第七話 最悪のスタート
「えー、全員揃ってるな。俺の名前はサノス。サノス=レイブンだ。今日からお前達Aクラスの担任になった。至らないところもあるとは思うがよろしく頼む」
サノス先生の挨拶が終わるとクラス全体から拍手が起こった。
「今日は顔合わせだけだからな。正直他にやる事も無いんだが、式が始まるまでにまだ時間もある。このクラスには編入生も居ることだし自己紹介でもするか」
そう言うと先生は一瞬俺の方へと視線を向ける。
(今俺の方を見たって事は、もしかして編入生って俺だけなのか?)
「それじゃあ、前の席の奴から順に始めてくれ」
そうして入学式までのしばらくの間、各々の自己紹介が始まった。
□
自己紹介も半分辺りまで進み、残る人数は十数人となった。
とは言っても、正直誰の名前も覚えられていない。そもそも途中からは聞いてすらいなかった。だって全員○○家の次男だの長女だのと爵位とか家柄、立場を主張するだけで似たようなものばかりだ。当然聞いているこっちとしては直ぐに飽きる。まぁ偶に自分の実績や能力をひけらかしたり自慢する奴もいるが……
(はぁ、どいつもこいつも底が知れるな。これで国内最高峰の魔法学園って言うんだから驚きだ)
確かに、他の学園の生徒と比べれば優秀なんだろうが、それはステータスを比べただけに過ぎない。
実際戦場に出て窮地に立たされればこいつらの様な思い上がる奴は何も出来ず真っ先にやられるだろう。
その時、前方から聞き覚えのある声が聞こえた。どうやら次の番の生徒が先生に呼ばれ返事をしたようだ。
視線をそちらへ向ければそこに立っていたのは先程教室の前で一悶着あった彼女ではないか。
「ユリス=アトラシアよ。よろしく」
(あれ、それだけ?)
彼女、ユリスの自己紹介は他の生徒とは違いあまりにも素っ気ないものだった。彼女も例に漏れず今までの生徒同様の自己紹介をすると思っていたんだが……
すると周りからはヒソヒソと話し声が聞こえる。
(相変わらずね、ユリス様)
(うん、何だか話しかけづらいって言うか)
(嗚呼、ユリス様。相変わらずお美しい)
(ユリス様に、踏まれたい……)
(うーん、何か女子と男子で評判は違うみたいだな)
あと最後の奴、こいつは絶対に関わっちゃいけないやつだ!
(あれ、待てよ……あの子の苗字どこかで聞いたような気が……アトラシア、アトラシア……アトラシア王国、この国の名前だな。ん? て事はもしかして……王女様!?)
「マジか……」
驚愕のあまり、思わずそう零してしまった俺は、そこで何故か振り向いたユリスと目が合ってしまう。
(まずい、今の聞こえたか? 嫌でも空属性を使いでもしない限りこの距離とあの声量なら聞こえてないはず……それに、例え聞こえてたとしてもそこまで怒られるような事は言ってないしな! うん、きっと大丈夫だ)
何が大丈夫なのかよく分からないがとりあえずその場はそう信じて気持ちを整えることにした。
そうしてユリスの番が終わり、しばらくすると遂に俺の順番が回ってきた。
「それじゃあ次、ラインハルト」
「はい」
返事をすると俺は未だ何を言おうか決めていないまま席を立つ。
(さて、どうするか)
「えー、名前はグレイ=ラインハルトです。皆さんお気づきの通り俺が先生の言っていた編入生です。平民出身なので貴族の皆さんには失礼な所があるかもしれませんが、まぁ大目に見てやってください。4年間よろしくお願いします」
その後、軽く会釈をし俺は席へとついた。
(まぁ何も考えてないにしては中々よくできた方じゃないか? 周りの反応は……)
(あの子、平民だって)
(ねぇ、でも意外と顔はかっこよくない?)
(でも平民じゃあ実力も、ねぇ?)
(平民ごときが4年間だと? 残って居られればいいがな)
(運良く合格できたようだが、実力はどうだか。勉強ができても実力が伴わなければこの学園では生きていけないからな)
(平民なのか。いや、それでもAクラスに合格したということはきっと凄い才能を持っているんだろう! 授業が楽しみだ!)
