#63 つながる心
ケティの感情が深く伝わってくる口付け。
あの最初の朝を思い出すような。
人前で、しかもルブルムの前でという恥ずかしさと、リテルの体なのだから応えなくてはという義務感、リテルのケティなのに俺がキスをしているという罪悪感、そして自分の不甲斐なさからあふれ続ける涙。
口の中に自分の涙の塩辛さの味が混ざる。
それでもこの現状で、ケティのこの想いを拒絶してしまっては、今まで何のためにリテルとしてケティに接してきたのか分からなくなる。
だから俺は、ぎこちないながらもケティを強く抱きしめた。
ただ自分からケティの唇を楽しんだり貪ったりはせず、ただただ、抱きしめた。
それが今の俺にできる限界だった。
「ありがとうね」
ケティが唇を離してから最初に言った言葉。
もう一度、ごめんと言おうとした俺の唇に、今度はケティの指が触れた。
「謝らないで。ごめんなさい、と言わなきゃいけないのは私の方だから」
ケティの頭が俺の肩にとん、と乗る。
「わかってたんだ。リテルはお仕事としてこの旅に出たってこと。リテルは私に気をつかって一緒に来てもいいって言ってくれたけど、私の準備を待たずに魔女様のところ、行っちゃったもんね」
ん?
いつ俺がケティに一緒に行っていいだなんて――記憶を辿る。
あああああっ、あれか。
俺が村を代表して寄らずの森へと向かうとき、ケティは確か「私も一緒に行く」と言って、俺はそれに対して首を左右に振った。
こちらと地球の違いなど気にもせずに。
「それなのに私は嫉妬した。昔、リテルが魔女様への荷物を運んだとき、同い年くらいの魔女様のお弟子さんを見たって言ったのが頭に残っていて。私が可愛い女の子なのって聞いたら否定しなかったものね」
リテルはルブルムのことをケティに伝えていたのか。
そのときの記憶を探すと、ケティ以外の女の子と会ったことをケティに内緒にすることのほうが後で問題になるからと思ったからっぽい。
「私、リテルができるなら私にだってできるって考えていた。リテルのことを見くびっていたわけじゃなく、一緒だって考えていたから。でも違った。リテル、すごかった。私なんかよりずっとずっと。で、結局足手まといになって、迷惑かけて、守ってもらって、それなのにまだリテルの気持ちを疑って。リテルを信じないっていうのはさ、リテルが悪いんじゃなく、私自身が悪いんだよね。リテルはいつだって一生懸命で、いつも皆のことを助けようとして。そういうところを好きになったのに」
リテルの記憶が、ケティとの記憶が幾つも幾つも浮かぶ。
幼い頃、よく一緒に遊んでいた年上集団――リテルの三つ上の兄ビンスン、ビンスンと同い年のエクシあんちゃん、そしてリテルより一つ上のケティ――その中ではリテルが一番年下だった。
だからこそ、置いてかれる気持ちがよく分かった。
そしてその気持は、自分が年上となる環境の中では取り残されそうになる子を見つけて手を差し伸べる、そんな行動として現れた。
リテルは本当に偉いな。凄いよ。そう思っているのはケティだけじゃないよ。俺だってそう思う。
凄いのはリテル。
俺とは大違いだ。
「今の私にできる、リテルにとっての一番最良のことってなんだろうって考えたんだ。というか考えなくとも答えは初めからわかっていた。リテルが今も一生懸命なのを見て、私もその最初の答えに向き合えるようになったんだ」
ケティは顔を上げ、俺の目をじっと見つめた。
「私、フォーリーから来るっていう領兵の人たちと一緒に戻ることにしたよ。そしてストウ村へちゃんと帰るから。待ってるね。私たちの故郷で。私はリテルの帰る場所になることで支えるから。それなら足手まといにもならないし……だから必ず生きて戻ってきて」
「わかった」
ケティは再び俺にキスをする。
さっき見た昔の記憶の中に溢れていたリテルからのケティに対する想いが俺の中にも強く残っていて、リテルの想いそのままに、愛おしむようにキスに応えた。
そしてケティは俺から離れる。
「これも返しておく。きっとリテルたちにこそ必要なものだと思うから」
ケティは自分の袖に手を突っ込み、何やらモゾモゾ動いてから何かを取り出した。
小さな革ベルト――に、魔石が嵌まっている?
