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#35 虫の牙

「わわっ」


 思わず声を出してしまった。


「アールヴに独自の魔法があるように、異世界……地界(クリープタ)天界(カエルム)に棲むそれぞれの種族の中にも、独自の魔法を持つ奴らが居る。そういった魔法で魔法品が作られることもあるし、その魔法品がこちらの世界(ホルトゥス)へ持ち込まれることもある。ボクに傷を付けた警備兵が持っていたのもその類いだ。『虫の牙』と呼ばれているらしい。物理的な傷ではなく呪詛のごとき傷を負わされた。その傷は光のもとでは見えないが、ある一定の暗さになると姿を現し(うごめ)き始める。そして姿を隠していようが見せていようが、魔法を使おうとすれば咬んで激痛を与える……下品で陰湿な呪詛だよ。カエルレウム様のお持ちの書物に異世界よりもたらされた魔法品について聞き書きしたものがあってね。それでわかったんだ」


 あのキツイ表情は激痛に耐えているがゆえの顔だったのか。


「……ということは、その異世界の種族の魔法を知らないと呪詛を解除できないということですか?」


「ああ、そうだ。だがね、一つだけ方法があるらしい。書物には『虫の牙』と契約した持ち主が死なない限り癒やすことのできない傷を与える、とあった」


 よく見ると、それはムカデではなく、本当に傷だった。

 虫のようにゾワゾワと蠢く傷……でもやっぱり傷ムカデとでも呼んだほうがよさげな動き。

 『虫の牙』という武器を持っている奴が死ぬまで消えない呪詛。


「あの……その警備兵の顔、さっきの魔法で見せてもらうことって可能ですか?」


「後ろから不意打ちされたから、ボクも見ていない。異世界の魔法品など滅多なことじゃ流通などしないから、ただの警備兵じゃなく、それなりの腕を持つ雇われ兵かもしれない。トシテルごとき簡単に返り討ちに合うだろう。余計なことは考えるな」


 なぜだか「はい」とは答えたくない。


「それよりもトシテルはもっと気をつけなければならない奴がいる。そいつは今、このラトウィヂ王国へ潜入しているという情報があるからだ」


 ディナ先輩は振り返り、俺の額に手を添える。慌てて目を閉じる。

 たった今、酷いことをされた話を聞いたばかりなのに、突然こっちを向いたりするから少しだけ見えてしまったディナ先輩の体に女性を感じてしまう自分がどうにも腹立たしいし申し訳ない。


「モトレージ領は急峻な山々に囲まれた盆地でね、領地から外へ出るには二箇所しかない関所のどちらかを通らないといけない。入る時はね……父親が死んだために昔別れた母親を尋ねる孤独な少女ってのを演じて、泣き落とした商人の身内として関所を通り抜けた。しかし出る時まで同じ手は使えない。しかも『虫の牙』の傷を負った状況で、モトレージ領どころかキカイーの屋敷があったスリナの町から抜けることさえもできずにいた。この傷は魔法代償(プレチウム)を消費する瞬間に激痛をもたらすんだ。アールヴの魔法は精霊にまず依頼して、精霊がその依頼を受諾したときに魔法代償(プレチウム)を持ってゆく。激痛はその一瞬だけなのにその痛みは思わず体が歪むほど。通常の魔法ならば集中が途切れて失敗してしまうだろう」


 消費命(パー)の集中を妨げるとは確かに陰湿な呪詛だ。


「そんなボクを助けてくれたのが、そのスリナの町へ連れてきてくれた人がいい商人だった。母を探したけれどとっくの昔にこの街を出ていってしまっていた、とボクが嘆いてみせたら、その商人は信じてくれたよ。とりあえず一緒に連れていってくれると約束してくれた。ただね、キカイーが死んだことで関所が封鎖されてしまったんだ。その時はわからなかったが、『虫の牙』の傷がつけられた犯人を探すつもりだったのだろう」