(うーん、さすがに平民の編入生ともなると風当たり強いな)
唯一好印象だった最後の奴がユリスの時の関わっちゃいけない奴と同じ声だったのはきっと気の所為だろう。
「よし、これでとりあえず全員終わったな。って、それでも時間が余っちまったな。まぁ仕方ないか。式会場までは移動に少し時間がかかる。この後制服に着替えて開始15分前には全員廊下に整列してくれ。更衣室はこの隣が男子、女子は上に係の生徒が居るだろうからそれに従ってくれ。その後は自由時間とする、各々親睦を深めるなり何なり好きにしてくれ。それじゃあ、解散」
そう言うと、先生はまだやる事があるのか職員室へと戻って行った。
(さてと、俺も着替えてくるか)
続々とクラスメイトが移動する中、俺もその波に乗って教室から出る。
□
「よし、完璧だ」
更衣室で制服へ袖を通した俺は鏡の前に立ち、その身だしなみを整える。新生活、形から入る事は大事だからな。そうとなれば見た目は重要だ。
「にしても……」
(予想通りと言うか何と言うか、この学園の制服も中々似合ってるな。さすがは俺だ。中等部の白い制服も割と気に入ってたけど黒になるだけでこんなにもイメージが変わるとは)
この学園の制服は白のシャツに黒いネクタイ。その上から赤や金色の装飾の入った黒いジャケットを着る形となっている。対照的に中等部の頃の制服は白いジャケットに青のラインと今の制服とは真逆の色だ。
(黒だと少しクールな印象が出るな)
ちなみに、制服には俺が来ている通常の物と裾がコートのように長くなっている物の2パターンがあるらしい。これは事前に伝えておく事で変更可能のようだ。
まぁ、俺はどっかのたぬき親父のせいで申請が遅れたしそもそも前日までは試験を受けることすら決まっていなかったから変えていないが。
例え変えることができたとしても俺は通常の奴を選ぶだろう。だってあれ動きづらそうだし。
「そろそろ戻るか」
着替えも終わり、更衣室を出て隣の教室へと向かおうとすると壁に寄りかかり誰かを待っているようなユリスを見かける。
(教室に入らずわざわざ男子の更衣室の間に居るって事は誰か中にいる奴を待ってるのか? もしかして婚約者とか、王女様だし有り得ない話じゃないな)
そう考えつつ自己紹介の時の件を思い出した俺はなるべく触れられないように前を素通りする。
「待ちなさい」
しかし、どうやら待ち人は俺だったようだ。
「は、はぃ、何でしょう?」
「何で急に敬語なのよ、気持ち悪いわね」
(おぉう、出だしから随分と辛辣な事で。本当にこいつが王女様なのか? だとしたら少し性格に難ありだな)
「それよりもあんた、さっきこっち見て驚いてたわよね」
「そ、そうだったか? 気の所為じゃないかな……」
(しかもいつの間にかあなただったのがあんたになってるし。あれか、もしかして平民に対しては、欠片の礼儀すらもわきまえる必要は無いって事か?)
「そんなわけないでしょ。確かにあんたと目が合ったもの」
(こいつ……さては意外と面倒だな?)
「はぁ、だとしても、それが何か?」
「なっ、何かはこっちのセリフよ! 言いたいことがあるならはっきり言いなさいよね!」
「だったら今思った事をはっきりと言わせてもらうがなぁ、お前絶対面倒な奴だろ?」
「はぁ!? 何よそれ! あんた私が誰か知らないの!?」
「知ってるさ、何ならさっき知ったばっかりだ! 面倒で性格に難アリの王女様だってな!」
「あ、ん、たねぇ! いい加減にしなさいよ!」
「そっちもな、いい加減権力に任せて大声を出すのは辞めたらどうだ。王族の品位が欠けるぞ?」
「あんただって大声出してるでしょうが!」
そうしてしばらく2人で言い合っていると周りが徐々に騒がしくなっていく。
「そもそも最初からあんたのその態度が気に入らなかったのよ! 王族の私に対する礼儀がなってないんじゃないの!?」
「それは悪かったな、生憎お前を王族って知ったのはさっきの自己紹介の時だ。それに、自慢じゃないが俺は礼儀作法ってのが昔から苦手でね。例えお前の事を知ってたとしても対応は変わってなかっただろうよ!」
「好き勝手言わせておけば……っ!」
その時、俺の頭部へ衝撃が走る。
「お前ら、少し騒ぎすぎだ。下の職員室まで声聞こえてたぞ」
そう言って俺の頭部へ手刀を食らわせたのは名簿らしい物を持ったサノス先生だ。何故俺だけ!
俺は抗議の眼差しを向けると同時に先生の方を見る。
「そりゃお前、女の子に暴力を振るう訳にはいかないだろ。ましてや相手は王女様だぞ? 俺が学園から消されかねん」
「そんな、理不尽な……」
「まぁ元気があるのはいい事だが。程々にな」
「「はい……」」
仕方ない、この場は先生の顔に免じで許してやろう。
「あんた、覚えときなさいよ……」
「そっちこそ、市民の声をしっかり覚えて少しはその性格を改めるんだな」
「クッ!」
そんなこんなで俺の過酷な学園生活は最悪のスタートをきったのであった。