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#26 夜の街へ

 ディナ先輩の表情が変わった。

 驚くほど見事に変わった。

 変わったその表情は、どことなくルブルムに似ていた。あの、俺の股間を眺めていたときのルブルムの表情に。


「ふむ……本当のようだな」


 『魔力感知』で触れられているのがはっきりとわかる。丁寧に、丹念に。


「このような形の寿命の渦(コスモス)は、二重人格という古い記録を見たことがある。お前もそうなのか?」


 これはリテルと(としてる)の関係性のことを言っているのだろうか。

 当たらじと言えども遠からじ。ただ、正確には二重人格ではないよな。俺が一方的にリテルの体を奪っているような感じ。


「二重人格とは違うと思います。うまく表現できる言葉を知りませんが、ただ、二重人格ではないといい切れるほどのものでもない気もします」


 自分の命を簡単に奪いそうな相手の前では、すぐバレそうな取り繕い方はすべきではないと思った。それに、リテルじゃないのにリテルとしてずっと振る舞っていることへの疲れや罪悪感もあった。

 俺が異世界から来たのだということをカミングアウトしようとした矢先。


「ディナ様、そろそろお時間です」


 御者さんに遮られた。


「そうか。では先に済ませてきてもらおうか」


 俺は、そのまま三人と一緒に一階へと戻る。

 武器は携帯禁止で上着だけ羽織るよう言われてその通りにすると、俺と御者さんの二人だけで馬車(ゥラエダ)に乗り込んだ。

 とは言っても二人とも御者台に、だが。


「リテル君が生きてあの屋敷を出てこられるとは思ってもいなかった」


 御者さんは再びフード付きマントのフードを目深に被っている。


「ありがたいことです」


 それ以外に無難な回答が見つからない。

 こんな物騒なことをあっさり言われるなんて、もしかしてディナ先輩ってこっちでマフィアっぽいことやっているのかな。

 さっき言われた「済ませてきて」というのも気になるし。


「ところで、どうやって人探しをするつもりだったんだ?」


 カエルレウム師匠からはまずディナ先輩のところを訪ねるよう指示されていたが、一応自分なりに考えてはいた。


「まず出口側の門へと行き、通った人たちのことを訊いて、それで通っていないようでしたら言付けと足止めをお願いして、それから地道に宿屋を回るつもりでした」


「最初は良いが、次が駄目だな。フォーリー(ここ)にどれだけの数の宿屋があると思っている。娼館も合わせたら星の数ほどだ。とてもじゃないが一晩で回りきれる数ではないし、そもそも田舎者の若造が突然訪ねていってまともに相手をしてもらえると思っているのか? 賄賂はどのくらい用意した?」


 そうか。情報は無料じゃない。賄賂のことなんて何も考えていなかったし、そんな予算もない。


「浅はかでした。申し訳ないです」


「断られるだけならまだ良い。単に金のないお盛んさん(クピディタース)の新しい潜入手口と思われれば乱暴に叩き出されることもあるだろうし、商売敵の手先だと思われようものならお前くらいの若造一人、捕まえられてどうにでもなるぞ」