「寄らずの森の魔女様から貸していただいた御守り。これを巻いておくと魔法にかかりにくくなるって」
これのせいか!
治癒の魔法がかかりにくかったのはそういうことだったのか。
「ありがとう。これは使わせてもらう」
その御守りを渡そうとしてルブルムの方を見た――そして驚いた。
こちらをじっと見つめながらルブルムの頬に、暖炉の光が映っていたから。
泣いていたのだ。
俺がそちらを見ていたせいで、ケティも振り返りルブルムを見た。
「え? ねぇ、ちょっとリテル? やっぱり二股だったの? そういやルブルム、私の知らないあだ名みたいなのでリテルのこと呼ぶときあるよね? ねぇ」
ケティが俺の手の甲をぎゅっとつねる。
ルブルムが俺のことを時々トシテルと呼びかけそうになってたアレ、やっぱりケティもしっかり聞いていたんだな。
「い、いや、二股だなんてそんな……俺は任務をこなすのに、生き残るだけで精一杯だし」
「ふーん……やっぱり私、残ろうかな……へぇ。リテルってばそんな困ったような顔するんだね?」
寿命の渦はコントロールできるのに、表情はコントロールできていないっぽい。
「こ、困ってなんか別にないけど」
そう言いながらも自分でも、あー、どもっちゃったりしてるよな、なんて考える。
「ねぇ」
ケティが急に俺の耳に顔を近づけ、小声になった。
「ルブルムと、したの?」
「しっ、したって、するわけないだろ! だいたい俺の状況はケティだって」
「わかってるよ。呪詛のことは……でもキスのこと言ったつもりなのに、その慌て方、まるで体が元気ならしてたかも、って聞こえるんだけど?」
「してない。何もしてない」
「じゃあ何で慌ててるの?」
なんで――って、どう言っても信じてもらえなさそうというか、さっきは俺のこと信じてくれるって言ってたよねとか、ルブルムとは本当に何もないけどルブルムの涙の理由は俺も知りたいというか、それを知ってしまったら今以上に動揺することになるんじゃないかとか、それはちょっと自分がモテるなんて過信してるんじゃないかとか、そういう色んなことをうまく整理してしゃべれないというか。
自然とため息が出た。
「……どう言ったらいいのか、わからないよ」
こういう言い方って紳士じゃないのは分かってはいるけれど、彼女持ちのクラスメイトが言っていた「女って面倒くせぇ」ってのが、今ならちょっと分かる。
しかも俺の場合、自分の彼女じゃないんだよな。リテルの彼女ではあるけどさ。
でも、俺がため息をついた途端、ケティの表情が変わった。
「ごめん。さっき、リテルのこと信じるって言ったのにね」
ケティはつねるのを止め、今度は俺の手の甲を優しく撫でながら、しがみついてきた。
「わかってる。ルブルムはとてもいい子。私がこうして生きていられるのだって、ルブルムが必死に助けてくれようとしたこと覚えている……だから」
「だから?」
「リテルはたくさん稼がないとね。でも、私が最初の奥さんだからね」
話が飛びすぎて、というか、俺が前提としていた考えと離れすぎていて、ケティが何を言わんとしているのか、すぐにはわからなかった。
「じゃあ、あたい、だいさんふじんになりたい!」
スノドロッフの子どもたちの一人、えーと確かミトかモペトだっけ――が片手を挙げてぴょんと起き上がりながら叫んだのを聞いて、自分の思考が止まっていたことに気付いた。
ああそうか、この世界は稼ぎさえあれば重婚が認められているんだっけ――じゃなくて、なんであの子まで?
