#76 女巨人
ウォッタが少し落ち着くのを待って状況を詳しく聞いた。
現場に居るのは山羊種の男が四人。一人が見張りで外に居て、もう一人がメド――五歳の猫種の女の子を人質にして、残り二人でカーンお姉ちゃんに「酷いことをしている」とのこと。
カーン姉ちゃんというのはウォッタの次に年長な馬種の少女タベリーの姉で、などと彼ら全員の説明が始まりそうになったのでそこで話をやめさせる。
「酷いこと」が始まっているのなら、そんな悠長に構えている場合じゃない。
ただ四人のうち二人がそちらに意識を取られているのであれば、残り二人を俺とレムとでそれぞれ無力化できればなんとかできるかもしれない――いや、なんとかするんだ。
「レム、あれ、まだ持ってる?」
「これのこと?」
レムは背後に立ち乗りしたまま俺の右手を誘導し、自分のふとももへと触れさせる。
指先に革のケースとベルトの感触。
「そう。何本ある?」
「これを私にくれたミンが死んだから補充できていなくて、予備入れて三本しかない。しかもアレは塗ってなくて……塗って少し乾かさないと、吹き筒の中で詰まっちゃう」
「準備ってすぐできる?」
「お兄ちゃんの矢に塗るの?」
「いや、矢はレムの方のを借りたい。一本試して、うまくいくなら二本……で、レムもいけそうなら一人お願いしたい」
矢だと音が大きすぎる。
最初の二人はできれば気づかれずに無力化したい。
「いいけど、吹き筒が一つしかないよ?」
「それは大丈夫」
ホス号から降り、吹き矢にカウダの麻痺毒を塗る間にウォッタに手順を説明する。
ウォッタは馬車と遭遇したが、ちょうど朝ごはんを食べるとこだったのと、子供たちがお腹空いているのに気づいたのとで、馬車の持ち主である女主人が子供たちへご飯を振る舞ってくれている、と。
護衛二人は女主人のそばから離れないが、ウォッタの嘘を信じ込んで親切にも馬を一頭貸してくれた。
馬をつないで荷車ごと戻ってきたら、近くの町まで一緒に行ってあげましょうと言われたと。
ウォッタをもう一度、馬に乗せる。
「俺たちは隠れて近づく。ウォッタは馬を歩かせるくらいならできるか?」
ウォッタは自信なさげな表情だ。
「ホス号、ウォッタを乗せたままゆっくり歩いてくれるか?」
言葉が通じているのかわからないが、ホス号はブルルルッと返事をしてくれた後、ゆっくりと歩き始めた。
「ウォッタ、方向がズレてきたら、曲がりたい方向の手綱を優しく引くんだ」
「や、やってみる」
その背中を見送りながら、俺とレムは偽装の渦でそれぞれ自身の寿命の渦を消し込んだ。
「お兄ちゃん、私、だいぶ上手になったでしょ?」
レムの寿命の渦も、ぱっと見にはわからないくらいにちゃんと偽装されている。
今までは『魔力感知逃れの衣』で寿命の渦を隠していたレムだが、消費命のコントロールに役立つからと偽装の渦を教えたのだ。
「すごいね。レムは上達が早いよ」
「じゃあ、こっちの二本はお兄ちゃんに渡しておくね」
レムから毒付きの吹き矢を収め直した皮のケースを受け取る。
残りの一本は吹き筒に装填している。
「ありがとう。レム、気をつけるんだよ」
「うん……おまじない、欲しい」
レムはすっと頭を差し出す。
ウォッタの方を見るとこちらを振り返る様子はない。
俺はレムの頭をそっと撫でてからもう一度、レムの無事を祈る言葉をかけ、そして大きく回り込みながらホス号の向かう先を目指した。
レムも向こう側へ大きく離れて回り込み、やがて姿が見えなくなった。
レムはすごくよくやってくれている。
人の感情の読み方については俺やルブルムの勉強になるくらい。
そもそもは元の世界とのつながりとして関係を留めたレムだったが、今では大切な仲間として扱っている。
素直で、健気で、注意深く思慮深く、好奇心と向上心が旺盛。
そんなとてもいい子のレムだから、俺は覚悟する。
もしここで何かあったとき、最初に守るのはレムだと。
