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#71 アイシス脱出

「私のこと、信じていただけますか?」


 フラマさんのお父さんが地界(クリープタ)出身ってことかな?


「疑ってなどいませんよ」


「良かった……では」


 その直後、牢屋の鉄格子の隙間から何かが入り込んで来た。

 フラマさんが居る方の牢屋の側から。

 レムールだ。

 それも蛇の形をしている。

 蛇は壁伝いにプロジェクションマッピングみたいに俺のすぐ近くまで伸びてくると、壁から一クビトゥム(五十センチメートル)ほどにゅっと突き出した。


「リテル様にそれが見えるのであれば、耳で触れてくださいますか?」


 これは試されているってことだよね?

 まずレムールが見えるのかどうか。

 そして蛇の形をするこのレムールを耳元――つまり自分の首のすぐ近くへと近づけることを許すのかどうか。

 蛇という形は牙や毒を連想させる。

 レムールが非物理的な存在だとわかっているから、それに対する不安は気合で乗り切ることができる。

 でも俺がポーを通して魔法を運ぶことができるということは、フラマさんも同様に魔法を使うことができるということだ――ここは牢屋だから、魔法の使用が検知されたり消費命(パー)の集中を阻害する魔術が準備されている可能性はありそうだけど。

 それに第一「耳で触れて」と言われても、レムールは物理的な肉体を持たないから触れることなんてできないんじゃなかったっけ?


 一回、深呼吸をする。

 不安がないと言えば嘘になる。

 それでもレムールを見せてくれたというフラマさんの信頼に答えたいし、逆に機嫌を損ねてヤッてもないことをヤッたと言われて本当に死刑にされても困るし。

 ここはもう行くしかない。

 俺は覚悟を決め、蛇型レムールの頭部分へ自分の耳を近づけた。


「……聞こえます?」


 近づく前から音は聞こえていた。

 フラマさんの声ではあったけど、とても小さなボリュームで。

 これ、蛇型レムールから聞こえているの?

 でも消費命(パー)の集中は感じなかったし、魔法代償(プレチウム)が要求された感じもなかった。


「聞こえています」


 こちらも小さな声を出すと再びフラマさんの声。


「そちらから喋るときは、蛇の頭へ唇をつけてください」


 言われた通りに今度は唇へ。

 これで本当に伝わるのだろうか。


「すごい仕組みですね」


 試しにそう喋ってみる。

 そしてすぐに耳を当てる。


「聞こえました」


 じゃあ次は何を話そうかと考えているうちに、フラマさんの声がまた聞こえた。


「私の父の種族は、生まれたときからレムールを体に宿します。でもそれは普通のレムールとは異なります。共生しているのです。運命を共にして……だからこそ、物理的な振動を伝えることができるのです。私の母は普通の獣種ですが、私は父の血が強く出て、生まれた時からこのレムールと一緒なのです」


 レムールを宿して生まれる地界(クリープタ)の種族――そんな情報はカエルレウム師匠の書庫にはなかった。少なくともルブルムが学んだ範囲では。

 レムールにも物理的な干渉ができるケースがあるということも今後は注意する必要があるな。

 今回のは種族的な効果っぽいけど、魔法ならそれが再現できなくもないだろうし。

 学んだ知識を全て正とするのではなく、自分の知識と現状とを比較して常にアップデートかけていかなきゃってことか。


「本当は人には教えたくないだろうことを、教えていただき、ありがとうございます。どうぞ」


「どうぞ、とは何のことですか?」


 糸電話っぽいな、というイメージからつい付けてしまった「どうぞ」だけれど、こういう一つの回線で送受信の両方を行いたい場合は通信の切れ目であるという信号を発するのは大事だよね。

 そういや糸電話の「どうぞ」も元々は別の道具で使っていた合図なんだよな。

 丈侍のお父さんが携帯電話が普及する前はトランシーバーってのがあったって言っていたっけ。


「こちらの会話はとりあえずここまでです、という合図です。どうぞ」


「ああ、どうぞはそういう……いいですね。私も使ってみます。どうぞ」


 フラマさんの体に宿しているということは、きっと送受信を両方同時に処理できるんだろうな。

 それを俺に合わせてくれるフラマさんの心遣いに所作同様の気品を感じる。


「あの……それで、ホルトゥスでレムールと契約している方はとても希少だと思うのですけれど、リテル様がレムールと契約したきっかけについてお聞きしてよいでしょうか? ……どうぞ」