「あははっ、それなら私も立候補しちゃおうかな……なーんて嘘、嘘。だめよモペト。お姉さんたちの邪魔しちゃ」
タービタさんが笑いながらモペトを抱えあげ、小屋の外へと出ていった。
残り二人の子どもたち、トームとミトはぐっすり眠っているようだ。
ということは、ちゃんと伝えなさいってことだよね。
「ケティ」
俺はケティの両肩を握る。
「うん」
この世界で目覚めたあと俺は、リテルの気持ちを勝手にケティへ伝えてしまった。
それだけじゃない。なんだかんだ理屈をつけたけれど実際には欲望に負けた感じでキスをして、この呪詛がなければそのままなし崩し的にしてしまっていたかもしれなかった。
そういうのってリテルの立場から考えたらとんでもないことだよね。
だからこそ、せめてプロポーズ的なことはリテル自身に言わせたい。というかそうじゃなきゃいけない。
だとしたら今は、答えてはいけなってこと。
「……俺は、とても未熟だ。今は生き延びること、仲間を守ること、そして使命を果たすことで精一杯なんだ」
「わかってる……リテルをそんな道に追い立てたのは私がうっかりアイツに唇を奪われたからだって……私のせいだって」
「それは違うよ、ケティ。ケティのせいじゃない。ラビツたちを受け入れたのは村が決めたことだし、遅かれ早かれ俺たちは呪詛にかかっていた。発見が早かっただけでも幸運だったと思うべきだよ。俺が言いたいのはそういうことじゃなく、待ってほしいってこと。今の俺にはゆとりがない。ちゃんと職に就いたわけでもないし、財産を蓄えてすらいない。今の俺にはそういう約束はできないし、今してしまったら無責任になってしまう。ケティのこと、本当に大事に思っている。それは確かだ。だからまだ」
ケティのキスが俺の唇を塞ぐ。
今夜何度目のキスだろうか。
「もう……それ以上は言わないで。それからありがとう。リテルたちはもう休んで。私は大丈夫だから……ルブルムとも話してあげてね」
ケティまで小屋から出ていってしまった。
トームとミトは寝たままで、レムは縛られたまま――恐らくまだ麻痺は解除されていない。
そしてルブルムはまだ頬を濡らしたままだった。
これはフォローしないといけない。まだまだ続く旅のためにも。
「ルブルム」
声をかけたがルブルムはずっと俺を見つめたまま。
少しだけ近づいてみる。
「ルブルム?」
「はい」
どうして泣いているのか、聞いた方がいいのか、悪いのか。
地球で十五年間、彼女なんていたことなかった俺にとってそういう男女の機微みたいなのは全く分からない。
さっきのケティとの会話だってよく乗り越えられたと思っている――いや、本当に乗り越えられているのか?
もしやケティは怒って外へ出たんじゃないのか? すぐに追いかけた方がいいのか?
頭の中がごちゃごちゃする中で、俺はとりあえずルブルムの頬を、涙を、指で拭った。
「ああ……私は泣いていたのか」
俺はルブルムの手を取った。
ルブルムと話したいことがたくさん溜まっていたことを思い出したから。
その中には、他の人に聞かれたくないことも混ざっている。
だから。
魔法を使う――『テレパシー』を。
目を閉じると、俺の精神の先端、意識のケーブルがルブルムへと伸びてゆくのを感じる。
ルブルムの鼓動と呼吸とをポート化して、そこへ俺の意識のケーブルをつなごうとする。
ルブルムの精神に触れる。
(つながってもいいか?)
ルブルムの戸惑いと、それから喜びと好奇心とがダイレクトに伝わってくる。
ルブルム側がポートを開いてくれて、俺の精神は、ルブルムの精神に触れた。
(この魔法は『テレパシー』という)
(『テレパシー』……すごい。『遠話』に似ているけど、もっとすごい。トシテルの、チキュウの……地球の情報が洪水みたいに入ってくる)
俺の送った言葉に付随する記憶や感情が恐らくルブルムに伝わっているのだろう。
「地球」が漢字で伝わってくる。
レムとやり取りしたときと違って、今は情報のセーブをほとんどしていないから。
逆にルブルムの気持ちもこちらへ大量に入ってくる。
(ルブルムに誤解されたくないから、全部伝える。ケティとのことも、ルブルムが寝ていたときのことも、それからバータフラ・レムペーのことも、『虫の牙』について新しくわかったこと、それからレムールと契約したことも、もちろん地球のことも)
(すごい。伝わってくる……しばらく集中して受け取る)
物凄く短くて、長い一瞬の後、ルブルムの意識が伝わってきた。
(私も、トシテルの家族だよ)
それが伝わってきた第一声だった。
(レムと家族になる前から、私とカエルレウム様とアルブムとディナ先輩は利照と家族だよね?)