カーン姉ちゃんとかメドとかウォッタとか、あの子たちを守るためにここへ来たし、実際にそのつもりであるけれど、そのためにレムやリテルの体を傷つけるようなことはしないと。
メリアンにずっと言われ続けていた言葉を思い出し、胸に改めて刻む。
覚悟ってのは戦いが始まってからするもんじゃなく戦いに飛び込む前にするもんだ――って言葉を。
自分の手のひらを見つめる。
何かあったら、この手で守るんだ。
ヘイヤの死体を思い出す。
あれは俺が悪かった。
だけど俺もヘイヤもそういう覚悟で町の外へ出た。
出た以上は、乗り越えるしかない。
ならず者の山羊種四人組を、殺すことをためらわない。
迷ったことで失ってしまうことがないように。
殺さない者が紳士なのではない。いつも自分を見失わないのが紳士なのだと、マクミラ師匠だっておっしゃっていた。
俺の見失ってはいけない「自分」は、大切な家族を、仲間を、守るという覚悟。
紳士として、俺は最善を尽くす。
『魔力感知』を『魔力微感知』へと切り替える。
『魔力感知』に慣れてくると、相手の使った『魔力感知』が自分に「触れた」かどうかがなんとなくわかるようになる。
レムでさえまだわからないようだが、メリアンはわかると言っていた。
そのメリアンに気付かれないように感度を下げて粗くしたのが『魔力微感知』で、相手に気付かれないように弱めたおかげで、寿命の渦を消しているような相手を感知できなくなる。
一長一短ではあるが、それでも今回は気付かれない方を優先したい。
カウダの麻痺毒が乾いた吹き矢を一本、取り出しておく。
左手を弓の握りで構え、『見えざる弓』のモーションを軽く予習する。
弓を左肩にかけたままだけど、いけそうだな。
歩く速度を落とし、枯れ葉や小枝を踏まないよう足元にも注意を配りつつ、ホス号との適度な距離を保ちながら慎重に進む。
やがて、『魔力微感知』に新たな寿命の渦をとらえた。
獣種は山羊種と、その傍らの猫種は子供っぽい。
ということはメドって子か――おいちょっと待て。
何でこっちに向かって来てる?
ウォッタの方向じゃなく、俺の方へ。
しかも走ってる?
バレたのか――でも何か変というか、二人の速度が一緒ということは抱えて走っているのか?
仲間割れ?
いやとにかく準備だ。
麻痺毒吹き矢を構え、射線が通りやすいよう樹々の隙間を調整しつつ移動して隠れる。
射程に入ったくらいのタイミングでウォッタの声が響いた。
「メドっ!」
ウォッタが騎乗して登場したのに焦ったのか、山羊種は走っていた足を止める。
今しかないと俺は物陰からわずかに姿を現し、吹き矢を『見えざる弓』で射掛けた。
吹き矢らしからぬ軌跡で飛んでいった吹き矢はそいつの右の鎖骨付近へと命中する。革鎧で止まってなければ良いが――と祈りつつ、すぐに次の吹き矢を構える。
その間に山羊種が、膝をつく。
姿を確認したのだからと『魔力微感知』を『魔力感知』へと切り替えて精度を上げる。
その山羊種の寿命の渦に、カウダの毒が効き始めたときの徴候を感じる。
そいつは子供を抱えたまま地面に突っ伏した。
「メドーっ!」
ウォッタが叫びながらホス号から降りて駆け寄り、山羊種の手の中からメドを奪い返す。
その間に俺は右脚に着け直してある革のケースへ吹き矢を戻し、矢を弓へと番えたまま走って近づいてゆく。
万が一、あの山羊種が毒消し手段を持っていたときのために。
そのときもう二つ、寿命の渦を感じた。
山羊種と、猫種。
片方がカーン姉ちゃんとやらだとしたら、山羊種の方を無力化すれば人質は全員確保ってことに――では済まないよな、ってのは薄々勘づいていた。
二人のまだかなり後方だけど、見たことのない大きな寿命の渦を捕捉したのだ。
すぐに判った。
樹々をなぎ倒す音が聞こえてきたから。
ウォッタは、村に魔獣が出たって言っていた。
そいつかどうかはともかく、これは普通じゃない。
音から受ける重量感の印象からすると、象。
象の魔獣?
