第三話
テントを出てすぐ、俺は空属性の空間魔法で転移し隊長が居るであろう東の戦場の上空へ移動した。
「ここが東の戦場……酷いな」
その有様は悲惨で、地面は抉れ辺り一帯は火の海、今も尚至る所からどちらの軍のものか分からない悲鳴が飛び交っている。
「隊長は……あそこか!」
俺は魔力感知で隊長が部隊の後方に設置された仮設テントに居ることを確認し、そこへ降り立つ。
突如現れた俺に援軍である亜人やエルフの人達は警戒心を強めたがその見た目から魔族では無いと判断したのか何とかテントまで辿り着くことが出来た。
「隊長!」
「クッ……その声は、アトラか……」
「嗚呼そうだ、俺が来たからにはもう心配ない。だから隊長は何としてでも生き延びてくれ!」
「そう、か……なら、心配無い、な……けど、すまない。もう、限界みたいだ……」
「っ! 何言って……、諦めんなよ!」
「最後、に……お前に幾つか、伝える事が……ある」
「いい、もう喋るな! もっと、もっと回復魔法を!」
そう隊長の横で回復魔法をかける女性へ声をかけるが彼女も必死なのか今以上の結果は望めない。
「アトラ、頼む……聞いてくれ」
「何言ってんだよ、終わってからでいいだろ!俺がこの戦争を終わらせる。だからその後に話せよ!」
「それ、は……無理な、お願いだな。いいか、アトラ」
「嫌だ、聞きたくない!」
そう言う俺に、隊長が手を伸ばす。その手は弱々しく握れば徐々に温かさが薄れ始めているのが分かった。
「俺が死んでも、絶対、に……魔族を恨むな」
「そんな事言うなよ、死ぬなんて、そんな事……」
「恨みや、復習心は……何も生まない。ただ、同じ事が、連鎖するだけだ。だから、絶対に魔族を、誰かを恨んだりは、するな」
「分かった、分かったから!」
「それと……もう、隊長の席はあいつに譲ったが、お前が何度も隊長、隊長、って言うから、俺から最後の、隊長命令だ」
最後の隊長命令と聞き、俺は静かに隊長の言葉を待つ。
「お前、を……ヴォイドから、解雇する。これで、お前はもう、正真正銘、自由の身だ。……だから、自由に生きて、いいんだぞ。組織や俺に、縛られる必要は無い。お前には……夢が、あるんだろ?」
「……っ! 覚えて、」
宴の席、それも何気なくこぼしただけだった。隊長も少し酔ってたのもあって、こんな夢物語まさか覚えているとは思わなかった。
(そんなの、ズルいだろ……)
隊長の言葉を聞く内に、俺の目からは雫が零れ、隊長の手を濡らした。
「当たり前、だろ……お前が初めて、俺にやりたい事を、話して、くれたんだ。忘れわけが、無い……」
「クッ……!」
「お前は、その夢を追いかけたって、いいんだ。それだけの働きを、お前はしてきた。……だから、もう好きに……ゴフッ」
「隊長!」
「最後に、一つ……今まで、ありがとな。お前の、両親から……お前の事を、任されて以来、この25年間、楽しい事ばっかりだった。……俺は幸せに生きた。短い人生だったが……お前のおかげで、後悔はない。だから、アトラ。お前も……俺の、分まで、長生きして、いつか家庭を持って、幸せに、な……」
そう言い残して、隊長の腕は力なく俺の手からこぼれ落ちた。
「隊長? 冗談だろ、隊長、返事しろよ……隊長!」
何度呼びかけても、隊長から言葉が帰ってくる事は無かった。もう、永遠に……
「父、さん……」
本当の父親との記憶が無い俺にとって、隊長は父親みたいな存在だった。
(一度も、父さんって呼んであげられなくて、ごめん……さようなら、父さん)
そう、亡き父に別れを告げた俺は、顔を上げ一度大きく深呼吸をする。
「すぅー、はぁー」
(父さん、約束するよ。俺がこの戦争を終わらせて、世界を変える)
そう決意を固め、俺は戦場へと向かった。
□
その後の展開は早く、仮設テントを出た俺は今まで温存してきた魔力と魔力ポーションをありったけ使い空間転移で各地の戦場を制圧。
そうして一睡もせずに動き続けること丸一日、ついに全軍が戦闘不能となった魔族が降伏をする形で6日間に渡る異種間戦争は幕を閉じた。
戦争後の領地に関しては各種族の代表同士で集まり、今後の世界についてじっくりと話し合う運びとなった。
魔族側の代表はもちろん魔王が。そして、人間サイドのエルフ、獣人族からはハインケルと獣王、人族からは指揮をとったバルトラと戦争を集結させるきっかけとなった俺が出席した。
