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#67 エクソ野郎

 馬車(ゥラエダ)を止めたのはエクシだった。

 『魔力感知』の精密さを強めてみるが、周囲に特に怪しい寿命の渦(コスモス)は感じない。

 というかこの距離なら最悪、馬を猛ダッシュさせれば何かに追われたとしてもアイシスの城壁門へとたどり着けるだろう。


「エクシあんちゃん、何で止まるの?」


「行きたいなら行ってもいいけどよ。俺は止めないぜ?」


 何で止める、止めないの話になるんだ?

 早く着かないと夜間通行税がかかるんじゃないのか?

 フォーリーだったら、城壁の門は昼間だけ開いていて日没と共に閉まり、夜間に街に入る場合は別途、夜間通行税というのが余計にかかる。

 それに夜間に入るのが認められるのは人と、人が持てるサイズの荷物だけで、馬車(ゥラエダ)自体は門の外で朝を待たなきゃゃいけなかったりする。

 それともアイシスでは夜間の方が通行税が安かったりするのか?


「一日税だよ、お兄ちゃん」


 レムが会話に入ってきた。


「一日税?」


 ルブルムも不思議そうな顔をする。


「アイシスには日替わり法ってのがあるの。通称、一日税。その日だけ有効な法律が毎日発表されるんだ。でね、その法律はだいたい三銅貨(エクス)分の費用がかかる内容でね、日没までにそれをやらないと逮捕されちゃうの。日没までにアイシスに到着できなかった者はその法律の対象から外されるって特例があって……とはいえ日没に門が閉ざされちゃうから、ちょうど日没に門に到着するように着くってのが暗黙の了解なんだ。日没ちょうどに門に着いた人たちが中に入るまでは門を閉めないでいてくれるの」


「まあそん代わり、お目こぼし札ってのもあるけどな。どうだ? お目こぼし札、リテルが貰っておくか?」


 エクシがニヤニヤしてる。

 あのニヤつきは、大抵ろくでもないことを企んでいるとき。


「大丈夫。お兄ちゃんにはそんなの要らないよ?」


「ふーん。ケティが居ないってのに間に合ってるのか。へぇー」


 エクシとレムのやり取りを聞いているロッキンさんが頬を少し赤らめている。

 お目こぼし札ってのは何だか知らないが、下ネタっぽいな。


「アイシスならではのお目こぼし札ってのはな、夜間通行税を見逃してやるから公娼と遊びなさいってやつだ。店の主人に渡すと店の判を押してくれる。出るときに判がないと夜間通行税を払わなきゃいけないんだ」


「メリアン、詳しい。メリアンも娼夫と遊ぶのか?」


 ルブルムはいつもの好奇心に満ちた顔。

 そういや『テレパシー』で次の街の情報をレムから聞いているときに「行ってみたい」とか言ってたな。

 レムがすぐに、公娼である娼婦や娼夫は避妊の知識もちゃんと持っていて基本的には妊娠しないことになっているけれど、それはそう言っているだけで実際には生まれてしまう子供もいて、そういう子は生活に恵まれないことが多いとか、娼夫相手に妊娠してしまった女性は誰かと慌てて結婚するか、そのまま娼婦として生きていくしかない場合が少なくないとか、兵隊仲間から聞いた怖い話をしてくれたのに加え「娼館は家族が居ないか、自分の家族だけで満足できない人が行く場所」と説明してくれたおかげで、ルブルムも「じゃあ私は行かない」とは言ってくれたのだけど――『テレパシー』で会話していたせいで、俺の感情から微妙な嫌悪感みたいなのを感じ取ってしまったっぽい。

