ホスト倶楽部オーナールームにて
「しばらく休むから、誰も部屋に入れるなよ。」
俺が、黒服を纏い尖ったような黒サングラスを付けたガタイの良い男に指示を出すと、
「秘書達はどうしますか?」
どうせ秘書課の連中から圧がかけられているのであろう男は、いつものように申し訳無さそうに声をかけてきた。
「あいつらも必要ない。今夜は一人でこれからのことを検討したい。」
「了解しました。明日の朝八時までは誰であっても、このドアを開けさせるようなまねはさせません。」
そう言って男が出ていくと、俺は後ろ手にドアに鍵を掛けて、疲れ切った表情で、ゆっくりとソファへと向かい、その場に靴を脱いで横になった。
「はぁ、なんでこんなことになっちゃったんだろ。」
そう言って、俺は棒状のリボンを外して、シャツのボタンを外した。こんなはずじゃなかった。俺が異世界に来てやりたかったことは、手に入れたチートで無双したり、仲間を作って冒険したり、魔物やドラゴンを討伐したり、ダンジョンや遺跡を探索したりすることだったはずだった。
それがいつからか、ホストクラブのオーナーになって住民から金を集め(勝手に貢いでくる)、多くの冒険者や貴族達を支配下に置き(ちょっと身体を弄って美貌を与えてやることで、勝手に崇拝してくる)、王都の夜の社会に君臨する(裏社会の連中が勝手に祭り上げてくる)ようになってしまったのだろう?
あまりの夢との解離に、俺は大きく溜め息をついて、転移してきた頃のことを思い出していた。
ーーーー
俺の名前は、山葉博。東京にあるしがない私立大学経済学部に通う二十歳の学生だった。
東京は俺のような地方の街に住む人間からすると、それこそ憧れの対象で、学校にもろくに通わず、渋谷や新宿などで遊んでいたら、あっという間に手元にお金がなくなり、借りていた奨学金にも手を付け、気づいた時には授業料を払うこともできずに、大学をクビになった。
呆れた両親からは勘当され、仕送りもバッタリ途絶えた為に働くしかなく、最初は宅配便やファミレスで夜のバイトをして稼いでいたが、遊ぶことの楽しさが忘れられずに、手にしたお金は右から左へと流れていき、ア◯◯ル金融会社からお金を借りたのが運の尽きだった。
利息を払うお金にも困るようになり、次に選んだ仕事は、同じ夜のお仕事でもマックロクロスケのキャバクラの黒服だった。
たくさんの綺麗な若い女の子達に囲まれてお金稼ぎができる職場で、ファミレスみたいに時間制限ないから一日の半分くらいは働けるし、暫く続けてると、すぐに店長や副店長になれるよと同僚に誘われて入ったお店は、学生時代に先輩に連れて行って貰ったこともある割りと大きなお店で、やったじゃん、ここで何年か頑張れば俺も店長かと思っていた時代が、確かに俺にもありました。それは否定しません。
現実では、下っ端の俺に回ってくる仕事は、テーブルやトイレや床の掃除や片付けといった汚物処理の仕事が殆どで、休む間もなくこき使われ、女の子と楽しく話す時間などは全く無いどころか、客とのストレスを発散するためか、彼女達に罵倒され罵られ、時には蹴り飛ばされる毎日で、体育会系で体力には自信のあった俺だったが、一年程で体重が二十キロも減った。
元々顔の造りが、わりとまともだったこともあり、痩せてスタイルが良くなってくると、俺のことを可愛がってくれるようなキャバ嬢もチラホラと出現して、少し有頂天になっていたのも悪かった。
店内恋愛禁止当たり前の世界で、当時のトップクラスのキャバ嬢が客と揉めて、それの理由に俺に申し訳ないからなどと店長に言いやがったことで、もちろん俺はクビになり、店に損害をかけたということで二百万円の借金を背負わされ、それまで貯めていたお金の半分以上が吹っ飛んだ。
あまりの理不尽さに、黒服なんかではなく、このルックスとスタイルなら、ホストでもいけるんじゃねと当時のトップのホストであったロ◯◯◯ドに因んで、名字の山葉をヤマハと変えて、ホストクラブに務めることにした。
そこの店は、体育会系真っ青の縦社会だったが、元々キャバクラの下っ端黒服を経験していたこともあり、汚い仕事ドンと来い的な感覚で務め始めた為に、すぐにトップに可愛がられるようになり、半年も経たないうちにそのクラブの上位組に名を連ねることができるようになった。
そのお店には、俺がかつて勤めていたクラブのキャバ嬢も通っており、そのことを話題に、あの時があったからこそ今の俺があるんですよと煽てれば、簡単にホイホイ釣り上げることができた。
売り上げはどんどん伸び、またまた俺は有頂天になっていたのだろう。しこたま新規の客に飲まされて、フラフラになりながらも客を送り出し、少し早めの帰宅で、地下鉄の最終に乗るためにホームの端に立っていた俺は、背後から近づいてくる足音に何も気づくことができずに、そのまま突き飛ばされて、まだスピードの落ちていない地下鉄の車輌に跳ね飛ばされた。落とされた時に振り向いた俺の目には、同じクラブに勤めている卯建の上がらない先輩の引きつった顔が見えていた。
当然死んだと思っていた俺が意識を取り戻した時、目を開ければ病院の白い天井が目に入るんだろうなと俺は、あまりの光景に息を呑んだ。そこには、真っ青な空に白い雲が浮かんでいた。