ルブルム経由で見せてもらったカエルレウム師匠のとこの魔獣資料を思い出してはみるが、象っぽいのなんてすぐには出てこない。
やがて射線に飛び出してきた下半身丸出しの山羊種の下腹部へ普通の矢を一本射掛ける。
丸出し野郎はみっともなく転ぶ――が、それでもなんとか立ち上がって歩こうとする。
猫種女子を追おうとしている感じではない。
何かから必死に逃げようとしている感じ。
それは猫種の方も同じなのだが、こっちはこっちで血に塗れている――まるで血のシャワーを浴びたかのように。
それに足も引きずり気味だ。
「ウォッタ! メドと一緒にホス号に乗れ!」
「ひ、ひとりじゃ乗れないよぉ」
ああ、そうだな。わかる。俺もそうだった。
丸出し山羊種の足にもう一本、矢を射掛けてから猫種の近くへと走る。
「カーンさんですかっ」
「そうです!」
「助けに来ました! 酷い怪我じゃないですかっ」
「い、いえ、これは……」
血塗れなせいで遠目からはよくわからなかったが、カーンさんはほぼ全裸状態。
そして右脚の太ももの外側、赤く染まった包帯のほどけかけた隙間から、まだ古くない傷が見える。
傷の具合と血の量からすると、返り血か?
まるで人をひとり、彼女の頭上で絞った、みたいな――魔獣が?
とにかく太ももの傷だけは治しておこう。
「傷を治します。受け入れてください」
『生命回復』でとりあえず傷を塞ぐ――うん。魔法による治療を受け入れてくれた。
「馬には乗れますか?」
「乗れます!」
「じゃあ、ウォッタとメドと一緒に先に逃げてください。場所はホス号がわかってます」
カーンさんの手を引きホス号のところへと走る。
まずカーンさんを乗せ、それからメドを手渡し、ウォッタも乗せようとしているところへレムも戻ってきた。
抜き身の小剣についた血を落とすように振り回しながら。
「お兄ちゃんっ、なんかヤバいのが来るよっ!」
だな。
樹々をなぎ倒す音がどんどん近づいて来る。というか、倒木がもう視界に入っている。
その魔獣自体も――魔獣?
それは獣というよりは人の形をしていた。
全身に赤黒いボロ布をまとった女巨人。カーンさんの今の状況にかなり似ているが、背の高さがメリアンの四、五倍はある。
振り乱した髪で顔の半分ほどが隠れてはいるが、口元に赤い血がべったり付いているのはここからでもよく分かる。
ああ、このむさ苦しい特徴――魔獣資料にこれっぽいのがあったのを思い出す。
確かルージャグ。元々は地界の種族で、こちらの世界に稀に出現するけど、その危険性ゆえにすぐ討伐されるとか書いてあった。
人型だけど魔獣。
魔獣という表現に違和感はあるが、地界や天界からこちらの世界へ迷い込んできた連中の総称である「魔物」のうち、会話などコミュニケーションを取れるのが「魔人」、それ以外はどんな姿をしていても「魔獣」と呼ぶのが決まり。
つまりルージャグは人の形をしてはいるが、コミュニケーションは取れない。
異世界モノの物語では定番のあったら便利な鑑定系の能力はないけれど、ルブルムが真面目に本から知識を蓄えていてくれたおかげで魔物ならそこそこ特定できているのは本当にありがたい。
「傷は応急措置です。完全に塞ぎきれてないので激しい運動はしないで」
と言ったものの、馬を走らせるときには太ももに負荷がかかるのは当然。
となるとレムにも乗ってもらおうか。
カーンさんは多分俺よりちょっと年上くらいだけどかなり細身だから、メドと足しても俺の体重とそう変わらないだろう。それなら行き同様にレムまで乗ってもホス号なら頑張ってくれるはず。