 俺はその嫌悪感の理由をルブルムにうまく説明してあげられていないままだ。

 そもそも価値観が違うのだ。(としてる)とホルトゥスとでは。


 ホルトゥスにおける貞操観念は、(としてる)の地球での常識とは大きく異なる。

 (はら)んだら、孕ませた方が責任を取る。それができないのであれば罪、という。

 エクシの父親でもあるあのハグリーズさんが刑に処されて「寿命売り」をせざるを得なかったのも、相手の女性が妊娠したのにそれを養うだけの生活力がなかったからだ。

 ただしこの孕ませた方が責任を取るというのは貞操観念とかではなく、女性は妊娠期間中や出産後しばらくは満足に働けないため、それを支えるという意味合いが強いようなのだ。

 性行為自体には、孕みさえしなければ比較的ゆるやかな風潮はストウ村でさえもあった。

 というか、外部の血を入れて子供として育てる、ということを村人の大半が受け入れているくらいだったし。

 子孫の肉体には先祖代々の祝福が宿っているという考え方も、異なる獣種の子は当然どちらか一方の獣種しか受け継がないため、表に現れない獣種についても「祝福はある」という認識が普通のようだ。

 つまり外部の血というのは「村の中には存在していない祝福を得る」という感覚に近い。


 ただまあ夫婦の間以外に生まれた子供を引き取る際には、戸籍を管理している村長や領監さんによる承認が必要みたいだけど。

 ハグリーズさんの場合、相手の女性が子供と離れるのを拒んだがために偽婚約罪とされてしまった。

 逆に言えば、関係者間を含めた承認さえクリアできれば、よそから養子をもらってきたり、片方の親があえてがよそで子供を作って引き取るというのもある――というのは、テニール兄貴から聞いたんだっけかな。

 ストウ村でもあるのかとリテルが尋ねたとき、制度としては許容していても感情として自分や先祖の血が流れていない子供を大切に思えない人もいなくはないから、せめて周囲は気づかないふりをしてあげた方がいいとか、知らないのが一番上手に気づかないふりができるとか、微妙なごまかし方をされてしまったんだよな。

 感情として自分の血をわけた子供にこだわる人も居る、だから、夫婦になる覚悟のない相手とはしない方がいい――というのが、リテルの中にもあったホルトゥスの一般常識。


 処女や童貞という価値観については「ヴィルジナリス」という単語を聞いたことがあるが、一定期間相手がいないと再び使うようになることから、(としてる)が知っている処女とか童貞とかいった単語とはまたちょっとニュアンスが違うっぽい。

 実際、相手を楽しませるために娼婦や娼夫相手に、学びに行く人ってのも居る。

 リテルの兄であるビンスン兄ちゃんがそうだ。

 ビンスン兄ちゃんが彼女に告白する前、エクシがフォーリーに就職しに出た時、一緒にフォーリーまで行って、そこで公娼相手に経験を積んだ、みたいなことを言っていた。

 ビンスン兄ちゃんは帰ってきてしばらく経ってから「オツカンを過ごしてヴィルジナリスに戻った」って言ってたから、やっぱり現代日本の処女とか童貞とかいう価値観とは違う気がする。