 そんなにガラが悪いのか。

 スラム街みたいな感じなのだろうか。

 さすがにそんな場所、元の世界では行ったこともないし「危険だ」ということ以外よくわかってなかった。


「俺はそういう場所での常識や立ち回り、そういう経験も知識もないに等しいです。あの……御者さん、お手間でなければ、いろいろと教えていただけないでしょうか」


「ウェスだ」


「ウェス……」


 合言葉か何かだろうか。


「呼び捨てを許すほど、仲良くなったつもりはないがな」


「あっ、ウ、ウェスさん。すみません。そういう場所で使う隠語か何かだと勝手に思ってしまって。申し訳ありません」


「おいっ、御者台で立ち上がるな! 頭を下げないでいい! 座れ!」


「すみません」


「まったく。こういうところは田舎の若造なのだがな」


 中街の煌々(こうこう)とした篝火がフードからわずかに覗くウェスさんの少しだけ笑った口元を照らす。

 その後、外街へと抜けると、次第に周囲の建物が古びて汚くなってきた。

 道端に座り込む人もちらほらと見え始め、そういう人たちの身だしなみも目つきもが次第に心地悪いものへと変わってゆく。

 やがて、お香っぽい甘い匂いを感じ始めた頃、路地に居る人々の女性比率が極端に増えていることに気付く。

 大抵が肌の露出が多めのワンピースのような服装で――リテルの記憶にはないが(としてる)でも分かる――ここは娼館街だ。

 馬車(ゥラエダ)はさらに進み、その間、ウェスさんは貧民街シャンティ・オッピドゥムでの最低限の知識やマナーというのを説明してくださった。

 ルブルムを守るためにも、ルブルムにも教えるためにも、まずは俺がそういう知識を知らないと話にならない。

 しかしウェスさんの声は、ボリュームは小さめなのによく聞こえる。


 外街にはしては街角に立つ領兵さんたちの人数が増えたかもと思えた頃、馬車(ゥラエダ)のスピードが落ちた。

 曲がる?

 何だここ?

 見た感じ、馬車(ゥラエダ)が一台ずつ入れそうなガレージが幾つも並んでいる。そしてその入り口には、入り口上部から地面近くまで細長い布のようなものが暖簾(のれん)みたいにぶら下がっている。

 さらには中街の警備兵っぽい人たちが何人か槍を構えて立っている。ここは外街だというのに。

 そのうちの二人が槍でガレージの暖簾を大きく左右に開いた。ウェスさんはそのままそこへ馬車(ゥラエダ)を進める。

 あー、お忍びで来る偉い人用の駐車場って感じなのかな。

 鼻腔(びこう)をくすぐる甘い香りが濃くなる。それでもさっきまでの香りに比べて高級感があるというか、お高い感じがする。初めて嗅ぐ香りなのに、そう感じるというのは不思議な気分だ。

 元の世界では行ったことなかったが、夜の街ってこういう感じなのだろうか。


 御者台の脇にかけてあった灯り箱(ランテルナ)を手に取ったウェスさんは御者台を降り、先の暗闇へ。

 下へ降りる階段が見える。俺も慌てて降りて、ついてゆく。

 緊張する。だってまだ高一だよ? ふと、ケティのことを思い出す。リテルの大切な人。それからルブルムのことも。

 何ソワソワしてるんだ俺は――どこであろうと関係ない。俺は紳士であるべきなのだ。

 背筋を伸ばして、『魔力微感知』の集中を途切れないように意識して、俺は階段を降り始めた。




 通された部屋には扉がなく、のれんのような長い布が部屋と廊下とを間仕切っている。

 中には色っぽいお姉さんたちが五人、壁に沿って並べられたソファに深々と座っていた。

 あまり広くない室内。

 中央にはテーブルがあり、その上にはオレンジ色に染まった木製の大きい深皿が置かれている。

 第一印象はカラオケボックスの個室。


 一番奥のソファには羊種(クヌムッ)が一人、左右のソファには――右奥から牛種(モレクッ)猿種(マンッ)、左奥から鼠種(ラタトスクッ)のリス亜種、猪種(ヴァラーハッ)

 左右のソファーの四人も、路地に立っていたお姉さんたち同様に、露出多めのワンピースのような服。

 腕組みしてあくびをしたり、自分の指先のマニキュアを眺めたり、手持ち無沙汰な感じ。


「ウェスさん、兎種(ハクトッ)一人に、猿種(マンッ)が二人、先祖返りの猫種(バステトッ)が一人で四人組の傭兵ってんだろ? 遊び慣れた連中っぽくてね、名前は名乗っちゃいないが、おそらくこの子たちだよ。こっちがリーリイ、デイジ。こっちがヴァイオレ、ラークスパ」


 奥の羊種(クヌムッ)があごで四人を指す。

 このお姉さんがここいらの娼館街の元締めのロズさんだろう。

 年齢も一番上っぽくはあるけれど、それでも「おばさん」ではなく「綺麗なお姉さん」という印象しか受けない。というか残りの四人のうち左側の二人、ヴァイオレさんとラークスパさんは(リテル)とほとんど変わらないくらいの年齢に見える。