「レム、乗って。ホス号、頼む」
「でも、お兄ちゃんが」
ルージャグは樹々をなぎ倒しながら真っ直ぐこちらへ向かってくる。
「早く!」
俺はホス号の手綱をレムへと渡し、走り出す。もちろん、ルージャグから逃げる方向にだ。
レムはウォッタの前へと飛び乗り、すぐにホス号を走らせる。そして俺に並走する。
「レム、いったんウォッタたちを乗せて戻れ。ルージャグだと皆へ伝えて」
「お兄ちゃんは」
「大丈夫。無茶はしない」
「お兄ちゃん、本当に、無事でいてね」
「ああ。また後で。早く」
レム達の乗った馬は森の中を駆けてゆく。
さて、ルージャグは――なんか急に引き離せたなと思ったら、あの下半身丸出しのやつを喰っている。
もう一人、最初に麻痺った方の奴は寿命の渦を感じない。
逃げる獲物より確実に食える獲物を先に片付けるタイプか。
だとしたら、俺が引き付ければレムたちは安全な場所へと逃げられる。
きっとルージャグにとって俺はいつでも食べられる獲物程度なのだろう――でもその獲物が文字通り一矢報いたら、ルージャグはどんな顔をするだろうか。
ここには俺しか居ない。
だから『魔力感知』をやめる。
いつでも発動できるようずっとサブで集中し続けていた消費命も解除する。
そして偽装消費命なしで消費命を集中する。
さすがに猿種への偽装の渦は解除しないんだけど、これは案外解除しない方が集中力が増すんだよね。
きっと、猿種への偽装の渦は、本来のリテルの寿命の渦をリテル自身に渡すイメージなんだろうな。
俺の分の寿命の渦だけ偽装の渦で消し込んでいる、そんな感覚。
罪悪感が減るというか、気持ちがすっきりするというか。精神的に楽というか。
鏃に『接触発動』で『超ぶっ飛ばす』を集中する。
『ぶん殴る』五発分の『ぶっ飛ばす』のさらに三倍威力の、今の俺が撃てる最大出力――うわ、これは消費命の集中にかかる精神集中がとんでもないな。
しかも丁寧に集中しないと持ってかれそうな――消費命が数倍になるのって、その集中に要する労力も純粋に等倍になるわけじゃなく、円の半径と面積くらいの差を体感している。
まとめろ――練り上げて――『接触発動』と繋げて――眉間がビリビリくる。
単体ならともかく『接触発動』だとこの威力は実戦じゃまともに使えないな――だけど、なんとか魔法発動できるレベルまで消費命を集中できた。
ルージャグがこちらを向いた。
マジか。俺なんて歯牙にもかけないんじゃなかったのか。それとも大量の消費命の集中はさすがに気になるのか。
『接触発動』『超ぶっ飛ばす』――よし、魔法付与完了。
ルージャグはこちらを気にしながら食事を続ける。ゴヤの『我が子を食らうサトゥルヌス』まんまな感じで。
消費命を集中している間はじっと見ている感じだったが、魔法を発動した後は警戒が少し緩んだようにも感じる。
しばらく肉は食いたくないなと思いながら、今のうちにと弓を構える。
矢を引き絞る。
さあ、教えてくれ。俺の魔法がどこまでやれるのか――と、ここまできて手が震える。
外したらどうしようとか、攻撃しかけたらルージャグは俺に完全にロックオンするだろうとか、もしもこの渾身の一撃があの化け物みたいな女巨人へダメージをたいして与えられなかったらとかの不安。
ルージャグがのんびりお食事をしている間に少しでも遠くへ逃げた方がいいんじゃないかとも思う――あれ?
俺はさっき覚悟しなかったか?
