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#24 暗黒の密室

「ディナ先輩、どうしてリテルは同じ部屋ではないのか?」


「当たり前だ」

「当たり前だよ」


 俺とディナ先輩のツッコミが重なった。ディナ先輩はすぐに俺の顔を見る。さっきより少しだけ怖さの和らいだ表情――そりゃ俺だって常識くらいありますよ――リテルの記憶を確かめると、結婚も婚約もしていない男女が同じ部屋に泊まることは、この世界においてもあまりよろしくない感じ。

 娼館でもなければ。

 ふいにラビツのことを思いだす。ただの村娘だったケティを、そういう対象として扱おうとした性欲の塊みたいな男。

 ケティは村の用意した子種のための「歓迎」要員ではなかったのに。


「ルブルム、家族ではなく婚約しているわけでもない男女は、普通は一緒の部屋では寝ない。昨日の荷車(クールルス)みたいに、狭い場所に多くの人数で寝なきゃいけないような場合ってのは特殊なんだ」


「そうか、わかった」


 ルブルムがそう言いながらも立ち去ろうとしない。

 まだ何か気になることが、と問いかけようとしたとき、つないでいた手を伸ばして俺の頬に触れようとした。


「ルブルムッ!」


 ディナ先輩が叫ぶよりも早く俺は後退(あとずさ)った。


「ディナ様、自分で治したいのですが、この屋敷の中での魔法の使用をお許しくださいますか?」


「ああ。ルブルムの貴重な寿命をお前ごときに消費させるな」


 とりあえず魔法使用を理由に領兵さんの詰め所の牢屋へ逆戻りというのは避けられそうだな。


「ルブルム。今回の件について詳しく聞きたい」


 ルブルムは再び俺の顔を見て、名残惜しそうな表情を見せつつディナ先輩のもとへと歩き出す。

 ホッとしそうになるのをぐっと堪える。ディナ先輩の前では気を抜いてはいけない気がするから。

 それにしても。

 ルブルムの無防備さは、周囲に善人がいなければ保たれない危ういものだとは俺も感じている。でもそれは今まで育っていた環境ではたまたまそういうことを学ぶ機会が、というか必要がなかったということなんだろうな。

 それを「俺がそう誘導した」みたいに言われるのは困るな……となると、俺は自分の身を守るためには先回りして予防する必要がありそうだ。

 ルブルムが天然っぷりを炸裂させる前に、勘違いされそうなことについては先回りして危険への可能性と正しい知識とを伝えること。

 カエルレウム師匠のおっしゃった「思考を止めるな」が改めて胸に響く。


「こちらだ」


 御者さんは玄関ホールの、大階段を正面に見た左手側の壁にあるドアへと向かう。

 もちろん俺はついて行く。

 ドアの向こうは真っ暗。その暗闇に緊張する。

 玄関ホールは天井から下げられたシャンデリアのような燭台と、壁にある幾つもの燭台とでホール全体が煌々と照らされていて、ほぼ満月の双子月が照らす中庭に負けないくらい明るかったが、この部屋はロウソクの一本も点いていない。

 でも当然なんだよな。

 明かりは電気でも魔法でもなく火なのだから。人が居ない場所で火の点けっぱなしなどあり得ない。


 御者さんは入り口入ってすぐのテーブルに置いてある小皿の上へ、懐から取り出した何かをパラパラと乗せる。次にこれも懐から出した火打ち石と火打ち金とを数回打ち鳴らす。なるほど。パラパラしたやつは火口(ほくち)か。

 小さく点いた種火を手のひらで仰ぎ、火が少し大きくなったところでようやく灯り箱(ランテルナ)を灯した。すぐに油の焼ける臭い。中学の実験で使ったアルコールランプに似ている。

 (ほの)かな明かりが小部屋に満ちる――部屋中が照らされている?

 この灯り箱(ランテルナ)、周囲の覆いがガラスだ!


