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#59 見つけた一人目

 少女が声をあげたとき、俺の中に居た少女の意識がかき消えた。

 自分の体の感覚が自分自身に戻ったのを感じる――ただ、まだ体がだるくて、動きが思考に少し遅れる。

 少女は起き上がりつつ、自分の脛当てから細身の短剣を取り出して構える。

 俺は慌てて手斧へと手を伸ばすが、この体勢からだと間に合わない――そう考えた時にはもう手斧ではなく腰のベルトポーチへと指を突っ込んでいた。

 指先に触れたのはあの魔石(クリスタロ)――ウォルラースが落としたペンダントの。

 迷う暇もなく格納されている魔術を発動する。

 『身籠りの祝福』を。


 少女は途端に膝から崩れ落ち、自身の下腹部を押さえながら地面へとうずくまった。

 悲鳴にならない叫びを呑み込みつつ体を震わせている少女の全身が赤く見えるのは、体温が上がっているせいか――やがて、少女の股間の温度がじわりと上昇する――まださっきの魔法が残っている?

 俺の体を使われていたときにかけられた『熱の瞳』は精神にではなく肉体にかかっているのか――なんて思考しながらも手斧を構える。


「短剣から手を離して下がれ!」


 少女は多少もたつきながらも言われた通りに行動する。

 俺は細心の注意を払いながら近づき、短剣を自分の後方へと蹴り飛ばす。

 そしてさらに数歩踏み込み、少女の首筋に右手を添えた。

 指輪の毒針突起が少女の皮膚を破り、肉に食い込んだ感触を指輪ごしに感じる。

 少女がすぐさま消費命(パー)を集中し始めたので、俺は再び右手をベルトポーチへと戻し『身籠りの祝福』を使う――少女の集めかけた消費命(パー)は花が散るように解けた。

 少女は肩から地面へと倒れ込む。

 俺はそこへまたがり、少女がうつ伏せになるようのしかかる。

 少女の腰ベルトから小剣を抜いて奪い距離を取ると、少女の動きが急激に緩慢になり、やがて動かなくなった。

 寿命の渦(コスモス)の動きも遅く縮こまったから、意図的にコントロールしているのでなければカウダ毒がちゃんとまわったのだろう。


 深呼吸をする。

 ようやく体が落ち着いてきた。

 さっきの、少女が近づいてきたときの状況と立場が逆転した。

 だが油断はもうしない。

 俺がさっきしたように偽装消費命(ニール・ヴィーデオ)消費命(パー)の集中を隠して『カウダの毒消し』を使っている可能性はあるから。

 ただ『カウダの毒消し』は、体に回った麻痺毒自体を無毒化するが、体の自由が戻るまではある程度時間がかかるし、『パイア毒の解毒』と違って抵抗力が備わるわけでもない。

 逆に言えば毒消し魔法を使われたとしても少しの間なら体の自由はきかないまま。

 カウダの麻痺毒は体を強張らせる系じゃなく神経を麻痺させる効果っぽいから、少女の体を動かすことは可能だ――あ、いや、もちろんエッチなことをするつもりではなく、彼女の両手足を縛り上げようってだけ。

 ごく紳士的に。


 俺の脛当てに取り付けられた吹き矢の革ケースを取り外す。

 そこからさらに革ベルトを一本取り出して少女を両手首を後ろ手にキツめに縛り上げる。

 残る二本は足首を縛るのに使用した。

 さて。

 もし少女が『カウダの毒消し』を使っていたとしても、もう少しは猶予があるだろう。

 その間に、確かめたいことがある。

 さっきからずっと気になっていたことを。

 少女が俺の記憶に触れようとしたときの感覚が、俺がリテルの記憶にアクセスするときに似ていたから。

 だったら、この子の魔法は相手の記憶にアクセスする効果があるんじゃないか?