戦場に立つ覚悟を。
ルブルムやレムやリテル自身をも守るという覚悟を。
逃げるにしたって、少しでもダメージを負わせておいた方がいいに決まっている。
不意に気持ちが落ち着いた。
思い出す。今までの最高のショットを。
自分自身への『テレパシー』で何度もアクセスした記憶で復習しまくったあのショットを。
ルージャグがやけに大きく感じられて、人ならば心臓があるべきその位置がすぐ近くに感じる――そこへ届くようにと矢を放った。
矢は弧を描きながらルージャグの胸の一点に向かって吸い込まれるように飛んでゆく。
ルージャグはそれを、まるで蝿でも追い払うかのように左手で払っ――赤い花が咲いた、ように見えた。
次の瞬間、凄まじい雄叫びが森中に轟いた。
コミュニケーションできない魔獣に分類されるルージャグだが、今のは俺にもわかった。
あれは激しい怒り。
左腕の肘から先をぶらんとぶら下げたまま、ルージャグはこちらに向かって走り始めた。
今のでは倒せないのかという失望と、いやそれでもあそこまでのダメージは与えられるんだという希望。
だがさっきみたいに悠長な消費命の集中はできないだろう。
となると次は――俺はルージャグから逃げる方向へと走り出しながら次の矢の鏃に『接触発動』で魔法を封じる。
今度は出力を少し下げた『倍ぶっ飛ばす』――といきたいところだが、走りながらだと普通の『ぶっ飛ばす』がいいとこか。
それでもやらないよりはマシだろう。
魔法を発動し、一瞬だけ振り返るとルージャグが木に体当たりをしてなぎ倒し、それを右手でつかんで引っこ抜こうとした。
ポーに「頼む」と『発火』二発分の消費命を集中して渡すと、俺から精一杯離れた先までそれを運んでくれる。ルージャグから見て木を数本挟んだ五メートルは先に。
ポーの先端で『発火』を発動すると、ルージャグの注意が一瞬そちらへ移る――そこへ第二射――ルージャグの左膝へと命中。
さっきほどの威力はないものの、それでもルージャグの体が少しよろける。
その隙に再び『ぶっ飛ばす』を『接触発動』した第三射を射る――避けられたか。
だが、明らかに警戒しだした。
集中できるならと今度は『倍ぶっ飛ばす』を『接触発動』――した直後、俺は慌てて木の陰へと逃げ込んだ。
さっきまで俺が居た場所に大きな木が槍のように飛んできたからだ。
ただ大きいとはいえ本物の槍と違うのは、枝葉がついたままだということ。空気抵抗もあれば、森という環境では周囲の樹々にもぶつかるし、避けられないこともない。
俺は矢をつがえてルージャグに向ける。
奴はもう一本引き抜こうとしていた木を手放して射線から外れようと木の陰へ――俺は構わず第四射。
あんな巨体で木の陰へ隠れようが隠れきれるものじゃない。
結果、ルージャグの右膝近くに命中。
ルージャグの怒りの雄叫びが、さっきよりも大ボリュームで森に再び轟いた。
その間に次の一撃を用意する。もう一回、『倍ぶっ飛ばす』を。
木の陰から覗くと、ルージャグは周囲の樹々に体当たりしまくっている。
なぎ倒した樹々を次々とむしって――あれは一見すると八つ当たりの行動のようにも見えるけど、もしかして槍を作ってんじゃないか?
そんなことをさせるかと弓を構えて木の陰から出ようとすると案の定、木の幹の槍が飛んできた。
場所を移動しようとしたら今度は逆サイドにも。
ここから逃さないようにするつもりか?
なんて考えている間に次々と左右に積み重ってゆく。木の幹の槍が。
なるほどこれだけ積まれたら射線も通せないな――じゃなくて。『魔力感知』を再開してぎょっとした。
ルージャグがものすごく近づいてきていたから。
投げながら、か?
偽装の渦で寿命の渦を消し込むと、ルージャグが再び吠える。
反応しているってことは、ルージャグ、『魔力感知』的な技術なり能力なりを持っているってことか。
俺は『新たなる生』で自分の幻影を作り出した。もちろん猿種の寿命の渦付きで。
精神集中している間は動かせるっていっていたけれど、これ、思ったよりもスムーズに動かせるな。
少なくとも『超ぶっ飛ばす』の消費命を集中するよりかは楽だな――ってことで、走れ、俺の幻影。
その幻影を走らせてすぐ、ルージャグが急に移動速度を上げた。
まさか弱ったフリだったのか?
ルージャグは俺のすぐ近くまで来て、木の幹の槍を地面から抜いて俺の幻影へと投げつける。もちろん幻影には避けさせる。
さらにもう一本投げられ、幻影に避けさせて、ルージャグが追う――とうとう俺の真横から姿を現した。
即座にその頭部へ俺は『倍ぶっ飛ばす』を『接触発動』させた矢を命中させた。
ルージャグは大きくよろけながらも俺を睨み、右腕を振りかぶる――そのときにはもう俺も消費命を集中していた。
素の『超ぶっ飛ばす』を。
さっきも集中したおかげで集中にかかる速度が初回とは段違いに早い。
ポーもわかってくれているのか、それを運んでくれる。
拳を俺に向かって振り下ろすルージャグの喉へ、伸びたポーの先端が届く。そして発動した。
『超ぶっ飛ばす』がカウンター気味に炸裂し、ルージャグの巨体は見覚えのある吹っ飛び方をした。
俺自身が狙ったわけではなかったけれど、ポーが選んで当てたルージャグの身体部位は、俺がヘイヤを殺したときと全く同じ場所だった。
いや、ルージャグは獣種とは違う。
ルージャグの寿命の渦は小さくはなったがまだ消えていない。
もう一度――なんだ?