その言葉と一緒に、ルブルムの俺を抱きしめるイメージが伝わってきた。
唐突に、心が満たされた気がした。
温かい家庭に育ったリテルの体に入った俺がずっと感じていた異物感は、地球で家族との関わりがろくでもなかった俺にとっては、リテルを取り巻く環境がもったいないというか恐れ多いというか、皆がリテルに優しくするたびに、リテルの手柄を俺が奪っているような居心地の悪さがずっとつきまとっていた。
でもルブルムやレムは、俺自身を認め、家族だと手を伸ばしてくれている。
そうか。
俺は。そうか。
ようやく、この世界にちゃんと足が着いたような気がした。
(ありがとう。もしもカエルレウム師匠とアルブムとディナ先輩がそれでもいいよって言ってくれたなら、俺はその名誉な家族に加わらせてほしいな)
(いいよって言うに決まってる。でもそれを聞くまで、とにかく私と利照とは家族だ)
ルブルムを抱きしめたい気持ちが高まる。
なんというか、恋愛というカテゴリよりももっともっと大きくて広い気持ちな気がする。
それを的確に言う言葉を俺は知らないけれど。
(あとは、まだ、受け取ったものをちゃんと整理できていない。たくさん考える時間が欲しいし、その前にこの『テレパシー』を私も覚えたい。言葉の会話よりもずっとずっと情報のやり取りができる。私のことももっと知って欲しいし、利照のことももっと知りたい)
(そうだね。俺もルブルムともっと話したい……必ずまた話そう)
(嬉しい)
意識を『テレパシー』の外へと移す。
ルブルムとも目が合う。
そして、ひさびさにルブルムの笑顔を見られた。
そのとき、にわかに外が賑やかになり、タービタさんが中へ入ってきた。
モペトを抱えていない。
何かあったのかと手斧の鞘へ手を伸ばしながら立ち上がると、タービタさんは驚いたように目を丸くした。
「あっ、大丈夫。来たのは仲間だから」
どうやらスノドロッフ村から新たに三人も来たらしい。
子どもたち三人をお迎えに。
予め、子どもたちを確保したらここの小屋に集合というのは決めてあったらしく、何かの方法で確保の報せをスノドロッフ村へと送ってあったようだった。
その三人はそれぞれまだ寝ているままのトームとミト、それから俺に向かってやたらと手を振るモペトを抱きかかえる。
タービタさんも一緒に、一足先に村へと帰ると言う。
空はまだ明ける気配もないが、スノドロッフの人たちはレムルースと契約しているから暗闇でも見える人が少なくないのだろう。
灯りも点けずに早々に発ってしまった。
あっという間のことだった。
彼らはすぐに暗闇の中に紛れ、やがて『魔力感知』の範囲からも消えた。
「メリアン、私は魔法の練習をしたいから見張りを交代する」
ルブルムが突然そう言って、メリアンを小屋の中へ押し込もうとした。
「では明け方までは私とルブルムとで見張りましょう」
ベイグルさんもそう言ってくれる。
一応「いや俺も」とは言ったのだが、ルブルムに「信じて」と言われたこともあり、お言葉に甘えて仮眠を取らせていただくことになった。
小屋の中には俺以外にメリアンとケティ、それから縛られたレム。
ケティは当然のように俺の左腕にしがみついて眠る。
気疲れするなぁ、なんて思っていたのは恐らくほんのわずかな間だけだろう。
揺さぶられて起こされるまで、俺はすっかり熟睡してしまったいた。
「リテル、出発するよ」
ケティの声で目が覚めた。
その声だが、なんだかまだ怒っているというか、呆れているというか、そういう感情を感じる。