 この子が俺の体を通して魔法を使ってくれたおかげで、俺は今、その効果を理解できている。

 問題の魔法は『同胞の導き』と『同胞の絆』の二つ。

 『同胞の導き』は『同胞の絆』を使うための下準備的な魔法。魔法抵抗を突破するためだけに別途魔法を用意するという発想は勉強になる。

 まず『同胞の導き』で触れている相手に鼓動の速度を合わせ――おっと。忘れるところだった。まずは『脳内モルヒネ』。

 ちなみに、この子が俺の体を使って魔法を使用したとき『虫の牙』の傷ムカデは反応しなかったから、この呪詛傷は俺の肉体じゃなく魂に結びついているというのもわかったのは収穫だ。


 『同胞の導き』を発動すると、自分の鼓動の速度が変わるのを感じる。

 不思議な感覚。

 なぜそんなことをするかというと、『同胞の絆』が、触れた相手に呼吸と鼓動速度を合わせながら使用することで魔法抵抗を越えようとする構成だから。

 で、その効果は相手と五感の一つを共有できる魔法。

 魔法代償(プレチウム)を増やすことで、共有できる五感が増やせるというもの。

 この子が俺にかけたときは、視覚と触覚、嗅覚に味覚と四つも共有を持っていた。

 そのうちのどれが記憶にアクセスする効果なのか、もしくは一定数の五感を共有しておまけで発動する効果なのかはわからないが、まずは再現するところからスタートだ。

 『同胞の絆』を発動すると、少女の中へ俺の意識が流れ込んで行く感じ。

 なるほど。

 使われる側じゃなく使う側になることで理解がさらに深まった。

 「共有する」という気持ちで、自分の感覚を自分自身から引き剥がし、それをコントロールしながら相手の体の中にまで運ぶのか。

 寿命の渦(コスモス)から消費命(パー)を分けるのにちょっと似ている。

 そして意識はその分けた感覚の主体としてくっついてゆく。

 『同胞の導き』を事前に発動させておくことで、自分の肉体と相手の肉体を一体化させている思考は、『同じ皮膚』と似ている。

 とても興味深い魔法――ただ惜しむらくは魔法代償(プレチウム)をバカみたいに消費する。

 これは『同胞の導き』をベースに共有ではなく移動だけに特化して魔法代償(プレチウム)を抑えた版を作ったほうがいいな。

 名前は直感で『テレパシー』にしよう。

 相手に精神を接続するイメージで――イメージは精神のケーブルで――もう少し、思考を読まれにくくした方がいいかな。


 ふと思い出したのはディナ先輩の、あの夜の勉強会でのお言葉。

 俺の思考が精霊に近いとディナ先輩がおっしゃった。

 普通の人は「水」と言ったとき、目に見える水のみを水として認識する。

 氷と水は別物で、ましてや空気に水が溶け込んでいるなどと考える者はごく僅かだと。

 もちろん、水が氷や蒸気になることは理解しているが、別の単語があるがゆえに「水が氷に変わる」、「水が蒸気に変わる」と思考する。

 この「変わる」という思考が「同一のもの」という認識の妨げになり、水を対象とした魔法を作ったとき、空気中の水分にまで影響が及ばないと。

 水は姿を変えても水のままで変わらないという俺の認識は、本質的なものをとらえる精霊っぽいと。

 ここで俺が照れて怒られたんだよな。思考が止まっていると。

 ディナ先輩の話には続きがあって。

 俺のこのホルトゥス離れした思考は、相手に触れて魔法を用いるときに役立つと。

 利照の知識という前提をもとに思考した魔法であれば、相手に触れて魔法を使用したとき、魔導合一(クーペランテ)されたとしても、言葉にまつわる概念を理解できない相手にその魔法を学習される恐れがかなり減ると。

 相手の理解できない概念を用いて魔法を構築する。

 特に相手に触れて使う魔法には――そうだな。

 『同胞の導き』の効果はそのままでイメージを少し変えて、相手の精神の形に合うよう、精神ケーブルの先端端子をコネクタ変換して――相手のポートに合わせる感じ。

 いけそうだ。

 自分の中で何度かイメトレして魔法――いや複合魔法だから魔術――を固めてゆく。

 下地となる魔法があるせいか、思考はすぐに安定する。

 少女に触れて『テレパシー』を発動した。

 意識のケーブルを伸ばして、少女の鼓動と呼吸をポート化するイメージ――そこへ自分の精神の伸ばした先端端子をコネクタ変換――捕まえた。

 リテルの記憶にアクセスしているときと似ている、少女の記憶の中を検索している感じ。

 だが触れるのは必要最低限の情報だけ。

 紳士として。

 タービタを操っているのは、この子以外に居るのかどうか――すぐに見つかった。


 ああ、やっぱり。

 『同胞の絆』で操れるのか。

 対象者が眠ったり麻痺毒で意識が遠のいているとき、触覚を共有している場合は体全体を動かすことができて、味覚を共有している場合は会話が可能になるのか。

 なるほどそれでカウダの麻痺毒か。

 おお。共有した後で共有した相手が死んだ場合、その死体も操れた記憶が――あの動いた死体はこの子が中で動かしていたのか。

 すごい効果だな。

 そもそもそこまで考えて作られた魔法ではないようだけど――えっ?

