第四話 転生
ここから物語はスタートしていきます。
(ん……ここは、どこだ? 知らない天井、知らない家具、それに知らない知らないベッド、なのか? 見たことの無い物だ。ここは一体……)
しばらくすると、俺は眠りに着く前の記憶を薄らと思い出しはじめる。いや、これは正確に言うと前世の記憶か。
(なるほどな、少しずつ思い出してきたぞ。今の状況からするにどうやら転生魔法は成功みたいだな。そうと分かれば早速ここから出てみるか)
「あうっ……」
(ん……何だ? 体が思うように動かせない。それに声も……)
「あうー」
(あうー? これって、もしかして……っ!間違いない、この小さくふっくらとした腕! 俺、赤ん坊になってる!?)
「オギャー!」
(ど、どうする? まさか赤ん坊になるとは想像もして無かったぞ。てっきりもう少し成長してから記憶を取り戻す感じなのかと……)
その時、赤ん坊の寝るベッドへ何者かが近付いてくる。
「お、起きたのかグレイ? ちょっと待ってろ、今母さんを呼んでくるから」
(母さん? てことはこの筋肉ゴリゴリの男が俺の父親という事か。何かゴリラみたいで嫌だな)
すると、さっきの男と一緒に今度は優しそうな女性がやってくる。
「あらあら、どうしたのグレイ。お腹空いちゃったのかしら? もう少し待っててね」
(お、おぉぅ、これはとんでもない美人だ。それに……デカい! 何がとは言わないけどデカいぞ!)
「はぁい、ご飯よグレイ。いっぱい食べて大きくなりましょうね。あーん」
「あぅー」
(うーん、これは……味が少し薄いな。まぁでも、赤ん坊が食べる事を考えて作ってるなら仕方ないか。それよりも、ここは天国か?)
現在俺は母親の腕に抱かれながらご飯を食べさせられている。つまりだ、何が言いたいかと言えば……柔らかい。すごく柔らかい。これぞまさしく天国だ。
「グレイも随分と大きくなったなぁ」
「当然よ、もう少しで1歳になるんだもの」
「それもそうだなぁ〜」
なるほど、どうやら今の俺は産まれたばかりでは無く、産まれてから既に一年近くが経過しているらしい。
(だとしたら、床を這うぐらいは出来るかもしれないな。よし、そうと決まれば情報収集だ!)
そうして俺の新たな人生は幕を開けた。
□
あれから1ヶ月。
幸いにも言葉や文字は理解でき情報収集は順調に進んでいた。
まず俺の名前だが、グレイ=ラインハルトと言うらしい。なかなかかっこいい名前じゃないか。
父の名前はノトス=ラインハルトで母はイリヤ=ラインハルト。他にも兄のマルコスに姉のリリィが居て、家は五人家族だ。
てちてちてちっ
ラインハルト家自体は平民だが家には珍しく使用人さんが居る。皆優しい人達だ。
この国、アトラシア王国では基本平民の家庭に使用人が着くことは無いのだが、何でも父さんが前に大きな功績を上げたらしく、その報酬として多額の財産と安定した職、そして国から馬車で30分ほどの距離にある村の空いていた屋敷を国王から貰えたらしい。
その時に夫婦二人だけでは屋敷の管理が大変だからと使用人さんが何人か付けられたという訳だ。
てちてちてちっ
何度かこの屋敷を探け……じゃなくて調べた事があったが赤ん坊のこの体で回るには大きすぎて大変だった。
ちなみに、父さんの安定した職と言うのは村の役場の職員らしい。村長や王都から派遣された職員の人達と村の発展のために日夜動き回っていると言っていた。
てちてちてちっ
え、さっきから何をしているかって? あぁ、実は最近、負けられない相手が出来たんだ。今もそいつと決闘中である。
てちてちてちっ
その相手と言うのが――
「にしても、グレイは本当に好きだよな。この玩具」
そう、風属性の魔力を込めることで動く馬車の玩具だ!
「あうー!」
「まぁ楽しいならいいんだけど、何かにぶつからないように気をつけてな? って言っても分かんないか」
「あうー!」
一緒にいるのは6つ上の兄であるマルコスだ。マルコスには十分助けられている。そもそもこいつと戦えているのもマルコスの風魔法があってこそだ。
安心しろマルコス、お前の声は十分届いてるぞ!
そんなこんなで今日も俺はこの木製の大地を駆け抜ける。今日の勝敗は5勝4敗、これで勝てば6勝。トータルで20勝12敗になるんだ。負ける訳にはいかない!
てちてちてちっ
そしていよいよ、決着が着く。
先にゴールしたのは――
「お、今日もグレイの勝ちだな」
そう、俺だ。
「あうー!」
「おーよしよし、頑張ったな〜」
ふっ、いい勝負だったぜ、名も無き馬車よ。またいつか相手をしてやろう。
「あら、今日もやっていらしたんですね」
「ペトラさん!」
俺が宿敵への勝利に浸っているとメイド服を着た女性。この屋敷のメイドであるペトラがやって来る。
「今日はどっちが勝ったんですか?」
「今日も勝ったのはグレイだよ。どう? 凄いでしょ! 自慢の弟だよ」
「あうー!」
最近分かった事だがどうやらマルコスはこのメイド、ペトラの事が好きらしい。前に一度聞いてやったことがある。
相手が俺だったから良かったが普通に考えれば言葉を理解できない赤ん坊と好きな女について話すのはどうなんだ?
まぁ確かに、ペトラはまだ18歳と若いにもかかわらず、綺麗で優しくて料理も上手い。マルコスが惚れるのも無理はないだろう。
「ふふふっ、それは凄いですね。お怪我はありませんか?」
もちろん、俺はそこも考えた上で作戦を練りいつも戦っている。怪我なんてするはずが無い。
「うん、大丈夫だよ!」
おい待て、マルコス。何故お前が答える!
「そうですか、それなら良かったです。あ、そうだ、ご飯の準備ができたので呼びに来たんだった。さぁ、お二人共行きましょう」
「うん!」
「あうー」
そうして俺はペトラの抱きかかえられ、マルコスはと言えばペトラの空いた反対の手を握って三人でリビングへと向かった。その道中、マルコスが羨ましそうな目で見てきていたことは気づかなかった事にしよう。