けるように僕の前に土下座した。
「も、申し訳ありませんでした。まさか蒼炎のカイト様とは気づかず、ご無礼をしてしまいました。この愚かなギルマスのユメヤをお許し下さい。平に平にご容赦頂けますと幸いでございます。」
今度は僕が固まった。僕の通り名は、王都の冒険者ギルド本部にまで知れ渡っているとは全く考えていなかった。僕の夢見ていた安寧の生活は脆くも崩れ去った。そう思った僕は、両目から涙を零し、その場に立ちすくんでいた。
床に土下座するギルマスと、その前に涙を流しながら立ちすくむ一見少女のような少年の姿は、第三者が見れは異様な光景だったと思われる。
一刻の時が流れ、要約動き始めた時の中で、まずはギルマスのユメヤが口を開いた。
「不躾な質問かもしれませんが、カイト様はお目立ちになるのは避けたいとお考えなのですか?」
そう言われた僕は一瞬で正気に戻り、座るギルマスの両手を取って立たせると、そのボサボサの髪から覗く、翡翠色の瞳をしっかりと見つめて、これまでにないくらい勢いよく返答した。
「ユメヤさん、その通りだよ。僕には目立ちたいとか、有名になりたいとか、偉くなりたいとかの野望なんかは微塵も無いんだよ。僕は平々凡々と暮らしたいんだよ。これまでのギルドマスターや領主の人達は、そんな気持ちを全く理解してくれなくて、やれ専属になって欲しいとか、領主お抱えの冒険者になって欲しいとか言ってくるんだよ。だから、王都なら僕レベルの冒険者はもっとたくさんいるはずだから、その中に埋もれてしまえるかと思って出てきたんだよ。」
外見や実力からすれば、それはどう転んでも無理だろうと即座に判断したユメヤだったが、流石に冒険者ギルド本部のマスターを任されているだけのことはあり、それを口にするほど愚かではなかった。
そして上手く運べは、このS級レベルの冒険者を自分のギルドに取り込める可能性があると考え、最近使っていなかった頭をフル回転させた。