 この魔法を作ったのは少女の母親みたいなんだけど、その魔法を教えてもらったときの想い出の中に流れているメロディ――歌っているのは母親か?

 だとしたら、この少女の母親は恐らく地球人転生者だ。


 ほんの一瞬だけだった。

 「知りたい」と思ってしまったのは。

 こんなやり方で相手の記憶を探るなんて紳士じゃないと自分でも思うし、自分は絶対されたくないし。

 だけどその刹那の好奇心が、それだけで、凄まじい量の情報が俺の中に流れ込んできた。

 プログラムの授業で、画面への文字出力をループ処理で実行してから、すぐに処理を強制終了させてもしばらくの間は画面出力が止まらない、あんな感じで。

 すみません、マクミラ師匠。俺は紳士失格です。




 彼女のフルネームはバータフラ・レムペー。レムペーは五という意味。

 バータフラというのは、彼女らの世代全体に点けられた名前。

 バータフラと名付けられた世代の五番目。システマチックだな。

 実際にはレムという愛称で呼ばれていたみたいだけど、なんか名付けのセンスが俺より酷いなんて珍しい。


 彼女たちが住んでいたのはここから北のボートー紅爵ポイニクス・クラティア領内にある湖の一つの湖畔にある小さな村クラースト。

 アイシスから徒歩で二日くらいか。遠くないな。

 そこは爬虫種(セベクッ)が多い村で、半農半漁で暮らしている。

 ストウ村に比べて随分と貧しく、子どもがよく死んでいたクラースト村では、四年ごとに一つの世代として名前を与え、その中で一定年齢まで生き延びた順番に数字のミドルネームを加えた。

 昔は一世代で一人しか生き残らないことも珍しくなかったので、そんな雑な名付け方になっていた。


 レムのお母さんは、ファーヌ世代の七番目、オツォ。

 どうやらこのお母さん――ファーヌ・オツォは、色々提案してレムの村を少しだけ豊かにした人みたい。

 そのご褒美として、本来ならば村長の家系だけしか使えなかった魔法を教えてもらって――それから色々と自分で魔法を作り上げたっぽい。

 オツォがレムにだけその魔法を教えたのは、村の人たちが知りたがらなかったから。

 魔法が寿命を蝕むのを知っていたから。

 そのことをオツォが知ったのは、自身の寿命が尽きかけてから――酷い話だな。

 でも、レムはそのおかげで多くの魔法――その多くは母オツォのオリジナル――を覚えて、自身の存在価値を高めていった。


 オツォはレムに本当の名前を教えていた。

 レムと二人の時だけ使っていた名前――ミュリエル・ロンドン!

 別の世界から来たってレムにだけ話している!

 ミュリエルさん、俺と同じ世界から来たのか?

 どこからだ?

 レムに話してないか?

 ロンドンってくらいだからイギリスか?

 あ、あった。ソールズベリー?

 聞いたことあるような、ないような。どこだっけ?


 幼い頃のレムはせがんでソールズベリーの話を聞き出していた。

 ミュリエルさんが元の世界でセイ暦二千年に十九歳でこちらに来たこと。

 ソールズベリーで有名なのは、大聖堂とストーンヘンジ――あー、ストーンヘンジってイギリスでビンゴだよね?

