水小人(みずこびと)のかくれんぼ
そいつがそこにいること。
それには、気付いておった。
ただ、そうではないふりをしておった。
そして、いつかはいなくなるだろうと。
正直、俺の幻影、仕事疲れのせいではないかと想いたかった。
ただ、そいつがいた次の朝、そこを触ってみると、いつも濡れておった。
それゆえ、その可能性は否定せざるを得なかった。
俺が帰宅して、いつもの如く机=学生時代のままの勉強机である=に座り本を読んでおると、やはり気配を感じた。
それで久しぶりにそちらを見てみた。
やはりそいつがおった。
ピンク色の真っ裸の小人である。
髪の毛もない。
そいつが、俺が部屋の片隅に積み上げた本の影からのぞいておった。
そして今日もやはりそいつは半身だけを隠して、こちらを見つめておった。
なぜか、いつも、こうなのだ。
体半分隠す。
そういえば俺も昔こんなことを。
好きな子を柱の陰に隠れて。
いや、こいつと同じだ。
まさに体半分のみ隠して。
見つけて下さいとばかりに。
案外ばれた方が、想わぬ方向に、つまり付き合うなんてことになりはしないかと、阿呆な中学生であった俺は期待したのだ。
ばれて待っておったのは、学校中にその子に言いふらされるなんて結末であったが。
そのいやな記憶をぬぐい去ろうと、もっと古い記憶を探る。
想い出した。
かくれんぼだ。
なんて言うんだっけ。
そうだ。
もういいかい。
そこで俺はその言葉を口にした。
するとその小人は笑顔を浮かべた如くに見えた。
そして「まあだだよ」とはっきり人間の言葉で答えた。
俺は夢なのか、夢うつつの中にいるのかと、想いながらも、もう一度尋ねてみる。
すると、今度はよりはっきりと笑みと分かるものを浮かべて答えた。
「まあだだよ」
ただ、この時の俺の関心は、今、ここには無かった。
それはかつてのかくれんぼの中に。
俺は頭を急回転させた。
そしてこの先を想い出した。
あの時は、俺の方が「もういいかい」と問われる側だった。
そして俺は「もういいよ」と答え、すぐに見つかった。
そして俺は人間になった。
俺と遊んでいた子供が水小人になった。
あれからどれくらい経つ。
俺はその後小学生になった。
つまり相手はそれくらいの年齢だったということだ。
あの時のかくれんぼが未だ続いておるのか。
それとも何らかの理由で一時中断しており、それが再開されたのか。
最近では小人は大胆になって、勉強机に上がって来ており、電気スタンドの細い脚の陰からのぞいておる。
最早半身さえ隠れておらぬ。
その顔は期待に満ちあふれているが如くに見えた。
明らかにもう一度「もういいかい」と言われるのを待っておった。
人間に戻りたいのだろう。
俺は二度と尋ねる気はなかった。
ある夜、やはりその気配に気付く。
ただ当然そしらぬふりをする。
「もういいよ。」
声が聞こえた。
俺は想わずそちらを見た。
そして小人を見つけてしまう。
満面の笑みであった。
俺は再び水小人になった。
そしてそのゆえか、水小人の時のことをはっきりと想いだした。
俺が「もういいよ」と答えた時も、「もういいかい」と問われた直後ではなかった。
この遊びを始めるには、二度「もういいかい」と人間に問われる必要があった。
なぜ二度だったか。
人間はかくれんぼでなくとも、「もういいかい」と言うから、二度必要なのだとの、案外真っ当な理由であった。
そして、二度問われたなら、その後は水小人次第だった。
いつ「もういいよ」と答えても良いのだ。
それが水小人のかくれんぼのルールであった。
あの者の顔があれほど期待にあふれておったのは、もう戻るのがほぼ確実であったゆえか、
机の上、まさに目と鼻の先で、自らが「もういいよ」と言えば、ほぼ相手は見る。それをなし得れば良いだけと知るゆえであったかと、今さら気付く。
でも水小人のかくれんぼに終わりはない。
ただすぐ再開する訳には行かない。
あいつが忘れるのを待とう。
記憶の上に記憶が積み重なるのを。
水小人の時の記憶を、そのかくれんぼのルールを忘れるのを待とう。
(完)