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#62 相棒

 自分で言うのもなんだが、(としてる)にはネーミングセンスがない。

 今まで付けてきた魔法の名前もそうだし、地球で丈侍(じょうじ)たちとTRPGやっていたときもそうだった。

 キャラの名前をつけるのにとっても苦労しても、周囲の反応は「利照(としてる)がいいならいいんじゃない?」だった記憶しかない。

 だいたいハッタの名前だって名付け親は英志(ひでし)なんだよ。「ハッター」を勝手に「ハッタ」に縮めたりはしたけどさ。

 そんなだからベイグルさんから「名前はレムールとのつながりは支えるから、レムールの気に入る名前を贈ること」と聞いたとき、既存の名前を使う作戦を思いついた。

 地球で、俺じゃない人が作った名前を。

 こちら(ホルトゥス)では言語が違うから使われていないだろうし――と、もうこれでバッチシなんて思ってた。

 傷ムカデのイメージから、地球のお気に入りゲームでのムカデ型最凶モンスターで――。


(サイデ)


 痛たた。みなまで言う前にダメ出し。

 それなら俵藤太が退治した大百足の住む三上山から――。


(ミカ)


 痛い痛い痛い。これも伝え終わる前に却下された。


(ムカデジャナイ)


 痛い痛い。伝わりました。しませんしません。そんな名前にしませんって。

 ため息がこぼれる。

 さて。となると途端に難易度が跳ね上がるわけだけど。

 俺自身の力だけでこちらのレムールの気に入る名前を決めるとか――そうだ。


(定着する形の方から先に決めたらどうでしょう?)


 咬まれないことにホッとする。


(どんな形がお好みですか?)


 黒い光球が、リンゴの皮を剥くみたいにひゅるひゅると解けだす。


(蛇?)


 痛っ、は、はい。違いますね、


(ムシハチセイガヒクイ)


 なるほど。そういうことですね。

 蛇も虫だっていうのは丈侍も言っていたな。

 蠱毒という、たくさんの虫を壺に入れて殺し合わせてっていう地球の呪詛があるんだけど、そこに入る「虫」は、昆虫だけじゃなく、ムカデとか蛙とか蛇とかも含まれるって――って思考がそれた。

 でもこの細長いのが特徴だよなぁ。

 呪詛傷として囚われていたときはいかにも傷っぽくギザギザしていたけれど、今はつるんとしている。

 つるん――。


(ウドンとか……ソバとか……パスタとか)


 うーん。興味なさげ。

 向こうも何か伝えようとしているのか、くゆりくゆりと揺れる黒く光る細長い――。


(しっぽみたい)


 おっ、これ踊ってる?

 気に入ってくれた?


(しっぽ?)

(イママデデイチバンイイ)


 ということはまだベストではないってことだよな。

 あ、もっと短いのがいいんだっけか。

 ベイグルさんの契約しているレムールの名は、暗闇でも見える男性レムールの「ノク」と、魔石(クリスタロ)の中の魔法を見える女性レムールが「クレ」、タービタさんの契約しているのは、植物を見たときにその根の形が見える男性レムールの「ラディ」と、毒を見ることができる女性レムールの「ヴェン」。

 だいたい二文字くらいがベストなのかな。


(テイル)


 だと三文字か――というか踊りをやめた。


(お)


 尾の一文字だと短すぎか。そして反応はない。


(おー)


 伸ばしてみたけどダメだった。


(しっぽを超える名前が難しいです)


 やっぱりしっぽがいいのかって感じに踊っている。

 なんか可愛いなぁ。


(でも「しっぽ」で確定じゃないんですよね?)


 踊るのをやめられるのですね、はい。

 でもなぁ。

 区切ってみるか?


(しっ。ぽー)


 お?


(しっ?)


 違うのか。


(じゃあ「ぽー」の方?)


 「ぽー」の踊りが一番嬉しそうに見える。


(それで本決まりですか? ん? まだ何か違うっぽい……のですか?)


 「ぽー」をこれ以上どうしろと?