 フィッシュ・アンド・チップスが食べたいとか、市場は楽しいとか、ビートルズとクイーンが好きとか。

 ミュリエルさんがレムに歌ったいくつものメロディも、俺も聴いたことあるやつばっかり。

 ミュリエルさんに会いたいけれど、お亡くなりになっているという情報も流れ込んできている。


 そうか。

 クラースト村の村長の家系に伝わるのは魔法のみで、魔法を使うための技術――寿命の渦(コスモス)を絞って消費命(パー)に集中する方法は伝わっていない。

 だからミュリエルさんも、このレムも、ディエスへと絞り込まずに魔法代償(プレチウム)に寿命をごっそり持っていかれながら魔法を使っていた。

 ミュリエルさんも魔法を使い込むうちにそれを自覚したみたいだが、貧困の村の中でレムがちゃんと生きていけるようにって魔法を使い続けたっぽい。

 いくらこの世界の寿命の渦(コスモス)が四百年分近くあるとはいえ、村の農作物の品種改良に魔法をたくさん使ったミュリエルさんは寿命を使い切ってしまったようだ。


 あと、ミュリエルさんも魔術特異症だったみたい。

 同じ魔法を使ってもレムの方が効果が弱かったから、レムは自分を出来損ないだと考えている記憶もあったから。

 ミュリエルさんの魂は死後、どこに行ったんだろう。

 地球に戻れたのかな?

 それともここでまた生まれ変われた?

 せっかく地球人に出会えるかもって思えたけど……。


(……誰?)


 少女の声が聞こえた。


(私のことを探っているの?)


 どうやら「探られている」という認識はあるようだ。

 俺も『同胞の絆』を使われている側だったときはそれを感じたし、『テレパシー』は『同胞の絆』の思考をベースに作った魔法でもあるから、想定の範囲内ではあるけれど。


(体の自由がきかないし、意識も集中できない……これ、カウダの毒?)


 これは答えてよいものだろうか。


(ああ、私、用済みになったんだね。ミンみたいに殺されるのかな)


 ミンというのはバータフラ・ミンのことだ。

 レムの記憶が流れ込んでくる。

 バータフラ世代の一番上の男。

 そしてレムが兄のように慕っていた相手。

 ミンがバータフラ世代を連れてクラースト村を出る決断をしたのは、クラースト村の貧しさが原因だった。

 ミュリエルさんが農作物を改良して収穫量を増やしたのはいいが、丈夫な壁で囲い込んだ農地を広げられるほどの余力が村にはなかったし、食糧事情が若干改善されたことでバータフラ以降の世代の生存率が高まり、そのことがあらたな食糧不足にもつながった。

 慢性的な飢餓から脱した最初の世代であるバータフラたちは、村に食糧を残すため、また下の世代たちへ希望を与えるため、働き口を村の外へ探すことにしたのだ。

 まずはボートー紅爵領の領都アイシスへと向かったが、クラースト村の貧しさが有名だったがために彼らは信用を得ることができず、まともな職にはつけなかった。

 次に目指したのはラトウィヂ王国の王都キャンロル――だったのだが、その途中、中継地点からほど近い名無し森砦で兵士を募集しているという情報を入手し、面接と簡単なテストを経てようやく、バータフラ世代は揃って名無し森砦の兵士という職を得た。


 最初にダイクに声をかけられたのは、バータフラ世代の上から二番目の生き残りであるアッタと三番目のネルデー。

 馬に二人乗りで偵察に来たあの二人か――その二人はすぐにダイクに心酔するようになってしまった。

 貧しさの中で育った二人が、ダイクから給料以外に何かと金品をもらったりしたら、そうなるのも無理はないよな。


 そしてミンはアッタとネルからダイクの裏の顔を教えられる。

 ダイクは平民出身だが武功では有名で勲爵(エクウェス)をもらうほどだった。それゆえに名無し森砦の守備隊第二隊隊長という地位を手に入れたのだが、ダイク自身は「辺境の小さな砦に追いやられた」と不満に感じていたようだ。