 ちなみにビンスン兄ちゃん、彼女に告白してうまくいってからは娼館には行っていない。


「いや、あたしじゃなく、あたしの知り合いが詳しくてね。お目こぼし札があると割引受けられる店もあるとかで、わざと夕暮れまで街の近くで時間潰す奴まで出るらしいよ」


 メリアンの知り合いってことは傭兵仲間か。

 領兵じゃなく傭兵として戦場で働くことを選んだ人たちは独身者が多いとは前にメリアンから聞いた。

 だから娼館で心を癒やしてもらう者は少なくないと。

 そういやラビツも傭兵仲間なのだと、そんときにしれっと話してくれたんだよな。


「そういうこった。日没までは休憩だな」


 とはいっても俺にとっては移動しない時間は修行時間。

 昼寝する間も惜しんでメリアンに稽古をつけてもらう。

 最近は手斧以外にも領兵や砦警備兵が標準装備しているショートソードによる戦い方も学んでいる。


「最近、動きがよくなってきたんじゃないか?」


 ひとしきり模擬戦闘を終えたあと、メリアンがそう言ってくれた。


「間合いの取り方や、打ち込みの機の見極め方が上達しているよ」


「ありがとうございます」


 自身に対して『テレパシー』で「うまく動けたとき」の追体験を何度も繰り返し再生した成果がちゃんと出ているようでホッとする。


「戦技みたいに動きが安定している」


 戦技。

 それはあえて言うならば、戦士が魔法みたいに寿命の渦(コスモス)を消費して放つ必殺技のようなもの。

 魔法と大きく異なるのは、魔法は思考やイメージが先で現象を発言させるのに対し、戦技は何度も何度も修練して極めた技をいついかなる時でも放てるように補助する部分だと教えられた。

 他にも魔法が消費命(パー)魔法代償(プレチウム)として消費してから発動するけれど、戦技は体を動かしてから消費命(パー)を消費するところも違う。

 俺たちは名無し森砦でメリアンに戦技の一つを見せてもらった。

 メリアンが『斧』と呼ぶ戦技を。

 それは胴回し回転蹴りのかかと落としみたいな技だったのだが、凄まじい早さだった。

 自分への『テレパシー』で何度も見て、ようやく理解できたくらいに。

 メリアン曰く、同じ技を突き詰めて鍛え上げていると、無駄な力を使わずにその技を使える動作が突然見えてくることがあるらしい。

 その理想の一撃を目指して足りない部分に気力を込めて、つまり気配(シーニュム)を消費すると、戦技として完成すると。

 説明では「足りない部分を気力で補う」だったけれど、あれは絶対に瞬間的に動きが早まっていた。

 何度も繰り返し見て俺なりに出した結論は、「理想に対して動きが足りない場合は消費した気配(シーニュム)が補ってくれるけれど、自身の動きだけで理想に足りている場合は余った気配(シーニュム)が理想のその先へとさらに高める」のではないか、というもの。


「ただまだ筋力の鍛え方が足りないな」


 メリアンの言う通りだ。

 魔術師であってもやっぱり最後に頼れるのは自分の体。

 体を鍛えるのはやめてはいけないのだ。


「はい。頑張ります」




 その後も修行を続け、あっと言う間に日没が迫った。

 日没のギリギリ手前で門へと近づき、門を守るボートー領兵へ通行証を見せるとすんなりと中へ入れてくれる。


「時間があったら楽しんでくれ」


 当然、お目こぼし札も渡される。それも二枚。

 エクシは一枚を自分で受け取り、もう一枚をロッキンに渡したが、ロッキンはそれをこっそり俺に渡してきた。


「僕には婚約者が居て、彼女にヴィルジナリスの誓いを立てているんだ。聞き込みに行くんだろう? そこでなんとかついでに判をもらっておくれよ」


 婚約者がいるって言われたら突っ返すこともできず、俺も仕方なく札を所持することになった。

 事情的には別に悪いことをしているわけではないのだが、なんとなくルブルムに隠してしまったせいで、自身の言動に若干ぎこちなさを感じる。

 どことなく後ろめたさを感じながらも、まずは皆で魔術師組合へ。

 クー・シーやクリップの撃退報告を行った後、メリアン達は奥の小部屋へと入ってゆく。

 俺とルブルムとマドハトがそれをぼんやり見守っていると、レムが駆けてきて俺の手を引っ張った。


「お兄ちゃん、実績紋、更新しないの?」


「魔術師は魔術師免状に記録される」


 ルブルムはそれでいい。

 でも問題は(リテル)なんだよな。

 俺はまだ正式な魔術師になれていない。つまり魔術師免状を持っていない。

 だとしたら実績紋を刻んだ方がいいのかもしれない――けれど、リテルの体に勝手に入れ墨を入れちゃうみたいで気が引けるってのもある。

 実績紋に実績が記録されていると他の街で仕事を探すときに便利らしいが、逆にその実績を元に仕事を依頼されることもあると聞く。

 例えばクー・シーの討伐に参加したという実績が書き込まれた場合、俺がうまくリテルから分離できた後で、リテルにクー・シーの討伐依頼が来たとする。

 でもクー・シーは魔法を併用してなんとか倒せたが、矢のみでは全く警戒すらされなかった。

 俺が離れたあと、リテルが魔法を使えるのか、使えたところで使いたいと思ってくれるのか、そういうことまで考えてしまうと、ついつい尻込みしてしまう。

 そもそもリテルは実績紋をどう思っていたんだろう?