 地球だったら漢字で当て字とかできるけれどなぁ。

 そういやこちら(ホルトゥス)には「カンジ紋章」ってのがあるんだっけ。

 フォーリーの街でウェスさんからレクチャーを受けていたときに見かけた戦士風の一団が持っていた盾に刻まれていたがのがとても漢字ぽくて、あれはカンジ紋章だよって教えていただいたっけ。

 でも文字というよりは「願いがこめられた紋章」であり、図形的な解釈がされているみたいだった。

 地球でいうところの呪符の文字とか魔法陣的な印象。

 北部のルイース虹爵(イーリス・クラティア)領の領都アンダグラには大きな図書館があって、そこには「カンジ紋章」の原本があるらしいから、いつか行ってみた痛っ。


(は、はい。考えてます。大事な名前です)


 でも「ぽー」って漢字が思いつかないんだよなぁ。「法」とか「砲」とかなら熟語次第で「ぽー」と読まないことはないけど。もういっそカタカナで――試してみるか。


(「ポー」とかどうですか?)


 おおっ!

 それでいいのかな? 「ポー」で?


(では、あなたのことをこれからポーと呼びます)

(キニイッタ)


 それで形はしっぽで決まりなのかな。

 でもそれならお尻についてもらう――ってのも失礼だよね?

 そういやベイグルさんの話だと、レムールの姿はそもそも見えないものだけど契約することによってホルトゥスでの存在が強固なものとなり視認化できるようになる、ということらしい。

 だからこそアルバスの赤い瞳を隠せるわけだし。

 俺は見た目が先祖返りでも半返りでもないから尻尾があったら変だよな。


(あの……形ですが、基本的にはポーさんの好きな形で良いのですが、人の目につくところでは例えば腕輪みたいな装飾品の形になっていただくというのは可能でしょうか)

(カタクルシイ)


 ん? 堅苦しいって言った?


(テミジカニツタエロ)

(わかりました)

(キョリヲカンジルコトバ、トオザケテイルノカ?)

(そ、そんなつもりでは……そんなつもりじゃない、けど)


 メリアンに言われたことを思い出す。

 戦場では「さん」付けなんて悠長なことするなって。

 確かにそうだよな。


(ホンシツヲツタエロ)


 その言葉と共にポーの感情というか意思のようなものが伝わってきた。

 ポーの目的が。

 ポーを呪詛として閉じ込めた『虫の牙』の持ち主への復讐。

 さらには『虫の牙』さえ手に入れることができれば、ポーと同様に呪詛傷として強制召喚された仲間(レムルース)を救えるかもしれないという思い。


(わかった。腕輪の形でお願いする)

(マダナガイ、トシテルトポーハタイトウダ。ソレガケイヤク)

(わかった)

(コトバニオモイヲノセロ)


 『テレパシー』でのやり取りを思い出す。


(頼む)


 その言葉に、レムールの存在がすぐにはわからない方が、いざという戦闘のときに不意をつけたりするというイメージを乗せた。

 あと、「力というのは持っていることを知られないでいること、それ自体も力になる」と、ディナ先輩から教わった言葉も。


(ソレナラ)


 ポーの姿が消えた。

 ただ俺にはそこに存在しているのがわかる――いや、それすらも消えた?

 『魔力感知』でも見えないレムールの存在をレムールとの契約者なら認識可能というのは、さっき契約が始まって黒光球が見えたときに理解した。

 今、ポーの黒光球は見えなくなっていて、残っているベイグルさんとタービタさんの黒光球は、見た目は一つでもその中にレムルースが二体居ることを感じている――いや、ベイグルさんの黒光球から半分が分かれて、動き回っている。

 まるで何かを探しているみたいに。


(ノウリョクハコレダ)


 ポーが再び出現した。

 ホッとする。

 能力――ああ、そうか。

 契約することレムールの個々の能力が使えるようになるんだっけ――あ、伝わってきた。

 ポーが契約に際して常用する力を「消える」にしたと。

 この常用する力というのはレムールが持つ魔法的な能力のようなのだけど、パッシブスキルとしてイメージしておけばいいのかな?