 なので業績を上げるため、架空の「盗賊団カウダ」を作り上げていた。

 隊員達の一部がカウダとして活動して実際に周辺地域の旅人を襲い、それを討伐するフリで名声を上げるという自作自演。

 襲った人々の死体の一部は、ホリーリヴが魔法で半返りや先祖返りへと加工し、「盗賊団員」に仕立て上げた。

 一般人を襲ってはその財産を懐へ入れ、自分たちで行った襲撃の被害者を魔法で犯人へと変え、討伐した結果とすることで名声を得ようという極悪非道の所業。

 それを知ったミンとレムは反対した。

 しかし、バータフラ世代の他の三人に半ば押し切られる形で協力することになる――というか、「知ってしまった」からには仲間になるか殺されるかしかなかった。


 ウォルラースが名無し森砦を訪れたのは半年ほど前のことだった。

 カウダのカラクリに気づいた上で、ダイクに協力を申し出たウォルラースには、スノドロッフ村の子どもを手に入れたいという欲望があった。

 名無し森砦からそう遠くない場所でアルバスの目撃情報を入手したらしく、ウォルラースはこの近くにスノドロッフ村があると予想していたのだ。

 ダイク達にあの麻痺毒と『カウダの毒消し』とを提供したのもウォルラースだった。

 時間をかけて名無し森砦の付近を探索し、やがてとうとうアルバスを見かけた――それが今回の一連の事件の始まりだった。


 名無し森砦からは表向きは休暇取得中のバータフラ五人が、ウォルラースの部下からはブレドアとノバディが参加し、スノドロッフの子どもを誘拐する作戦が開始された。

 森で遭遇したアルバス――これがタービタさんか――をカウダの麻痺毒でとらえ、レムの『同胞の絆』で操り、スノドロッフ村へと入り、トームたちを騙して連れ出した。

 どうやらスノドロッフ村の入口は、アルバスでないと通れない魔法の仕掛けがあるみたいで。

 さらにウォルラースとの待ち合わせ場所へ移動する途中で偶然出会ったロービンを騙して、子ども達をあの洞窟へと隠した。

 予定では、たまたま見回りに来たダイクによって「たまたまカウダにさらわれていた」ウォルラースは救出され、誘拐も含めた諸々の悪事は全部架空の盗賊団カウダのせいにできるはず、だった。

 俺たちを襲ったりしなければ。


 ウォルラースとダイクが、いざとなったらカウダに仕立て上げようとしていたエルーシから、魔法を使う先祖返り――マドハトのことだな――の噂を聞き急遽、俺たちの馬車を襲うことにしたようだ。

 小道に偵察に来た二人は、アッタとネル。

 この二人は、バータフラ世代の中でも唯一血のつながった実の兄弟。

 レムはネルへ『同胞の絆』を使っていて、ケティを連れ去ることができたのは、ネルにかけた『同胞の絆』の効果時間がまだ残っていたからだった。

 死体でも動かせると気づいたのは、このときが初めてだったようだ。


 ケティをさらったネルを追いかけて俺たちが広場に着いたとき、実はレムもあの場所に居た。

 『魔力感知逃れの衣』を使っていたようだが、ミンとバータフラの四人目であるカンタから弓で狙われていたり、ケティを気にしていたりで、あのときの俺はレムには気づけなかったようだ。

 まだまだ未熟者じゃないか。

 そしてミンの指示でレムは、ネルとの『同胞の絆』を切断し、今度はミンと『同胞の絆』を新たに発動した。

 メリアンが特攻で広場裏の森に隠れていたカンタを倒した頃、ミンはレムを茂みへと隠し、レムから目を逸らさせるために移動を開始した。

 その後、ミンは偵察の二人が乗っていた馬に乗り、俺たちを引きつけた。

 あの洞窟にウォルラースが居たことを知っていたミンは、救援を頼もうとして。

 だが、ウォルラースは自分だけ助かるためにミンを囮にしたのだ。

 そしてその全てをレムは見ていた。

 バータフラ・ミンの死体も洞窟の外へと運び出していたから、ウォルラースの渡した薬のせいでダイクがあんな状態になったのも、ウォルラースが自分だけ逃げるのも全部。


(ねぇ、アンタもウォルラースに騙された側かい? ウォルラースを殺す手伝いをしてくれるなら、私が力を貸すよ。だから解毒してくれないか? 私の体を自由にしていいから)


 レムがウォルラースの悪事に加担せざるを得なかった間の感情まで伝わってきた。

 アッタとネル、カンタについてその死は自業自得だと思っていること。

 レムがタービタの体を操っている間、タービタの貞操を守っていたこと。

 この子は悪い子じゃない。

 ウォルラースを恨んでいて、そして地球人転生者を母に持つ子。

 そしてウォルラースの悪事を知る大事な証人でもある。


(俺は盗賊団じゃない。だが、ウォルラースに対して恨みもある)

(答えてくれた!)