 これは俺の一存で承諾できる話ではない。

 自分の出自まで明かしてくれたフラマさんを信用できないという話ではなく、例えば悪意ある誰かがフラマさんの記憶を覗いてしまったら――そういうリスクを考慮しなければならない。

 まあディナ先輩には「そんな簡単にその女を信じるのか」くらいは怒られそうだけど。

 場合によってはそのディナ先輩の身の危険につながるかもしれないし、ルブルムやカエルレウム師匠、アルブムにまで何らかの悪い影響が及ぶ可能性だってないとは言い切れない。

 そうだ。ここはボートー紅爵ポイニクス・クラティア領。

 フラマさんは紅爵様の息子と思われるジャック様と仲が良いし、スノドロッフ村の方々に迷惑がかかるかもしれないのだ。


「すみません。それに関しては申し訳ないですが、お答えすることができません。どうぞ」


「そうですか……そうですよね。では別のことで……あの、『虫の牙』って聞いたことあります? どうぞ」


 一瞬にして空気がヒリついた。

 ディナ先輩やクラーリンさんに指摘されそうだけれど、自分の心の平静が大きく揺らいだのがわかった。

 「普通の猿種(マンッ)」を偽装の渦(イルージオ)しているからこそ寿命の渦(コスモス)へ現れた動揺はなんとか隠せているけれど、もしもフラマさんが俺の正面にいたら鳥肌が立ってしまっていることや、表情が一瞬ひきつりかけたところなんかを見られてしまっただろう。

 『虫の牙』――ディナ先輩と、ディナ先輩のお母さんが囚われていたモトレージ白爵(レウコン・クラティア)領の領主キカイーの屋敷、そこに居た強い警備兵が持っていた魔法の武器。

 傷つける際に地界(クリープタ)からレムールを召喚し、対象に対し呪詛の傷として負わせるというもの。

 魔法代償を集中しようとしただけでとんでもない激痛を与える呪詛の傷を。

 その情報をフラマさんに話すということは、つながりを示してしまうことに他ならない。

 フラマさんはいったい何者なんだ?

 考え得る可能性は、あの警備兵の関係者、ディナ先輩のような『虫の牙』の被害者やその近親者、あとは何だ?

 警備兵以前に『虫の牙』を持っていた者、もしくは『虫の牙』を制作した者――お父さんが地界(クリープタ)出身と言っていたということは、この辺りの可能性も捨てきれないか。

 そもそも『虫の牙』の知名度ってどのくらいなのだろう。

 カエルレウム師匠の所蔵本には魔法の品を扱ったものも何冊かあったけど、『虫の牙』のように特定の武器について書かれたものはなかった。

 ホムンクルスやゴーレム、ゾンビーの製造や維持に関わるものに偏っていたんだよね――って思考が逸れている。

 もしもフラマさんがあの警備兵と対立する立場ならば、今後は共闘という道もあるかもしれない。

 ただ、ここでとぼけて後でそれが発覚して不信を招くとしても、あの警備兵側だったときのリスクが高すぎる。

 最低限、後でルブルムからディナ先輩へフラマさんの情報を流してもらってからじゃなければ、絶対に話すわけにはいかない。

 それにウォルラースは少なくともあの警備兵とパイプを持っている。

 フラマさんがもしも中立なり味方なりのスタンスだったとしても、中途半端に情報を渡すことで彼女をウォルラースという脅威に予想外に引き合わせてしまう恐れもあるし――っと。