 彼らレムルースの本来の生息地である地界(クリープタ)ではもっと自在に能力を使えるらしいが、ホルトゥスでは契約という一本の「道」でつながるため、普段使える能力は一つだけに限定されるということっぽい。

 呪詛傷による強制召喚の場合は、その一つさえも持てなかったみたいだけど。

 さらにポーの想いが伝わる。

 強制的に結び付けられている肉体から離れようとしたけれど離れられず、その状態がホルトゥスの人から「見えにくい」状態だったようで、暗闇で見えるようになっていたのは、「闇に引っ張られる」状態だったと。

 今は契約のおかげで消えるかどうかをポーが完全にコントロールできるようになったみたい。おめでとう、ポー。


「どうやら契約は完了したようですね。途中、リテル殿のレムールが消えたから契約が失敗したかと焦りましたが、どうやら能力でしたか?」


「はい。スノドロッフの外ではレムールがとても珍しいとお聞きしましたので……」


「秘することは生存の礎ですね。私たちもそうです」


 ベイグルさんは微笑んだ。


「ではリテル殿。改めてレムールとの生活について、先輩として幾つか助言をさせてください」


 その幾つかをまとめるとこんな感じ。

 レムールは物理的な存在ではないため、武器による攻撃を受け止めたりはできない。

 実際に試してみたところ、しっぽのように伸ばしたポーの一部で草を()でたが、素通りしてしまった。

 しかもこうした「普段の状態」以外の変形をある程度続けているとお腹が空いてしまうこともわかった。

 俺の場合は、腕輪型以外に変わると。

 それでもこの変形に魔法代償(プレチウム)を消費する価値はあって、それはこの変形したレムールの中へ寿命の渦(コスモス)をつなげたまま通した場合、レムール越しに魔法に「触れる」ことができるのだ。

 もちろんこれはレムールとの信頼関係ありきで、レムールへの扱いが悪かったり信頼がない場合は、そのレムールの中を通した寿命の渦(コスモス)をまるっと食われてしまうこともあるという。

 ますますポーを大事にしなきゃだ。


 ちなみに、このレムールの中を通す練習をすると言って、ベイグルさんには直接触れずにポー越しに魔法を教えていただいた。

 一つはタービタさんを追っていったときにベイグルさんが使っていた灯りの魔法、『燃える夢』。

 これは枯れ枝などに使う魔法で、その枝の大きさにより魔法代償(プレチウム)が異なる。

 で、その解釈が難しいというか詩的というか、「その枝に、火を点けたときの夢を見せる」という効果の魔法なのだ。

 枝は燃えている夢を見て、その光が夢の外側へと漏れる。どういうことかというと、枝は夢の中で燃え尽きるまで光を出す。

 実際に燃えているわけじゃないので熱くはないが、燃え尽きたあと、実際に燃えたように黒く崩れてしまう――ということだが、この「枝が夢を見る」という認識が、思考自体の理解はできるものの納得感が追いつかない。

 そのせいでベイグルさんが使うときよりも魔法代償(プレチウム)が多めにかかってしまう。

 この詩的な思考が必要となる魔法については、俺はその思考を教えていただいているにも関わらず、世界の真理(ヴェリタス)から遠いみたいで、ちょっと悔しい。


 二つ目の魔法『遠回りの掟』も同様に詩的な魔法だった。

 効果としては「物体を空間に固定する」魔法なのだが、その考え方というのが、動いている物体の「勢い」だけをこの世界じゃないどこかへ「遠回り」させることによりその「遠回り」期間中、こっちの世界(ホルトゥス)におけるその物体は空中に静止している、という感じ。