その理由はすぐに判明した。
レムが解毒されて、手を縛られたままだが起きていたのだ。
そして俺の左脚にぴたっと貼り付くように座っていた。
右脚にはルブルムが、そして上半身にはケティが、ぴたっと。
そんな俺を見下ろすメリアンは、笑いが堪えきれないといった感じでずっと「くっくっ」を噛み殺している。
荷物を確認してから小屋の外へ出ると、西の空がわずかに明るい。
ベイグルさん、ルブルム、レムを後ろ手に縛った縄の先を持つ俺、ケティ、それからメリアンという行列が、マドハトたちの待つ広場まで戻る頃には、空の明るさもさらに広がっていた。
マドハトにロービン、トリエグルさんにロッキン。
ベイグルさんが事の次第を皆に説明し、その後、レム自身からも状況が語られる。
その内容は、レムが魔法を使えることは伏せつつも、ディナ先輩やフォーリーへ語った内容とほぼ一致するものだ。
それを聞き終えたロッキンの反応は、想像とちょっと違った。
「……そうか。私が不甲斐ないばかりに、バータフラの皆にも迷惑をかけた」
ロッキンの、初めて見た副隊長らしき顔だった。
そういえばダイクが居ない今は、名無し森砦の守備隊としてはロッキンが現場の最高指揮官でレムはその部下になるのか。
と、ロッキンのことを見直してさほど経たないうちに、ロッキンの腰は再び低くなる。
フォーリーからの来訪者によって。
見るからに王子様っぽい白馬にまたがった、イケメン爬虫種は馬から降りることもなく告げた。
「余がマウルタシュ・クスフォード虹爵が長子にしてクスフォード領兵第二隊隊長ガレーテ・クスフォードだ」
王子様でこそなかったが、ガチで偉い人だった。
リテルからしたら領主の息子。元の世界でいったら都知事の長男で警視庁幹部みたいな感じか。
それに長子と言っていたので、ゆくゆくは次の領主様ってこと?
ベイグルさんとメリアン、ロッキンが、さっと手を組んで片膝をつくお辞儀。
レムは後ろ手に手を縛られているので手を組めないが、その代わりに謝罪の意味も含む両膝を付くお辞儀だ。
俺たち庶民も慌てて片膝のお辞儀に倣う。
マドハトはぼんやりしていたので、慌てて俺たち同様にお辞儀させる。
「よい。畏まるな」
ガレーテ様はひらりと馬から降りた。
「今回の一件については、陛下と我が母クスフォード虹爵との間で決められたことを真実とする。皆の者、よく心して聞け」
陛下って――国王陛下?
「名無し森砦隊長ダイク勲爵は、カウダ盗賊団を壊滅させ、カウダ盗賊団首領ウォルラースを追い詰めたが、人質の命を助けることを優先し、無念の討ち死に。逆賊ウォルラースは逃亡したがこれを国家の敵として広く流布するものとする」
んんん?
そもそもカウダを作ったダイクがウォルラースの仲間だったっていう大事なあたりが伝わってない――わけはないか。
いわゆるオトナの事情ってやつか?
「真実と異なる噂が広まりでもしたら、その者らは処罰されるであろうから、決して忘れることのないよう」
ガレーテ様がそう仰ると、ガレーテ様と一緒に来た二十名はゆうに超える領兵第二隊の皆さんが一斉に槍の石突を地面へと打ち付けた。
威圧感ハンパない。
そーゆーことですか。そうですか。
しっかり釘を刺されました、と。
砦の守備隊長が盗賊団だという事実は、砦を直轄する国的にも、治安の面においても問題だということか。
「ということで」
ガレーテ様が急に剣を抜く。その切っ先は、レムを向いている。
まさか、処刑? 口封じ?