 不意に、俺が触れている彼女のポート化した部分が、少女の――レムの姿へと変わる。

 そのレムの手に、俺の手が触れている、そんなイメージが浮かんでいる。


(わ、感じる……さっきの男の子だよね? リテルだっけ? 魔法に触って覚えられるなんて、魔術師だったんだね?)

(見習いだけどね)

(ね、なんでもするから私のことを助けて。私はウォルラースに敵討ちしたいの)

(俺も、君のことは助けたいと思っている。だけど、スノドロッフの子どもたちをさらったことについては、俺の一存でどうこうはできないことは理解してほしい……なあ、どうしてウォルラースは逃げたのに、タービタさんをもう一度操ったんだ?)

(子どもを一人でも連れていれば、ウォルラースを釣る餌になるかなって思ったから)


 前言撤回。

 決して「悪い子じゃない」わけじゃないんだ。

 ただ彼女の生き伸びてきたクラースト村という劣悪な環境の中では子どもの命が軽すぎて、大事にしようという気持ちが養われなかったのだということが伝わってくる。


(ダメだよ。子どもたちはちゃんと村へ返してあげる。君だってお母さんに大事にされただろう?)

(私の Mom のこと知っているの?)

(知っているわけじゃないけれど)

(もしかして、Englishman? リテルも reincarnate したの?)


 久々に聞く英語だ。reincarnate って転生だったっけ?

 そうだよ、と答えてよいものだろうか。

 転生者であるという情報は、できるだけ知られずに隠しておきたい。

 その一方で、ミュリエルさんの情報をもっと欲しくもある――魔法で無理やり覗き見るのではなく、レムの意思で教えて欲しいというか。

 レムに信頼してもらうためには、こちらからある程度の情報開示も必要なんじゃないのか?

 どう答えたものか迷っている俺の耳に、声が聞こえた。


「リテル殿、大丈夫ですか?」


● 主な登場者


有主(ありす)利照(としてる)/リテル

 猿種(マンッ)、十五歳。リテルの体と記憶、利照(としてる)の自意識と記憶とを持つ。魔術師見習い。

 ラビツ一行を追いかけている。ゴブリン用呪詛と『虫の牙』の呪詛と二つの呪詛に感染。自分以外の地球人の痕跡を発見。


・ケティ

 リテルの幼馴染の女子。猿種(マンッ)、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。

 リテルとは両想い。フォーリーから合流したが、死にかけたり盗賊団による麻痺毒を注入されたり。


・ラビツ

 久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵四人組の一人。ケティの唇を奪った。

 フォーリーではやはり娼館街を訪れていたっぽい。


・マドハト

 ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者。ゴド村の住人で、今は犬種(アヌビスッ)の体を取り戻している。

 元の世界で飼っていたコーギーのハッタに似ている。変な歌とゴブリン語とゴブリン魔法を知っている。


・ルブルム

 魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種(マンッ)

 槍を使った戦闘も得意で、知的好奇心も旺盛。ウォルラースの魔法品により深い眠りに落ちている。


・アルブム

 魔女様の弟子である白髪に銀の瞳の少女。鼠種(ラタトスクッ)の兎亜種。

 外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。


・カエルレウム

 寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種(マンッ)

 ルブルムとアルブムをホムンクルスとして生み出し、リテルの魔法の師匠となった。『解呪の呪詛』を作成中。


・ディナ

 カエルレウムの弟子。ルブルムの先輩にあたる。重度で極度の男嫌い。壮絶な過去がある。

 アールヴを母に持ち、猿種(マンッ)を父に持つ。精霊と契約している。トシテルをようやく信用してくれた。


・ウェス

 ディナに仕えており、御者の他、幅広く仕事をこなす。肌は浅黒く、ショートカットのお姉さん。蝙蝠種(カマソッソッ)

 魔法を使えないときのためにと麻痺毒の入った金属製の筒をくれた。


・『虫の牙』所持者

 キカイー白爵(レウコン・クラティア)の館に居た警備兵と思われる人物。

 『虫の牙』と呼ばれる呪詛の傷を与える異世界の魔法の武器を所持し、ディナに呪詛の傷を付けた。


・メリアン

 ディナ先輩が手配した護衛。リテルたちを鍛える依頼も同時に受けている。

 ものすごい筋肉と角と副乳とを持つ牛種(モレクッ)の半返りの女傭兵。


・エルーシ

 ディナが管理する娼婦街の元締め、ロズの弟である羊種(クヌムッ)。娼館で働くのが嫌で飛び出した。

 仲間の猿種(マンッ)鼠種(ラタトスクッ)と共に盗賊団に入団しようとした。現在逃走中と思われる。


・バータフラ

 クラースト村出身の、とある四年分の世代全体に対して付けられた名前。全員が爬虫種(セベクッ)

