追跡者に
いつものように、草原の奥深くで肉や羊毛を手に入れる為に、大羊を狩っていた三人組は、草原の南の方から聞こえてくる、狼の遠吠えと、粉塵を巻き上げながら走る集団に気がついた。
「何!」
「何事?」
草原にある大岩の上で、お昼を取っていた三人組が南の方を注視すると、百メートルほど先を、五十頭程の狼の群れが、四人組の冒険者パーティを追いかけているのが見えた。
狼の群れは、通常群れないはずの草原狼と森林狼が混在しており(毛色で区別できる)、その数はどんどんと増えていった。
すると、突然そのパーティの一人の男がナイフのようなものを取り出し、隣を走る女性の足を斬りつけたように見えた。
当然、その女性は転倒して一人取り残される形となり、狼の群れに飲まれていった。
「ヤバい!奴ら仲間の足を斬りつけて、囮に使った。」
「大丈夫か?私達でも何とかできるの?」
「そんな事を言ってる暇なんてない。救けに行くよ。」
三人が大岩を急いで降りて、女性の所に向かうと、不思議なことに、そこには気を失った女性が一人残されているだけで、全ての狼が前方を走る男達を追っており、今は最初の一頭が最後尾の男に飛びかかって推し倒し、それに驚き一瞬足を止めた残りの男達の前にも、両サイドから十頭ほどの狼がそれぞれ周り込み、襲いかかっていた。
三人は、タオルで応急処置をして、何とか倒れていた女性を担ぎ上げ、周囲に気を配りながら、元の大岩の所へと戻ると、斬りつけられて血を流している部分にポーションの一部を振りかけた。暫くすると、その女冒険者が目を覚まし、残りのポーションを飲ませて一息ついた所で、今回の事情を確認した。
「本当に有り難うございました。あなた達のお陰で命を拾うことができました。私はユリア・ラブデリーといいます。最近まで冒険者ギルドで受付嬢をしていましたが、ある事情で解雇されて、今は冒険者をしています。この度は命の危機を救って頂き、誠に有り難うございます。この御恩は決して忘れません。」
その冒険者は、そう言って三人の前に土下座した。
「そんなに改まらなくて良いわよ。それより、いったい何があったの?」
問われたユリアは、ポツリポツリと事情を話し始めた。
受付嬢をクビになって、不貞腐れていたユリアに、クビの誘因になったC級パーティである三人組のパーティ『闇夜の鴉』が声をかけてきたらしく、それまでもかなりの贈り物をされてきていたこともあり、さして疑いもせずにその誘いにのり、彼らのパーティ時折り参加していたらしい。
元々実家にいる時に剣を習っており、騎士学校でもそこそこの成績を維持していたユリアは、実家に戻るまでの資金稼ぎと時間潰しに、これまでにパーティ活動に二度ほど参加したのだが、日帰りのクエストばかりでさして問題もなく過ごしていたらしい。
今回のクエストは草原の東にある森林での、三個の黄金林檎の採集が目的だったが、自分の好みでもあったので少し遠方であったけれども参加を決めたらしい。
森に入って暫くすると、時折り森林狼を見かけるようになり、その数が少しずつ増えていくことに不安になった彼女が帰還を提案したが、彼らは全く相手にしてくれず、彼らに先に帰ると告げて、一人で帰路に着いたらしい。
森林を抜けて草原に入った所で、背後から狼の遠吠えが聞こえてきて、怖くなった私が駆け出して暫くすると、三人が後ろから追いかけてきたの。
事情を確認したら、森林狼だけでなく草原狼まで彼らの前に現れて、襲いかかってきたのでクエストを諦めて、逃げ出したら目の前に私が走っているのが確認できたので、そのまま一人で逃げていると危険だと判断して追いかけてきたと言われたらしい。
別の方向に逃げてくれたら、私にはなんの危険もないのにと思ったが、多人数の方が逃げ切れる可能性が高いとも考えて、暫く一緒に逃げていたが、余りにも狼の数が増え、ヤバいかもと思った瞬間に、奴らの一人に足を斬られて倒れ込み、余りの狼の数に恐怖して気を失い、気がついたらここにいたと話す彼女の言葉に嘘はなさそうだった。
「全部、私が悪かったのよ。あの新人の冒険者の言うことを信じて、キチンと対応していれば、こんなことに巻き込まれることもなく、今でも受付嬢を続けていれたと思う。きっと罰が下ったのね。あの子には本当に申し訳ないことをしてしまったわ。今度あったら心から謝りたい。許してもらえるかどうかは判らないけど....」
ユリアが本当に反省しているように見えた三人は、それ以上の追求はしないことに決め、狼が集まっている方向を見ると、暫く興奮したように暴れまわっていた狼達が、まるでボスを待つかのように円陣を組んで草原に座っているのが見えた。
「何あれ?あの集団にはボスがいるの?」
三人が興味を持って見ていると、暫くして、そこに一人の細身の冒険者が現れた。
「えっ?」
「あれって、あの時の冒険者じゃないの?」
三人が話す内容に興味を引かれたユリアがそちらを見ると、あの時の冒険者が、まるで狼達の支配者であるかのように円陣の真ん中に立っており、そこに倒れているだろう『闇夜の鴉』のメンバーを確認するような仕草を見せ、再び立ち上がると、両手を合わせてお辞儀のポーズを取ると、狼達は満足したようにその場から離れ、それぞれのエリアへと駆け出していった。
「....もしかして、あれだけの数の狼を従魔にしていたの?」
「そ、それはないという思う。あの狼達の額には、従魔である証の赤い宝石が無かった....」
「じゃあ、あの狼達はどうして彼に従ってるの?」
その問いかけに答えることができずにいる中で、ユリアが思い出したように答えた。
「彼の従魔は、ケンという草原狼だった。もしかして、それが理由の一つなのかしら?」
「というと?」
「もしかして、狼と会話ができるとか、それが無理でも、意思疎通ができるとか?」
ユリアの言葉に、一同は絶句するが、他に思い当たることもなく、何はともあれ、狼達が彼に従っていたのは間違いないと結論づけた。
「私、彼を追いかける。追いかけて、彼に謝るわ。」
「だったら、私も一緒に行く。彼には少し興味があるの。」
「えぇ〜、エリスばっかりズルい!私達も一緒に行くわ!ねぇ、ナユだってそう思うでしょ。」
「そうね、トモカの言う通りだわ。このイベントは私達のパーティイベントね。じゃあ、帰って早速支度よ。ユリアも支度があるだろうし、家族にも連絡しないといけないんじゃないの?」
「えぇ、そうね。少なくとも両親には報告しておかないとね。歩いていった方向からすると、王都の方よね、説得もしやすいわ。」
そんな話し合いのもと、女子四人組がヤマハの後を追いかけることになった。




