婚約破棄されて国外追放と言われた悪役令嬢、国王を人質に王城へ立て籠もる
「君との婚約を破棄し、その罪を問い国外追放とする!」
王国の重鎮たるニアーゼ公爵、彼の王都での邸宅は今断罪の場となっていた。
高らかに宣言したのはロストア王国王太子、その言葉を受けたのは父親である公爵不在のため屋敷の女主人として振る舞っていた公爵令嬢。
その二人のやり取りを見守るのは公爵邸の使用人と王太子自ら引き連れて来た王都の衛兵たちである。
「殿下との婚約は国王陛下も認めた正式なもの、このことは陛下もご存知なのですか?」
「無論だ」
令嬢の問いに即答が返る。
「なぜです、殿下?……わたくしは殿下のことを誰よりも愛しておりますのに」
「そもそもが王家と公爵家、家と家の都合で決められた婚約だ。それに……」
王太子がその背に庇うように隠していた、もう一人へと視線を送る。
「私の愛する人は、別にいる。それは断じて君ではない」
優しくも愛情に満ちた視線を交わし合いながら、名残惜し気にそれを振り切ると。
今度は抑えきれぬ怒りをその目に浮かべ、公爵令嬢を睨みつけた。
「彼女への無礼の数々、ただでさえ腹に据えかねていたというのに。無理矢理拉致し、屋敷に捕らえたこと決して許せぬ」
「わたくしはただ、彼女から王家の秘宝を返却していただこうとしただけですわ」
「あれは私が彼女に与えたものだ、君にどうこう言われる筋合いはない。速やかに彼女へ返したまえ」
反論を許さぬその強い口調に、なにか言いかけた令嬢だったが……その言葉は飲み込み、別の言葉を口にした。
「秘宝は別室にて保管しております、取って参りましょう」
「いや、その必要はない。公爵家の家人にでもやらせるから、君はこのまますぐに荷物をまとめたまえ」
いつものように返事を聞こうともせず令嬢に背を向けると、王太子は彼が愛する少女へと優しく声を掛けた。
「すまなかった、三日も待たせてしまって」
「大丈夫、秘宝を取り上げられただけで……あとは何もされずに放って置かれてたから」
「会えなかったこの数日で、改めてわかった……私に必要なのは誰なのかを。近いうちに、本当の婚約者として皆に紹介させて欲しい」
「……嬉しい、大好き!」
周りのことなど見えないかのように、余人の立ち入れぬ雰囲気で仲睦まじくする恋人たち。そちらが舞台の中心だとするならば、今まさに舞台の袖へと退場しようとしている令嬢は呟いた。
「それでは殿下、また後で」
◇
その夜、公爵令嬢率いる領軍が王城を急襲した。
◇
一夜明けた王城内、玉座に座る国王は拘束こそされてはいなかったが自由を奪われてはいた。
首から下が動かず感覚もない、捕らわれた時に与えられた薬物の仕業に違いなかった。
「……他のものは無事なのだな?」
体は動かせずとも声は出せる、そうとわかった国王は目の前の令嬢に問いかけた。
「はい、陛下。お約束通り一人残らず、今この城内に残っているのは陛下を除けばわたくしめの手の者のみにございます」
深夜、既に眠りに落ちていた国王をそっと揺り起こすものが居た。
見知った顔の公爵令嬢、息子である王太子の婚約者だった少女である。
わけがわからず困惑する国王は窓辺に導かれ、眼下の光景……王城の庭に集められた城勤めと思われるものたちや武装を解かれた警備の兵士たちの姿と、刃を突き付けて取り囲む完全武装の集団を指し示された。
そして国王一人が彼女たちに従うのなら、それ以外の人々は無傷で開放すると言われ頷いた。
葛藤はあった、このような無法に従うことなど王家の威信を傷つけるものでもある。
だが、今目前で危機に瀕しているものたちの中には国を営む上で替えの利かない人材の姿も散見されたうえ、ここで意地を張ったところで己一人では力尽くでどのようにでも出来るだろうと思われた。
さいわいにして後継者たる王太子の姿は見えない、自分に万が一があったとしても息子とそれを支える重臣たちさえ無事なら何とでもなる。そう考え捕らわれの身になり、言われるまま怪しげな薬を飲み下したわけである。
「なぜこのような愚かなことを?一時この城を抑えてみせたとしても……すぐに国中から、いや王都に配された兵力だけでも容易に鎮圧されてしまうだろう」