 ディナ先輩の指が強張り、一瞬だけ消費命(パー)の集中を感じる。

 映像が、再び見え始める。魔法を集中するイメージが伝わってこなかったことを考えると、今のはアールヴの魔法なのかもしれない。


「この男、名をウォルラースという」


 今度見えたのは太った男。

 頭は禿げ上がり、親切そうな笑顔を浮かべてはいるが、口の両端からかなり大きめの牙が飛び出している。

 サーベルタイガーのような、不自然にでかい牙が。


「モトレージ領をどうしても脱出したかった商人が探してきたのは自称なんでも屋だ。商人は隣の領地で大口取引の約束があり、ここで長く足止めされるわけにはいかなかったらしい。もちろん関所を封鎖している側は封鎖によって商人が大損したところで一銅貨(エクス)ですら補償はしてくれない。焦り困り疲れ果てていた商人は、この見るからにうさん臭いなんでも屋と称する男を頼ったのだ」


 ウォルラース。

 牙以外は普通の人の顔ということは、半返りだろうか。

 猫種(バステトッ)の亜種で虎っぽいのはいるようだが、サーベルタイガーみたいに地球では絶滅している亜種もいるのかな。


「ウォルラースは関所の領兵どもと懇意にしていてな、商人が次の取引で得る儲けの半分をよこすならば脱出させてやると条件を提示したらしい。無茶な条件だったが大損するより半分でも儲けが残るのならと商人はその条件を呑んだ。実際、ウォルラースは商人とボクとをモトレージ領から出してはくれたんだ……しかしね、関所を越えてすぐに本性を現したよ。喉が乾いたから休憩しようと言い出した。近くに美味しい湧き水のある場所を知っていると言い、街道を外れて山道へと誘導した。ウォルラースが止まるよう指示した場所には案の定、奴らの仲間が四人も待ち構えていやがった。ボクはもちろん隙をついて逃げようとしたよ。しかし強烈な腹痛に襲われてね、逃げ出し損ねてしまった。そんなボクの首にウォルラースは金属製の首輪のようなモノをはめたんだ」


 映像が消えた。

 けど、ウォルラースの顔はしっかりと覚えた。


「二人は商人を、もう二人はボクを押さえつけた状態で、ウォルラースは商人に尋ねた。次の取引についての詳細を。あの商人も愚かだったよ。始めは頑なに拒んでいたのにさ、ボクの顔に剣先を突きつけられた途端、全部しゃべってしまったんだよ。これから商品にしようとしている女の顔に傷をつけるはずなんてないのにね。全部話してしまったから用済みになった。ウォルラースともう一人が商人の死体を片付けに居なくなると、残りの三人はボクの検品を始めたんだ……体の内側までね」


 ディナ先輩は言葉を選んではいるけれど……そういうこと、だよね……。


「残った三人は執拗にボクへの検品を続けた。首輪以外のすべてを剥ぎ、やがて気付いた。『虫の牙』の傷が、焚き火の照らさぬボクの影の側に蠢いていることに。最初に気付いた奴は『虫の牙』のことを知らなかったんだろうね、何かの魔法を使ってやがるって叫んだ。もう一人が首輪を付けているから魔法を使えないはずだと返す。どうせそういう首輪だろうと予想していたボクは、キカイーの屋敷へ忍び込んだときのことを思い出した。『虫の牙』の傷を付けられる前に出会った何人かの衛兵が口にした言葉を――魔法封印を施しているのにどうやって、と。その時ボクは賭けてみた。連中の魔法への対抗手段が、アールヴの魔法には効果がないという願望に」


 ディナ先輩は俺の額から手を放したようだけど、俺はまだ目を開けられずにいた。

 声の感じからすると俺の方を真っ直ぐ向いて話している。衣擦れは聞こえないからまだ服は着ていない。


「ボクは風の精霊に頼み、正面に居た男の首を裂いた。首輪は反応しない。しかし『虫の牙』の傷はボクを鋭く咬み、一瞬、呼吸ができなくなって地面へと這いつくばった。そのボクのすぐ真上をかすめるように荒々しい蹴りが飛ぶ。ボクが振り向くとそこに立っていた男は下半身が丸出しだったからね、切り落としてもらったよ」