集中が、うまくできない。
手足にも力が入らない。
ふわふわとした、なんだか体と心とが微妙にズレているような――吐き気までこみ上げてくる。
なんだ?
ルージャグは毒を持っていたっけ?
思い出そうとするが、頭痛がそれを邪魔する。
俺の体が勝手に尻もちをついてしまう。
そしてルージャグの右腕が再び動いた。
● 主な登場者
・有主利照/リテル
猿種、十五歳。リテルの体と記憶、利照の自意識と記憶とを持つ。魔術師見習い。
ゴブリン用呪詛と『虫の牙』の呪詛と二つの呪詛に感染。レムールのポーとも契約。とうとう殺人を経験。
・ケティ
リテルの幼馴染の女子。猿種、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。
リテルとは両想い。フォーリーから合流したがリテルたちの足を引っ張りたくないと引き返した。ディナ先輩への荷物を託してある。
・マクミラ師匠
ストウ村の住人。リテルにとって狩人の師匠。猿種の男性。かなりの紳士。実績紋持ち。
出身はストウ村ではなく、若い頃は定期便の護衛をしながら旅をしていた。
・ラビツ
久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵四人組の一人。ケティの唇を奪った。
アイシスでもやはり娼館街を訪れていて、二日前にアイシスを出発していた。ギルフォドへ向かっている可能性が大。
・マドハト
ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者。ゴド村の住人で、今は犬種の体を取り戻している。
元の世界で飼っていたコーギーのハッタに似ている。変な歌とゴブリン語とゴブリン魔法を知っている。地味に魔法勉強中。
・ルブルム
魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種。
魔法も戦闘もレベルが高く、知的好奇心も旺盛。親しい人を傷つけてしまっていると自分を責めがち。
・アルブム
魔女様の弟子である白髪に銀の瞳の少女。鼠種の兎亜種。
外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。
・カエルレウム
寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種。
ルブルムとアルブムをホムンクルスとして生み出し、リテルの魔法の師匠となった。『解呪の呪詛』を作成中。
・ディナ
カエルレウムの弟子。ルブルムの先輩にあたる。重度で極度の男嫌い。壮絶な過去がある。
アールヴを母に持ち、猿種を父に持つ。精霊と契約している。トシテルをようやく信用してくれた。
・ウェス
ディナに仕えており、御者の他、幅広く仕事をこなす。肌は浅黒く、ショートカットのお姉さん。蝙蝠種。
魔法を使えないときのためにと麻痺毒の入った金属製の筒をくれた。
・『虫の牙』所持者
キカイー白爵の館に居た警備兵と思われる人物。
呪詛の傷を与えるの魔法武器『虫の牙』を所持し、ディナに呪詛の傷を付けた。フラマの父の仇でもありそう。
・メリアン
ディナ先輩が手配した護衛。リテルたちを鍛える依頼も同時に受けている。ラビツとは傭兵仲間。
ものすごい筋肉と角と副乳とを持つ牛種の半返りの女傭兵。知識も豊富で頼れる。
・エクシ(クッサンドラ)
ゴド村で中身がゴブリンなマドハトの面倒をよく見てくれた犬種の先祖返り。ポメラニアン顔。
クスフォード領兵であり、偵察兵。若干だが魔法を使える。マドハトの『取り替え子』により現在、エクシの体に入っている。
・レム
爬虫種。胸が大きい。バータフラ世代の五人目の生き残り。不本意ながら盗賊団に加担していた。
同じく仕方なく加担していたミンを殺したウォルラースを憎んでいる。トシテルの心の妹。現在、護衛として同行。
・ウォルラース
キカイーがディナたちに興味を示すよう唆した張本人。過去にディナを拉致しようとした。金のためならば平気で人を殺す。
ダイクの作った盗賊団に一枚噛んだが、逃走。海象種の半返り。
・ロッキン
名無し森砦の守備隊第二隊副隊長であり勲爵。フライ濁爵の三男。