そうならないための人質が自分なのだろうが、だとしても今の状況は正気の沙汰とは思えなかった。
「さようでございますね、城外の殿下が城から逃げ出した者たちから事情を聴き、人をまとめ、臣下からの献策を受けて。早ければ日暮れまでには、この城へ兵を率いていらっしゃることでしょう」
拍子抜けするほどあっさり頷くと、令嬢はこの話は終わったとでも言わんばかりに話題を変えて来た。
「ねえ、陛下?わたくしめは本当に……本当に心から殿下を愛しておりました。7歳の時、はじめて殿下とお会いして。それから7年、人生の半分を殿下の婚約者として生きてきて……そして、婚約を破棄されました」
「うむ、それは……」
もしやとは思っていたが、この暴挙はそれが理由なのだろうか。
婚約破棄については国王も承知していた。王族の婚姻に関することだ、なにをするにしてもそう軽々とことを運ぶわけにはいかない。真実の愛、などを理由になかったことになど出来はしないのだ。
令嬢には悪いが、つまりそれ相応の理由がある。
「父のことが理由でしょうか?」
「む……知って、いたのか」
国王がなにかを語るより先に令嬢の方から問われる。父、即ち王国筆頭貴族であるニアーゼ公爵のことである。
「わたくしめが嫁ぎ、殿下が正式に王位を継いだ後に。新王を傀儡として自分が実権を握る……そんな不遜な企みをしていたことは存じておりました」
「証拠は幾つかあるが決定的なものではない、だがその企ての根幹には自分の娘を国王の正妃として立てることがあるのはわかっていた……だから……」
だから、婚約破棄は仕方がないことだったのだと。また、別の企みに利用されないよう一時的に令嬢を国外へ送り出す必要があったのだと。
僅かな申し訳なさを含みつつ、国王が言葉を続けると。
「それでしたらもう、わたくしめが処しました」
令嬢が告げた言葉の意味をすぐには理解できなかった。
「愛する殿下に害をなそうなど、我が父とはいえ許せません……ゆえにこの手で処断し、公爵家はわたくしめが管理しておりました。後継たる兄上も一枚噛んでおりましたので、ついでに」
「なっ……」
絶句する国王。
「ふふっ、でなければ公爵の娘でしかないわたくしめがこうして領軍を動かすことなどできませんわ」
そう言って小さく笑う令嬢は、とても父と兄を誅したようには見えなかった。
「本当はすぐにこのことを陛下にご報告すべきだったのでしょうね、だからこんな行き違いが……でも、父の決めた婚約がその父を排したせいで無かったことにされるのでは、と。そんな不安を覚えてしまったせいで、言い出せずにおりましたの」
確かに、今告げられたことが事前に明るみになって居たとしたら。令嬢の婚約者としての資格を問われるような事態になっていたかもしれない。
今日までそれを隠し通せていたのだから、上手くすれば婚姻に至るまで誤魔化せていたのかもしれないとは思う。
「……理由はそれだけではない」
「殿下のお気持ちと……あの女の価値、ですわね」
◇
国のため、王太子としての義務のため。そうやって9歳と7歳の子ども同士で結ばれた婚約。
令嬢の方は2つ上の『おうじさま』との出会いを運命と感じ、一途に愛し続けていたが当の『おうじさま』の方は違った。
王家に生まれたものが背負うべき逃れられない責務の象徴が形になったのが、押し付けられた婚約者なのだと感じられた。
ただただ見たくなくて目をそらした、聞きたくなくて耳をふさいだ。感情のままに距離を取り、双方の仲を深めるために用意された交流の機会はあっという間に形骸化した。
その結果、自分はまだ婚約者として相応しくないから避けられるのだと。そう受け止めた令嬢は苛烈なまでに自らを鍛え学ぶことに傾倒していくのだが。
そんな日々の中で7年が過ぎた頃、異邦人が現れた。
王城内で行われていた魔術の実験、事故、本人の意思に関わらず世界を越えてしまった少女。
王族として責任を取らなければいけない、事故の被害者として丁重に扱わなければいけない。
そんな言い訳と共に、王太子は急速に異邦人へと惹かれていった。
自国の者とはまるで違う、それでいて愛らしい容貌。異なる世界の文化、そして驚くべき知識や技術の片鱗。普段は気丈に明るく振る舞ってはいても、ふとした時に見せる郷愁。