 上から、リーダーのミン、ダイクに心酔した実の兄弟アッタとネルデー、広場でメリアンに殺されたカンタ、そしてレム。


・レム

 爬虫種(セベクッ)。胸が大きい。バータフラ世代の五人目の生き残り。不本意ながら盗賊団に加担していた。

 同じく仕方なく加担していたミンを殺したウォルラースを憎んでいる。


・ロービン

 マッチョ爽やかイケメンなホブゴブリン。メリアンと同じくらい強い。正義の心にあふれている。

 マドハトと意気投合し、仲良くなれた様子。


・スノドロッフ村の子どもたち

 魔石(クリスタロ)の産地であるスノドロッフ村からさらわれてきた子どもたち。カウダの毒による麻痺からは回復。

 猫種(バステトッ)の先祖返りでアルバス。ミトとモペトの女子が二人、男子がトーム。


・ベイグル

 スノドロッフ村の若き村長。槍を武器に持つ。魔法も色々と得意。


・トリエグル

 スノドロッフ村の弓の名手。


・タービタ

 スノドロッフ村の女性。数日前に行方不明になった後、全裸で槍だけを装備して突然姿を現した。レムに操られていた。


・ウォルラース

 キカイーの死によって封鎖されたスリナの街から、ディナと商人とを脱出させたなんでも屋。金のためならば平気で人を殺す。

 キカイーがディナたちに興味を示すよう唆した張本人。ダイクの作った盗賊団に一枚噛んだが、逃走。


・ロッキン

 名無し森砦の守備隊第二隊副隊長であり勲爵(エクウェス)。フライ濁爵(メイグマ・クラティア)の三男。

 ダイクが率いていた守備隊の中で、唯一、盗賊団ではなかった。脚の怪我はリテルが回復してあげた。


・ダイク

 名無し森砦の守備隊第二隊隊長であり勲爵(エクウェス)であると自称。筋肉質で猿種(マンッ)にしては体が大きい。

 実績作りのためにカウダ盗賊団を自作自演した。ロービンに左腕を切り落とされ、何かを呑み込んで人を辞めたっぽい。死亡。


・プラプディン

 名無し森砦の守備隊にして盗賊団。小太りの両生種(ヘケトッ)。頭に赤い花が咲いて死亡。


・スナドラ

 名無し森砦の守備隊にして盗賊団。鼠種(ラタトスクッ)。頭に赤い花が咲いて死亡。


・ホリーリヴ

 名無し森砦の守備隊にして盗賊団。鳥種(ホルスッ)。魔法を使うが、そこまで得意ではなさげ。暴走したダイクに殺された。


・ブラデレズン

 名無し森砦の守備隊にして盗賊団。馬種(エポナッ)。ルブルムやケティを見て鼻の下を伸ばしていた。

 ウォルラースの魔法品でうずくまっていた女性陣を襲おうとしてメリアンに返り討ちにされた。




■ はみ出しコラム【魔物デザイン その一の二】

 今回のはみ出しコラムでも、#47 の【魔物まとめ その一】について、別の角度から書く。


・ホルトゥスにおけるゴブリン

 小憎たらしい顔ではあるが、獣種の人間に似た外観でイタズラ好きな種族。慎重は獣種の子供くらい。

 誰かをからかい、歌を歌い、踊り、繁殖して楽しく生きていくのを好む。

 集団で過ごす中には魔術師がいる場合もある。『取り替え子』はゴブリン魔術師自体の丈夫さを増すためのようであるが、それ以外の魔法はほぼ悪戯のためだけに使われる。


・地球におけるゴブリン

 キャサリン・ブリッグス編著の『妖精事典』によれば、「敵意・悪意をもつ精の一般的名称。通常、体は小さく、容貌は怪奇。」とある。

 スカイ・アレクサンダーの『妖精の教科書 神話と伝説と物語』によれば、「醜くて意地悪なこの小さい生き物は集団で旅をし、大惨事を引き起こす――妖精界では、人間のギャングに相当する存在だ。一説によれば、この貪欲な妖精はお金やごちそうが大好きで、欲しいものを手に入れるためには策略その他の手を使うのをためらわない」とある。