 ふと気付く。

 最近は、意識してリテルの記憶へアクセスしようとしないとリテルの記憶がすっと出てこないってことに。

 不安になる。

 (としてる)がリテルとして振る舞うためにもリテルの記憶は重要だし、リテルに体を返したときにリテルの意識が深く沈んだままになったりしたらリテルにもケティにも申し訳が立たないし――またマイナス思考になりかけている。

 とにかくリテルの記憶を確認しよう。

 リテルが実績紋を入手しようと思っていてくれたのならばいいのだけれど――見つけた。リテルの記憶。


 リテルがテニール兄貴の実績紋をかっこいいなと言っている記憶。

 それから実はマクミラ師匠も実績紋を持っていることに気付いた記憶。

 マクミラ師匠はストウ村出身ではない。

 若い頃はあちこちの定期便で護衛をしながら旅をしていた。

 そしてフォーリーまで流れ着いたとき、当時はフォーリーの鍛冶師組合(コレギウム)で腕を磨いていたプリクスさん――ケティのお父さんと酒場で会って意気投合して、プリクスさんの帰省のときにストウ村までついてきて、そして後の奥さんとなるネーチャさんと出会い、ストウ村に住むことを決めた。

 リテルにとって尊敬している身近な二人が二人とも実績紋を持っていたことは、リテル自身にも実績紋への憧れを抱かせた。

 あっ、リテル自身が実績紋を刻むならここって場所を決めている記憶もあった。

 マクミラ師匠と同じ左胸に。


「リテル、迷っているのなら、刻んだ方がいいぞ。実績があるかないかで定期便に運賃を支払って乗るか、護衛として乗って給金までもらえるかの違いが出る。宿屋だって同じだ。街によっては実績紋のない奴は泊めてもらえない場合もある。旅をしたいと思っているなら必要だぞ」


 メリアンの言葉に背中を押され、俺はリテルの体に実績紋を刻むことにした。

 初回として四銅貨(エクス)を支払い、案内された小部屋へと入る。

 中央には大きな椅子。

 顔が見えないほど深くフードを被った三人の魔術師が、椅子の横に控えていた。

 指示されるまま椅子に座り、いくつかの質問に答える。

 それからシャツの襟口を自分で広げ、左の鎖骨の下あたりを指差すと、魔術師の一人が持つ杖の先端をそこに押し付けてきた。

 消費命(パー)の集中を感じた直後、杖の先が触れている辺りに熱いものを感じた。

 音や光はない。

 唐突に杖は離れ、部屋を出るよう言われる。

 入れ替わりにマドハトが部屋へ。

 動きに無駄のない流れ作業――「実績紋」の登録はそれでおしまいだった。


 小部屋の外で、改めて自分で確認する。

 同心円を中心に、放射状に伸びる幾つもの直線。太陽を思わせる意匠。

 メリアンに見せてもらったものとデザインは同じだが、メリアンのに比べると同心円や直線の数が少ない。

 その辺りは経験の差なんだろうけれど――リテル、聞こえるか?