全てが王太子を魅了した、他の者たちも魅了した。
事故を起こした宮廷魔術師、その正体を疑い近付くように命じられた宰相の息子、金の匂いを嗅ぎつけて寄って来た新進気鋭の商人、王国最強と名高い若き騎士団長。
様々な理由で少女へと近づいてきた男たちが、次々と恋敵へと変わっていく様を見て、王太子の気持ちはますます燃え盛っていく。
負けたくない奪われたくない出し抜きたい、そんな気持ちが昂じて王家秘蔵の宝物庫へと王にすら無断で招き入れた。
綺羅燦然と輝く宝の山、その陰でひっそりと封されていた秘宝へ偶然少女が触れた時。
『封印』が解かれ、王太子は運命を確信した。
◇
「王国建国の伝承、かつて一族が手にしていた大きな力を敵対する者たちに奪われ……それを取り戻すために長い流浪の旅を行っていた」
王家とそれに近しい血筋にのみ伝えられる歴史を、令嬢は諳んじていく。
「やがてこの地に奪われた力の残滓を見出し、残された遺跡を中心に国を興したのが300年ほど前でしたか」
国王が引き継ぐ。
「力の残滓にはそれを奪った敵により封印がされていた、本来ならその封印を解くために再び旅立つべきだったのだろうが……長い流浪の旅の果て、我が祖先たちは疲れ果てていた。故に一族の伝承と封じられた鍵を伝え守りながら、この地へ根を下ろし今に至る」
この王城は当時の遺跡を利用し、改修と増築をしたものだと伝え聞いている。
特にこの玉座が据えられた部屋は今でこそ謁見の間のように使われているが、玉座自体が床と一つになったかつての遺跡そのものの一部であったりもする。
「……異世界の者だからか、それとも別の理由か。とにかく、あの女が触れたことで封印されていた秘宝が光を……本来あるべき機能を取り戻した。ええ、それ自体は素晴らしいことです。偶然とはいえ王家の悲願を叶えたあの女も称賛されるべきであり、その功績に相応しい恩賞を与えるべきでしょう」
自分自身に言い聞かせるように、どこか感情を抑え込んだ声で令嬢が語る。
「そうです、功績に相応しい恩賞です。封印が解かれた秘宝そのものと殿下の婚約者の座、その双方を与えるのは……流石に不相応ではありませんか?」
問いかけるその声が、わずかに震えて聞こえるのは国王の気のせいか否か。
その主張が先だっての拉致監禁を経て断罪の場へと繋がっていったわけだ。
「……伝承にある大きな力については、王家に伝わる古文書に記されているらしいが。その読み解き方は失われて久しい、であれば実際に封印を解いてみせた彼女に鍵を預けておくことで何かわかるやもしれん。婚約者の座については先ほども言っていたように空きが出来ると決まっていたのだ……王太子の強い要望もあったし、な」
異邦人の少女、その価値は未だ未知数だが他の誰かに奪われぬよう王家に取り込む必要がある……国王はそう判断した。
「それでしたら……」
令嬢が何か反論を試みようとした所で、にわかに城外が騒がしくなった。
「どうやら、殿下がこちらにいらっしゃったようです」
話し込んでいるうちに随分と時間が経っていたようだ、動けぬ玉座から視線を巡らすと窓から薄く夕陽が差し込むのが見えた。
「……そなたにはそなたの言い分があるとはいえ、この行いは紛れもない国家反逆の罪だ。どう足掻いても死罪は免れぬ、いったいそなたは……何をしたかったのだ」
それは本当に純粋な疑問だった。
「わたくしは殿下を愛しております」
「一目お会いして心奪われ、幼いながらに己の幸運を噛みしめておりました。家が決めたこととはいえ、こんな素敵な方が将来の伴侶になるのだと。わたくしめが殿下を想う様には殿下はわたくしめを想ってくださってはいない、それはすぐにわかりました。ですが、王族の婚約は吟味を重ねて決められた高貴なるものの義務の一つ……どんな形であれ結ばれると決まっているのなら、わたくしめは殿下の伴侶として恥ずかしくない己であろうと誓いました。今はまだ居ない者の如く扱われようと、見つめているのはわたくしめの側からだけなのだとしても。その時が来たら、そこからゆっくりと何年でも何十年でも生涯の全てを掛けて愛を育んでいけば良いと……そう考えて今日迄、殿下と共に過ごす筈の時間を己を磨くことにあてて参りました。いつか殿下が望まれた時に、あらゆることに応えられるように。大国の王になりたいと望まれれば、近隣の全てを平らげられるように。神になりたいと望まれれば、天の主の座を捧げられるように。過去も現在も未来も、ありとあらゆるものを望まれるまま望みどおりに、と」