 しかもけっこうな重さのものまでいけるみたい。

 水を汲んだ木桶はそれ自体、二インファス(約三キログラム)くらいの重さなのだが、ベイグルさん曰く最大でその倍はいけるっぽい。

 効果時間はというと体感で十二秒くらい。ホルトゥスに秒という単位はないので十二進数ではなく十進数での地球感覚カウントだ。

 地界(クリープタ)天界(カエルム)みたいな異世界が身近にある世界だからこそ、異世界を経由なんていう発想ができるんだろうな。

 「勢い」は完全にホルトゥス外へ行ってしまっていて、効果時間内に物質へ何か力を加えても、それが蓄積されたり戻ってきた「勢い」に影響を及ぼしたりはしなかった。

 物質は一種類でひとかたまりのモノでなければならず、例えば生命体にかけようとした場合は、触れた表面の毛のうちの一本にのみ効果を発揮して生命体本体には効果を及ばなさかったりする。

 ベイグルさんが槍にかけていたときも、槍の穂先の金属部分は魔法の効果対象には含まれていなかったそうだ。

 だから例えば二本の棒を縄ばしごで繋いでそれぞれの棒に『遠回りの掟』をかけ続ければ、崖を降りることだって理論上は可能となるわけだ。

 この魔法についても俺はベイグルさんより魔法代償(プレチウム)が多めだったが、慣性を一時的に停止するという効果は使い方次第ではとてつもない便利魔法なので、ちょっと頑張って世界の真理(ヴェリタス)に近づきたい。


 三つ目の魔法は『接触発動』。

 三つのうちで唯一、ベイグルさんよりも俺の方が世界の真理(ヴェリタス)に近かった魔法。

 効果は単純で、物質に魔法を封印する魔法。封印された魔法は触れられたら発動する。

 ただこの「触れられたら」が曲者で、触れるのは生命体である必要はない。

 なので『発火』を封じた枯れ枝を誰かが踏んだら発動する罠、みたいな使い方はできない。魔法をかけて地面に置いた時点で発動してしまうから。

 最初から地面に置いてあったらどうか試したが、地面に置いたままで魔法をかけた瞬間「触れている」条件が満たされて発動されてしまった。

 使い勝手が難しそうだが、「触れる」が固体と液体のみへの反応で気体には反応しないという実験結果は、十分に応用できる余地があるように感じる。


 それに俺にはポーという相棒もできた。

 『脳内モルヒネ』を使わなくてよくなったおかげで魔法使用の初動も早まったし、戦略性も高まった。

 『虫の牙』を持つ強い奴に対する不安感や恐怖感が少し薄れたし、今回の事件は本当に収穫が多かった。

 ラビツ追跡という観点からはあからさまに遅れになってしまっているけれど。


 ポーにもう一度食事をあげてから戻ったところ、小屋の外ではメリアンばかりかルブルムまで待機していた。


「遅くなってすまない、ルブルム」


 ルブルムは黙って俺の上着の裾をつかんだ。


「……リテルが、遠くへ行ってしまった気がしてた」


 想定外の反応にちょっと戸惑う。


「あー、リテル! 帰ってきた!」


 ケティまで小屋の中から出てきた。

 ベイグルさんとタービタさんは入れ替わりに小屋の中へ。


「ちょっと! リテル、どこ見ているの? 中で寝ている女の子のことがそんなに気になるの?」


 ケティが俺に詰め寄る。

 それもルブルムより近い距離――ケティの胸が俺の手に当たる。革鎧越しの、だけど。


「い、いや、小屋を空けちゃっていることが」


 咄嗟にそんな言葉が口を出た。

 レムに対して警戒しているポーズではなく、俺たちの態度として、麻痺しているとはいえ襲撃者とスノドロッフの子どもたちだけにしてしまうことが、ベイグルさんたちからの信頼を損なう恐れはないかなと考えてしまったから。


「あー! そうだよね! 私、考えなしだよね! 留守番の一つもできなくて!」


 ケティはそんな風に怒鳴って小屋の中へと駆け込んだ。


「私もごめん」


 ルブルムも同様に、すぐに小屋の中へ。

 何が起きたのか一瞬わからなかった。

 ふぅ、とメリアンの大きなため息。


「いや、間違ったこと言ってないけどな。例えばだが、新兵が初めての戦闘を生き延びたとき歴戦の強者と同じ扱いはすべきではない、って言葉があるよ。心配で冷静な判断を下せなくなっていた仲間の気持ちはくんでやんな」