 自分の股間が無意識にヒュンとなる。


「三人目は先の二人ほど間抜けではなかった。股間を抑えてうずくまる男の陰から槍でボクを突き刺そうとした。うずくまる男ごとね。ボクは何とかその攻撃を避け、もう一度精霊に頼もうと身構える。そいつはマントで自分の首と片目とを隠しつつも、前後左右に細かく移動し始めた。普通の魔法は相手の居る場所へ直接魔法を発生させる場合、例えば『魔法転移』を使用するならば、距離を決めてから使用する必要がある。直接魔法を投射されたらマントで受けることもできるし、体の位置をある程度は隠すことができる。槍の男は明らかに魔術師相手の戦闘にも慣れている……油断ならない手練だよ」


 なるほど。勉強になる。


「こういう相手へはむやみに攻撃をしかけると、その隙をつかれて逆に返り討ちに遭いかねない。いつどうやって仕掛けるか……それに気を取られていたボクは、最初に首を裂いた奴がまだ生きていたことに気付かず、そいつに足をつかまれてしまった。それを機とみた槍の男は、自分の片目と首とを隠した姿勢のまま、ボクへ槍を投げつけた……警戒なんかしないで全力で攻撃していれば、ボクの精霊への依頼の方が遅かったかもしれなかったのにね。風が槍を逸してくれた直後、焚き火の炎の舌が男の頭部を舐めてくれた。ボクが契約している精霊はたくさんいるからね。その後は、せっかく差し出された武器を使わないなんてもったいない。三人を念入りに刺し殺してあげたよ。それから馬を逃して馬車(ゥラエダ)を燃やして、少し離れた場所へ潜んだんだ」


「に、逃げないんですか」


「首輪の効果が全て明らかになったわけではない以上、外さずに逃げ出すことは、逃げられたかもしれないという油断を自らに呼び込むだけだからな。致命的な結果を招くかもしれない。外す手段はきっとウォルラースが握っているはずだと考えたのだ」


 そうか。居場所を突き止められる可能性か。

 一つわかったことがあるとそれ以外の可能性について思考が及ばなくなるの、俺の悪いところだな。

 直さなくては。


「炎が見えたのだろうな。ウォルラースたちは慌てて戻ってきた。そして死体に気を向けた瞬間を狙って、ボクは風に奴らの首筋を狙ってもらった。一人は殺せたよ。だがウォルラースはとっさに仲間を盾にして生き延びたんだ。そして直後、また激痛がボクの下腹部に出現した。これで何らかの魔法を使用したのはウォルラースだと確定した。ボクは身を隠しながら移動したが、ウォルラースはずっとボクが居る方向へ注意を向けていた……やはりボクの位置を把握できている」


 やはり、という言葉がつらい。

 ディナ先輩に早く逃げてほしい気持ちでハラハラする。


「そのときだよ。ウォルラースが突然、笑い出したのは」


 笑い出した?


● 主な登場者


有主(ありす)利照(としてる)/リテル

 猿種(マンッ)、十五歳。リテルの体と記憶、利照(としてる)の自意識と記憶とを持つ。魔術師見習い。

 呪詛に感染中の身で、呪詛の原因たるラビツ一行をルブルム、マドハトと共に追いかけている。


・ケティ

 リテルの幼馴染の女子。猿種(マンッ)、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。

 リテルとは両想い。熱を出したリテルを一晩中看病してくれていた。リテルが腰紐を失くしたのを目ざとく見つけた。


・ラビツ

 久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵四人組の一人。ケティの唇を奪った。

 フォーリーではやはり娼館街を訪れていたっぽい。


・マドハト

 ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者。ゴド村の住人で、とうとう犬種(アヌビスッ)の体を取り戻した。

 リテルに恩を感じついてきている。元の世界で飼っていたコーギーのハッタに似ている。街中で魔法を使い捕まった。


・ルブルム

 魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種(マンッ)

 槍を使った戦闘も得意で、知的好奇心も旺盛。リテルと互いの生殖器を見せ合う約束をしたと思っていた。


・アルブム

 魔女様の弟子である白髪に銀の瞳の少女。鼠種(ラタトスクッ)の兎亜種。

 外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。


・カエルレウム

 寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種(マンッ)