「あ、うむ」
令嬢の独白は続く。
「わたくしは殿下を愛しております」
「ですが、殿下が愛しておられるのはわたくしめではありませぬ……そしてそれは、これから先になにをどうしようとも変えられぬのでしょう。結局、わたくしめは間違っておりましたのでしょうね……婚約者という立場に驕っていたのかもしれませぬ」
ふ、と肩の力を抜き国王を見る。その姿は14歳の少女相応に見えた。
「国外への追放、陛下は一時のものと仰せでしたが殿下がどうお考えかは……仮に戻って来られたとしても、殿下の隣にはあの女が婚約者として立っていますのでしょう?それでは、永遠の別離と変わりありませぬ」
続けて視線は部屋の外へと続く扉、その向こうから来るはずの相手へと向けられる。
「わたくしは殿下を愛しております」
「殿下がご自身で選んだ愛する者と結ばれることを望まれるのなら、その望みを叶えることこそ我が望み……殿下の幸せこそ、わたくしめの幸せ」
国王の視線も釣られるように扉に向けられた、その途端。
外から強く叩きつけるように扉が開かれた。
◇
「父上を返して貰おう、王家に仇名す逆賊よ!」
利き手に携えた剣の切っ先を令嬢に向けながら、王太子が凛と宣言する。まるで劇の一場面のように絵になる姿だった。
「ようこそ殿下、わたくしめに会いに来てくださいましたのね」
「戯言を」
王太子は顔を顰めるが、国王からすれば令嬢が心から喜んで居るのが察せられた。
こちらに歩を進める王太子へと視線を向ければ、周りに他の供らしき姿はなし。その理由は王太子ではなく令嬢の口から語られる。
「ご不便が無いよう、王族のみが知りえる隠し通路の片づけはしておきましたが……ご無事でなによりです」
「……それを知っていて私を誘い込んだと?何を企んでいる……?」
罠を警戒したのか王太子は一度足を止め、油断なく周囲に視線を巡らす。その鋭い眼差しに令嬢がふるり、と小さく身悶えたのを国王だけは気付いてしまった。
「……企み、は……なくもありませぬが。わたくしめが殿下を害することなど、ありえませぬ」
「ふざけるな!元婚約者ゆえ温情を掛けてやったが、このようなことをなすような輩を野放しにしておけばいずれ彼女に害をなさんとも限らない。今、この手で始末をつけてくれる!」
先だっての断罪の場で目に浮かべていたもの以上の怒り、殺意に等しいそれを呼び起こしたのは父親である国王を人質としたことへのものではなく、あくまで愛する少女を想うがゆえと見えた。
窓から差し込む西日の赤を受けて、断罪の刃がぎらりと光る。
「そういえば、あの女は今どこに?」
向けられる殺意を気にした風もなく、令嬢がふと思い出したとでも言うように問いかける。
「……私を心配して一緒に来たいと言ってくれていたが、彼女を危険に晒すわけにはいかん。貴様が何を企んでいても良いように、王都の外の安全な場所に居て貰っているさ」
その健気な様子を思い出したのか、王太子の殺意がわずかに緩む。その答えを聞いて令嬢は満足げに頷いた。
「それを聞いて安堵いたしました、お時間も良い頃合いですし……今日の所は、ここまでといたしましょう」
「なにを言っている?……いや、最早問答無用!」」
今まさに命を奪おうとしている逆賊からの意味深な言葉に、何かを感じたのか王太子が令嬢へと斬り掛かろうとしたその刹那。
夕陽が没し、部屋は暗闇に包まれ。
王太子の全身が輝く光に包まれた。
「これは!?貴様、なにをし……」
異様な事態に王太子が動揺し、声を上げる途中で光が一層強まると。
一瞬の後、部屋から王太子の姿が消え去る。
どこに消えたのか令嬢にはわかっているのだろう、夜の帳が落ちた窓の外へと視線を送り呟いた。
「それでは殿下、また後で」
◇
「いったい何が起きたのだ、あの子は無事なのか?」
動けぬ体のまま、一連の流れを眺めるしかなかった国王が全てを知っているであろう令嬢に問いかける。