 しまった。配慮が足りなかったのか。


「明日の朝までに解消しといてくれよ、仲間うちの不和は緊急時の反応遅れに関わるから」


「すみません」


「謝るのはあたしにじゃないだろ? ほら、外の番はあたしがいるから」


 メリアンは小屋の扉を指す。


「ありがとう、メリアン」


 俺は小屋の中へと入る。

 すると目の前にベイグルさんが立ち塞がった。


「リテル殿、今日は疲れたでしょう。私も外で番をしますから、中で休むとよいです」


 そう言い残して外へ。


「ありがとうございます」


 振り向きざまに礼を言った俺の目の前で扉が閉まる。

 背中に視線を感じる。

 俺は改めて、室内へと目を向けた。

 暖炉にくべられた薪がパチッパチッと爆ぜる音以外は静寂に包まれた室内。

 奥の寝藁ではスノドロッフの三人の子どもたちが寝ていて、その傍らに座っているタービタさんはこちらに背を向けている。

 その手前にも寝藁が広げられていて、ルブルムとケティが座っており、二人ともじっと俺を見つめている。

 部屋の反対側の隅にも寝藁が薄く敷いてあり、手首と足首を縛られたレムが横たわっている。まだ麻痺の解除はしていない様子。

 ケティとルブルムの顔を交互に見つめる。

 ケティに至っては頬に涙の跡が見える。

 どう考えても俺のせいだ。

 謝らなきゃ――メリアンに言われたからではなく俺自身の気持ちからそう思う。


「ごめん」


 なのにその次が出てこない。

 どういう言葉が一番正しいのかを考えてしまって。

 脳内では必死に状況を整理している。

 新しい相棒ができたこと、応用性の高い魔法を覚えたこと、襲撃は防げたし、当面の危険はなさそうなこと、ディナ先輩にもほめられたこと、何より皆が無事にこのときを迎えられていること。

 俺の中ではプラス評価なことばかりで、確かに浮かれてはいた。

 俺のことを心配してくれていたルブルムやケティとは気持ちの温度差があったのは間違いない。

 それなのに俺はその心配を軽くかわして、やるべきことをやっていない、みたいな責め方をしたんだ。

 自分が悪いことはわかっている。

 でも何か言い訳じみた言葉ばかりが浮かんできて。


「リテルはさ、本当に、遠くへ行っちゃった気がする。ルブルムだけじゃなく、私もそう思う」


 ケティの視線が、痛い。


「……ごめん」


「へー、認めるんだ。遠くへ行っちゃったってこと。そうだよね。何かあるたびにどんどん新しい女の子連れてきてさ、そりゃ危険な旅だってのはわかるよ。でもさ、だからこそ、支え合うべきなんじゃないの? リテルはさ、私なんかもう必要ないんでしょ?」


 ごめんじゃダメだったんだ、という思考と、リテルのためにケティを慰めないと、という思考がまるで他人事みたいに脳裏を巡る。

 その途中で気付く。

 ああ、そうか。

 リテルは大切に想われているんだって。

 自分(としてる)自身がそんな風に他人に想われたことがなかったから、わからなかった。

 リテルとケティはそう想い合う環境でずっとやってきたけれど。

 ぽっと出の異物の転生者というよりは寄生者である俺は、リテルの自意識を奪ってしまったばかりか、今こうしてケティとリテルの中を裂こうとしているのか。

 自分の置かれている状況が、いや自分の作り出した状況が、とてもじゃないけれどプラスとしてとらえられるようなものじゃないのだと、ようやく気付く。

 体の力が抜けて思わず膝をつく。

 何をやっているんだ俺は。

 全然、紳士じゃない。

 うまくいかな過ぎることへのモヤッとした焦りや後悔や悔しさや悲しさや申し訳なさが、勝手にこぼれた。頬が熱い。


「ごめん」


 その涙の中には、リテルという人に対する羨みのようなものさえ混ざっている。


「ごめん」


 それしか言葉が出てこない。

 何を、どう、伝えるのが一番いいのだろう。

 ケティとリテルの仲を守るために。

 俺、失敗ばかりしていないか?

