第八話 お隣さん
入学式も順調に終わり、現在俺は帰路へとついていたのだが……
「何でお前がついてきてんだよ!」
「それは、こっちのセリフよ! 大体、あんたみたいなのについていくわけないでしょ?」
「あーそうかい。と言うか、お前家には帰んないのか? こっちの道は王城とは真逆だろ」
「あんた何言って……あ、そっか、編入生だから知らないんだったわね」
(はて、どういう事だ?)
「うちの学園は高等部になると生徒の人数が増える影響で校舎が変わるのよ。今までは王城からの方が近かったけど、校舎が変わると王城からじゃ距離が遠くなるからってお父様が誰も使ってなかった別邸を貸してくれたの。今はそこに住んでるってわけ」
「へぇ」
(なるほど。にしても、別邸だなんて金持ちは住む世界が違うな)
「あんたは?」
「え?」
「平民だったなら住んでるのは王都じゃなかったんでしょ?」
「あぁ、そう言う事か。確かに中等部の途中までは実家に住んでたけど三年に上がる時中等部の学長が用意してくれたんだ」
「学長が用意したって、それどういう状況よ?」
「話せば長くなるんだが、聞きたいか?」
「いえ、辞めとくわ。何だか聞くだけ時間が無駄になりそうだし」
「そうか、そこまで言うなら聞かせてやろう」
「なっ! 聞かないって言ってるでしょ!?」
「まぁまぁ、遠慮すんなって。それは遡ること一年前……」
「あんた本当は話したいだけなんじゃないの!? って、勝手に話を始めるなぁーっ!」
そう、それは遡ること一年前――
□
学長に呼ばれた俺は最早慣れた足取りで学長室へ向かった。すると中ではニコニコと似合わない気持ちの悪い笑みを貼り付けた学長が座っているではないか。
「よく来たねグレイ君。急に呼び出して悪かった」
「いえ、何時もの事なので。それで話ってのは何なんですか。またろくでもないことならもう帰りますからね」
「いや、今日は君にも得な話だよ。今まで散々私の私用に付き合わせてしまったからね。今日はお礼がしたくて呼んだんだ」
「お礼?」
「その品が、これだ」
そう言って学長が差し出して来たのは1本の鍵だった。
「鍵、ですか?」
「そう、君の実家は王都の外にあったね。そこから毎朝登校してくるとなると馬車でも少し時間がかかって大変だろう。そう思って王都の一角にある住宅地の小さな屋敷を用意した。準備が出来次第直ぐにそこに住んでもらって構わないよ」
「はぁ、なるほど」
実際問題空間転移を使ってるから移動時間自体はそこまでかかってないのだが、お礼と言うならば素直に受け取っておこう。
けどちょっとこれはやりすぎじゃないか? 確かに面倒だったしそもそも学長の私用なんて俺には関係ない事に付き合わされてはいたが、それにしたってただ面倒なだけだ。
そのお礼が小さいとは言え屋敷と言うのは予想もしていなかった。もっとこう、お菓子の詰め合わせみたいな安いものかと……
(これは、何か裏があるな)
「驚くのも無理はない。恐らく今君が考えていることはこうだろう。「これはやりすぎではないか」と。そこで一つお願い何だが、この屋敷は単に今までのお礼という訳ではなく、これからのお礼も含まれているわけなんだ。だからどうか今後も、よろしく頼むよ」
(やっぱり、そんな事だろうと思った)
「まぁ、それでも屋敷1つ貰えるってのは大きいですし、その口車に乗せられてやりますよ」
「そうかそうか、ありがとう」
そうして俺は学長から屋敷を一つ貰い受ける事になった。
□
「とまぁ、大体こんな感じだ」
「この際、勝手に話し始めたのは見逃してやるわ。それよりも、あんたの通ってた学園どんだけめちゃくちゃなのよ……」
(それは俺も同意見だ)
「まぁ、そんな学長の仕切る学園だったけど、俺としては3年間割と自由にさせてもらったし良い学園だったよ」
「そ、まぁあんたがそう思ってるならいいんじゃない。私には関係無いもの」
「それもそうだな」
そんなやり取りをしていると時間が過ぎるのはあっという間で、視界の先には既に家の屋敷が見え始めていた。
(にしても、こいつ一体どこまで着いてくるんだ? もう家の屋敷は目と鼻の先だし、もしかしてご近所さんって事は無いよな……)
「それじゃあ、私ここだから」
「は? え、ちょ、ちょっと待て!」
「? 何よ、こんな所までついてきてまだ何か用があるって言うの?」
「いや、そうじゃなくて、お前の家って……ここ?」
そう言って俺が指さすのはたった今ユリスが入ろうとしている屋敷だった。
「そうよ、何か問題でも?」
「いや、実はその……俺の家、そこ……」
そうして次に俺が指さしたのはたった今ユリスが門に手を掛けている屋敷の隣にある屋敷だった。
「は?」
「えっと、つまり……これからよろしくな、お隣さん!」
「は、はぁあ!?」
これは、大変な学園生活になりそうだ。
□
翌朝、俺が学園へ向かおうと門を出るとたった今隣の屋敷から出てきたユリスとバッタリ出くわしてしまった。
(これは、一応挨拶とかしといた方がいいのか? 相手は王女様だしな、礼儀作法は大切だ)
「よ、よぉ、おはよう」
「……ふんっ」
挨拶をされたユリスはと言えば一度はこっちを見たものの返事もせずそのまま歩き始めてしまった。
どうやら俺の対応は王女様のお気に召さなかったようだ。
(何だ、相変わらず態度の悪い王女様だな)
「あんた、一体どういうつもり」
(お? 話しかけてきたな。挨拶は返さなかったのに)
「どういうって、何がだよ」
「さっき挨拶してきたでしょ。それよ」
「挨拶なんて普通にするだろ。一応クラスメイトなんだし」
「確かに、そうだけど……」
(なんだ、妙に歯切れが悪いな)
「逆にお前は挨拶しないのか? さっきも返されなかったし」
「私だって挨拶ぐらいするわよ。でも、誰かからされたのは久しぶりだったから……」
「久しぶりって……お前まさか友達いないのか?」
(まぁ、中等部時代殆どを研究室で過ごして交友関係を広げなかった俺が言えたことではないけどな)
「何よ、悪い?」
「いいや、俺も人の事言えないからな。最後に友達って呼べるやつと何かしたのだって随分と前だ」
(その何かって言うのも、戦争何だけどな)
「ふぅん、意外ね。あんたのその性格なら友達は多そうなのに」
「人には色々あるんだよ。そう言うお前こそ王女様なら友達の1人や2人居そうなもんだけどな」
「だからこそよ。私が王女だからって誰も近寄ってこない。ましてや他の子より成績も優秀だったから余計、ね」
(今、少し自慢が入んなかったか?)