 ……とまあ、邪悪な存在一択な感じである。


 創作物においては、トールキンの『指輪物語』においては、オークと同義語(原著『The Hobbit』の第三版の著者注によると、オークの英訳)ということらしい。「オーク」というローハン語起源の西方語を英語に翻訳するのに使われた言葉だという。


 面白いところだと、1986年の映画『ラビリンス/魔王の迷宮』では、デヴィッド・ボウイがゴブリンの魔王を演じている。美しいゴブリン!

 ちなみに同年の映画『ガバリン』は、明らかにゴブリンから取ったと思われる邦題がついているが、原題は『House』であり、登場するのは妖精ではなく幽霊という設定のようである。


・ゴブリンのデザイン

 最近のファンタジー系創作物では、ゴブリンと言えば人を襲って孕ませて悪行の限りを尽くす雑魚だったり群れると侮れなかったり案外強かったりするヒューマノイド・モンスターという描かれ方が多い印象があるが、個人的にはもっと隣人としての異種族感や彼らの生活感を出したかった。

 そのため本来のゴブリンの性質に、プッカやピクシーなどの「いたずら妖精」的な要素を加えてデザインした。いやむしろ後者のイメージの方が強いかもしれない。

 あまりにも凶悪な存在としてデザインしてしまうと、それを警戒・駆逐するための世界観にしなければならず、そうなると(いずれ明らかになる)ホルトゥスの世界観とはマッチしなくなってしまうため。


・取り替え子

 「取り替え子」も、本来は妖精が行うことであり、ゴブリンに限られた話ではない。前出の『妖精事典』では、「妖精が人間の子どもを所有しようとする熱意は、妖精信仰のうちでも最も古い部分の一つであり、妖精の盗みの特殊形態である。」とある。

 ただ、ゴブリンを「いわゆる妖精」的な存在にしようとデザインしたことから、作中ではゴブリン魔法として成立させるに至った。


・ゴブリン語

 作中で「舌打ちクチャ音」と称されるゴブリン語だが、ゴブリン本来が持つ不快さを残す形でゴブリン語をデザインした。

 あえて不快な音でコミュニケーションを取ることで、それを聞いた人々が眉をしかめる――のが楽しくてこのような言葉として発達した、まであると考えている。

 実際、アフリカの方では、様々な音色の舌打ちを言語として用いる種族も居るとか居ないとか(伝聞。ソースなしです)。



・ホルトゥスにおけるホブゴブリン

 こちらは凛々しく筋骨隆々な青年として描かれる。


・地球におけるホブゴブリン

 同じく『妖精事典』によれば、ゴブリンの説明の項に、「この名称ゴブリンに接頭辞ホブ(Hob)がつくと、毒気が除かれる」とある。「ホブゴブリンは人間に対してたまにはいたずらをするにせよ、一般に有用で好意的と思われていた。」とも。

 かの有名なロビン・フッドはホブゴブリンである、という説もあるようですが(明確な一次ソースなしです)、このへんはもしかしたらシェイクスピア『真夏の夜の夢』に登場するロビン・グッドフェローが、妖精に「Those that Hobgoblin call you and sweet Puck, You do their work, and they shall have good luck: Are you not he ?」と言及されるシーンがありますが、この「ホブゴブリンがロビン・グッドフェローのことを可愛いパックと呼ぶ」あたりが混同されて、ホブゴブリン=ロビン・グッドフェローとなり、さらにロビン・グッドフェローとロビン・フッドが混同された説もあるのではないかと個人的には思っています。

 ただ、作中においては、あえて高校一年生の友人により主人公が教えられたファンタジー知識として「ロビン・フッドがホブゴブリンである」という情報を載せていたりします。


・ホブゴブリンのデザイン

 とにかく良い奴、というのを全面に出していたら、見た目が良くなり、それに伴い筋肉量も増えた、という経緯があります。

 ビジュアルイメージはコナン・ザ・バーバリアンをイケメンにした感じです。


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