「ご苦労。では伝えておいた通り、しばらくの間は仕事を休んでいただきたい」


 ウェスさんがロズさんへと伝える。

 ディナ先輩が、俺たちが来る前からラビツの特徴をもとに探すよう手配していてくださったとか。

 そういえばディナ先輩はカエルレウム師匠の弟子だから、魔術師免状で『遠話』ができるんだよな。


「どのくらいぃ? その間、稼ぎなしぃ?」


 猪種(ヴァラーハッ)のラークスパさんがけだるそうに尋ねると、ウェスさんはこちらを振り向いた。


「質問には彼が答える」


「あら、なかなか可愛い子ね。しかも遊び慣れてなさそうなとこがまたいいわね」


 牛種(モレクッ)のリーリイさんが舐めるような目つきで俺を見つめながら甘い声を出す。

 その隣、猿種(マンッ)のデイジさんは投げキッスをこちらへと投げる。

 この人たちからしたら営業トークなんだろうが、なぜか背筋に嫌な汗をかく。


 なんだろう、この不快感――すぐには気づかなかった。

 いや、気づかなかったんじゃなく、気づきたくなかっただけなのかも。

 甘い匂い、舐めるような目つき――というかその「舐める」っていうキーワード、積極的に乗り出してくる感じ。

 俺は思い出していた。

 悪夢みたいなあのときのことを――パイアに襲われたときのことを。

 この人たちは全く関係ないのに。トラウマになってしまったのだろうか。


 だけど。

 その不快感をここで出すわけにはいかない。

 この人たちは情報提供者で、しかも何も悪くはないのだから。

 それに自分の弱点を他人に晒すだなんて、そんな甘えた根性でルブルムを守れやしない。

 紳士たれ、俺。

 拳をぎゅっと握りしめる。


「まずは一週間ほど。それより伸びる場合はディナ様よりまた通達があります。お休みの間の生活費についてはディナ様より別途、支給されます」


 先程ウェスさんに言われていた通りに伝える。

 不能の呪詛に対抗する『解呪の呪詛』は完成まで長くとも一週間かからないだろうとカエルレウム師匠がおっしゃっていたが、ディナ先輩を通じてそれはウェスさんにも伝わっていた。

 呪詛は小規模な魔術とは異なり幾重にも干渉し合う魔法を組み合わせるため、一度に発動するには魔法代償(プレチウム)が膨大過ぎ、少しずつ部分的に構築しつつ最終形に向けて構成せざるを得ず、どうしても時間がかかるとのこと。

 『解呪の呪詛』を呪詛形式にしたのは、接触者を完全に特定・隔離するのは困難だろうというカエルレウム師匠のお見立てによるもの。

 また、ラビツの持つ呪詛が今後、俺やマドハト以外の魔術特異症と出会ってさらに変異する可能性も考慮に入れた上で『解呪の呪詛』を設計しているご様子。

 だけど呪詛については彼女たち――ロズさんにさえ伝えていない。

 一応は「ラビツたちが性病に感染している恐れがあるという情報をつかんだ」という、嘘ではあるがある意味真実に近い情報で行動の制限を試みる作戦なのだが。


「でもねぇ、あん人ら、病気が伝染りそうなことは結局何もしてないんよ」


 デイジさんが両手をパッとおどけるように開いた。


● 主な登場者


有主(ありす)利照(としてる)/リテル

 猿種(マンッ)、十五歳。リテルの体と記憶、利照(としてる)の自意識と記憶とを持つ。魔術師見習い。

 呪詛に感染中の身で、呪詛の原因たるラビツ一行をルブルム、マドハトと共に追いかけている。


・ケティ

 リテルの幼馴染の女子。猿種(マンッ)、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。

 リテルとは両想い。熱を出したリテルを一晩中看病してくれていた。リテルが腰紐を失くしたのを目ざとく見つけた。


・ラビツ

 久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵四人組の一人。ケティの唇を奪った。

 フォーリーではやはり娼館街を訪れていたっぽい。


・マドハト

 ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者。ゴド村の住人で、とうとう犬種(アヌビスッ)の体を取り戻した。

 リテルに恩を感じついてきている。元の世界で飼っていたコーギーのハッタに似ている。街中で魔法を使い捕まった。


・ルブルム

 魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種(マンッ)