その会議では今後の世界について話し合いが行われ、大きく分けて3つの条約が出来た。
1つ目は全種族の停戦協定
2つ目は互いの国の国交を繋ぎ共存すること
3つ目は国交を開くに伴い、持ち主の居ない土地はその国管轄の元その国のルールに則り共同で使用可能とする事
以上の3項目がこの話し会いで決まった内容だ。今回の戦争の発端は魔族の領地拡大が目的だったが国交を開くことでこちらの領地をある程度魔族側も使用可能にしその問題を解決した。開国によりこれからは魔族や亜人とも共存をしていく事になる訳だがしかし、それを納得しない者ももちろん現れるだろう。
その件については両者長い間この関係を続けていきいづれかほとぼりが冷めるのを待つという形で魔王が納得してくれた事により何事も無く話し合いは終わった。
今回の会合で分かったことと言えば魔族側も立場が違っただけで悪い人は居ないのだろうという事だ。それは魔王の人柄を見ればよく分かる。
父さんの言った通り、皆誰しも自分と仲間の為に争いを起こす。それは立場が違うだけで考え方は同じって言うことだ。
今まではお互い同じ考え方だからこそぶつかって来たがこの条約ができた以上今後はそんな事も起こらないだろう。
(父さん、これで少しは世界を平和にできたかな……)
未来の事は分からない。それでも世界は着々といい方に進んでいっている。はずだ――
□
あれから1年、世界は以前よりも平和へと近づき、皆の顔にも笑顔が増えた。何より良かったのは予想以上に魔族と対立する人が少なかった事だ。
確かに一部の人間は魔族との共存に反対する者も居たがバルトラと予想していた程の数では無く、何の問題も起きずに解決することが出来た。
俺はと言えば未だ組織に席を置きバルトラの元何だかんだ働いている。父さんにああ言われたけどやっぱり組織の皆は家族でここは帰るべき場所なんだ。
今まで暮らしてきたところを出ていくって言うのはなかなか出来なかった。それでも今の所後悔はしていない。これも俺が自ら選んだ自由の形だ。
そんな時、任務後バルトラから基地の地下へと来るよう手紙が届いた。どうやら急ぎの用があるらしい。
「バルトラ俺だ。入るぞ?」
そう確認をするが中からバルトラの声は帰ってこない。
(部屋の中にバルトラの魔力はあるんだけどな、寝てるのか? あいつも何だかんだ忙しいからな)
そう不審に思いつつも扉を開け、中へ入るとそこにはもはや見慣れた魔導書やら魔法陣があり、その奥の机にバルトラは座っていた。どうやら寝てはいなかったらしい。
「待ってたぞアトラ」
「何だ起きてたのか。それで、急ぎの用って何だよ?」
「嗚呼、それなんだが……急ぎの用ってのは嘘だ」
「は? お前何言って……っ!」
意味不明なバルトラの言動を問いただそうとした時部屋中の魔法陣が同時に発動する。
ここ一年、世界も穏やかになり戦闘すること自体が減っていたからかその一瞬の出来事にも反応が遅れ、俺の四肢と体に鎖が巻き付く。
「なっ!」
「悪いなアトラ」
「お前、一体何しやがった!」
「まだ気づかないのか、魔法、使ってみろよ?」
「魔法……?」
言われた通り魔法を使うため魔力を練ろうとするがそこで俺は異変に気づく。
(魔力が練れない? っ! てことは……)
「やっと気づいたか。パッと見じゃ見分けが付かなかっただろ。お前が来る前にこの部屋の魔法陣を全て起動すれば魔力阻害が発動するように変えておいたんだ」
「なるほど、体内の魔力活動を外部から無理やり妨害することで魔力を乱れさせ、上手く練ることが出来なくなるって仕組みか」
(俺の魔法とは相性最悪だな……)
「そう言うことだ。さすが暇な時は昼夜引きこもって研究してるだけの事はあるな。魔法を発動するのに必要不可欠な魔力を練ると言う工程を妨害する事で魔法を発動させない。魔術師や普通の魔法使いには効果が薄いがお前みたいな仕組みが複雑な魔法を使う奴にはうってつけってことだ」
「御託はいい、一体何のつもりだ? 俺の魔法を封じてどうする」
「そうだな、もう隠す必要も無い。お前にはここで死んでもらう」
「っ! 一応、理由を聞こうか?」
「単純な話だ。お前の力は世界を脅かす驚異になりかねない。お前は強すぎるんだよ、アトラ」