「お、お待ちください」
反射的に想わずそう言った後で、リテルの価値観が記憶の中から見えた。
領民で庶民の分際で、領主の息子に逆らうという行為がどういうことなのか。しかも向こうが掲げているのは国王と領主が協議の上で決めたこと。
地球の平和ボケした日本で育った「甘い」価値観を基準にレムの前へと出てしまった俺の鼻先に、ガレーテ様の剣の切っ先はある。
どうして前へ出た。俺。
もう既に絶望的な後悔が実感として湧き上がっている。
● 主な登場者
・有主利照/リテル
猿種、十五歳。リテルの体と記憶、利照の自意識と記憶とを持つ。魔術師見習い。
ゴブリン用呪詛と『虫の牙』の呪詛と二つの呪詛に感染。自分以外の地球人の痕跡を発見し、レムールのポーとも契約した。
・ケティ
リテルの幼馴染の女子。猿種、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。
リテルとは両想い。フォーリーから合流したが、死にかけたり盗賊団による麻痺毒を注入されたり。
・ラビツ
久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵四人組の一人。ケティの唇を奪った。
フォーリーではやはり娼館街を訪れていたっぽい。
・マドハト
ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者。ゴド村の住人で、今は犬種の体を取り戻している。
元の世界で飼っていたコーギーのハッタに似ている。変な歌とゴブリン語とゴブリン魔法を知っている。
・ルブルム
魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種。
槍を使った戦闘も得意で、知的好奇心も旺盛。ウォルラースの魔法品により深い眠りに落ちていたが目覚めた。
・アルブム
魔女様の弟子である白髪に銀の瞳の少女。鼠種の兎亜種。
外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。
・カエルレウム
寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種。
ルブルムとアルブムをホムンクルスとして生み出し、リテルの魔法の師匠となった。『解呪の呪詛』を作成中。
・ディナ
カエルレウムの弟子。ルブルムの先輩にあたる。重度で極度の男嫌い。壮絶な過去がある。
アールヴを母に持ち、猿種を父に持つ。精霊と契約している。トシテルをようやく信用してくれた。
・ウェス
ディナに仕えており、御者の他、幅広く仕事をこなす。肌は浅黒く、ショートカットのお姉さん。蝙蝠種。
魔法を使えないときのためにと麻痺毒の入った金属製の筒をくれた。
・『虫の牙』所持者
キカイー白爵の館に居た警備兵と思われる人物。
『虫の牙』と呼ばれる呪詛の傷を与えるの魔法の武器を所持し、ディナに呪詛の傷を付けた。
・メリアン
ディナ先輩が手配した護衛。リテルたちを鍛える依頼も同時に受けている。
ものすごい筋肉と角と副乳とを持つ牛種の半返りの女傭兵。
・エルーシ
ディナが管理する娼婦街の元締め、ロズの弟である羊種。娼館で働くのが嫌で飛び出した。
仲間の猿種と鼠種と共に盗賊団に入団しようとした。現在逃走中と思われる。
・バータフラ
クラースト村出身の、とある四年分の世代全体に対して付けられた名前。全員が爬虫種。
上から、リーダーのミン、ダイクに心酔した実の兄弟アッタとネルデー、広場でメリアンに殺されたカンタ、そしてレム。
・レム
爬虫種。胸が大きい。バータフラ世代の五人目の生き残り。不本意ながら盗賊団に加担していた。
同じく仕方なく加担していたミンを殺したウォルラースを憎んでいる。ひょんなことからトシテルの妹になった。
・ロービン
マッチョ爽やかイケメンなホブゴブリン。メリアンと同じくらい強い。正義の心にあふれている。
マドハトと意気投合し、仲良くなれた様子。
・スノドロッフ村の子どもたち
魔石の産地であるスノドロッフ村からさらわれてきた子どもたち。カウダの毒による麻痺からは回復。
猫種の先祖返りでアルバス。ミトとモペトの女子が二人、男子がトーム。モペトはリテルを気に入った様子。
・ベイグル
スノドロッフ村の若き村長。槍を武器に持つ。魔法も色々と得意。実はトームの父親。
スノドロッフ村の人々は成人するときにレムールと契約するが、その契約を行う魔法を知っている。
・トリエグル
スノドロッフ村の弓の名手。
・タービタ
スノドロッフ村の女性。数日前に行方不明になった後、全裸で槍だけを装備して突然姿を現した。レムに操られていたが、現在は元に戻った。