「愛する殿下をわたくしめが害する筈もなし、これ以上なくご無事ですよ。今の光は……」
「王家の一族専用の『きんきゅーだっしゅつそうち』でございますから」
◇
愛する殿下のために己を磨くと誓った令嬢は、その愛情深さゆえに心身を鍛え貪欲に知識を求めた。
王太子の婚約者という立場も最大限利用して、本来なら王族にしか知りえない隠し通路や古文書についても学んだ。
その結果、秘宝の封印を解くことこそ叶わなかったが……王家の一族が失った大きな力の正体と秘宝の本来の使い方すら辿り着いて見せた。
「三日の間に調べましたが、秘宝の『きどうきー』としての役目は封印が解かれた時点で終わっておりました。あとは長い時間の果てに枯渇してしまった『せいたいえねるぎー』を補充するために、有資格者である王族が玉座として使われているその場所へ一定時間座って『ちゃーじ』するだけでよろしいのです」
「な、なにを言って……!?」
何かが起ころうとしている、そのための準備が整った。整ってしまったのだと、国王も悟る。
そして、令嬢が高らかに復活を告げた。
「ロストア王国王城改め、『くうちゅうだいようさいろすとあーく』発進でございます!」
王城が、そして大地が揺れる。
その地下に眠っていた、王都全体を越える大きさの何かが地を裂いて姿を現した。
王城を制圧後に王都の民を追い立て、街を守る外壁の外で戦えという理不尽な命令に従わされていたニアーゼ公爵領軍。
秘かに王城に潜入し国王を救出しに行った王太子を援護すべく、わざと大仰に騒ぎ立て耳目を集めていた王国軍。
どちらも今となっては戦いどころではなく、姿を見せた巨大な何かから必死に離れるように土煙の中を逃げまどっていた。
そんな外の様子を部屋の中で四角く輝く『もにたー』とやらで眺めていた令嬢が、未だ茫然としたままの国王に向き直る。
「わたくしめが何をしたかったのか、でしたわね」
なんだかもう随分と前にしたような気がする、その質問へと答えが返る。
「全てが終わった時、伝承にある大きな力……この天ツ船は殿下のものとなりましょう。そして、殿下は愛するあの女と結ばれて末永く幸せに暮らされることでしょう……何年も何十年も。その結末は変わりませぬし、変えようとも思いませぬ」
少し寂しげに、けれど覚悟の決まった笑顔を浮かべ。
「ですが、わたくしめにも欲はございます。幸せな二人の物語から退場し、遠いどこかで生き延びるなど……地獄と申すも生ぬるい苦行にございます。そんな目に合うくらいなら、いっそ死んでしまいたい……願わくば愛する殿下のその手で死を賜りたい。陛下は先ほどの殿下をご覧になりましたか?はじめてお会いしてからの7年間、道端の石ころ程度にも思われず……わたくしめを居ないもの同然に扱われていた殿下が、このわたくしめを見て!言葉を交わして!殺そうとしてくださいましたの!ああ、あああ、あああああ……なんて幸せなことでしょう……」
年相応の夢見る少女のように、令嬢は愛する人からの想いを反芻する。
「ねえ、陛下?わたくしめのこれはただの悪足掻き。決まってしまっている結末までの時間を、無様に引き伸ばしているだけでございますの……でも、足掻けば足掻くほど……殿下はわたくしめをもっと嫌いになってくださるのではないかしら?罵って、憎んで、呪って、ただ殺すだけでは飽き足らず嬲ってくださるやもしれませんわ」
一通り夢想すると、最早言葉もない国王に向かって宣言した。
「わたくしめは、愛する殿下の人生という舞台に……深く刻み込まれる悪役を演じたいのでございます」
かつて王城だった空飛ぶ船は、一人の令嬢と一人の国王を乗せて……次なる舞台へと星の海を進んで行く。
天空編・地底編・魔界編・神界編・宇宙編・未来編へと続く(続かない
少しでも面白いと思ってくださった方!
そんな私の感性と近しい貴方におススメするのが鰯づくし(鯵御膳)先生著
「人質姫が、消息を絶った。~黒狼の騎士は隣国の虐げられた姫を全力で愛します~」(DREノベルス)
書籍版好評発売中!
「悪役退屈令嬢、その魅力値はカンストです! ~乙女ゲームの破滅フラグを回避したら、王子様や貴族令嬢の皆様に慕われて~」(ピッコマ)
コミカライズ好評連載中!