 普通の灯り箱(ランテルナ)は取っ手のついた四角い箱のような形状で、三方を板で覆い、残りの一方は蓋として開閉ができる。その三方には薄く叩いて伸ばした金属板がセットされていて、反射によりロウソク一本の割には明るい。

 ストウ村の村長や監理官さん、カエルレウム師匠の家にあったのもこのタイプ。

 でもここのは違う。アルコールランプがセットされた土台から金属のフレームが伸びていて、曇りガラスの筒を支えている。火を点けるときはガラスの筒を持ち上げていた。

 ガラスの筒の上部には熱や煤を受け止めるための覆いがついていて、見た目も元の世界のキャンプ用ランタンに近い。

 富裕層しかいない中街に居を構えていることといい、窓ガラスといい、灯り箱(ランテルナ)にまでガラスを使っていることといい、ディナ先輩は相当なお金持ちなのかな。


「好きな場所を使っていい。荷物と武器はここに置くように」


 明るくなった部屋は、ホールの広さと比べてしまうとかなり狭い。六畳(利照の部屋)よりも狭そうだ。

 ドアは向かい側の壁のと合わせて二つだけ。木製のポールハンガーが何個かあり、壁際にはリテルの家でも使われているような木箱が幾つか。物入れとしても椅子としても使えるやつ。


「わかりました」


 まず弓を壁に立てかけ、矢筒を外してポールハンガーへと引っ掛ける。続けて狩人用のポンチョ風上着も。

 手斧や短剣は鞘のついている頑丈な革ベルトごと外して木箱の一つの上へ置く。肩に食い込んでいたベルトがなくなったことで体が軽さを開放感とを感じる。

 あとはテニール兄貴から貸してもらった革のすね当て。隠しナイフ付き――だが、どうしようか。

 万が一のときのためにと一瞬外すのをためらったが、「武器はここに置くように」という言葉に従わない方が後で問題になりそうだからとしっかり外して革ベルトと同じ場所へ。

 これで普段着とブーツだけになった。

 薄着になったせいか屋敷内の空気をより寒々しく感じる。


「指示されている場所へ連れて行く」


 引っかかる言い方だなと思いつつも俺は従う一択だ。

 奥のドアを抜けた先は廊下で、出てすぐに右へと折れている。

 御者さんに続いてその角を曲がると、けっこうな長さがあることが分かる。灯り箱(ランテルナ)の明かるさでは廊下の先までは見通せないからだ。

 そんな不穏な廊下を数アブス進んだところで右側にぽっかりと階段が現れた。

 ただでさえ暗い廊下のさらに地下へと続く階段。暗黒の深淵とか闇に呑まれるとか中二っぽい単語が頭に浮かぶ。


「降りるぞ」


「はい」


 足音が変わる。タイルではなく石。

 この「地下牢に続く」感。

 不意に御者さんがフードを外した。ぴょこんと可愛い感じの耳が見える。

 兎――よりは短い。獣種は何だろうか――とか考えてると足元が危険。階段を危うく踏み外しかけた。

 それぞれの段の幅が一定じゃなくて歩きにくい。

 森の中と違ってここは建物の中なので五感よりも『魔力感知』を強めにしても、階段やその先の構造は全く伝わってこない。

 『魔力感知』を覚え『魔力微感知』を習得しただけでもう、俺は慢心してたのか。

 どんな優れた効果であっても、別の側面から見れば穴はある。天狗になる前に早めに気付けて良かった。


 紳士として降り続けた階段は、左右に伸びる通路に突き当たって終わった。

 目はちょっと慣れてきているが灯り箱(ランテルナ)の明るさのみでは心(もと)ない。


 御者さんは右へ。俺も続く。

 カビ臭い地下通路に二つの足音が響く。

 ドアを左右に一つずつ見逃し、行き止まりの正面に両開きの扉が一つ……おいおい。なんだこれ。

 外側からガッチリ(かんぬき)がかけられるタイプの――地下牢ってのはネタのつもりだったのに、そうとしか思えない。

 御者さんは閂を外すと扉を片方だけ開き、俺に灯り箱(ランテルナ)を手渡してくれた。

 受け取る際、御者さんの顔がうっすらと照らされる。

 ショートカットの綺麗なお姉さん。正面から見た耳からはコウモリを連想する。目つきが冷たくなくなったなと思った矢先、言われた言葉はこれ。


「入って」


 うわ、やっぱり外から閉められちゃうのか。

 いつまで? もしかして明日の朝まで?