 回答をあまり長引かせるのもマズイよな。


「……レムール契約に関する魔法とかですか? 俺がレムールと契約した方法にはそのような単語は出てきませんでした。どうぞ」


 あくまでも嘘はつかず、無関係だと思われるよう表明する。


「……いえ、知らないのであれば、知らないままのほうが良いかもしれません……どうぞ」


 大事な人たちを、フラマさん自身をも守るためとはいえ、隠蔽工作をしている自分に負い目を感じる。

 こういうとき、本当の紳士はどう振る舞うべきなのだろうか。


「そうですか……すみません。どうぞ」


「いえ、こちらこそ巻き込んでしまってすみません。私のせいで投獄までされてしまって……申し訳ないです。どうぞ」


 そう。その問題もあるんだよな。


「あの……この街では、死刑ってよくあるんですか? どうぞ」


「よくあります。先程、死刑を宣告なされたクロケ・ボートー様……キング・ボートー紅爵ポイニクス・クラティア様の奥方様においては、事あるごとに死刑を言い渡されます。どうぞ」


 マジか。

 しかもフォーリーでマドハトがくらったような魔法代償徴収刑ではなく死刑。

 死刑ってあの死刑だよな。

 元の世界の中世では、処刑が一種の娯楽として見世物になっていたところもあるらしいし、ここもその類いなのだろうか。

 それにしたってラビツの情報を手に入れるためとはいえ、ヤってもいないことで死刑とかたまったもんじゃない。

 こうなったら脱獄とか真面目に考えたほうが良いだろうか。

 あとは処刑方法によっては直前にうまく逃げ出せたりしないかな。

 ただそうやって逃げたらルブルムやカエルレウム師匠に、リテルやリテルの家族やケティにだって迷惑がかかるのは間違いないだろう。

 というか、ルブルムが持っているクスフォード虹爵(イーリス・クラティア)様の手形とか見せたら何とかならないかな。

 紅爵様と虹爵様なら虹爵様の方が身分が上だし――ただそれで虹爵様にご迷惑をかけることになったら、結局はカエルレウム師匠やストウ村の皆さんに間接的に迷惑をかけることになりかねないよな。


「そうだ。ジャック様は、見ていらしたですよね? 俺とフラマさんが……そのそういうところまではしていないと、ジャック様からご証言いただくことって可能ですかね……? どうぞ」


「あははっ」


 フラマさんが突然笑い出した。

 しかも蛇レムールごしじゃなく直接、隣の牢で。


「大丈夫よ。どうぞ」


「大丈夫、なのですか? どうぞ」


 そういやフラマさんは死刑を言い渡されてるっていうのに、どうしてこんなに落ち着いていられるのだろう。

 まさか、ジャック様と知り合いということで減刑とかしてもらえるのだろうか?

 だとしたらフラマさんは大丈夫でも、俺が大丈夫なことにはならないよね?


「ここ、こんなにたくさん牢があるのに、私達以外に誰もいないでしょう? それは翌日までに」


 扉が開く音。

 そして複数の足音が近づいてくる。


「ごめんね。レムールを戻すわね。あと、もしもどこかで『虫の牙』の噂を聞いたなら私に教えてほしいの。それを持つ奴は父さんの仇だから。どうぞ」


 とんでもない所で話が途切れた。

 でもフラマさんは少なくとも共通の敵を持つ側だとわかったのは収穫か。

 いやそもそも現状を乗り越えなければルブルムやディナ先輩へ伝えることもできやしない。

 本当に大丈夫なのだろうか。


「フラマッ!」


 牢屋の前に最初に現れたのはジャック様だった――が、俺の牢の前は素通りして、フラマさんの牢の前へ。

 ジャック様に続いて入ってきた四名、ボートー領領兵のうち二名はジャック様と一緒にフラマさんの牢の前へ。

 残り二名は俺の牢の前で立ち止まり、こちらを向いて直立不動に。


「フラマッ! 先程の所業……ぐぬぅ……」


「ジャック様っ、お膝をつかれませぬよう!」


「ええい、離せッ! ワタクシの気持ちが収まらぬのだッ!」


 何かが地面に強くぶつかった――まるで硬貨がたくさん入った革袋が地面に叩きつけられたような音。


「フラマッ! ワタクシは感動したッ! 新しい世界へ到達した気分ぞッ! あのようなことをされて何の報酬も出さぬほど、このジャック・ボートー、惨めではないッ!」


「ジャック様っ、お手をつかれませぬよう!」


「ええい、離せッ! フラマッ! ワタクシは感謝しているのだッ! 頼むからこの報酬は受け取ってくれッ!」


「……ありがとう。ジャック様」


 フラマさんの牢の前で何が繰り広げられているのかが、声だけで全て想像がつく。


「さて。個人的な用件はここまでだ。フラマの牢を開けよ」


「はっ」


「そちらの男……リテルの牢もだ」


「はっ」


 俺とフラマはそれぞれ領兵二人に挟まれたまま牢屋から出された。


「フラマ、並びにリテルよ。我が父、キングー・ボートー紅爵様より恩赦を与える」


 え?

