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生放送! TSエルフ姫ちゃんねる  作者: ミミ@2~4巻エルフさん出しました!
5.思い出の中のエルフさん ―ヒーローショー、カラオケ―
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80.セイレーン

ヒーローショーは終わった。

 ステージは拍手と喝采に包まれた。

 観客の髪はショーが動き出してしばらくすると元に戻っていた。あれはただの脅し文句だったのだ。

 髪の不安もなくなった観客がそれでも立ち去らなかったのは、お兄ちゃんが観客の心を掴んだから。役者さんたちが全力を出せたから。楽しませることができたから。

 その証拠に、今彼らは称賛の雨の中にいる。


「少しは近付けたと思ったのにな……」


 同じ時に自分と他人の髪を動かせると聞いたのに、わたしには思いつかなかった。

 同じ時に役者さんたちの窮状きゅうじょうに気付いたのに、わたしはお兄ちゃんを見上げるだけだった。

 あの時と同じ。

 わたしとわたしの願いは、いつもお兄ちゃんに大事に守られている。

 称賛の雨のすぐそばに立てられた、優しい傘の下にいる。


        ◇◆◇


「なんだ、この領収書は!」


『理事長室』のプレートが掲げられた部屋の中。革張りの豪奢ごうしゃなイスをきしませて、スーツ姿の太った老爺は激高した。


「何と言われても、俺ぁ知らねぇですよ」


 そんな老爺の怒りをヘラヘラと笑って受け流すのは、アロハシャツに白髪の入った男。


「知らぬはずがあるか! なんだ、このバカげた値段の領収書は! 一〇〇万円近いではないか!」

「どれ、ちと拝見しますよ。えーと……何々……?」


 領収書には、ハイエンドのノートパソコンや高級なカメラやピンマイクといった機器が『教材』として購入されたと書かれていた。


「ははは! 坊主は賢いな!」

「笑い事か! あの小僧め、無駄な出費をしよってからに……意趣返しのつもりか?」

「まあまあ、意趣返しと見るなら優しいもんじゃねぇですか」

「ふん! ガキに大金を賭けてやったのだ、ワシに非難されるいわれはない!」


 処置なしと、アロハの男は肩をすくめる。


「この代金は他の連中にも支払わせろ!」

「俺ぁあんたらと違って、坊主にゃ噛んでませんぜ?」

「ふん! 女衒ぜげん崩れが……!」

「こりゃまた古い言葉で」


 女衒ぜげんとは、江戸時代、女性を性風俗などに売る仲介をした者たちのこと。蔑称として、老爺はアロハの男をそう言ったのだった。


「今の俺ぁこれでも、芸能プロダクションの所長ってやつでしてね。お宅の学校にも、いい女の子がいたらご連絡を」

「せっかく上げた評判をわざわざ落とすようなことを、誰がするか!」


 アロハの男が差し出した名刺は受け取られすらしなかった。


「俺ぁまともな仕事してますぜ?」

「小僧の妹を最初に狙ったのはお前だと聞いておるぞ」

「そうですが、何か?」

「小学生の女を狙う女衒ぜげん崩れを警戒しない教育者がいるか、バカモノが!」

「あ、割と女衒ぜげん呼びはマジだったんで? いや、うちはそういう仕事は斡旋してないんですが。それに……」

「……なんだ?」

「あ、いや、何でもないです」


 アロハの男は「《《ちゃんと》》教育者のつもりじゃないですか」という言葉をこっそり飲み込んだ。


「それじゃ、俺ぁこの辺で」

「小僧の妹も賢かったのか?」


「待て」とも言わず、老爺はアロハの男に尋ねた。


「んー……どうなんですかねぇ? 賢くはあったと思いますが、小僧ほどじゃねぇです」

「ならば、お前は小僧の妹の何に価値を見出した?」

「歌ですね」

「……歌?」

「賢い坊主が身代わりになっちまったので、もしもの話でしかないですが……。あのとき、杏歌ちゃんを事務所入りさせられたなら、今頃うちが日本中を騒がせてましたよ」


 老爺はいぶかしげに、アロハの男を睨めつけた。


「ふん! そんな甘い世界ではなかろう! それに、今その名を聞かぬということは、その才は腐ったということであろうが!」

「ま、甘い世界じゃないってのはその通りなんですがね。ただ、ほんの数百万で杏歌ちゃんに挑戦させられるなら、悪い取引じゃねぇと思ったってことですよ」


 アロハの男は、領収書を指に挟んで、今度こそ理事長室を離れる。

 廊下にも、真夏の暑さは滲んでいた。

 額に浮いた汗を腕で拭って、アロハの男はニヤリと笑う。


「それに……この程度で腐るような才能でもなかったみたいでしてね」


 手に持ったスマートフォンに映るのは、数十万の登録者を誇る配信者の画面。


「歌でなら――杏歌ちゃんは誰にも負けませんよ」


 チャンネル名は『セイレーン』とあった。


        ◇◆◇


 ――でも、わたしはもう守られるだけの子供じゃない。


「お兄ちゃん、わたしと勝負をしてください」

「いいぞ。何で勝負する?」

「わたしにできるのは、今も昔もひとつだけです。歌で競わせてください」


 わたしは、今この瞬間に立ち向かわなければならない

本番は、これから。

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― 新着の感想 ―
学校の理事長が主人公の才能を買ったのか……? 替え玉入試とか音楽関係と思ったけど、もしかして特定の高校で各方面に実績を残すことと、指定の大学に進学することを条件に借金払わせたとか?
[一言] とりあえず、稼いだ金は使わずにカメラの修理代金の領収書もどっかの学園理事に送ろう
[一言] いや、本番というか… え、これをやるならエルフから戻った方がいいのでは!?
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