「あの、トイレはどこでしょうか」


「トイレ壺がある」


 次の質問をする前に扉は閉じられ、即座に閂がかけられた音。

 扉の向こう側で足音が遠ざかってゆくのが(かす)かに聞こえる。扉は分厚い、と。

 ある程度予想していたとはいえ、実際にこんな状況に陥るとそれはそれで凹む。


 いやいや、嘆いてばかりはいられない。思考は止めるな。

 灯り箱(ランテルナ)をかざして周囲を見渡す。

 幅一アブス(三メートル)の奥行き二アブス(六メートル)ってとこか。確か縦横一アブスの面積は一モドゥスだったっけか。となると広さ二モドゥスの部屋。

 天井の高さは一アブス半(四・五メートル)くらいで、言われた通りトイレ壺以外には特に何もない殺風景な……いや、奥の壁に何か付いてるぞ。

 壁に金属製の金具が二つ、直接取り付けられている。

 それぞれに輪っかが付いていて、サイズを調整できるようになっていて……もしかしなくてもこれ手錠だよね?


 気持ちを落ち着かせようと深呼吸をしかけて、カビ臭さやそこはかとないトイレ臭さに思わず息を吐く。

 前向きに考えよう。

 俺は手錠をされていない。ということは、地下牢に閉じ込められたわけじゃない。

 他に適当な場所がなかっただけ。

 そうだ。ようやく一人になれたのだ。

 ここがどんな場所であろうとも、今俺にできることをすればいい。


「ステータスオープン!」


 異世界といえばお決まりのやつを思いつく限り試してみる。鑑定とかスキルとかアイテムボックスとかも。

 結果は恥ずかしくなっただけ。

 よし。試す方向性を変えてみよう。せっかく覚えた魔法の訓練だ。

 まずは『生命回復』で傷を治す。

 あと俺が覚えているのは『発火』――は、ここで使うと燃えすぎて危険かも。密室だし――そうだよな。明日の朝までずっと火が点きっぱだと酸素がなくなる恐れがあるよな。

 慌てて灯り箱(ランテルナ)の火を消すと完全な闇。

 でも不思議と恐怖はない。

 闇は見えないのが怖いのであって、『魔法感知』ではこの部屋に虫すら居ないこともわかるし。

 落ち着いている自分自身も不思議。

 けっこうな理不尽を押し付けられて、それでもこうして平静を保っていられるってことは、俺は紳士に近づけているのかな。


 頬を緩ませている場合じゃない。

 服が乾くまでの間にカエルレウム師匠に教えてもらった魔法の練習もしておこう。


 皮膚を一時的に鎧のように硬くする『皮膚硬化』。

 魔法代償(プレチウム)を増やして発動すると、硬化の範囲か強度、もしくは継続時間のいずれかを増やすことができる。


 魔法の発生場所を動かすことができる『魔法転移』。

 魔法は基本的に触れた場所に発動する。何かにぶつけたいときは発射ではなく、発動位置を動かす感じ。


 物質に魔法を付与できる『魔法付与』。

 例えば(やじり)に『発火』を付与すれば火矢として使える。

 しかも付与に時間をかけると、魔法効果もその時間と同じだけに押し広げられる。『発火』は瞬間で終わる魔法だけど、付与に五秒かけると付与された火も五秒間点きっぱなしになる。もちろん火の威力は弱まるけど。


 そして『ぶん殴る』。

 俺のオリジナル攻撃魔法――そうだ!