 ――でも俺、頑張ったよな?

 見知らぬ世界に飛ばされて、自分のものじゃない体で、できる限り頑張ってきたよな?

 限られた状況の中ではそれなりにできていたよな?

 なのにどうして今、ケティとルブルムはあんなに苦しそうな表情をしているんだ?

 何が足りなかったんだ?

 俺は。

 ――しんどい。

 この場に居たくない。

 なあリテル、お前ならどうするんだ?

 ああ、涙って熱いな。

 しかも止まんないな。


「ごべん」


 なんか、まともに言葉も言えないのかよ。

 でも黙っているのもよくないよな。

 同じことばかり言うのもよくないだろうけどさ。

 でも思考がうまく回らないんだ。

 負の感情がパンパンに膨らんで、思考に使用できる脳内のメモリがまったくないというか。


「リテル」


 不意に、ケティが俺に近づいた。

 俺のすぐ前で膝立ちして、俺へと手を伸ばす。

 すぐに俺の唇にケティの唇が重ねられた。

 しかも舌が。


● 主な登場者


有主(ありす)利照(としてる)/リテル

 猿種(マンッ)、十五歳。リテルの体と記憶、利照(としてる)の自意識と記憶とを持つ。魔術師見習い。

 ラビツ一行を追いかけている。ゴブリン用呪詛と『虫の牙』の呪詛と二つの呪詛に感染。自分以外の地球人の痕跡を発見。


英志(ひでし)

 有主利照の一つ違いの弟。音楽の才能があり要領も良くイケメンで学業もスポーツも万能。

 幼い頃は仲良かったが、ハッタを拾ってきたあたりから当たりが強くなった。


幕道(まくどう)丈侍(じょうじ)

 小三から高一までずっと同じクラスの、元の世界で唯一仲が良かった友達。交換ノベルゲームをしていた。

 彼の弟、昏陽(くれひ)に両親も含めた家族四人全員が眼鏡使用者。一緒にTRPGでも遊んでいた。


・ケティ

 リテルの幼馴染の女子。猿種(マンッ)、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。

 リテルとは両想い。フォーリーから合流したが、死にかけたり盗賊団による麻痺毒を注入されたり。


・ラビツ

 久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵四人組の一人。ケティの唇を奪った。

 フォーリーではやはり娼館街を訪れていたっぽい。


・マドハト

 ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者。ゴド村の住人で、今は犬種(アヌビスッ)の体を取り戻している。

 元の世界で飼っていたコーギーのハッタに似ている。変な歌とゴブリン語とゴブリン魔法を知っている。


・ルブルム

 魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種(マンッ)

 槍を使った戦闘も得意で、知的好奇心も旺盛。ウォルラースの魔法品により深い眠りに落ちていたが目覚めた。


・アルブム

 魔女様の弟子である白髪に銀の瞳の少女。鼠種(ラタトスクッ)の兎亜種。

 外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。


・カエルレウム

 寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種(マンッ)

 ルブルムとアルブムをホムンクルスとして生み出し、リテルの魔法の師匠となった。『解呪の呪詛』を作成中。


・ディナ

 カエルレウムの弟子。ルブルムの先輩にあたる。重度で極度の男嫌い。壮絶な過去がある。

 アールヴを母に持ち、猿種(マンッ)を父に持つ。精霊と契約している。トシテルをようやく信用してくれた。


・ウェス

 ディナに仕えており、御者の他、幅広く仕事をこなす。肌は浅黒く、ショートカットのお姉さん。蝙蝠種(カマソッソッ)