「まぁそうだな。他より秀でてる奴は孤立しやすいってのはよく分かるよ。俺自身そうだったからな」
500年前の俺がそうだったからな。その結果罠にかかって殺されかけた。だから才能を持って生まれたやつの気持ちはよく分かる。
「強すぎる力って言うのは、周りからすれば恐怖でしかないんだ。多くの人間はその力に怯え、一部の人間はその力を妬む」
例え、それが家族同然の相手だとしても。
「ちょっと、大丈夫?」
「え、何が?」
「何がって、あんた今、物凄く悲しそうな顔してたわよ。何かあったの?」
「え、あ、あぁ。大丈夫、別に大した事じゃねぇよ」
「そう、ならいいけど……」
「まぁでも、お前に関しては才能云々の他に性格も大きな原因だろうな。その性格、少し直した方がいいぞ?」
「はぁ!? そっちこそ、少しはその態度治したらどうなの!? 全く、少しは良い奴かもって思った私が馬鹿だったわ」
「何だ、良い奴って思ったのか? なら間違ってないぞ。俺は最高に良い奴だからな。間違っても惚れるなよ?」
「クッ……! 誰があんた何かにっ……死ね!」
(おー、怖い怖い。ここは逃げるが勝ちだな)
「それじゃお先に〜」
そうして俺は空間転移を発動した。……のだが。
「待ちなさい! 逃がすわけ無いでしょ!」
「あ、ちょっ! この馬鹿!」
「え?」
ユリスが俺の肩を掴んだことにより、俺に触れたユリスも転移の対象になってしまった。
そして、俺達の視界が一瞬にして変わる。
「え、こ、ここってまさか……」
「はぁ、そんなに驚く事でも無いだろ。空属性の使い手なんて探そうと思えばそこら中にいる」
「や、やっぱり! 今のって空間転移ね! 凄い、一瞬にして学園まで着いちゃった……」
「何だ、お前空間転移見た事ないのか?」
「当たり前でしょ!? 確かに空属性の使い手は探せばいるけどその中でも空間魔法の上級魔法空間転移を使える人なんてそうそういないわ!」
(ま、マジか……そう考えてみると確かに、中等部の頃見た空属性の使い手も誰一人として空間転移は使ってなかったような……単純に使うほどの長距離を移動しないからだと思ってたけどそう言う事だったのか……)
「何か、あんたの通ってた中等部の学長があんたを贔屓してた理由が分かった気がするわ。普通だったらこのレベルの使い手を手放したくは無いもの」
「そ、そう言われると何か照れるな……」
(まぁ、照れてる場合じゃ無いんだけどな。これは帰ったら空間魔法について復習しなきゃな。特に魔法の階級をメインに……)
「あんた、確かグレイだったわね」
「そ、そうだけど」
「今日の授業、私と勝負しなさい」
「勝負? そもそも、今日の授業の内容すら知らないんだが?」
「はぁ、あなた、昨日の先生の話聞いてなかったの? 今日は今後の授業の進め方を決める為にも個人の実力を測るって言ってたでしょ」
(そう言えば、そんな様なことを言ってた気が……)
「どんな形式になるかはまだ分からないけど、実力を測るって言うなら何かしらの方法で競えはするはずよ」
「なるほど、ちなみに拒否権とかはあったり……」
「するわけないでしょ」
「だよな……。はぁ、仕方ない。その勝負受けて立つよ。その代わり、負けた方は昼食奢りな」
「いいわ。ただし、勝つのは私だけどね」
「そう言ってられるのも今の内だ」
そうとなれば何としてでも勝たなければならない。俺の昼食のためにも!
(これは、少し本気を出そうかな)
そうして2人はいがみ合いながらも、共に教室へと歩いて行った。