● 主な登場者


有主(ありす)利照(としてる)/リテル

 猿種(マンッ)、十五歳。リテルの体と記憶、利照(としてる)の自意識と記憶とを持つ。魔術師見習い。

 呪詛に感染中の身で、呪詛の原因たるラビツ一行をルブルム、マドハトと共に追いかけている。


・ケティ

 リテルの幼馴染の女子。猿種(マンッ)、十六歳。黒い瞳に黒髪、肌は日焼けで薄い褐色の美人。胸も大きい。

 リテルとは両想い。熱を出したリテルを一晩中看病してくれていた。リテルが腰紐を失くしたのを目ざとく見つけた。


・ラビツ

 久々に南の山を越えてストウ村を訪れた傭兵四人組の一人。ケティの唇を奪った。


・マドハト

 ゴブリン魔法『取り替え子』の被害者。ゴド村の住人で、とうとう犬種(アヌビスッ)の体を取り戻した。

 リテルに恩を感じついてきている。元の世界で飼っていたコーギーのハッタに似ている。街中で魔法を使い捕まった。


・ルブルム

 魔女様の弟子である赤髪の少女。整った顔立ちのクールビューティー。華奢な猿種(マンッ)

 槍を使った戦闘も得意で、知的好奇心も旺盛。リテルが悩みを聞いたことで笑うようになり、二人の距離もかなり縮まった。


・アルブム

 魔女様の弟子である白髪に銀の瞳の少女。鼠種(ラタトスクッ)の兎亜種。

 外見はリテルよりも二、三歳若い。知的好奇心が旺盛。


・カエルレウム

 寄らずの森の魔女様。深い青のストレートロングの髪が膝くらいまである猿種(マンッ)

 ルブルムとアルブムをホムンクルスとして生み出し、リテルの魔法の師匠となった。ゴブリンに呪詛を与えた張本人。


・ディナ

 カエルレウムの弟子。ルブルムの先輩にあたる。重度で極度の男嫌いっぽい。


・御者

 ディナに仕えているらしいフードの人。肌は浅黒く、ショートカットのお姉さん。耳の形状はコウモリっぽい。

 最初に会ったときより冷たさが消えた。




■ はみ出しコラム【貨幣単位】

 ホルトゥスにおける貨幣は、本位貨幣である。手形や小切手のような信用貨幣の類は使用されていない。


銅貨(エクス)

 もっとも価値の低い貨幣。

 水で割った安酒ならば一銅貨(エクス)から。

 庶民的な食堂での食事が一食あたり、三~五銅貨(エクス)

 都市防壁の補修などの肉体労働者用の雑魚寝宿が一泊六銅貨(エクス)ほど。


銀貨(スアー)

 十銅貨(エクス)=一銀貨(スアー)となる。十進換算だと、銅貨(エクス)十二枚が銀貨(スアー)一枚と同等。

 腕のいい職人だと一日の稼ぎが五~六銀貨(スアー)となる。

 ちなみにまともな娼館だと、最低料金は銀貨(スアー)一枚から、である。

 武器防具は、部分防具や短剣など最低でも銀貨(スアー)数枚から、である。

 都市間をつなぐ定期便の馬車(ゥラエダ)の乗車賃が一日あたり銀貨(スアー)二枚の先払い。


金貨(ミールム)

 十銀貨(スアー)=一金貨(ミールム)となる。十進換算だと、銀貨(スアー)十二枚が金貨(ミールム)一枚と同等。

 通常の買い物で金貨(ミールム)が使われることはあまりない。


大金貨(プリームム)

 十金貨(ミールム)=一大金貨(プリームム)となる。十進換算だと、金貨(ミールム)十二枚が大金貨(プリームム)一枚と同等。

 基本的には身分の高い者から下賜される報奨金などに使われ、大都市においても買い物にて使われることはない。


 それぞれの貨幣の物理的な大きさは以下の通り。

 大金貨(プリームム)銀貨(スアー)銅貨(エクス)金貨(ミールム)


 貨幣の鋳造は国王以外には許可されておらず、当代の国王の横顔が刻印される。


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