 魔法を使えないときのためにと麻痺毒の入った金属製の筒をくれた。


・『虫の牙』所持者

 キカイー白爵(レウコン・クラティア)の館に居た警備兵と思われる人物。

 『虫の牙』と呼ばれる呪詛の傷を与えるの魔法の武器を所持し、ディナに呪詛の傷を付けた。


・メリアン

 ディナ先輩が手配した護衛。リテルたちを鍛える依頼も同時に受けている。

 ものすごい筋肉と角と副乳とを持つ牛種(モレクッ)の半返りの女傭兵。


・エルーシ

 ディナが管理する娼婦街の元締め、ロズの弟である羊種(クヌムッ)。娼館で働くのが嫌で飛び出した。

 仲間の猿種(マンッ)鼠種(ラタトスクッ)と共に盗賊団に入団しようとした。現在逃走中と思われる。


・バータフラ

 クラースト村出身の、とある四年分の世代全体に対して付けられた名前。全員が爬虫種(セベクッ)

 上から、リーダーのミン、ダイクに心酔した実の兄弟アッタとネルデー、広場でメリアンに殺されたカンタ、そしてレム。


・レム

 爬虫種(セベクッ)。胸が大きい。バータフラ世代の五人目の生き残り。不本意ながら盗賊団に加担していた。

 同じく仕方なく加担していたミンを殺したウォルラースを憎んでいる。ひょんなことからトシテルの妹になった。


・ロービン

 マッチョ爽やかイケメンなホブゴブリン。メリアンと同じくらい強い。正義の心にあふれている。

 マドハトと意気投合し、仲良くなれた様子。


・スノドロッフ村の子どもたち

 魔石(クリスタロ)の産地であるスノドロッフ村からさらわれてきた子どもたち。カウダの毒による麻痺からは回復。

 猫種(バステトッ)の先祖返りでアルバス。ミトとモペトの女子が二人、男子がトーム。


・ベイグル

 スノドロッフ村の若き村長。槍を武器に持つ。魔法も色々と得意。実はトームの父親。

 スノドロッフ村の人々は成人するときにレムールと契約するが、その契約を行う魔法を知っている。


・トリエグル

 スノドロッフ村の弓の名手。


・タービタ

 スノドロッフ村の女性。数日前に行方不明になった後、全裸で槍だけを装備して突然姿を現した。レムに操られていたが、現在は元に戻った。


・ウォルラース

 キカイーの死によって封鎖されたスリナの街から、ディナと商人とを脱出させたなんでも屋。金のためならば平気で人を殺す。

 キカイーがディナたちに興味を示すよう唆した張本人。ダイクの作った盗賊団に一枚噛んだが、逃走。


・ロッキン

 名無し森砦の守備隊第二隊副隊長であり勲爵(エクウェス)。フライ濁爵(メイグマ・クラティア)の三男。

 ダイクが率いていた守備隊の中で、唯一、盗賊団ではなかった。脚の怪我はリテルが回復してあげた。


・ダイク

 名無し森砦の守備隊第二隊隊長であり勲爵(エクウェス)であると自称。筋肉質で猿種(マンッ)にしては体が大きい。

 実績作りのためにカウダ盗賊団を自作自演した。ロービンに左腕を切り落とされ、何かを呑み込んで人を辞めたっぽい。死亡。


・レムール

 レムールは単数形で、複数形はレムルースとなる。地界(クリープタ)に生息する、肉体を持たず精神だけの種族。

 自身の能力を提供することにより肉体を持つ生命体と共生する。『虫の牙』による呪詛傷は、強制召喚されたレムールだった。




■ はみ出しコラム【魔物デザイン その一の五】

 今回のはみ出しコラムでも、#47 の【魔物まとめ その一】について、別の角度から書く。


・ホルトゥスにおけるモルモリュケー

 ゴブリンの死体に群がる狼に混じり血をすすっていた、一見すると犬種(アヌビスッ)の狼亜種の女性。

 狼の乙女。ストウ村でも狩人はその名を知っており、移住者(イミグラチオ)として扱われている。


・ホルトゥスにおけるパイア

 猪のような外観の地界(クリープタ)の魔物。育児嚢の中で、獲物となる人型の女性に似た疑似性器を作成する。