 恩赦って、あの恩赦?

 これ、ドッキリじゃないよね?


「ありがとうございます」

「あ、ありがとうございます」


 フラマさんに合わせて丁寧なお辞儀をする。

 そしてそのまま牢のある建物の外まで連れて行かれて――解放された。

 恩赦って罪が許されるやつだよね?

 本当にいいの? というか、よくないと困るけれど。


「リテルよ。お前は来訪者だから知らぬかもしれぬが」


 ジャック様がやけに凛々しい表情で俺とフラマさんの前へと一歩出た。


「我が母、クロケ・ボートーは、真にこの街を、そして私のことを愛している。それゆえ愛ゆえに死刑を発令する。しかし我が領民ならびにこの愛すべきアイシスを訪れし旅人を処刑し続けては、この街そのものが成り立たなくなることは自明の理。そのため、この地を治める我が父、キングー・ボートー紅爵様は、毎日一回目の死刑は恩赦に処すと、お取り決めなさったのだ」


 毎日一回目の死刑は恩赦ってパワーワードだな。

 とにかく助かるのなら、こんなにありがたいことはない。

 フラマさんは横で微笑んでいる。さきほどまでのくだけた感じではなく、最初に現れたとき同様に上品な立ち居振る舞いに戻って。


「リテルよ。本日はこれ以上もう死刑になるでないぞ」


「は、はいっ! ありがとうございます!」


「いや、礼を言うのはワタクシの方だ。お前のおかげで新しい世界を垣間見たッ!」


 何を喜んでもらえているのかよくわからないが、とにかくラビツの情報ももらったし、二回目の死刑も怖いし、この街からはさっさと出発した方がよいだろう。

 ジャック様が熱っぽくフラマさんへ絡んでいる間に俺は急いで宿へと戻った。

 ルブルムとマドハトはやたらとオロオロしていたが、他のメンバーは恩赦について知っていたようで落ち着いていた。

 手早くラビツの情報を共有する。

 出発の準備はもう既に整っていたのでさっさとアイシスを出た――チェッシャーやフラマさんへ挨拶する間もなく。




 アイシスを出発して数ホーラ(時間)

 太陽の高さから、おそらく昼頃だろう。


「ライストチャーチ白爵(レウコン・クラティア)領の領都ニュナムまでは馬車(ゥラエダ)で五日。向こうは徒歩とはいえ相手はラビツたち。こちらは二日遅れだし、ニュナムまでに追いつけるかどうか」


 御者当番のメリアンがポツリとこぼす。


「メリアンはラビツの行き先って知ってるんですか?」


「ニュナムから馬車(ゥラエダ)で四日ほど行った所にトゥイードル濁爵(メイグマ・クラティア)領の領都ギルフォドがある。今、その辺りは戦争の噂が立っているって話だからな。まとまった金が欲しいからそこへ稼ぎに行こうと思っている……というのはちょっと前に耳にした」


 ギルフォドか。

 このラトウィヂ王国の東に高く長く聳えるマンティコラの歯山脈、その更に東にあるシルヴィルーノ王国とは、山脈を北から回りこむルートで交易をしている。

 そのルート上にある重要な中継地点である城塞都市ギルフォドは、今でこそラトウィヂ王国の最北東端の都市だが、百年ほど前まではギルフォドの北に広がるギルフォルド王国領だった。

 当時のギルフォルドが、ギルフォドにて無茶な通行税や関税をかけてきたことでラトウィヂと戦争になり、勝利したラトウィヂがギルフォドを奪ったのだが、その後何十年か毎に、ギルフォルドが攻撃を仕掛けてきているのだという。