 リテルには申し訳ないけれど、実績紋を登録させてもらったよ。

 俺が、いや俺たち(リテルととしてる)が倒した魔物を登録しちゃうけれど、勘弁な。

 いつかリテルに届くかもと、リテルへのメッセージを記憶として心に刻んでみた。




 その後、俺たちは宿へと移動した。

 魔術師組合に教えてもらった宿は、部屋の外で魔法代償の集中があれば、街中と同様に通報されるセキュリティの高さ。

 宿内に共同トイレが付いていて、さらに借りた部屋へ持ち込み可能なトイレ壺や、行水したい場合のタライや桶を、別料金で貸してもらえる。

 公衆浴場もあるらしいが、これは宿を出て歓楽街の方に行かなければない――というか、このアイシスという街自体、街の三分の一が歓楽街という「そういう街」なのである。

 ラビツがこの街に長逗留していてくれる可能性に賭けたいところ。

 まずは今夜のうちに幾つかの娼館に聞き込みをかけてみようかという話が上がった時、ロッキンさんがそれに待ったをかけた。


「ちょっと待ってくれ。今夜外へ出るなら、先にやっておくことがある」


 ロッキンさんについて宿の受付へ向かうと、ロッキンさんは宿屋のご主人に明日の税のことについて尋ねた。


「明日、星の月夜週の四日目メンシス・ノクス・ネルテー・カンタは、日没までに盗まれたタルトを食べないと逮捕で死刑。明後日、星の月夜週の五日目メンシス・ノクス・ネルテー・レムペーは、日没までに石板にバカと書かないと逮捕で死刑」


 淡々と「死刑」という言葉を繰り返すご主人。

 驚いたことに、その言葉に驚いているのは俺とルブルムだけなのだ。

 マドハトは「死刑」という単語の響きが気に入ったのか、くふふと笑いながら「死刑ー死刑ー」と繰り返しているが、他の人は全員聞き流しているのかと思えるほど反応が薄い。


「し、死刑って?」


 思わず聞き返してしまったが、ご主人はそれには答えずに話し続ける。


「盗まれたタルトは紅爵様のお屋敷前で三銅貨(エクス)で売ってます。石板も同様に紅爵様のお屋敷前に設置されるはずです。ただし石板に書き込むための特別な石筆は三銅貨(エクス)で貸し出されるはずです」


 んんん?

 なんか変だ、というか、三銅貨(エクス)で死刑を免れるって――もしかしてこれが一日税?

 なんで普通に三銅貨(エクス)支払わせるんじゃなく、わざわざ面倒くさいワンアクション加えておまけに死刑とか言い出しているんだ?