現在はルブルムたちの護衛として同行している。婚約者が居て、その婚約者のためにヴィルジナリスの誓いを立てている。
・ヘイヤ
鼠種の兎亜種の先祖返り。茶色い夏毛の兎顔。身なりのよさそうなコート、動きやすさ重視の軽革鎧。
膝までのブーツ、胸元に蝶ネクタイ。ドマースに同行していた武闘派だが、リテルの過剰防衛により死亡。身内はいない。
・ドマース
鼠種先祖返り。ハムスター似。貴族の十男だった魔術師。身なりのよさそうなコートに蝶ネクタイ。
スノドロッフの住民拉致事件の関係者に接触を図ったが、エクシへのアプローチに失敗。次の町まで同行。
・ペック
魔獣に襲われた村の村長の息子。親を殺されたり家を壊された子供たちを荷車に乗せ、街道まで避難させた。
現在は単身、ニュナムへ助けを呼びに馬を走らせている。
・ウォッタ
魔獣に襲われた村の避難組。リテルたちの朝食タイミングで襲いかかってきた子供たちの一番の年長者。
ならず者の山羊種四人組に人質を取られ、従わされているっぽい。責任感が強そう。
・タベリー
リテルたちに襲いかかってきた子供たちのうち、ウォッタの次に年長の猫種少女。
少女の姉がならず者たちに囚われていたカーン姉ちゃん。
・カーン姉ちゃんとメド
魔獣に襲われた村の避難組。ならず者の山羊種四人組に人質として囚われていたが、そこにルージャグの襲撃を受け、逃げ出した。二人とも猫種。カーンはリテルより多少年上で痩せている。メドは五歳。
・ならず者の山羊種四人組
魔獣に襲われた村から避難してきた子供たちを襲い、人質を取り、残りの子供たちに襲撃を指示した。
レムに倒された一人以外はどうやらルージャグに食われたっぽい。
・レムール
レムールは単数形で、複数形はレムルースとなる。地界に生息する、肉体を持たず精神だけの種族。
自身の能力を提供することにより肉体を持つ生命体と共生する。『虫の牙』による呪詛傷は、強制召喚されたレムールだった。
・ルージャグ
↓はみ出しコラム参照
■ はみ出しコラム【魔物デザイン ルージャグ】
今回は登場してすぐの魔物デザイン解説になります。
・ホルトゥスにおけるルージャグ
ウォッタ達の村を襲った魔獣。赤黒いボロ布をまとい、手当たり次第に人を捕らえて喰らう危険な女巨人。
その身長は普通の獣種の五、六倍はある(メリアンは獣種の中では大きなほう)。
・地球におけるルージャグ
ゲール語で「ぼろ切れ(の女)」の意味。ヘブリディーズ諸島にあるスカイ島の湖に出没した恐ろしい女の悪魔の名前。ルージャグは性格が邪悪であると同時に、その姿もむさ苦しい。手当たり次第に人を捕らえては殺す。
(キャサリン・ブリッグズ編著 平野敬一、井村君江、三宅忠明、吉田新一 共訳『妖精事典』より)
・ルージャグのデザイン
凶悪で強い、かといって絶望的に強すぎはしない魔物を出したかったので探していたところ、分かりやすい脅威としてはやはり巨人に行き着いた
いや、それだけメジャーな存在ではあるのだけど、やはり世間様には進撃のなんたらのイメージが強すぎるんじゃないかと少し心配にはなった。
ただ、巨人は伝統的なおとぎ話でさえもよく登場する存在であるため、どうしても外したくないなと最終的には物語に登場させることにした。
次にどのような巨人にするかが問題だった。
そこで目についたのがアハッハだった。
前出の『妖精事典』によると、アハッハとはゲール語で怪物や巨人を意味し、スコットランド高地地方の寂しい湖沼や峡谷に出没する。きわめておぞましい生き物を表す総称である――とあった。
そのアハッハの種類として、ルージャグやボーカン、ジーラッハなどが含まれるという。
ボーカンは様々な妖怪の姿を取るというビジュアルに困る姿だし、第一「暴漢」みたいな名前が面白過ぎて物語が入ってこないなとパスし、ジーラッハは胸から手が一本、尻から足が一本生え、額の真ん中に一つ目があり、頭のてっぺんには一房の剛毛があり、その剛毛を曲げるのは山を移すより難しい――などと、どちらかというと面白枠。
ルージャグ一択になってしまった気持ちもわかってはいただけるのではないでしょうか。別に女型の巨人とかそういうつもりは一切ないですよ。ほんと。