 ルブルムとアルブムをホムンクルスとして生み出し、リテルの魔法の師匠となった。『解呪の呪詛』を作成中。


・ディナ

 カエルレウムの弟子。ルブルムの先輩にあたる。重度で極度の男嫌い。壮絶な過去がある。

 アールヴを母に持ち、猿種(マンッ)を父に持つ。精霊と契約している。トシテルに自分の過去を語り始めた。


・ウェス

 ディナに仕えており、御者の他、幅広く仕事をこなす。肌は浅黒く、ショートカットのお姉さん。蝙蝠種(カマソッソッ)

 リテルに対して貧民街シャンティ・オッピドゥムでの最低限の知識やマナーを教えてくれた。


・ディナの母

 保守的で閉鎖的でよそ者を嫌うアールヴだが、自分の命を救った猿種(マンッ)の男と結ばれ、ディナを産んだ。

 男を戦争で失くした後、キカイーに仕え、母娘ともに慰み者にされたことを知り、己の命を賭してディナを逃した。


・キカイー

 モトレージ領を治める白爵(レウコン・クラティア)

 ディナ先輩とその母を欲望のままに追い込んだ。ディナに復讐され、殺された。


・警備兵

 『虫の牙』と呼ばれる呪詛の傷を与える異世界の魔法の武器を所持し、ディナに呪詛の傷を付けた。


・商人

 ディナがキカイーの住むモトレージ領、スリナの街への出入りする際に利用した、人を信じやすい商人。

 ウォルラースにより殺された。


・ウォルラース

 キカイーの死によって封鎖されたスリナの街から、ディナと商人とを脱出させたなんでも屋。

 金のためならば平気で人を殺す。


・ウォルラースの仲間たち

 四人のうち三人がディナを嬲った。全員殺された。




■ はみ出しコラム【空を飛ぶ】

 ディナの母がディナを空へ飛ばしたのは魔法によるもの。

 とはいえ、キカイーの屋敷からアールヴの隠れ里まで人ひとりを飛ばすのに必要な魔法代償(プレチウム)は寿命の長いアールヴといえども一生分では通常足りない。

 魔法での飛行はそれほどまでに魔法代償(プレチウム)消費の燃費が悪い。

 まず浮遊に対し、一定の高さへと至るまでに相当量の魔法代償(プレチウム)を消費し、その上で浮遊を維持したままでの移動にも別途魔法代償(プレチウム)を消費する。

 しかも人が空を飛ぶのに必要なイメージができたうえで、である。

 ディナの母の場合、風の精霊という存在を知っていたため、己の魂のほとんどを風の精霊へと換え、運んだ。

 精霊と魂とが共に目に見えない存在であることを知っており、その類似点をイメージできたがため、遠く離れた隠れ里まで運ぶことができたが、精霊の存在が身近ではない獣種であれば途中で魔法代償(プレチウム)が不足し、落下していた恐れさえあった。


・気球

 ホルトゥスにおいて、技術として気球は存在する。

 しかし異門(ポールタ)より出現する魔物の中には飛行能力を有する者も少なくない。

 安定した航空路は望めないのである。

 そのため、大都市において王族や貴族が遊覧する場合や、離れた場所への連絡のための無人気球等、ごくごく限られたシーンでの使用に限られている。


・飛行機

 飛行機については、理論としての記録はあるが、空を飛ばせるほどのエンジンが存在しないため実在はしない。


・ハンググライダー、パラシュート

 また、ハンググライダーも存在するが、気球同様に環境的な危険性が高く、レジャーでの使用ではなく偵察などに用いられる。

 同様にパラシュートも存在するが、レジャーでの使用は基本的にない。


・魔女の(ほうき)

 ホルトゥスにおける魔女とは、女性魔術師を意味する単語に過ぎず、地球における『魔女』のイメージはない。

 そのため「箒にまたがって飛ぶ」というイメージも存在しない。

 ちなみに特に女性魔術師を指す場合魔女(マガ)、男性魔術師ならば魔男(マグス)と呼ぶ。


・その他の空を飛ぶ手段

 魔術師の中には魔物を利用して空を飛ぶ者もいるが、それはごくごく少数である。

 魔物を魔法で従えて空を飛ぶことは、空中で魔法効果が切れた場合に致命的なので、通常は用いられない。

 魔術師と飛行能力を持つ魔物とが互いに信頼で結ばれ『魔物契約』が成立したとき初めて、魔術師が己の命を預けて空を飛べる程度である。


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