 甘い匂いを出し体を麻痺させる毒を持つ。獲物の男から精を貪り妊娠すると、村を一つ滅ぼすほど人を喰らう。

 パイアは必ずメスしか産まない。


・地球におけるモルモリュケー

 モルモーとも呼ばれる。「モルモリュケー」は「牝狼モルモー」の意。

 ギリシア神話に登場する女性の姿をした吸血鬼の一種。冥界の住人で、冥府の女神ヘカテーにエンプーサと共に仕えている。ヘカテーに捧げられた祈祷文にもゴルゴーと共にその名が挙げられている。アケローン川神の乳母であったとされる。

 その性格は大人しく、親しみやすいお化けの様な存在とされる。元々神話中ではラミアーやゲローと同類の女性の姿をした怪物とされており、元はライストリューゴーン族の女王で、己の子を失った悲しみのあまり他人の子を殺そうとするのだともいわれている。しかし、民間においては母親が幼い子供に語って聞かせるお伽噺の中のお化けとして扱われた。変身の術に長けているといわれる。

(Wikipedia より)


・地球におけるパイア

 クロミュオーンの猪とも呼ばれる。

 ギリシア神話の怪物、あるいは女性である。パイアはテューポーンとエキドナの子といわれる牝の猪で、一説にカリュドーンの猪の母であるといわれる。この猪はコリントスのイストモス地峡のクロミュオーンにおいて老女パイアに育てられたので、猪もまたパイアの名で呼ばれた。パイアはクロミュオーンの人々を殺し、あるいは農民に被害を与えたため、テーセウスがアテーナイに向かう途中にペリペーテース、シニスに続いて3番目に退治した。

(Wikipedia より)


・モルモリュケーのデザイン

 どちらもギリシア神話の怪物で、モルモリュケーは狼女、パイアは猪女、である。

 それなのにモルモリュケーとパイアの扱いは大きく異なった。

 モルモーの説明に「性格は大人しく、親しみやすい」という文言があったので、異世界からホルトゥスに居着いた移住者(イミグラチオ)の一例としようと考えた。

 ただ、吸血鬼という設定は無くしたくなかったので、主食は生き物の血ではあるものの、共生するだけのメリットとして、子どもを丈夫にする力がある「モルモリュケーの乳」という設定を用意した。己の子を失った悲しみという元の設定から、メリットは子どもを育てる能力にしたいと思ったので。

 危険はあるが、共生はできる魔物として、モルモリュケーを呼び寄せるために、贈り物とする動物に流血させ、それを舐めにきたモルモリュケーへその動物を与えている間、搾乳して「モルモリュケーの乳」をいただく、という設定に着地した。

 外見は「狼女」そのままに、犬種(アヌビスッ)の狼亜種ということに。


・パイアのデザイン

 老女と老女の育てた猪がどちらもパイア、という元の伝説から、いっそのこと両者を一つの生き物として「パイア」にするのはどうだろう、と血迷ったのがスタート地点である。

 はじめのうちは、女形態がメスで、猪形態がオス、という生物を考えていたのだが、ギリシア神話では猪の性別もメスなので、その設定は崩したくなかった。

 あくまでも、伝えられている外観や能力は残して、それ以外の語られていない部分を好き勝手にデザインしたい派なので。

 なので猪部分と女部分とをつなげて一つの生物にしてしまった。

 アルティバティラエの頭部が擬態に用いられる「頭ではない」器官とした後だったので、もはや何の抵抗もなかった。

 女部分が擬態なのだとしたら、それは男を誘うためであり、それならば相手を麻痺や幻惑させる能力も欲しいなとパイア毒ができた。

 あと、女部分を体の外へ出さないと誘惑できないので、女と本体とをつなげた器官については本体の中へ隠せるように「育児嚢」という設定もできた。

 そこまでやるともう、どんどん「ガワは猪と女」だけど中身はとんでもなく違う、という方向へ突っ走り、気づいたらパイアはあんな感じになっていたという……。


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