銀貨(スアー)金貨(ミールム)から銅貨(エクス)への両替は一日一回あたり無料で受け付けてます。ちゃんとすれば死刑にはなりません。ご安心を」


 「ご安心を」までもがセットでしたというように、ご主人は「ふぅ」とため息をついた。

 俺たちは各自が三銅貨(エクス)を所持できるよう両替を行い、今度こそと部屋へと戻り、この後の作戦を立てた。


 探索部隊はラビツの顔を知っている俺とメリアン。

 効率を考えて二手に分かれるため、エクシが俺の護衛として、ロッキンがメリアンの護衛として一緒に行動し、残りのメンバーは宿で待機。

 ロッキンよりもメリアンの方が強いのは明らかなのだが、建前上は誰かが同行しなきゃいけないと――ロッキン、自分で建前とか言っちゃってるし。


 部屋は二部屋続きで押さえてあって、広い方を人数が多い男部屋にして、もう片方を女部屋にした。

 だけどメリアン達が帰るまではルブルムとレムも男部屋の方で待つ。

 弓矢と手斧は置いてゆくが、念の為にルブルムの小剣を一本借りて持って行くことにした。




「この辺で、胸が自慢の娼婦って言ったら誰だい?」


 はじめのうちは口にするのもためらわれたセリフだけど、十回超えたら慣れてきた。

 もしかしたら歓楽街中を漂う甘い香りに羞恥心を麻痺させる効果があったりして、とか下らないことを考えて恥ずかしさを紛らわせる。

 メリアンの話によると、ラビツはとにかくおっぱい好きとのこと。

 だからこのセリフで聞き込みするのが一番って教えられたんだけど――五人に四人は自分だと言うんだよね、ここのお姉さん方。

 いや、確かにどの娼婦さんもご立派なものをお持ちなんだけど、ラビツにつながる手がかりはお持ちではなくて。


 そんな中で「金があるなら宵闇通りのフラマかな」というお返事を何件かいただき、思い出した――チェッシャーが、アイシスを訪れたら宵闇通りを訪ねてって言っていたのを。

 チェッシャー達、無事にフォーリーにたどり着けたかな。

 一応、チェッシャーからもらった銀の髪飾りも、宿には置かずに持ってきてはいる。

 本人が居なくとも情報くらいは分けてもらえるかもしれないし、行く価値はあるだろう。


「宵闇通りに行ってみようと思う」


「ふーん。そのラビツって奴は、半返りや先祖返りが好みなのかい?」


 エクシの口から「返り」って言葉が出ると、胸の奥がやけにざわつく。

 リテルの可愛い弟、先祖返りのドッヂをからかったことについて、結局謝っていないんだよな、エクシ(こいつ)


「気にしないんじゃないかな。なんで?」


 実際、メリアンも半返りだし。


「宵闇通りってのは、半返りや先祖返りが多いんだよ」


 自分の中でざわつきが増殖する。

 エクシがそんなことをいまだに気にしていることにもだし、口には出していないとはいえメリアンに対し半返りという言葉にわざわざ焦点を当ててしまった自分自身に対してもざわついて。

 話題を無理に変えようとしたのは、ざわめきから目をそらしたい気持ちもあったかも。


「エクシあんちゃん、この街に詳しいよね」


 でもそれは失敗だった。


「ああ、時々、穴を買いに来るからな」


「……穴って」


「そりゃそうだろ。愛情で交わるわけじゃないんだ。それに向こうだって俺たちのこと棒の付いた財布くらいにしか見てねぇよ」


 エクシ(こいつ)はどうしてこうも上から全てを見下すような口ぶりをするんだ?

 人は道具じゃない。

 誇りを持って娼婦をやっていたロズさんたちの顔も思い出す。

 何か言い返してやりたいのだが、こんなときだけリテルの記憶が勝手に蘇って体が萎縮する。

 リテル自身は「エクシあんちゃんには敵わない」とか思い込んでいるんだよな。


「でもな、人じゃない連中は野性味があって穴としては具合がいいんだよ」


 俺が何も言わないでいたら、さらに酷いセリフを吐き捨てやがった。

 反射的に拳を握りしめる。

 リテルの体に根付く苦手意識がなかったら、エクシが次の言葉を吐かなければ、俺はこのエクシ改めエクソ野郎を殴っていたかもしれない――でも。


「ほら、あの穴。前に入れた奴だけどよ。最高に良かったぜ」


 エクシが指差した街角の娼婦。

 その子はチェッシャーにとてもよく似ていた――しかもその子は、俺と目が合うと、やけに嬉しそうに手を振った。


● 主な登場者


有主(ありす)利照(としてる)/リテル

 猿種(マンッ)、十五歳。リテルの体と記憶、利照(としてる)の自意識と記憶とを持つ。魔術師見習い。

 ゴブリン用呪詛と『虫の牙』の呪詛と二つの呪詛に感染。自分以外の地球人の痕跡を発見し、レムールのポーとも契約した。


・ケティ

 リテルの幼馴染の女子。猿種(マンッ)、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。

 リテルとは両想い。フォーリーから合流したがリテルたちの足を引っ張りたくないと引き返した。ディナ先輩への荷物を託してある。


・ラビツ

 久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵四人組の一人。ケティの唇を奪った。

 フォーリーではやはり娼館街を訪れていたっぽい。


・マドハト

 ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者。ゴド村の住人で、今は犬種(アヌビスッ)の体を取り戻している。

 元の世界で飼っていたコーギーのハッタに似ている。変な歌とゴブリン語とゴブリン魔法を知っている。地味に魔法勉強中。


・ルブルム

 魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種(マンッ)

