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第六話 「微かな偽りの笑み/生まれゆく罪悪感」

利絵子の夏


第六話


 私は、この町唯一の砂浜に来ていた。

 砂浜から見える、夕焼け。

 それは、心を締め付けるような風景。

 なぜ、私は生まれてきたのか。

 なぜ、私はこの地球上に生かされているのか。

 そんなことをふと考えてしまう。

 それほどに、眼前の夕焼けは濃く輝いて、私の脳を刺激する。

 そんな時。

「利絵子さん」

 私を呼ぶ声がして、振り返った。

 それは、私がこの町に来てから何かと親しくしてもらっていた、多恵さんの娘さんだった。

 私が初めて会った時、子供とは思えないような、冷たい瞳を抱いていた女の子。

 そんな彼女が、私の前に居た。 


 多恵さんの娘さん(冴香ちゃん)と私は、砂浜に座った。

 そして、夕焼けを眺めた。

 冴香ちゃんは、言った。

「……何か、悩みでもあるんですか?」

 私はそう言われて、どきっとした。

 それから、「……うう、ん……」とだけ、曖昧な返事を返した。

 すると冴香ちゃんは、    

「……利絵子さんは、なにも悩まなくて、いいんだと思います」

 私の心臓の心拍音が、じわり、じわり、と高まった。 

「……私とお母さんは、『この町のおかげで』、ご飯が食べられて、学校にも通えるんですから」

 冴香ちゃんは体育座りをしながら話を続ける。

「私の以前の生活は、悲惨そのものでした。父が蒸発し、母は内職でかろうじてぼろぼろのアパート暮らしをささえて……。でも、そんな母も過労で病気になってしまって。そして私は学校に通えなくなって、『貧乏人』とばかにされたり、弱いものいじめをする人たちから、周囲の人に見えないようないやがらせを受けて……」

 冴香ちゃんは、過去を懐かしむかのように、砂浜の砂を眺めながら、微笑んだ。


 けれど、その微笑みの中で、瞳だけがどんよりと黒く濁っている。


「……でも、この町に移ってきたおかげで、お母さんは治療を受け、お店まで開けるようになりました。私は学校でもう一度勉強をして、将来のことを考えることが出来るようになりました。それが、うれしいんです。風のにおいを感じることも、砂浜で砂の感触を楽しむことも、以前は叶わなかったことですから……」 

 そして冴香ちゃんは、私の手を静かに握った。

「だから、利絵子さんはなにも気に病む必要はないんです」 

 冴香ちゃんは、そう言って笑った。

 今度の笑顔に、さっきのような曇りはないように見えた。

 と、ピピピピ……、という音がした。

 彼女は、シャツの内側から、首にぶら下げていた丸いキーホルダーを取り出した。

 それは、まるで救急車の赤色灯のように、真っ赤に点滅していた。

「……『検査』の時間みたいです。それじゃあ、利絵子さん、あまりお話が出来なくてごめんなさい」

 冴香ちゃんは、私に向かって手を振りながら、走っていってしまった。 

 私は、一人砂浜に残された。

 そして、心の中に浮かび上がる罪悪感の中、ただひたすらに、夕焼けを見続けることしか出来なかった。

 私がこれから成すべきことの答えは、そこには無いと分かっていながら。

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