「もし、俺たちが追いつく前に雇われてしまったら……」


「簡単には会えなくなるだろうな。それに傭兵仕事は複数月まとめての契約が多いからな。しばらくはフォーリーまで戻れっつーのも難しくなる」


「五日って日程、もう少し縮めるってできます?」


「共同夜営地を無視して夜も進むというのは可能だが……あたしら馬車(ゥラエダ)組はともかく、騎乗の二人はしんどいだろうね」


「交代で馬車(ゥラエダ)に乗って休んでもらうのはどうだろうか。ただ、その間の馬は俺たちが乗馬の練習……ってのは無理だとしても、人を乗せていなければ馬の疲労も違うかもだし」


 彼らは護衛としてついて来ている。

 こちらからの提案に乗ってくれるだろうか。


「ロッキンさんにエクシ! ちょっと寄ってきてくれるか」


 突然メリアンが二人を呼び寄せ、雇い主からの報告だと前置きして、日程の短縮をいきなり告げた。

 なるほど。有無を言わさず、か。

 二人は特に文句を言うでもなく黙ってそれに従う。

 馬車(ゥラエダ)で休むとかいう話は出なかった。

 エクシと気まずいままの俺としてはありがたいけれど。




 馬を少し急がせたため、ニュナム方面最初の共同夜営地「アイシス一・ニュナム四」に到着したのは、まだ空が夕焼けに染まる前。

 途中、遭遇したのは熊が一頭に、ニュナムからアイシスへ向かう定期便が一台。

 熊はロッキンさんとエクシとで追い立てたらすぐに森へ逃げたし、魔物との遭遇がなかったのは本当にありがたい。

 ちなみに共同夜営地には他に旅人などは居ない。


「夕飯込みの休憩の後は夜通し走る。そのつもりで休んでくれ」


 休憩を少なめにしたため、ロッキンさんとエクシには馬車で休んでもらい、夕飯の準備は残りの者たちでする。

 メリアンとレムが共同夜営地に設置されているかまどの準備。

 ルブルムが芋の皮剥き。

 そして、俺とマドハト、クッサンドラとで近くの川まで水を汲みに行く。

 今日のメインはアイシスで買った干し魚と芋とで作るスープ。

 革製の水袋に川の水をいっぱいに入れて口を縛った所で、クッサンドラが作業の手を止めた。


「あちらに二人……隠れているみたいですね」


 俺も『魔力感知』の範囲を絞り、距離を伸ばしてみる――が、特に変な反応はないように感じるけど?


「あちら、ですか?」


「はい。ウサギとネズミが居るのは分かります?」


 あ、そう言われてみると。


「動かない奴が一匹ずつ居ますね」


「異なる種類の動物が、あれだけの近距離で二匹同時に動かないということに不自然さを感じるんです」


 クッサンドラがプロフェッショナルみのある見解を出してきた。


「確かに、森でもあの組み合わせで一緒に居ることってあまり見ない気はします」


 そこはリテルの狩人としての記憶をちょっと探った結果。


「それだけでも不自然ではあるのですが、もう一つ。偵察兵の先輩から教えていただいたこととして、よっぽど訓練された人でもない限り、獣種が気配を動物に似せるときは、先祖獣(アンテセッソール)気配(シーニュム)を真似しやすいんですって」