そう淡々と語るバルトラの顔は普段の冷静な表情と変わらないように見えるが、その声をよく聞けば微妙に震えており、確かに恐怖が感じ取れた。
「1年前、お前の実力を再確認した、こいつは化け物、人間の規格を超えているってな。それと同時に、あの時テントで暴れられていたらと思うと今でもひやひやするよ。だから、決めたんだ」
「俺をここで殺すってか?」
「嗚呼、またいつかお前の逆鱗に触れる何かが起こるかもしれない。その時、この国は、世界はどうなる? 俺はどうなる? そう考えると怖くて仕方ないんだ。だから俺はここで、お前を殺す」
ここまでか……
「最後に一つ聞いていいか」
「何だ?」
「それは、お前個人の意思か?」
「……確かに、最初は俺個人の恐怖心だった。けど、他の奴らも話したら納得してくれたよ。その上で、皆俺の判断に同意した」
「……そうか、分かった」
「すまないアトラ。こんな弱い俺を……許してくれ」
そう言うとバルトラは俺目掛けて3つの氷塊を打ち出す。
(バルトラの気持ちも確かに分かる。けど……)
「悪いな、俺には父さんとの約束があるんだ。だからこんな死に方できねぇよ!」
そう言って俺は背後から土魔法で作り出した巨大な岩の杭で鎖による拘束を解き、氷塊を防ぐ。
「何っ!」
「今のこの部屋の仕組みは分かった。体内に直接影響を及ぼすって事はこの部屋から出たとしてもしばらく効果は残るだろう。でもな、裏を返せば重力魔法じゃなければ使えるって事だ。なら、簡単な土魔法と身体強化程度なら使える。お前相手ならそれで十分だ!」
「クッ!」
(とは言ったものの、しばらく効果が続くなら転移は使えない。ならここは攻めると見せかけて逃げる!)
「岩石の棘!」
俺は牽制兼壁として土魔法で無数の棘を作り出しバルトラに向けて攻撃。その隙を見て後方の扉、では無く天井を壊し間穴から脱出する。
数分後、天井から落ちてきた瓦礫を掻き分け何とか瓦礫の山から体を出したバルトラは砂埃を払い周囲を見回す。
「チッ、逃げられたか。まぁいい、もうこの国に奴の居場所は無いからな。せいぜい悪足掻きをしていろ、アトラ」
一方、基地を出たアトラは森の中の道無き道を真っ直ぐに走っていた。
「はぁ、はぁ、……っ! 魔力が練れる、やっと効果が切れたか」
魔法が使える事を確認するとアトラは空間転移で一瞬にして基地から距離をとる。
「よし、ここまで来ればそう直ぐには追いつかれないだろ」
アトラが転移した先は辺り一帯焼け野原となっており地面は抉れガタガタだ。そう、ここは一年前に異種間戦争から繰り広げられていた地でもある東の国境沿い。かけがえのないものを失った戦場だ。
「……父さん、どうやら俺、もう帰る場所が無いみたいだ。これからどうすればいいかな……」
お前は好きなように生きればいい。
「好きなようにか、そんなの分かんないよ。もう何も無いんだ、俺にはもう、この力しか……」
誰かを恨んでは駄目だ。復讐心は何も生まない。
「嗚呼、分かってる。この力を使えば俺を殺そうとした奴に復讐するのは簡単だ。でも、それじゃダメなんだよな。恐怖で支配したって何も変わらない」
お前は、幸せに生きろ。
「幸せか、もうこの世界じゃ無理そうだ……いっその事人生をやり直せれば……っ! そうか、やり直せばいいんだ」
この世界で生きる気力も希望も無いなら、新しい時代に希望を託してやり直せばいい。
(時間魔法なら、俺ならできるはずだ……今までの経験と知識、そして時間を使えば……っ!)
そうして俺は自身の持てる力全てを使い頭を回転させその手段を考えた。数時間後――
「できた、この魔法陣なら理論上魔法は発動するはずだ」
(けど、歴史上にも実例が無い。成功確率は20%って所か)
「それでも、やるしかない!」
いよいよ決意を固め、俺は数年ぶりに詠唱を始める。
自身の全魔力を魔法陣へ注ぎ、自身の編み出した重力魔法以上に仕組みの難しい魔法を構築。そしてついに、その時は来た。
「ごめん、父さん。幸せになるって約束はどうにも果たせそうに無い。その代わり、次の人生では必ず幸せになってみせるよ。同じ失敗は二度と繰り返さない。だから見ていてくれ、俺の最後にして最大の魔法を!」
「転生魔法 輪廻転生!」
(二度目の人生こそは絶対に、誰よりも幸せになってみせる!)
そう、未来に希望を託し、アトラは最後の魔法を発動した。