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第四話 「兵士 -soldier-」 後編

「利絵子の夏」


第四話 後編


 平日の博物館は静かで、人がまばらだった。

 けれど、そのまばらな人たちは、いずれも真面目な目つきで展示物を眺めているように見えた。

 私はその合間をぬって、展示物を見学していく。

 私が今居る市、高塚市にちなんだ画家や工芸師の作品。

 高塚市がこれまで歩んできた歴史が年表順に描かれた横長のボード。

 そして、高塚市が提携しているどこか外国の都市の写真。

 私はそれらをゆっくり見て回った。

 華やかさは少なめかもしれないけれど、何となく落ち着いて眺めていられるような展示物……。

 それから私が一通り展示物を見終わって備え付けの椅子に座り、博物館の全体をぼんやり見渡していると、すみっこのほうにもう一つだけ展示コーナーがあることに気づいた。


「高塚市と戦争」


 私は少し休んでから、そのコーナーに向かった。  

 

 ……私の目の前にある写真。

 モノクロやセピア色の写真。

 航空服を身につけ、敬礼をする少年たち。

 何かの弾に当たって、血を流している人。

 半壊した住宅からは、もうもうと煙が空へと向かって流れている。

 かつて行われていた戦争の情景が、私の目の前を流れては消えていった。

 そしてさらに歩いていくと、

 目の前に、私がさっき拾ったはずの布切れが展示されていた。


---

 『「兵士の衣服(一部)」

 これは、海外のある島で戦闘状態に陥った際、生き残った兵隊を無事帰還させることに尽力した方の遺品である。後に高塚市民であることが分かった。

---


 私は展示物に添えられた説明書きを読んで、思わず息を飲んだ。

 と。

「喫茶室で、ジュースでもどうかな?」

 ふと気がつくと、私の後ろに、中村さんが立っていた。  


「あの衣服を着ていた人と私は、かつて同じ戦地に居たことがあるんだ……」

 喫茶室で中村さんは、ゆっくり湯気の立ち上るコーヒーを飲みながら言った。

「その人は、不安な気持ちが漂う戦場の中でも、笑みを絶やさない人だった……」

 中村さんは、昔を思い返すように、言葉を続ける。

「そして最後は、自分が囮になることで、消耗しきっていた部隊の人々を救った……」

 私は、目の前に置かれたオレンジジュースに手をつけることが出来なかった。

「だから……あの布は、あの人がこの世に存在していたということを証明するためのものとして……とても大切なものだったのだよ……」

 中村さんは、まっすぐに私の目を見て、

「あの布を拾ってくれて、本当にありがとう」



 私は中村さんに、博物館を無料で見学させてもらったお礼を言ってから、建物を出た。

 もう日は暮れかかっていて、夕日が地平の奥へと沈もうとしていた。

 ……中村さんにとって、かつて「居た」人の存在を強力に思い起こしてくれるものは、一枚の布だった。

 じゃあ、<私>が<私であること>/<私であったこと>を思い起こしてくれるもの……、私がここで、この世界で生きていたということを証明してくれるものは……一体何だろう?

 それはきっと、私が今身につけているワンピースの一片でないことだけは明らかだ。

 たぶん、別の、何かが……。

 私はそんなことを思いながら、家路へとついた。



第四話 終 

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