 気配(シーニュム)というのは、魔術師以外が寿命の渦(コスモス)について語るときに用いる言葉。


「となると、鼠種(ラタトスクッ)鼠種(ラタトスクッ)兎亜種の二人組が気配(シーニュム)を動物に似せて潜伏している……ということです?」


 クッサンドラは首を横に振る――肯定だ。

 さすが偵察兵、索敵は技術も知識も磨いた上で、さらに思考も必要なんだな。勉強になる。


「おいらはちょっと偵察してきます。エクシさんに注意するよう言われてたので」


 なるほど。エクシはあんな性格と態度だけど、仕事はきっちりやっているんだな。


「クッサンドラ、一人じゃ危ない。俺も行くよ。マドハトはメリアンに連絡してきてくれ」


「リテルさま、わかったです!」


「マドハト、走らずに、ですよ……そしてこちらはこちらで、向こうに気付いてないと思わせるため、薪でも拾いながら近づきましょう」


 俺も首を横に振って肯定を示すと、手斧の鞘の留め具をそっと外す。

 この川の付近は既に森の中。

 まだ明るさは森の中へ届いているとはいえ、野生動物や、もしかしたら魔物が出るかもしれない場所に、偽装の渦(イルージオ)で潜んでいるなんて、怪しさこの上ない。

 次からは水汲みでも弓矢を持ってきてもいいかもな。

 とりあえず手頃な小石を幾つか拾う。

 名無し森でのカウダたちとの戦いを思い出しながら、クッサンドラと共に森の奥へと踏み出す。


 その張り詰めた空気はすぐになんとも言えない空気へと変わった。

 進行方向から大いびきが聞こえ始めたからだ。

 寝ている?

 しかもあんな大音量のいびきをかいて?

 こんな森の中で?

 罠だろうか。

 それともあんないびきをかく魔物が居て、囚われていたり、怖くてそこから動けないだけ?

 普通ではあり得ない状況にアレコレと予想してみるが、どれもしっくり来ない。

 普通じゃないことには狂気を感じるし、狂気には恐怖を感じる。

 左手に握り込んでいた幾つかの小石は、じわりとわいた汗のせいで色が変わっている。

 クッサンドラが足を止めた。

 俺も止まった。

 クッサンドラが止まったからじゃなく、その異様な光景を目の当たりにして自然と足が止まったのだ。


 森の中に小さなテーブルと二脚の椅子があった。

 片方の椅子には鼠種(ラタトスクッ)の先祖返りが、テーブルに突っ伏して寝ている。

 もう一人、鼠種(ラタトスクッ)兎亜種の先祖返りも、その寝ているやつにもたれかかりながら何か飲んでいるようだった。

 寿命の渦(コスモス)はさっき感じた通り、先祖獣(アンテセッソール)偽装の渦(イルージオ)したまま。

 自分たちを隠したいのか、目立たせたいのか分からない。

 ヤバい奴とか変な輩とか決めつけてしまいたくなるのをぐっと堪える。

 思考放棄は自分や仲間の死に繋がりかねないから。

 彼らは何をしている?

 順当に考えれば「待っている」のか?

 だとしたら何を?

 共同夜営地からは探知されにくく、水汲み場からは探知できやすい距離。

 少なくとも仲間が居る可能性は捨ててはいけないように感じる。

 目立つということは囮かもしれない。

 まさか、今この瞬間に馬車(ゥラエダ)の方へ襲撃が?

 『魔力感知』を『魔力探知機』に切り替えて広域を確認する。

 ここから馬車(ゥラエダ)まではなんとか探知できるから――案の定、近づいてくるのが居る――けれど、猿種(マンッ)と、ちょっと離れて犬種(アヌビスッ)の先祖返りだけ?

 マドハトがルブルムかエクシを呼んできた?


「クッサンドラ」


「なんです?」


「『警報通知』でエクシに連絡した?」


 俺も『警報通知』みたいな遠距離連絡系の魔法を作っておけばよかったな。


「はい。見つけたら伝えるよう言われていたので」


 となるとエクシか?

 だとすればメリアンやロッキンさんが特に動いていないのが気になるな。

 胸騒ぎがする。

 向こうのテーブルで寝ている奴らには特に動きはなさげだし、エクシとマドハトが来るまでこれ以上の接近はしないでおいた方が良いかも?