 槍を使った戦闘も得意で、知的好奇心も旺盛。リテルが悩みを聞いたことで笑うようになり、二人の距離もかなり縮まった。


・アルブム

 魔女様の弟子である白髪に銀の瞳の少女。鼠種(ラタトスクッ)の兎亜種。

 外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。


・カエルレウム

 寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種(マンッ)

 ルブルムとアルブムをホムンクルスとして生み出し、リテルの魔法の師匠となった。『解呪の呪詛』を作成中。


・ディナ

 カエルレウムの弟子。ルブルムの先輩にあたる。重度で極度の男嫌いっぽいが、感情にまかせて動いているわけではなさげ。

 カエルレウムより連絡を受けた直後から娼館街へラビツたちを探すよう依頼していた。


・ウェス

 ディナに仕えており、御者の他、幅広く仕事をこなす。肌は浅黒く、ショートカットのお姉さん。耳の形状はコウモリっぽい。

 リテルに対して貧民街シャンティ・オッピドゥムでの最低限の知識やマナーを教えてくれた。


・ロズ

 羊種(クヌムッ)の綺麗なお姉さん。娼館街の元締め。


・リーリイ

 牛種(モレクッ)の色っぽいお姉さん。リテルは好みのタイプっぽい。


・デイジ

 猿種(マンッ)の色っぽいお姉さん。ラビツたちを客として引き受けたが、何もしていないと言い出した。


・ヴァイオレ

 鼠種(ラタトスクッ)のリス亜種の色っぽい少女。


・ラークスパ

 猪種(ヴァラーハッ)の色っぽい少女。けだるそう。




■ はみ出しコラム【依頼斡旋屋】

 ラトウィヂ王国においては「冒険者」という職業は存在しない。

 魔物退治に関しては、魔術師が監視し、討伐自体は国や領主の手持ちの兵士が担うことがほとんどである。

 ごくたまに、寄らずの森の魔女のように、魔術師と地域の動物とで連携して対応することもあるが、それはどちらかというとレアケースである。


 地方の、魔術師組合や依頼斡旋屋が存在しない小規模集落においては、郷土兵が大抵の依頼を引き受けるが、都市部においては、依頼斡旋屋に依頼をするのが普通である。


・依頼斡旋屋

 依頼斡旋屋では、受けた仕事の内容をもとに事前に登録していた者へ仕事を割り振る。

 副業として依頼斡旋屋に登録している者は少なくない。

 傭兵や、街から街へ渡り歩く自由労働者は、新しい街を訪れたらまず最初に魔術師組合を訪れ、その後、依頼斡旋屋を訪れて自身を登録する。

 なぜ先に魔術師組合を訪れるかというと、実績紋の更新を行うためである。


 依頼主直接依頼される場合もあるが、依頼は依頼斡旋屋を通さなければならない決まりはない。ただし、独自依頼によりトラブルに発展した場合、自己責任となる。


・自由労働者

 地球でいうフリーターに近い感覚の職業である。

 定職に就かず、依頼をこなしたり寿命を売ったりしてしばらく街に滞在した後、また別の街へと旅立つ者のこと。

 流れ者とも呼ばれる。最初からお金を持っている貴族の子息などの場合、旅人とも呼ばれる。


・実績紋

 魔石(クリスタロ)の粉末を練り込んだ塗料による入れ墨である。

 大抵は、所属する(最初に登録した)国を表す文様が刻まれる。

 この実績紋には、過去の功績や懲罰、討伐などの記録が魔法的に記録される。魔石に魔法を蓄えるのと同様、記録を格納しているのである。

 実績紋の読み取りや上書きは、特殊な魔法が必要で、魔術師組合でしか受け付けていない。

 魔術師組合では、実績紋の最新情報を羊皮紙などへ記載してくれるため、その羊皮紙を依頼斡旋屋へ持ち込むことになる。

 実績紋は、首の近くや二の腕の内側、内腿など、鎧を脱がなくとも比較的露出がたやすく怪我をしにくい場所に刻むことが多い。


・兵舎窓口

 討伐等の依頼、魔物の発見報告については、依頼斡旋屋ではなく直接、兵舎窓口へ伝えることになっている。


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