・ウォルラース
キカイーの死によって封鎖されたスリナの街から、ディナと商人とを脱出させたなんでも屋。金のためならば平気で人を殺す。
キカイーがディナたちに興味を示すよう唆した張本人。ダイクの作った盗賊団に一枚噛んだが、逃走。
・ロッキン
名無し森砦の守備隊第二隊副隊長であり勲爵。フライ濁爵の三男。
ダイクが率いていた守備隊の中で、唯一、盗賊団ではなかった。脚の怪我はリテルが回復してあげた。
・ダイク
名無し森砦の守備隊第二隊隊長であり勲爵であると自称。筋肉質で猿種にしては体が大きい。
実績作りのためにカウダ盗賊団を自作自演した。ロービンに左腕を切り落とされ、何かを呑み込んで人を辞めたっぽい。死亡。
・ガレーテ・クスフォード
マウルタシュ・クスフォード虹爵の長男であり、クスフォード領兵第二隊隊長でもある。
国王とクスフォード領主との間で取り交わされた「決定」事項を伝えに来た。
・レムール
レムールは単数形で、複数形はレムルースとなる。地界に生息する、肉体を持たず精神だけの種族。
自身の能力を提供することにより肉体を持つ生命体と共生する。『虫の牙』による呪詛傷は、強制召喚されたレムールだった。
■ はみ出しコラム【魔物デザイン その一の六】
今回のはみ出しコラムでも、#47 の【魔物まとめ その一】について、別の角度から書く。
・ホルトゥスにおけるホムンクルス
一般的なホムンクルスは獣種の男の精液を主な原材料とする。もともとはある魔男が自分の精液を用いて単性生殖できないかと試した結果生まれたものなのだが、種々の材料と、母体を模した環境とを準備し、大量の魔法代償を消費してようやく生み出した生物。最も小さな獣種の子供よりも大きくなることはなかったと記録されている。
その方法をもとに多くの魔術師が多くの試行錯誤を繰り返してそれぞれのホムンクルスを作り出しているが、単性生殖により作られたホムンクルスは、子宮を模した瓶の中からは出られず、また知識を与えれば覚えはするものの、覚えるだけで「単なる記憶の格納庫に過ぎない」と評されている。
・カエルレウムのホムンクルス
一般的なホムンクルスと異なり、自身の卵核と協力者から採取した精液を用いて受精させ、疑似子宮を用いて時間をかけて育成させた。実質的にはホムンクルスというよりはほぼ体外受精である。ただ、そうして生まれたルブルムやアルブムの寿命の渦が、同種の獣種と若干異なるため、ホムンクルスという扱いとなっている。
彼女が開発したこの方法について、カエルレウムは「効率においては通常の妊娠に大きく劣る」という評価であるが、トシテルの知識などをもとに新しいホムンクルスを作れるかもという期待は抱いている。
・地球におけるホムンクルス
ラテン語の「Homunculus(小人の意)」を語源とするホムンクルスとは、ヨーロッパの錬金術師が作り出す人造人間、及び作り出す技術のことである。
製法はルネサンス期の錬金術師パラケルススの著作『De Natura Rerum(ものの本性について)』によれば、蒸留器に人間の精液を入れて(それと数種類のハーブと糞を入れる説もある)40日密閉し腐敗させると、透明でヒトの形をした物質ではないものがあらわれる。それに毎日人間の血液を与え、馬の胎内と同等の温度で保温し、40週間保存すると人間の子供ができる。ただし体躯は人間のそれに比するとずっと小さいという。
ホムンクルスは、生まれながらにしてあらゆる知識を身に付けているという。また一説によるとホムンクルスはフラスコ内でしか生存できないという。
パラケルススはホムンクルスの生成に成功したとされる。しかし、彼の死後、再び成功した者はいなかったという。
(Wikipedia より)
・ホムンクルスのデザイン
地球よりもたらされた名前と大まかな製造方法をもとにホルトゥスの魔術を用いて作られた人造人間、というのがホルトゥスにおけるホムンクルスである。
その大まかな製法というのは、オカルト好きである転生者の記憶にあるうろ覚えなものであり、Wikipedia に記載されているレベルよりもさらに粗い情報である。
神や宗教がほぼ存在しないホルトゥスにおいて「生命の創造」は何ら禁忌ではなく、また材料としてその精液や卵核を用いることから「生命の創造」というよりは「単性生殖」に近いという考え方である。ただし、一般的な製法で作られたホムンクルスは通常の獣種とは異なるため、「獣種」と呼ぶことができず「ホムンクルス」という呼称を用いている状況である。
ホルトゥスにおける魔術師たちの間では「本来の交尾・妊娠に寄らず造られた人型の生物」を総じてホムンクルスと呼んでおり、カエルレウムがルブルムたちをホムンクルスと呼ぶのもその影響である。