 そのときすぐ近くでガサッと大きな音がした。

 振り返ると、クッサンドラが草むらにうつ伏せで倒れていた。


● 主な登場者


有主(ありす)利照(としてる)/リテル

 猿種(マンッ)、十五歳。リテルの体と記憶、利照(としてる)の自意識と記憶とを持つ。魔術師見習い。

 ゴブリン用呪詛と『虫の牙』の呪詛と二つの呪詛に感染。レムールのポーとも契約。森の中で怪しい連中と遭遇。


・ケティ

 リテルの幼馴染の女子。猿種(マンッ)、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。

 リテルとは両想い。フォーリーから合流したがリテルたちの足を引っ張りたくないと引き返した。ディナ先輩への荷物を託してある。


・ラビツ

 久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵四人組の一人。ケティの唇を奪った。

 アイシスでもやはり娼館街を訪れていて、二日前にアイシスを出発していた。ギルフォドへ向かっている可能性が大。


・マドハト

 ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者。ゴド村の住人で、今は犬種(アヌビスッ)の体を取り戻している。

 元の世界で飼っていたコーギーのハッタに似ている。変な歌とゴブリン語とゴブリン魔法を知っている。地味に魔法勉強中。


・ルブルム

 魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種(マンッ)

 魔法も戦闘もレベルが高く、知的好奇心も旺盛。親しい人を傷つけてしまっていると自分を責めがち。


・アルブム

 魔女様の弟子である白髪に銀の瞳の少女。鼠種(ラタトスクッ)の兎亜種。

 外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。


・カエルレウム

 寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種(マンッ)

 ルブルムとアルブムをホムンクルスとして生み出し、リテルの魔法の師匠となった。『解呪の呪詛』を作成中。


・ディナ

 カエルレウムの弟子。ルブルムの先輩にあたる。重度で極度の男嫌い。壮絶な過去がある。

 アールヴを母に持ち、猿種(マンッ)を父に持つ。精霊と契約している。トシテルをようやく信用してくれた。


・ウェス

 ディナに仕えており、御者の他、幅広く仕事をこなす。肌は浅黒く、ショートカットのお姉さん。蝙蝠種(カマソッソッ)

 魔法を使えないときのためにと麻痺毒の入った金属製の筒をくれた。


・『虫の牙』所持者

 キカイー白爵(レウコン・クラティア)の館に居た警備兵と思われる人物。

 呪詛の傷を与えるの魔法武器『虫の牙』を所持し、ディナに呪詛の傷を付けた。フラマの父の仇でもありそう。


・メリアン

 ディナ先輩が手配した護衛。リテルたちを鍛える依頼も同時に受けている。ラビツとは傭兵仲間。

 ものすごい筋肉と角と副乳とを持つ牛種(モレクッ)の半返りの女傭兵。知識も豊富で頼れる。


・エクシあんちゃん

 絶倫ハグリーズの次男でビンスンと同い年。ビンスン、ケティ、リテルの四人でよく遊んでいた。犬種(アヌビスッ)