 魔法も戦闘もレベルが高く、知的好奇心も旺盛。親しい人を傷つけてしまっていると自分を責めがち。


・アルブム

 魔女様の弟子である白髪に銀の瞳の少女。鼠種(ラタトスクッ)の兎亜種。

 外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。


・カエルレウム

 寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種(マンッ)

 ルブルムとアルブムをホムンクルスとして生み出し、リテルの魔法の師匠となった。『解呪の呪詛』を作成中。


・ディナ

 カエルレウムの弟子。ルブルムの先輩にあたる。重度で極度の男嫌い。壮絶な過去がある。

 アールヴを母に持ち、猿種(マンッ)を父に持つ。精霊と契約している。トシテルをようやく信用してくれた。


・ウェス

 ディナに仕えており、御者の他、幅広く仕事をこなす。肌は浅黒く、ショートカットのお姉さん。蝙蝠種(カマソッソッ)

 魔法を使えないときのためにと麻痺毒の入った金属製の筒をくれた。


・『虫の牙』所持者

 キカイー白爵(レウコン・クラティア)の館に居た警備兵と思われる人物。

 『虫の牙』と呼ばれる呪詛の傷を与えるの魔法の武器を所持し、ディナに呪詛の傷を付けた。


・メリアン

 ディナ先輩が手配した護衛。リテルたちを鍛える依頼も同時に受けている。ラビツとは傭兵仲間。

 ものすごい筋肉と角と副乳とを持つ牛種(モレクッ)の半返りの女傭兵。知識も豊富で頼れる。


・エクシあんちゃん

 絶倫ハグリーズの次男でビンスンと同い年。ビンスン、ケティ、リテルの四人でよく遊んでいた。犬種(アヌビスッ)

 現在はクスフォード領兵に就く筋肉自慢。ちょいちょい差別発言を吐き、マウントを取ってくる。ルブルムたちの護衛となった。


・ビンスン兄ちゃん

 リテルの兄。部屋も一緒。猿種(マンッ)、十八歳。リテルとは同じ部屋。

 結婚したい相手が居る。その彼女を喜ばせるために、フォーリーの公娼のとこで性に関する技術を学んできた。


・ドッヂ

 リテルの弟。ソンとは双子。猿種(マンッ)の先祖返り。リスザル頭。元気な子。


・テニール兄貴

 ストウ村の門番。犬種(アヌビスッ)の男性。リテルにとって素手や武器での近接戦闘を教えてくれる兄貴分。

 フォーリーで領兵をしたのち、傭兵を経て、嫁を連れて故郷へ戻ってきた。実績紋持ち。


・マクミラ師匠。

 ストウ村の住人。リテルにとって狩人の師匠。猿種(マンッ)の男性。かなりの紳士。実績紋持ち。

 出身はストウ村ではなく、若い頃は定期便の護衛をしながら旅をしていた。


・ネーチャ

 マクミラの妻。ストウ村出身。


・プリクスさん

 ストウ村の住人。ケティの父。鍛冶屋。若い頃、フォーリーの鍛冶師組合(コレギウム)で腕を磨いていた頃にマクミラと出会い、意気投合。マクミラがストウ村を訪れるきっかけを作った。


・クッサンドラ

 ゴド村で中身がゴブリンなマドハトの面倒をよく見てくれた犬種(アヌビスッ)の先祖返り。ポメラニアン顔。

 クスフォード領兵であり、偵察兵。若干だが魔法を使える。エクシ同様、護衛となった。


・レム

 爬虫種(セベクッ)。胸が大きい。バータフラ世代の五人目の生き残り。不本意ながら盗賊団に加担していた。

 同じく仕方なく加担していたミンを殺したウォルラースを憎んでいる。トシテルの心の妹。現在、護衛として同行。


・ウォルラース

 キカイーの死によって封鎖されたスリナの街から、ディナと商人とを脱出させたなんでも屋。金のためならば平気で人を殺す。

 キカイーがディナたちに興味を示すよう唆した張本人。ダイクの作った盗賊団に一枚噛んだが、逃走。


・ロッキン

 名無し森砦の守備隊第二隊副隊長であり勲爵(エクウェス)。フライ濁爵(メイグマ・クラティア)の三男。

 現在はルブルムたちの護衛として同行している。婚約者が居て、その婚約者のためにヴィルジナリスの誓いを立てている。


・レムール

 レムールは単数形で、複数形はレムルースとなる。地界(クリープタ)に生息する、肉体を持たず精神だけの種族。

 自身の能力を提供することにより肉体を持つ生命体と共生する。『虫の牙』による呪詛傷は、強制召喚されたレムールだった。


・クー・シー

 元々は異世界の獣。暗めの緑色の体毛は長いうえにモジャモジャ。長い尻尾はぐるぐると巻いて背中に乗せている。

 四本の足は太く、牛くらいの大きさがある。妖精に飼われていることも多く、牛をさらったりもする。とにかく乳製品好き。


・クリップ

 元々は異世界の住人。赤ら顔の人型生物。妖精丘(ノウ)に住み、ゴブリンよりは文化的な生活を営む。

 武器として用いる石の鏃に、麻痺や記憶封じの魔法を付与して攻撃してくる。




■ はみ出しコラム【貞操観念】

 ホルトゥスにおける貞操観念について説明する。


・ヴィルジナリス

 処女や童貞を示す言葉。男女の別はなく、この語を用いる。

 ただし、地球における処女や童貞といった表現とは若干異なり、一般的な妊娠期間である「三十とミンクー(ミンクー・ネレラスタ)(セプティマナ)※ の間、子作りを行っていなければ、再び「ヴィルジナリス」という称号を獲得する。

 「初物」的な意味合いはないのである。

 ※十二進数表記だと「3B」。十進数だと四十七週。ちなみにホルトゥスにおける一週は六日間。


・ミンクネレ

 「ミンクー・ネレラスタ」を短縮した俗語。

 「俺はミンクネレ明けるまで我慢したから今日からヴィルジナリスだぜ」みたいに使用する。


・ドロレ

 地球で言うところの「処女」に近い言葉として「ドロレ」というスラングがある。

 意味合い的には「痛がり」であり、厳密に言えば「処女」のみならず、性行為をあまり好まない女性も含まれる。


・貞操

 「オツカン」という言葉が使われていることからも分かる通り、ホルトゥスにおける処女性・童貞性は、「操を立てる」というよりは、「子供が生まれたときに責任を持つ」という観点が強い。

 逆に言えば妊娠さえしなければ問題はない、という感覚である。

 ただ男女問わず、オツカンを待たずに他の異性と関係を結ぶのは、そのどちらとも結婚を維持できるほどの稼ぎがない場合は偽婚約罪とされても文句を言えないため、避けるのが一般的である。

 既婚者の場合でも、浮気になるかどうかの線引きは、浮気相手とも入籍できるかどうか、というあたりとなる。


・養子と婚外子

 ホルトゥスにおいては、子供ができない夫婦が養子を迎え入れることは少なくない。

 特に村全体で子供を育てている感覚の強い田舎では、子供のいない隣人に長子以外の子供をまかせる、ということも珍しくない。

 またそれとよく似た感覚で、初めから子供だけ作ってもらう感覚で、浮気ではなく家の外で子作りを行う人も居る。

 婚外子ならば「半分はご先祖様の祝福が残っている」という考え方である。

 しかしホルトゥスにおいても「自身の血を継ぐ子供」にこだわる人は少なくない。


(はら)ませた方が罪

 妊娠は女性のみに発生する状況であるため、偽婚約罪で罰せられることが多いのは圧倒的に男性が多い。

 これは妊娠期間中や出産直後に働くことができない女性への補償の意味合いが強い。


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