 現在はクスフォード領兵に就く筋肉自慢。ちょいちょい差別発言を吐き、マウントを取ってくる。ルブルムたちの護衛となった。


・クッサンドラ

 ゴド村で中身がゴブリンなマドハトの面倒をよく見てくれた犬種(アヌビスッ)の先祖返り。ポメラニアン顔。

 クスフォード領兵であり、偵察兵。若干だが魔法を使える。エクシ同様、護衛となった。


・レム

 爬虫種(セベクッ)。胸が大きい。バータフラ世代の五人目の生き残り。不本意ながら盗賊団に加担していた。

 同じく仕方なく加担していたミンを殺したウォルラースを憎んでいる。トシテルの心の妹。現在、護衛として同行。


・ウォルラース

 キカイーがディナたちに興味を示すよう唆した張本人。過去にディナを拉致しようとした。金のためならば平気で人を殺す。

 ダイクの作った盗賊団に一枚噛んだが、逃走。海象種(ターサスッ)の半返り。


・ロッキン

 名無し森砦の守備隊第二隊副隊長であり勲爵(エクウェス)。フライ濁爵(メイグマ・クラティア)の三男。

 現在はルブルムたちの護衛として同行している。婚約者が居て、その婚約者のためにヴィルジナリスの誓いを立てている。


・チェッシャー

 姉の薬を買うための寿命売りでフォーリーへ向かう途中、野盗に襲われ街道脇に逃げ込んでいたのをリテルに救われた。

 猫種(バステトッ)の半返りの女子。宵闇通りで娼婦をしているが魔法を使い貞操は守り抜いている。リテルに告白した。


・フラマ

 おっぱいで有名な娼婦。鳥種(ホルスッ)の半返り。淡いピンク色の長髪はなめらかにウェーブ。瞳は黒で口元にホクロ。

 胸の大きさや美しさが際立つ痴女っぽい服装だが、所作は綺麗。ラビツに買われていた。父親が地界(クリープタ)出身。


・キング・ボートー

 ボートー紅爵ポイニクス・クラティア領の領主。奥方は歪んだ愛の人だが、ちゃんとしている。

 奥方の死刑連発をケアするために毎日一回目の死刑は恩赦という法を定めた。


・ジャック・ボートー

 ボートー紅爵ポイニクス・クラティアの息子。河馬種(タウエレトッ)。フラマ大好きだがNTR属性持ち。

 頭は禿げ上がっているが二十代の前半くらいに見える。太っていて、フリルが多めの服を着ている。根は真面目そう。


・クロケ・ボートー

 キングボートー紅爵の妻にしてジャック・ボートーのお母様。河馬種(タウエレトッ)

 ジャックよりも二回りは大きい体躯に袖やズボンが極彩色のフリルまみれ。愛ゆえに死刑を連発する。


・レムール

 レムールは単数形で、複数形はレムルースとなる。地界(クリープタ)に生息する、肉体を持たず精神だけの種族。

 自身の能力を提供することにより肉体を持つ生命体と共生する。『虫の牙』による呪詛傷は、強制召喚されたレムールだった。




■ はみ出しコラム【魔物デザイン クリップ】

 前回ご紹介した妖精犬クー・シーの飼い主として選ばれた妖精。


・スレイ・ベガ

 リライト前は「スレイ・ベガ」だった。

 現在、ネットで「スレイ・ベガ」を検索すると、「怒らすと非常に危険で上手に音楽を奏でて人間を惑わしてさらうという。」という一文が出てくる。

 最初の物語ではこれに準じて魔法的な楽器を扱うようにした。

 しかし詳しく調べてみると妖精事典にはその一文はない。その前の表現は全く同じであるにも関わらず。

 つまりどなたかが他の原典から持ってきたのだろう。

 しかし、その原典が見つからず、もしかしたら別の妖精とごっちゃになっていたり、もしくはどこかの創作物にてそのような能力が与えられたのかもしれない。

 この作品において魔物はなるべく一次資料、もしくは一次資料から参照された資料から情報を取得という意図があり、既にある魔物の記載を自由にふくらませることはあっても、原典から逸脱するような能力の付与はやめたいと思っているので、リライトにあたり、スレイ・ベガ自体をやめることにした。

 別の妖精種族を用いることにしたので、せっかくならとクー・シーの地元であるスコットランドに住む妖精を選びクリップとなった。


・ホルトゥスにおけるクリップ

 元々は異世界の住人。赤ら顔の人型生物。妖精丘(ノウ)に住み、ゴブリンよりは文化的な生活を営む。

 武器として用いる石の鏃に、麻痺や記憶封じの魔法を付与して攻撃してくる。


・地球におけるクリップ

 スコットランド東部のフォーファーシャー(旧アンガス州)における妖精の呼び名。

 樹木のない荒野で出会ったクリップは、赤ら顔の小さなエルフで、行く手の道に突然現れて、前をしばらく歩いていたが、そのうちに消えてしまった。


・クリップのデザイン

 スレイ・ベガがクリップになった経緯は冒頭にて述べた通りだが、なぜクリップにしたかについては、わかりやすい身体的な特徴があったからである。

 そしてスレイ・ベガの必殺武器、惑わし楽器がなくなったために、状態異常を引き起こす攻撃を持たせたいと考えた。そこで登場したのが<エルフの矢>である。

 <エルフの矢>について詳しくは前話のはみ出しコラムにて記載してあるが、クー・シーが住む妖精丘に<エルフの矢>が落ちていることから、クー・シーの飼い主たる妖精クリップがこれを使うことにしても問題がないと判断した。


(クリップ、妖精丘、クー・シー、スレイ・ベガ、ともにキャサリン・ブリッグズ編著 平野敬一、井村君江、三宅忠明、吉田新一 共訳『妖精事典』より)


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